第37話 魔物博物館探索
受付から離れ、さっそく床に描かれた矢印が指し示す方向にしたがって博物館を歩いていくと、まずは小型魔物区画と書かれた場所にやってきた。
ずらっと三十センチ以下の魔物たちの骨格標本や剥製などとともに、どんな生活をして、どんな特性を持っているのか、どんな場所に生息しているのかなどが書かれたプレートが一つ一つ設置されていた。
「た、たつろー! まっくろくろす○がいるよ! かわいー」
その中で愛衣は、某作品に出てくるキャラクターそっくりな魔物を見つけ、迷惑にならない程度の音量で叫んで竜郎を呼び寄せた。
「ああ、ほんとだ。面白いな。えーと、なになに…………うわぁ」
「どったの?」
「説明書き読んでみ」
「んん? えーと…………うわぁ」
湿度の高い光が届かない洞窟奥地などに生息しており、身を一センチほどまで小さくして相手の呼吸に合わせて体内に入り込み、内臓を腐らせながら食べるという性質があるようだ。
竜郎と愛衣は見なかったことにして別の魔物に目線を向ければ、十センチほどの大きさで、やたらと色とりどりの鮮やかな羽毛を持った鳥。
下半身がムカデで上半身が角の生えたトカゲ──なんていう、見たことのない魔物が多く展示されていた。
その中には既に絶滅した魔物や、珍しいとされている魔物なんかもいくつかあって、竜郎としても羨ましい展示物の数々である。
軽く説明を読み流しながらやや速足で通路にそって歩いていくと、今度は中型魔物区画へとやってきた。
ここは一メートル以下の魔物が展示されているようで、先ほどの小型魔物よりも迫力が増し、より魔物らしさが伝わってくるようだった。
「ん。これ食べると甘いって書いてある……ジュルリ」
「じゅるりて……。しかし甘い? どういうことだ?」
ヘスティアが見ていたのは中型犬くらいの大きさのスライムの模型。
その横には核が破壊されゼリー状の物質だけとなった部分が、乾燥しないように特殊な溶液が入った水槽の中に入れられ保管されていた。
説明書きには砂糖の原料となっているとある野菜の畑によく出没する魔物で、その植物にヒルのように張り付いて糖分を少しずつ吸収する性質があるらしい。
ただその魔物が張り付くことで糖度が低くなるかというと、その逆のようだ。
そのスライムはより濃い甘さを求めて、その野菜に特殊な分泌液を注入する。
すると野菜自体が持つ糖と混ざり合い、収穫するとより糖度の高い野菜が採れるようになる。
けれど収穫しようとしたり、引きはがそうとしたり、人が近づいたりすると襲いかかってくるので、砂糖農家の人にとっては痛し痒しな魔物でもあるとのこと。
またそのスライム自体はゼリー状の部分を食べると、砂糖でできた寒天のような食感と味がすると書かれていた。
そのため、ヘスティアは水槽の中に入ったスライムの死骸をじーと見つめていた。
「た、食べちゃダメだよ? ヘスティアちゃん」
「……………………………………ん。わ、わかってる」
「なんだ今の間は」
「……で、でもちょっとだけなら?」
「だめだ」「だーめ」
「……すみっこだけだよ?」
「すみっこでも、だめだって」
「だめだよー、絶対」
竜郎と愛衣に引っ張られて、ヘスティアはそのスライムから遠ざけられた。
楓と菖蒲はそういう遊びかと思ったのか、一緒にヘスティアを引っ張ってくれた。
「うぅ……」
「元気出して、ヘスティアちゃん」
「……ん」
ニーナが愛衣からヘスティアの頭の上に移動して、彼女の頭をよしよし撫でて慰めた。
その光景を見ながら少し可哀そうになった竜郎は、《魔物大事典》のスキルを発動させ、そのスライムについてより詳しく調べてみた。
すると別に絶滅したわけではなく、今でも捕獲しに行こうと思えばいける類の魔物だと判明。
ただこの大陸の中にはいないので、今すぐにというわけにはいかないようだが。
「あー……ヘスティア。今すぐってわけにはいかないが、またいつか、そのスライムを捕りに行こう。
めんどうくさい秘境にあるとか、そういうわけでもないみたいだし」
「ん!? ほんと?」
「ああ、約束だ」
「ん! 約束。私、主に一生ついてく」
「…………この子は甘いものに引かれて、変なやつについて行ったりしないだろうな」
「あはは……ありそーで恐いねぇ」
すっかり元気になったヘスティアを連れて、今度は六メートル以下の大型魔物区画までやってきた。
ここまでくると、ただの骨格標本一つとってもなかなかの迫力である。
さらに虫系の剥製は、なかなかにグロい。
「パパー! こいつ美味しそーだよ!」
「うちの子は食い気ばっかりだな」
「健全と言っちゃあ、健全なんだけどねー。パパに似たのかな?」
「俺は食い気ばかりじゃないぞー」
「ふふっ、みたいだね」
竜郎は愛衣の腰を抱き寄せ頬にキスをし、食い気だけじゃないアピールをすると、愛衣はクスクスと笑って頬にキスをし返し、ニーナがいる場所に仲良く向かった。
ニーナが見つけたのは四足動物のような体躯の、全長三メートル級のワニ。
カルディナ城の前にある海からも、これとは違う巨大ワニがやってくることがあり、ニーナはそれを何度も狩って食べているので美味しいと思ったのだろう。
竜郎や愛衣もそのワニは食べたことがあるが、タンパクな鶏肉のような味がして、唐揚げにしたりするとなかなか美味しかった記憶がある。
「お、こいつは絶滅種か」
「じゃあ、捕まえに行けないねー。ざんねーん」
「わざわざ種を復活させるほどでもないしなぁ」
美味しい魔物で《魔物大事典》の検索をかけてもヒットしないあたり、カルディナ城近海に出てくるワニと味は大差ないだろう。
そんな話をすると「そっかー。じゃあいいや」と、ニーナもその四足ワニから興味を無くした。
次にやってきたのは、七メートル以上の特大魔物区画。
「「あぅ!」」
「こらー走るなー」
「「うーぅ」」
分かりやすく巨大で迫力のある様々な魔物の骨格標本を見た楓と菖蒲が興奮して駆け寄ろうとするが、それは竜郎に腕を掴まれ阻まれた。
「「なにするのー」」といった目をされるが、この子たちの力は現時点でも地球での普通の大人を凌駕している。
好き勝手に走らせてしまい、展示物を壊しでもしたら大変だ。
大きい魔物というのはそれだけ討伐するのが難しい存在が多いことから、これまでの展示されてきた魔物よりも価値も高い。
現にここのフロアを警備している人たちが、走り出した楓と菖蒲を見た瞬間、体が強張ったのを見逃さなかった。
竜郎は楓を、愛衣が菖蒲を抱っこして、しっかりと確保した状態で周りはじめる。
「うーん。さすがにここまでくると、完全な骨格標本と剥製はほとんどないな」
「骨からして──ほら、あの牙とかちょーおっきいし、生きてるやつは相当強かっただろうしね」
大型の魔物コーナーでもちらほらと見かけたが、このサイズの魔物ともなると、腕の骨だけが本物で、残りはレプリカで再現──なんてものも多い。
また皮膚が必要になる剥製も一部分だけ本物で、あとは別の似た何かでつぎはぎして作られていたり、完全に再現模型だったりするものもあるくらいだった。
ただクオリティはどれも非常に高いので、こんな魔物がいるのか、いたのかと、なかなか楽しむことができた。
「うーん。まだ呼び出しがないね」
「時間的に一時間とまではいかないが、五十分くらいは経っているのにな。
まあ、こっちは楽しいから別にいいが」
「ねーねーパパー。昨日言ってた一級のガラス細工が、ニーナみたいな」
「ん? ああ、そうだ。ここのどっかに展示されているんだよな。
せっかくだし、呼び出される前に見ておくか」
「わーい」
「よかったね。ニーナちゃん」
「うん!」
竜郎は少し周囲を見回して、案内掲示板を発見する。
その前にまで皆で歩いていき、その一級の作品があるとされるフロアがどこか調べていく。
「えーと、この竜区画とかいうところに展示されてるみたいだね」
「竜だけを展示したスペースってことだろうが、そっちもちょっと楽しみだ。
……にしても、いろいろと展示コーナーがあって面白いな、ここは」
案内掲示板の説明によれば、今見てきたただ骨格標本や剥製なんかを並べただけではなく、ジオラマを使って水の中の魔物や、森林の魔物、土の中の魔物などなど、さまざまな場所で暮らす状態を再現したコーナーも随所に用意されているらしい。
他にも趣向を凝らした魔物の生態や姿を知るコーナーがあり、ここを作った人は相当凝り性なんだなと思ってしまうほどだ。
そして中でも一つ、竜郎の目を引く場所があった。
「魔物の内臓区画……か」
「本物のやつを置いてるみたいだし、もしかしたら珍しい魔物の脳とか心臓なんてのも飾られてるかもね」
目的としては、その魔物ならではの内臓器官や、人間とは違う特殊な形をした臓器の紹介が主体のようだが、その中には竜郎がもっとも欲しい脳や心臓も展示されているだろう。
それが竜郎の持っていない魔物だったり、絶滅した魔物のものであったら、《無限アイテムフィールド》で複製させてもらうなり、交換するなりしてほしいところである。
「まあ、それは後でもいいか。ひとまずニーナ御所望の場所に急ごうか」
「「はーい」」「ん」「「あぅ」」
五人の返事を耳にしながら、さっそく竜の区画へと向かうのだった。
「これか……」
「きれー……」「ぴかぴかー……」「ん……」「「ぅー……」」
その区画に着くと、すぐにそれは見つかった。
一番の目玉なのか中央に大きくスペースを取って、既に照明に照らされた状態で展示されていた。
──それは全長十メートルほどと巨大な竜のガラス細工。
大きな竜はガラスで再現された色とりどりの花畑の中で、悠然と座っている。
そして鱗の色は、全身プラチナ色に輝いていた。
そう、輝いているのだ。光の細かな粒子を周囲に散らせながら。
さらに竜が座っている花畑。こちらにはどうやってか、光の微粒子で構成されたチョウが飛んでいる。
それも青だったり、赤だったり、黄色だったりと様々な色で。
まるでCGで作った光景を現実世界に持ってきたような、そんな非現実的な幻想風景が、その一角に展開されていた。
こんなものは竜郎たちが購入した一級のガラス絵でもなかった光景だ。
となると、その光の粒子こそがシドルという人物が史上初めて生みだした新技法ということになるのだろう。
そんな巨大で美しく幻想的な光景に見とれていると、ふと竜郎は我に返った。
よくよく、そのプラチナ色の鱗をもつ竜の姿を観察してみると、あることに気がついたからだ。
「っていうか、この竜。エーゲリアさんに似てないか?」
「えー…………? あっ、ほんとだ。なんで?」
愛衣も美しさのほうに気を取られていてそれどころじゃなかったが、言われてみればイシュタルの母──エーゲリアに似ていることに気がついた。
「でもお姉ちゃんとは、ちょっと違うよー? 本人のほうが美人だもん」
「ん。微妙に違う。けど似てる」
例えば爪の形。このガラス細工は鷹の爪のような見事な鉤爪だが、エーゲリアの爪はそんなに湾曲した爪ではない。
翼の骨の形や皮膜の形も、本人をよく知っている竜郎たちだと違いに気が付くくらいに違う。
また顔立ちもよく見れば、こちらは鋭い目をしたワイルド系だが、本人はもう少し穏やかな顔つきだ。
他にもエーゲリアだと思ってみた場合、首の長さや体型も、ちょっとずつ違和感を感じた。
そんな似ているのにどこか違う姿を見た竜郎は、モンタージュ写真のようだと思った。
想像だけではなく、見たことのある人の記憶や何かの文献をたよりに、他の竜のパーツなどを参考にしつつ、こうではないかと予想して作り上げたとすれば、こうなるのもストンと納得がいく。
「だがそうなると、たまたま似てしまったというわけではないということになる」
「エーゲリアさんについて調べて、わざわざエーゲリアさんを作ったってことだもんね」
「ん。でも偶然の一致ってこともあるはず」
「そうなんだが……鱗の色まで同じってのがなぁ。
だってプラチナ色の鱗ってのは真竜だけの特徴だぞ?
まあ、それも突飛な色を付けたくて、そうしたっていうなら偶然もあるのかもしれないが」
「んーでも偶然にしろ故意にしろ、別に悪いことじゃないだろうし、どっちでもいいんじゃない?」
「それもそうか」
などと話していると離れた場所にある椅子に座り、この作品を眺めていた爬虫人のお爺さんが近づいてくるのが横目に映った。
お爺さんはそのまま側にやってくると、こちらに話しかけてきた。
「こんにちは。それ凄いよね。私は毎日朝から見にくるくらい、お気に入りなんだよ」
「こんにちは。ええ確かに、毎日見ても飽きないくらい凄いと思います。他の一級のかたの作品とも違いますし」
「そうだよね。なんと言っても二つ名のもとになった輝粒っていう技法。
なんでも蓄光で取り込んだ光を放出して、その放出した光の粒子の形や色まで自在に表現できるって話だよ?
でもどうやったらそんなことできるのか、さっぱり分かんないよねぇ」
「ええ、魔法でもないようですし、不思議ですね」
お爺さんは話し相手が欲しかったのか世間話も交えつつ、この作品について色々と教えてくれた。
だがなぜこのエーゲリアに似た竜を作ったのか──というところは知らないようで、それどころか真竜の特徴すら知らなかった。
よくよく考えてみれば、世界で一番閉鎖的な大陸に住む先帝の姿なんていうのを一般人は気にしないし、知らないのも無理はない。
ということは、この作品を作ったシドルという雅号を名乗る人物は、興味を持ってエーゲリアについて調べた可能性もあるということだ。
ますますシドルという人物に興味を持ちはじめていると、ポーンという小気味いい音が館内に響き渡った。
ゼッルマト・マピヤが、ここに来たようだ。
「僕らは用があるので、これで失礼しますね」
「なんだ……もう行ってしまうのか。もっと話したかったが、用事があるならしょうがない。
ではまた、どこかで会えたらいいね」
「ええ、ではさようなら」
そうして竜郎たちは、ひとまず博物館内の探索を切り上げ、目的の人物と話をすべく、受付まで戻っていくのであった。
来週は水曜までに投稿が難しい状況なので、次回、第38話は3月21日(木)更新予定です。