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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第38話 ゼッルマト・マピヤという人物

 ガラス細工に目を奪われていたおかげで、他の竜の展示がみられなかったことを少し後悔しながら受付カウンターに戻ると、走って知らせに行ってくれた受付嬢が申し訳なさそうな顔をして待っていた。



「申し訳ございません。いろいろと仕事が立て込んでいたようで、席を外せるようになるまでに時間がかかってしまいました」



 もしや会えないかも……と不安に思っていたが、そうではないようだ。

 ゼッルマトは今この館内に戻っていて、使用人に来客の準備をさせているとの事。



「ならもう少し待っていた方がいいですか?」

「いえ、もう準備はできているかと。お呼びいたしますね」

「ああ、いえ。わざわざ出向いてもらわなくても、こちらから行きますよ。

 突然押しかけて呼んでしまったのは僕らなんですから」



 少しどうしようかといった顔をしたが、受付嬢は客間へと竜郎たちを案内してくれた。


 受付カウンターの後ろ側にある扉。関係者用の通用口を通り、魔物の絵が入った砂壁の廊下を抜けて、豪華な装飾の扉の前までやってきた。

 受付嬢がノックをし連れてきた旨を伝えると、すぐに竜郎たちは中へと通された。


 中は普通の応接室だが、机の表面には魔物の彫り物が。

 他にも調度品の数々が魔物の形を模していたり絵が入っていたりと、魔物好き感がそこかしこからうかがえた。


 その応接室の中には執事らしき爬虫人の初老の男性と、護衛らしきかなりガタイがよく筋肉質な爬虫人の青年と、ブロンドの長髪で背中からは純白の翼を生やした、細身の天族の女性が一人。


 そしてお目当ての人物、黒に近い緑色の髪と目をもち、そこまで筋肉質ではないが引き締まった体格をし、ぴっちりと華美な装飾はないが高そうな材質のジャケットを羽織った、平凡な顔をした壮年の男性が両手を広げ出迎えてくれた。



「おお、これはこれは。お会いできて光栄です!

 私は当館の館長をさせていただいております、ゼッルマト・マピヤと申します。以後お見知りおきを」

「──ん?」



 ゼッルマトを真正面から見たとき、竜郎はほんの小さな違和感を感じ首を傾げた。

 ゼッルマトはなにかしてしまったかと思ったのか、その反応に冷や汗を浮かべる。



「あの? どうかされましたか?」

「あ、ああ、すみません。何でもありません。

 こちらこそ、お会いできて光栄です。竜郎・波佐見と申します。

 このたびは、お忙しいところ突然お呼びたてするような形になってしまい、申し訳ありませんでした」



 竜郎は未だに違和感は感じるが、それが何か分からないので、とりあえず普通に接してみることにした。

 ゼッルマトはほっとしたような安堵の表情になりながら、にこやかに笑みを浮かべ歓迎してくれた。



「いえいえ、とんでもない! あの高位エルフの中でも凄腕とされる三人が所属する『ディオノルム』を抜き、世界トップに躍り出た冒険者がたの来訪ですよ!

 なにをおいても会いに来るのは当然ではありませんか!」



 竜郎たちは、その対応を大げさに感じながらも、今更ながら元世界最高ランクの冒険者パーティ『ディオノルム』なる存在を知った。

 高位エルフ一人でもそれなりに珍しいのに、それが三人も集まり冒険者パーティの一員として活躍しているらしい。


 そんなことを思いながら、ゼッルマトに促されるままに応接室のソファーに腰かけていった。

 受付嬢はその間に元の業務に戻っていき、執事が竜郎たちの人数分とゼッルマトの分のお茶を入れ机に置きはじめる。


 その間も竜郎は自分が感じている違和感の正体を探っていく。

 《精霊眼》という物質を透過し、エネルギーだけを可視化できるスキルで見てみる。

 目の色が虹色に変わってしまうので、そこは呪と闇魔法で誤魔化しながら探りを入れると、このゼッルマトのエネルギーの光の強さ、色具合から、ろくな戦闘スキルもなく、個体レベルは10以下でかなり弱いことが分かった。


 そのかわり護衛の爬虫人の男性は個体レベル90は超えていそうなほど高く、邪竜に属するヘスティアがきになるのか、先ほどからちらちらと見ている天族の女性も下手したらレベル100に届いていそうなほど高い。


 王族の護衛としても通じるほど優秀な護衛二人に少し驚きながら執事を見れば、こちらもレベル50はこえていそうなので、老いているとはいえ、そこいらのごろつき相手ならゼッルマトの護衛にまわることもできるだろう。


 次に部屋を見ていく。

 すると部屋全体に防音の結界のようなものが、魔道具で張られていることが分かる。

 ここで聞かれたくない話をすることもあるだろうし、とくに竜郎たちを閉じ込めたり害を与えるようなものでもないので、ひとまずスルーした。



『どうしたの? たつろー。なんかちょっと気を張ってるみたいだけど』



 突如愛衣から念話が入った。他の誰も気が付いていないが、さすがに愛衣は竜郎の隠しているはずの機微も見逃さない。

 そのことを少し嬉しく思いながら、竜郎も念話で返事をする。



『いや、さっきから何か違和感を感じるんだ。だから今、それがなにか調べてる』

『そなの? 私は特に何も感じないけど……何かできることはある?』

『なにも感じないってことは、《危機感知》にも反応はないってことか。それじゃあ、今のところはないな。

 とりあえず、向こうに不信感を抱かせないように普通にしててくれ』

『了解』



 なにか危険が迫っていれば愛衣のスキルの一つ、《危機感知》が教えてくれるはずだ。

 それがないということは、この違和感は竜郎たちを直接害するような何かではない可能性が高い。

 だからといって放置も気持ち悪いので、このまま竜郎は調査を続けた。


 全員にお茶が行き渡ったところで、愛衣たちの自己紹介もそこそこに話がはじまる。



「それで本日は、私が探しているチキーモの件でうかがったと聞いておりますが、間違いありませんか?」

「はい。間違いありません──が、実は他にも話したいことがありまして」

「と、いいますと?」

「僕は個人的に魔物の素材を収集していまして、余っている珍しい魔物の素材なんかがありましたら、お金や別の素材と交換などしていただけたらなと」

「ほう、それは私としても興味深いご提案で。

 世界最高ランクの冒険者ともなりますと、私どもではまず手に入らないようなものもありますでしょうし」

「そう言っていただけると僕としてもありが──────たいです」

「どうかされましたか?」

「いえ、少し喉が絡んでしまっただけですので、お気になさらず」

「そうでしたか」



 喉が──などと竜郎は誤魔化したが、本当は絡んではいない。違和感の正体を突き止めた瞬間、少し驚いてしまったのだ。


 改めてその事実をもとに、竜郎はなぜそんなことになっているのか《多重思考》も駆使して考えながら話を進めていく。



「ですがまずそれはおいておいて、チキーモの話から聞かせていただいてもよろしいですか」

「ええ、もちろんです。まずは何からお話ししましょう」

「そうですね。ズバリ本題から、本当にクチバシのあたりに宝石のような物がついているチキーモというものが存在するかについて、ゼッルマトさんのご意見をお聞きしたいです」

「私の考えでは存在すると思っております。というのも、数人いるとされる過去の目撃者の一人が、マピヤ家のものだったのです」



 聞くところによれば、マピヤの一族は代々魔物好きが高じて、毎日のように人を雇っては砂漠を探索し、この大陸固有の魔物や、新種の魔物がいないか調査していたのだという。


 そして数代前の、ゼッルマトも生まれる前のマピヤ家の血筋をもつものが、その探索に同行していた際に、当時から噂として実しやかに語られていたチキーモを偶然その目に収めたのだという。

 だが他のものにそのことを伝える前に、さっさと逃げられてしまい、悔しい思いをしたのだそう。



「それからというもの、我が家は絶対に存在すると信じているのです」

「ではそのチキーモは、ただ宝石をつけただけの、なんの変哲もないチキーモであったという可能性はないでしょうか?

 もしその場合でも、欲しいと思いますか?」

「人為的にしろ、偶然にしろ、もう幸せのチキーモなどと呼ばれて、知名度も高いですからね。

 宝石が付いてしまっただけの、ただのチキーモであったとしても、展示する価値はあるかと。

 それにお恥ずかしながら、この大陸の固有魔物だというのにチキーモ自体の素材も有していませんからね。

 その点においても、ぜひ欲しいと思っております」



 なるほど──と竜郎が相槌を打ちながら呟くと、今度は向こうから質問を投げかけられた。



「先ほどタツロウさん自身も魔物の収集家だとお聞きしましたが……、私をわざわざ訪ねてきてくださったということは、もしそのチキーモを入手することができた際には、お譲りいただけると思ってもよろしいのでしょうか?」



 チキーモ自体が入手難易度が高く、この大陸でしか得られないとされている貴重な素材だ。

 そんなものをコレクターを自称する竜郎が譲ってくれるのかどうか、少し気になったのだろう。

 この質問からも、ゼッルマトは本気でその幸せのチキーモとやらを欲しがっていることがうかがえる。


 竜郎はここで、ようやくだいたいの現状整理をし、そこから考えられる推測を整理し終わったところだったので、この疑問を機に仕掛けることにした。



「ここの博物館をまだ一部ですが見ましたが、魔物という存在の危険性やその性質などを広く伝えるのに、この博物館は非常に役立つものだと感じました。

 なので是非お力になりたいと──」

「ではっ」

「──思うのですが、僕らとしてもただでさえ個体数が少ないとされるチキーモの中でも、さらに特殊な魔物ともなると手放すのは惜しい」

「……では、お譲りしていただけないと?」



 なら何で来たと口には出さないが、それに近い感情の色が少し表情から垣間見えた。

 だが竜郎は気にも留めず、にっこりと笑顔を張り付け言葉を続ける。



「いえ、それではさすがに悪いですし、話だけ聞いてあとは知らないでは性格が疑われてしまいます。なので、ここは折衷案といきましょう。

 僕が考えるに、そのチキーモの特別性はその宝石とやらだけだと思っています。

 ということで僕らはその宝石だけをいただき、チキーモの体は全てお渡しします。

 そちらからはそのお礼として、少しばかり僕が欲しいと思う素材なんかをいただければ賞金も一切いりません。どうでしょうか?」



 素晴らしい案でしょうとばかりに笑いかけるが、ゼッルマトは小さく一瞬だけ頬をひきつらせた。

 こころなしか、ゼッルマト側の護衛や執事も空気を硬くしているように思える。

 それを竜郎は見逃さなかった。



(やはり欲しいのは宝石だけなのか? これは、その宝石が何なのかも予想がついているのかもしれないな)



 素早く考えをまとめ竜郎が答えを待っていると、つとめて何とも思っていないと装いながら、ゼッルマトが口を開いた。



「いえ、ずうずうしいお願いだとは承知の上ですが、是非、その全てをお譲りいただきたい。

 こちらも他の素材について最大限融通をおきかせするとお約束いたしますので、どうか……」

「僕としても心苦しい限りなのですが、やはりその宝石とやらが気になるんですよね」

「ですが収集家ならば、本体のほうが欲しいのでは?」

「いえ、幸せのチキーモを捕まえたうえで、本体は別のチキーモを捕獲しますから大丈夫です」

「そ、それは凄いですね……」



 まずチキーモを見つけること自体が困難だとされているのに、その中でも限られた一体の幸せのチキーモを見つけだしたうえで、さらに別の個体まで手に入れると豪語する竜郎に、ゼッルマトは空虚な笑みしか浮かばない。


 それがそこいらの冒険者であったのなら冗談か、はたまた馬鹿なのかと疑うところだが、目の前の人物はそれだけのことを言いきっても不思議ではない存在だ。

 この様子なら有言実行してしまうだろうと、ゼッルマトが思わされてしまうだけの説得力がそこにはあった。

 だがゼッルマトは、めげずに説得を続けてくる。



「ですが幸せのチキーモが捕まり展示されるとなると、やはり皆さんその特殊な宝石を目当てに見に来ると思うのです。

 そのときにそれがなかったら、見に来る子供たちも残念に思うでしょうね……」

「それは可哀そうですね。なら模造品をつけてはどうでしょう?

 手に入らない部分は、本物そっくりな作りもので埋め合わせている展示も多くありましたしね。

 あとは捕まえた人が賞金を受け取らないかわりに、その宝石の所有権を主張したと言えば、模造品であっても角もたたないのでは?

 なんなら本物そっくりなものを、こちらで作って寄贈しますよ」

「しかし模造品であると言ってしまうと、普通のチキーモに付けただけじゃないかと言ってくる人もいそうで……」

「なら僕が冒険者ギルドにお願いして、認定書のようなものを書いてもらえばいいのではないでしょうか?

 冒険者ギルド側が最高ランクの冒険者の名を騙って、嘘をつくなんてことをするわけがありませんし、説得力は十分でしょう」

「そ、そうですね……」



 普通ならここで諦めそうなものだが、ゼッルマトはどうしても諦めようとはしない。

 けれどその顔には悲壮感が漂いはじめる。


 追い込んでいる竜郎としても可哀そうになってきたので、もう一段階踏み込んでみることにした。



「うーん。どうしても欲しそうですねぇ。では僕が本体を、宝石だけをあなたに、という場合だったらどうなのでしょう?」



 その一言で一気に表情が晴れそうになるが、ゼッルマトはつとめて冷静に、渋るような演技も交えつつ返事をする。



「そ、そうですね。やはり一番大事な肝はその宝石だと私は思っていますので、非常に惜しくは思いますが……それならば……」

「おや、それならいいんですか? まるで宝石だけを欲しがっているようですね。

 先ほどあんなに渋っていたのに、宝石だけなら簡単に頷くなんて妙じゃありませんか?

 体だけだって、そうとうに貴重だと思いますけれど?」

「そんなことはありませんよ。できれば全てをお譲り頂きたいと思っていますとも。

 ですが、さきほどタツロウさんもおっしゃられていたではありませんか、そのチキーモの特別性はその宝石とやらだけだと思っていると」

「ああ、そうでした。そうでしたね。だから僕も宝石だけ欲しがっていたわけですし、これは妙な疑いをかけて申し訳ありません」

「わかっていただけたらいいのですよ」



 竜郎があまりにもあっさりと引くものだから、拍子抜けした様子でゼッルマトはそう答えた。

 だが竜郎はもう向こうが宝石だけを欲しがっていると思っていいだろうと八割がた断定し、最後の王手をかけていく。



「でも僕もやっぱり、その宝石とやらが欲しいんですよねぇ。

 ですがそれだとそちらもご納得いただけない様子ですし、このままでは話が平行線で進みません。

 ということで少し話題を変えて一度、肩の力を抜きませんか?」

「そう……ですね」



 冷めはじめたお茶に竜郎が口を付けると、ゼッルマトも同じようにお茶を一口飲んで、いつのまにか強張っていた肩の力を抜き心の緊張がほぐれた──のを見計らい、竜郎は言葉の刃に手をかけ鞘から抜いていく。



「では話題を変えて質問をしてもいいですか?」

「ええ、いいですよ。なんなりとお聞きください」

「この国は、王族以外にも亜竜の爬虫人が国民として暮らしているものなのでしょうか?」

「え──と」



 気を抜いていたせいで、その質問に対し、ゼッルマトは今までで一番大きな反応を見せてしまう。

 竜郎はビンゴだと確信を持った。


 そしてゼッルマトは調べれば分かるような嘘を、世界最高ランクの冒険者につくわけにもいかず正直に答える。



「それは、ないですよ。王族も亜竜の血が市井に流れないように、気を付けていますから。

 おっと、お茶が冷えてしまっていますし、いれ直し──」



 この話を終わらせようとするが、竜郎はそれを許さない。ゼッルマトの言葉を遮って言葉を発した。



「それはおかしい。だってあなた──ゼッルマト・マピヤさん。あなたは亜竜の爬虫人ですよね?

 この国でずっと暮らしている国民の、マピヤ一族を名乗るあなたがです」

「なにを突然……妙な冗談はやめてください。

 なんなら、そちらで用意した解魔法使いのかたに調べていただいてもかまいませんよ。

 私は亜竜ではないと、証明してくださることでしょう」

「ええそうですね。解魔法使いならば、そう判断するでしょう。

 ずいぶんと素晴らしい魔道具を使っているようですからね。その指輪、外してもらっても?」

「ゆ、指輪? 私は指輪なんてしていませんよ。ほらアイさん、ヘスティアさん、私は指輪なんてしていませんよね?」



 たしかになにもつけていない両手の指を、愛衣やヘスティアに掲げて見せてくる。

 愛衣やヘスティアは、じぃっ──とその指を見つめ順番に口を開いた。



「私には、指輪なんてしてないように見えるね。でも、たつろーがそうゆーなら、してるんでしょ? ゼッルマトさん」

「私もアイちゃんと同意見。主が言うなら間違いない」

「なんでか聞かれてないけど、ニーナもそう思うって言っとくね!」

「「あぅ?」」



 竜郎と愛衣の膝の上にのっている楓と菖蒲は、話の流れが理解できずに首を傾げたが、ゼッルマトの味方をしてくれる竜郎側の人間は誰もいない。

 そこで竜郎は立ち上がり、さらに畳み掛ける。



「僕が言っているのは着ぐるみのように着こんだ外身じゃあないんです。

 その中にいるゼッルマト・マピヤと名乗る、王族らしき爬虫人のかたの方を指しているんですよ。

 なんなら強制的にはがしましょうか? 今のあなたは怪しすぎる。

 僕らに対し嘘をつき、いったい何をたくらんでいるのですか?」

「そ、それは──」



 強硬手段を口にする竜郎に対し二人の護衛たちが動き出そうとするが、愛衣やニーナ、ヘスティアに威圧され、それだけで微動だにできなくなった。


 「嘘だろ……」と、護衛たちの強さを知っていたゼッルマトは驚愕する。

 そしてどうやってかは知らないが、竜郎ならば本当に剥がしてしまいそうだ。


 もう逃げ場はない。けれどゼッルマトも立場的に言いだせない理由があり、ただただ黙ってこの場を乗り切る方法がないか無駄に思考しはじめる。


 それを見て竜郎はため息を吐きながら、愛衣やニーナ、ヘスティアに念話を送った。



『どうあっても言う気はなさそうだ』

『みたいだねー。どうする? ほんとに何かする?』

『いや、もういい。怪しい人物と関わりたくない。本物のマピヤさんってのが、捕らわれてるっていう可能性もあるが、それは冒険者ギルドに報告すればいいだろう。

 だからもうここは、放っておいて帰っていいんじゃないか。

 宝石については、リアに調べてもらえば分かるだろうし』

『なにかしてくるかもしれないよ? パパ』

『そしたら返り討ちになることくらい、もう分かっただろう』

『ん。それもそう』



 愛衣たちもこれ以上付き合っても意味がないと判断し、あとは公的機関にでも任せようと踵を返そうとした──そのとき、応接室の大きな書類棚が勝手に横にスライドし、扉が現れた。

 かと思えば、その扉が開き、オレンジに近い砂色の髪をした爬虫人らしき青年が現れた。


 だが竜郎はそこにいるのも知っていたので、一切驚かずに視線だけを向けて口を開く。



「ずっと隠れたままだと思っていましたが、ここで出てきますか」

「俺にも気が付いていたか……これはもうダメだな。

 ウィリトン。もう正直に話したほうがいいだろう」

「兄さん! なぜ顔を見せた! なぜ僕の名前を言った! これでもう言い逃れはできないぞっ!!」

「だからもう隠せないといっただろう。だったら正直に話して協力してもらったほうが早いだろうに」

「──かもしれないが、話していいかどうかの権限を僕らは持っていない!

 せめてお爺様に報告してから──」

「それまで待っていてもらうのか? いや、もらえるのか? ウィリトン。

 ここで誠意を見せなければ、もうアレを手に入れるチャンスを見逃し、のちに手ひどいしっぺ返しを食らうことになるかもしれないんだぞ?」

「だが……」

「あのさー。兄弟げんか? するなら帰っていいかなー?」



 なんだかややこしくなってきた状況に愛衣が遠慮なくそう言葉を投げかけると、兄さんと呼ばれた青年のほうが苦笑した。



「いや、それは待ってほしい。ここからは俺が嘘偽りなく、正直になぜこんなことをしているのか説明する。いや、させてほしい。

 だから今一度、座り直していただけないだろうか?」

「だってさ。どーする? たつろー」

「なんだか面倒事の臭いがプンプンするが、俺としても気になるし、話だけは聞いてみたいな。

 ということで、まずは名前を聞いても?」



 竜郎がソファに座り直し、前に座るように手で指し示しながら、まずはじめに青年にそう話しかける。

 するとその青年は、どうどうと目の前に座り名前を名乗りはじめたのであった。



「俺の名前はアクハチャック・アタハルネ・カルラルブ。

 そこにいるのは同腹の弟、ウィリトン・アタハルネ・カルラルブ。

 現カルラルブ王──パルラトン・オダヒンガム・カルラルブの孫にあたる者たちだ」



 ──と。

次回、第39話は3月24日(日)更新です。

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