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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第36話 魔物博物館へ

 イシュタルへのお土産をしまい、いいものが買えたと喜ぶ竜郎たち。

 その姿をみて、店員の男性も嬉しそうに微笑んだ。



「喜んでいただけたようで、なによりでございます」

「はい、ここで一級の職人の作品を見ることができて、僕らは幸運だったと思います」



 竜郎が社交辞令ではなく本音でそう言っていると、愛衣が彼の横からぴょこっと顔だして店員に話しかけた。



「あのー、ところで店員さん。さっきの紡竜っていう二つ名を持ってる人以外にも、あと三人、竜の文字が入った二つ名を持った人がいるんだよね?

 もしよかったら、どんな二つ名なのか教えてほしいなぁ」

「ええ、私でよろしければいくらでも──」



 愛衣の中二心がなんだかカッコいいとうずき、イシュタルへのお土産話もふくめて聞いてみると、こころよく教えてくれた。


 まず一番古株のジョロン・ボダベイ。

 彼は炎に魅せられた職人で、とにかく昔から炎をモチーフにした作品が多いことから、『炎竜』の二つ名を拝命した。


 次に古株で、ジョロンより少し後輩のビドジィール・ドリ。

 彼は小さなガラス細工をビーズのようにいくつも連ねて、一つの大きな作品を作ることが多いことから『連竜』の二つ名を。


 そして竜郎たちが先ほど購入した、ヒューリット・ヤムカ。

 今いる職人の中で唯一女性の、一級カルラルブガラス職人。

 彼女はカルラルブガラスで物語を紡ぐ作品を多く作り上げているため、『紡竜』の二つ名を。



「そして最後に……一番新参の職人で、彗星のごとく現れ、わずか数年で一級に上りつめたカルラルブガラスに愛された人物。

 『輝竜』の二つ名をもつ、シドル……という雅号を名乗る職人ですね……」



 三人目のヒューリットの説明までは流暢に話していたというのに、シドルなる職人の話になると、とたんに口調が鈍りだした。

 だがすぐに、それはヒートアップしはじめる。



「まだ最下級の六級職人だったシドル氏の作品が初めて世に出たとき、すぐに噂になるほど、このかたは他者とは一線を画する存在でした。

 ですのでっ、ですのでっ!! この国の商会ギルドが、ひいては当店が目をつけ、絶対にシドル氏の後援者となり、よき関係を築こうとしていたというのにぃぃいっ……ぐうううぅ」



 あまりにも悔しそうに語るあたり、「ああ、なれなかったのね」と察してしまった。



「シドル氏は本当に謎の多い人物でありまして、本名はおろか種族、性別にいたるまで一切公表せず、一級に昇級したときですら作品以外なにもかもが不明でした」



 さすがに二つ名を与えた王族と、昇級に携わった一部のカルラルブガラス協会の職員は何かしら知っているだろうが、本人が一切の情報公開を拒んだらしく、なんの情報も出ていないのだ。



「なのでまずは接触を図る方法から模索していたというのに、知らぬ間にゼッルマト・マピヤ氏が後援者の座についておりました……」



 口調は穏やかさをよそおってはいるが、彼からは「おのれぇマピヤ……」というオーラが漏れ出していた。


 だが竜郎たちは、その聞いたことのある名前に目を丸くした。

 ゼッルマト・マピヤといえば、竜郎たちが明日行こうと思っている魔物博物館を建てた一族の現当主であり、宝石のようなものがクチバシに埋め込まれたチキーモに莫大な賞金をかけている人物でもある。



「たしか魔物コレクターでしたよね、その人は。なんだってガラス職人の後援者に?」

「マピヤ氏の家は魔物の収集癖や魔物博物館の創設で有名ですが、昔から貿易業で財を成しています。

 一級の職人のものとなれば、それはそれは高値で他国と取引できるでしょうから、おそらくそれが目的だったのではないでしょうか。

 しかし……商会ギルドが総力をあげて接触を図ろうとしていたのに、こちらが糸口を掴む前に既に引き抜かれてしまっていたと知った時は本当に衝撃でしたね……ははは…………」



 男性店員の乾いた笑い声がこだました。

 なにせジョロン・ボダベイ。ビドジィール・ドリの二人とは、完全な後援者とまではいかずとも、いい関係を築けている。


 さらにヒューリット・ヤムカは無名でまだ売れておらず、ほとんどの人が一級に到達できるとは思っていなかったころから、この店員の男性が見いだし、商会ギルドのお偉方を必死で説得し資金をもぎ取り熱心に支援し続けたという経緯から、定期的に取引してもらえるだけの深い関係を築けた。


 だというのにシドルとは唯一なんの接触もできず、ゼッルマトに頼んでも本人が望んでいないからと一切協力をしてくれなかったのだ。



「でもさ、他の三人とは親交があるんだし、べつに一人くらいいいんじゃない? って思うけど」

「そうですね。シドル氏がただの天才であったのなら、我々も心の整理がついたでしょう……」

「シドルさんは、他の一級のかたたちとも違うと?」

「はい。なにせシドル氏は、蓄光と動色の二つに加え、この長いカルラルブガラスの歴史上誰もなしえなかった、三つ目の技法を生みだした存在なんですよ。

 なかにはシドル氏のことを一級を超えた、特級だなんて言うかたもいるほどです」

「それは……たしかに、是が非でも関係を持っておきたかったでしょうね」

「ええ……御理解いただけたようで、うれしゅうございます……」



 じとーっとした空気が周囲を包んでしまった。

 その空気に耐えられなかった竜郎は、少し話をずらすことにした。



「ところで先ほど言っていた『三つ目の技法』が気になるのですが、それはどんな技法なんですか?」

「あっ! たしかにそれ、興味あるかも」

「それは……お客様がたはマピヤ氏の名前を存じておられたようですが、魔物博物館には行かれましたか?」

「え? いえ、行ったことはないです。明日にでも行く予定ではありますが……それが?」

「私に口で説明されるよりも、実物を見たほうがいいと思いますよ。そのほうがきっと驚きもひとしおかと」

「その口ぶりからすると、魔物博物館にシドルさんの作品があるということですか?」

「ええ、それはもう、でかでかと……。私も見に行きましたが、よけいに悔しくなってすぐ帰ってしまいましたよ。ははは……」



 店員はまた乾いた笑みを浮かべた。


 堂々と魔物博物館内に展示できていることからも、竜郎が会いたいと思っているゼッルマト・マピヤなる人物は、シドルと密接な関係を築いていることがうかがえる。


 男性店員には悪いと思いつつ、明日の楽しみが増えたと竜郎たちは心の中で喜んだ。


 それから店員との話を終えると、愛衣が先ほど見て気にいったという、種類の違う一輪挿しのガラス花が五本、ガラスの輪っかで束ねられ自立している──という二級職人の作品を追加で購入。

 他にも外にあったお土産によさそうな硝子細工の小物もいくつか見繕ってもらい、カルディナ城にいるみんなのお土産も購入し、この店を後にした。


 満面の笑みで「またのご来店、お待ちしております!」と、先ほどの男性店員──あらため店長を筆頭に、従業員総出で見送られるという少し恥ずかしい思いをしながら……。




 翌日。飛び込みではマイホームを超えるいい宿がなかったので、こっそりと町を出て外で宿泊した竜郎たちは、朝方またこっそりと転移で町の中に入って、探索を開始する。

 魔物博物館の開館は朝十時なので、まだ時間もあるからだ。


 昨日よりももっと町の中心部へ水路にそって歩いていくと、大きな人工の湖が見えてきた。

 ダンジョンの残骸として生まれた湖は王城の敷地内に囲われており、そこから町のあちこちに水を引いて人工の湖を設置しているのだ。


 その場所は昔は国民の水汲み場として活用していたが、魔道技術の発達や衛生面の問題から今現在は観光客の水遊び場と化していた。


 竜郎たちが人工湖の方へ視線を向ければ、水着を着た男女がきゃっきゃうふふと、はしゃいでいる。



「あれが人工の湖か。湖というより、プールみたいだな」

「思いきり石畳で囲われてて、自然の風景はまるでないもんね。どうする? 泳いでみる?」

「水遊びするのー?」

「「あーう?」」



 カルディナ城の前には基本的に一年中肌寒いが、海がある。

 さらにカルディナ城内には温水プールもある。

 だからべつに愛衣をはじめニーナ、楓、菖蒲も、人がうじゃうじゃいる人工湖にそこまで興味はなさそうだ。

 ヘスティアは基本的に甘いこと以外は消極的なので、水遊びのために着替えるのは面倒だと思っているようだ。



「衆人環視の中で、宇宙一可愛い愛衣の水着姿をさらすのにも抵抗があるし、今日は見るだけにしておこう」

「もー、たつろーは大げさだよぉ」



 愛衣はぱたぱたと手を動かし否定するが、そう言われてまんざらでもなさそうに口角が少し上がっていた。

 そんなポーカーフェイスとは無縁の彼女にときめきながら、竜郎は愛衣をぎゅ~っと抱きしめ、それを見て自分は? とせがんできたニーナや楓、菖蒲ともハグをして──なんてふうに湖の近くでじゃれて遊んだ。


 そんなことをしている内に、あっという間に開館の時間となっていたので、竜郎たちは来た道を戻って魔物博物館の前にやってきた。


 人口の草が生い茂る中にある一本の石畳の道を歩く道中、その草むらに設置されたリアルな魔物の置物を観察していく。

 ニーナはあれおいしそーとか、あれまずそーなど、基本食べたいかそうじゃないかで判断していたのには笑ってしまった。


 数十メートルあった道を渡り切り玄関前にやってくると、竜郎が前に出て先に中へと入っていった。

 中に入ると魔道具によって空調がきいているのか、快適なややひんやりとした空気が肌を撫でた。


 開館したばかりからか人は少なく、入ってきた竜郎たちをみた目の前のカウンターで受付業務をしている女性が二人、笑顔で会釈をしてくれた。


 その女性たちに軽く会釈を返しながら、入館料が記載された大きな表を見ていく。

 大人50シス。子供無料となっていて、非常に良心的な値段だった。


 四人分の料金を受付で支払い、そのついでに竜郎は受付の女性の片方に問いかけた。



「あの、こちらはゼッルマト・マピヤさんが運営している博物館で間違いないですよね?」

「はい。そうです。ゼッルマト・マピヤは、当館の館長でございます」

「僕たちがお会いすることはできないでしょうか? 是非、お話を伺いたいのですが?」

「面会の約束はされていますか? それともお知り合いですか?」

「約束もしていませんし、知り合いでもありません。……やはり突然ですし、だめですか?」

「わたくしどもでは何とも……。連絡を取ることはできますが、いつもお忙しいかたなので……。

 御用件をうかがって、お伝えいたしましょうか?」

「はい、ではお願いします」



 礼儀正しい、身なりも裕福そうでしっかりしている。ゼッルマトの貿易業のほうの関係者なのだろうかと、受付嬢も粗相がないように対応してくれた。



「では御用件とお名前をお聞かせ願えますか? できれば身分証を見せていただけますと、こちらとしては助かります」

「分かりました。まず用件は、ちまたで幸せのチキーモと言われている魔物についてです」

「ああ、館長が欲しがっているあのチキーモですね」

「はい。そのチキーモです」



 本当は魔物の素材について交渉したいのだが、それよりも向こうが食いつきそうな話題を提示した。

 そちらもどうせ聞くことになるのだから、嘘でもないので大丈夫だろう。

 


「それと身分証はこちらです」

「拝見させていただきます」



 女性はメモを取りながら、竜郎が何者なのか確認していると、その手の動きと体が止まった。

 何してるんですか? といった様子で横にいたもう一人の女性もその身分証を失礼にならない程度にちらりと見ると、そちらも固まってしまった。


 表示しているのは世界最高の冒険者ランク。頭が一瞬理解できずにフリーズしてしまったようだ。

 けれどすぐに対応してくれていた方の女性が動きを取り戻した。



「す、すぐに館長へ伝えてまいりますので、少々お待ちいただけますか?」

「別に急いでいるわけではないので、今すぐでなくてもかまわないのですが……」

「いえ、おそらく館長なら喜んで飛んでくると思いますので、お気遣いには及びません。

 チュマニ、少しここは頼むわ」

「はい、分っかりました!」



 チュマニと呼ばれた女性が右手を上げ力強く頷くのを見るや否や、もう一人の女性は博物館から飛び出していった。


 相手は世界最高ランクの冒険者。そしてそんな人物が特殊なチキーモに目を付けた。

 ということは、そこいらの冒険者や一般人には討伐はおろか、見つけることすら困難だったチキーモも、彼らならばやってのけられるかもしれないのだ。


 魔物コレクターとして有名なマピヤの一族が長年そのチキーモを追い求めていることは、この博物館関係者なら誰もが知っている事実。

 このチャンスをすぐにでも伝えないとあっては、さすがに温厚なゼッルマトでも怒るだろう。


 そんな思いもあって、女性は急いでいってしまったというわけである。



「えーと、どれくらい時間かかります?」

「館長の本業のほうの仕事場はわりと近くなのですが、どんなに短くても往復で数十分はかかるかと」

「なら、その間に博物館を見て回っていてもいいですか?

 それも目的の一つだったので」

「はい。もちろんでございます。館長が参られましたら──」



 受付嬢がカウンターに設置してあった、複数あるボタンのうち一つを押した。

 するとポーンという小気味よい音が館内全体に響き渡った。



「この音を鳴らしますので、そうしたらまたここに戻ってきていただければ問題ありません」

「分かりました。では少しうろついてきますね」

「ごゆっくり、お楽しみくださいませ」



 頭を下げた女性に会釈しながら、竜郎たちはゼッルマトがやってくるまで、軽く博物館内を見学することにしたのであった。

次回、第37話は3月17日(日)更新です。

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