第34話 カルラルブガラス
愛衣のシュークリームを食べて機嫌がよくなったヘスティアを微笑ましげに見つめながら、皆で次の予定について話し合っていく。
「もう夕方近いし、博物館は明日にしたほうがいいか」
「そのほうが、たっぷり見て回れるしね」
竜郎と愛衣は手を繋ぎ、歩きはじめる。
ニーナは竜郎の頭の上に乗り、楓と菖蒲は竜郎の横にぴったりとついてくる。
そしてヘスティアはその背中を守るように、シュークリームをちょびちょび食べながらついてくる。
「ちょっとその辺ぶらぶら歩いて、よさそうな所があったら入ってみるか」
「だねー」
とりあえず甘味探訪の旅は志半ばに終わってしまったが、今からどこかを見学に行くというのも中途半端な時間。
なのでぶらぶら歩きながら、適当にこの国の中を見て回ることにした。
そんな当てもない道中。愛衣が先ほどアーロンと約束していたことについて問いかけきた。
「そーいえばさ、スパイスの研究って言っても、具体的にはどんなものを想像してるの?
いまいち私には、どんな研究をするのか形が見えてこないけど」
「そうだなぁ。おそらくスペルツという魔物の香辛料は、それ単体で美味しいものだとは思うんだ。
けれどカレーとかで分かるように、香辛料ってのはいろいろ混ぜることで、より深い味に変わるものでもあると思うんだ」
「それ混ぜると、おいしーカレーができるの? パパ」
「できると思うぞ、ニーナ」
「たのしみ~!」
ニーナは竜郎の頭の上から愛衣の頭の上に飛び移り、また竜郎の頭の上へ──と、ぴょんぴょんはしゃぎはじめた。
竜郎は元気だなぁと笑いながら、話を続ける。
「だがたとえばチキーモをいれた鶏肉カレーと、ララネストをいれた魚介カレーでは、同じスパイスで作ったカレーでもいいとは思うが、それごとに合った配合のスパイスってのがあると思うんだ。
そしてこれは別にカレーに限ったことじゃなく、他の料理でも香辛料を使う場面なんて沢山あるんだから、この料理にはこういった配合のスペルツを使ったスパイスを──っていう、最適なものを見つけてほしいと思ってる」
「ほうほう。そりゃあ、確かにうちらだけじゃ大変かもね」
スパイスとなると種類は膨大。他にも地球産のものも入れればさらに膨大に。
その中から料理ごとの最適な組み合わせを──となると、素人が手を出すと時間がかかってしょうがないだろう。
「ん。フローラおねーちゃんなら、それもできそうな気がするけど?」
「たしかにあの子の味覚センスはずば抜けてるし、できるとは思う。
──が、フローラは一からスパイスについて研究しなければいけないし、一人しかいないんだから、任せられる人材がいるならそちらに任せてもいいと思わないか?
あんまり一人に負担をかけると、忙しくなってヘスティアもパフェを作ってもらえなくなるかもしれないぞ?」
「ん!? それダメ! おねーちゃんのパフェがないと私、死んじゃうかもしれない……」
「いや、死なんから……」
それくらいの気持ちになると言いたいのだろうが、ぶるぶると震えているところをみるに、精神的には危なくなってしまうのかもしれない。
「というわけで、そういう色々な場面でのスペルツの最良の活用方法をみつけたいっていうのが一つ。
それができたら俺たちが昨晩食べたレトルトカレーみたいに、簡単に食べられる美味しいカレーパックを売るってのも面白いかもな」
「日本のスーパーみたいに、カレールーだけを売ったりとかもできそうだよね」
「ああ、そうだな。そして密かな野望がもう一つ」
竜郎は人差し指をピンと立てて、意味ありげな顔をした。
愛衣もそののりに合わせて、にやりと笑った。
「野望……ほうほう、なんだか面白そーだね。おしえて、たつろー」
「分かった。俺がスペルツを手に入れたらやってみたいのは、万能調味料の開発だ」
「ばんのーちょーみりょー? ってなあに? パパー」
「とりあえず、俺みたいな料理がそんなにできないやつでも、それさえかけときゃ肉料理でも魚料理でもサラダでも、なんとなく美味しい料理ができるってやつかな」
「えーと、地球でいうクレイジーソ○トてきな?」
「まあ、イメージ的にはそんな感じか。だが使っているのはスペルツという最上級のスパイスだ。
その美味しさも格段に美味くなるんじゃないかと考えてる。
それに、たとえば冒険者が外で野営をする際に、そのへんの魔物を狩って腹を満たさないといけない状況があったとするだろ?」
「うんうん。ダンジョンとかだと補給に戻れないし、そこいらの魔物を食べたほうが長くもぐってられるしね」
途中で帰還することはできるが、一度出たら最初からやり直しなのがダンジョンだ。
となると、できるだけ深い層を目指すなら現地調達は基本だろう。
竜郎のような《無限アイテムフィールド》を持っているのなら関係ないが、《アイテムボックス》の場合は容量に制限がある上に、時間停止もできない。
さらに取得や容量の拡張には貴重なスキルポイント──SPを消費しなくてはいけないので、ダンジョン内での素材回収分や拾得物も考えたら余計なものを入れたくもないだろう。
「そういうときに食べられないことはないが、不味い魔物がいた場合。誰でも我慢して、その魔物を食べるだろ?」
「まあ、そうだね。食べられないことはないんだから」
「けれどそんなときに、俺が思い描く万能調味料があったとする。
するとあら不思議、これをかけて焼いただけなのに、美味しく食べられるぞ! ってな感じになってくれるとありがたい」
「ニーナが食べた、あのお肉みたいなこと?」
「まさにそんな感じだ。こっちは別に美味しいものにかけても、より美味しく食べられるようになるのが理想だが。
そして、そんな調味料をスペルツで作ることができるのなら、食品業界に新しい風を吹かせられるんじゃないか?」
「うんうん! びゅーびゅー吹いちゃうかもね!
少なくとも私なら、一本はとりあえず常備しときたいなって思ったし!」
「だろ。だからスパイスをよく知る優秀な人材を確保しておきたかったんだ」
楓と菖蒲以外はなんとなく竜郎の目指す先を理解し、なるほどと頷いた。
それを見た楓と菖蒲は、わけもわからずとりあえず真似をして頷き、皆の笑いを誘ってくれたのだった。
そんなふうに仲良く歩いていると、砂でできた円塔型の巨大建造物が見えてきた。
「あれがここの商会ギルドの百貨店みたいだね。とりあえず暇だし寄ってみる?
カルラルブガラスを買うならここ! って看板も見えるし、お土産も買えるかもよ」
「買うならここっていうくらいだし、種類も沢山あるかもな。行ってみるか」
夕飯前という時間からか奥様がたが出入りするのを横目に、竜郎たちは百貨店の中へと入っていく。
一階は全フロア食品売り場となっており、試食販売の匂いがこちらまで漂ってきた。
イルファン大陸よりも野菜が高く、よく分からない肉が複数売っている。
それ以外は特に変わりないなと、奥様がたに混じってフラフラしていると、フロアの目立たない隅の方に隔離され、なにかの肉塊のパックが置かれていた。
なんであんなところに?と興味を引かれ近寄っていくと、商品名のところにはドルガと書かれていた。
「これがドルガの肉か。確かにめちゃくちゃ安いな」
「えーと、これだとグラムあたり…………ほんとだ。捨て値ってのも頷けるね」
竜郎と愛衣がその安さに単純に驚いていると──。
「うー……変な臭いしなーい?」
「ん。する」
「「あぅ……」」
パック詰めされているので外までそれほど臭ってはこないが、嗅覚のいい竜種の子たちは敏感に感じ取って距離を取りはじめた。
竜郎と愛衣も称号効果を使って嗅覚を押し上げてみると、確かに獣臭というのか、野良犬のような臭いを感じ取ることができた。
「これをよくあのレベルまで美味しくできたな。アーロンさんは」
「あれだけスパイスに自信があったのも、今なら素直に頷けるね」
アーロンに頼んだのは正解だったと、現物の肉をみて改めて竜郎は思ったのだった。
それから食品売り場を抜け、特に他と比べて目新しいもののない二階、三階をフラフラし、なにか面白いものはないかと四階へ行くと、カルラルブガラスを売っている一角を発見した。
「お、これがカルラルブガラスか」
「このへんは、お土産コーナーなのかな?」
竜郎たちの視線の先にあるガラス製の棚の上に置かれていたのは、キーホルダーほどの大きさのガラス細工。
トカゲやヘビ、サソリや虫。または可愛らしい動物らしきものや草花まで多種多様で、青だったり、赤だったり、緑だったりといった様々な色一色で、それらは表現されていた。
値段はおおよそ1200シスから2000シスほどで、たしかに旅行に来てお土産として知人に買っていくにはちょうどいいものだった。
現に観光客らしき人たちも別の棚をみて、お土産を選んでいるようだ。
「うーん。よくできてるとは思うが、特殊なガラス細工と言われてしまうと、どこがそうなんだろうって感じはするな」
「可愛いんだけどねぇ。……おろ? なんか光にかざしてみてって書いてあるよ? たつろー」
「ほんとだな。やってみるか」
商品棚の近くに、愛衣が言った通りの内容の紙が貼られており、緑色のトカゲ型の一つを割らないように慎重に触れながら指で抓み、天井の魔道具の明かりにかざしてみた。
すると緑から真っ赤な色に一瞬で変色した。
「えっ」と思わず光からは外して手元で見てみると、普通の緑のトカゲの小さなガラス細工だ。
また透かしてみると、やはり真っ赤なガラス細工に変色した。
「どったの? たつろー。なにか起こったの?」
「え? 愛衣には見えなかったのか?」
「えーと、何が?」
「これ、光にかざしたら赤色になったんだが」
「えーほんとにー?」
竜郎は下から覗き込むように見ていたが、その横から見ていた愛衣には変色したようには見えなかったようだ。
試しに竜郎からそのガラス細工を受け取り、自分でかざしてみれば「ほんとだ!」と驚きの声を上げ、逆にそれを横から見ていた竜郎には何の変化も起きたようには見えなかった。
愛衣の反応をみて、ニーナも別の商品を手に取って同じようにし驚いていた。
「どうやら光にかざした状態で覗き込むと、別の色に見えるようになるみたいだな。特殊ってのはこういうことだったのか」
「おもしろいねー。お母さんたちにも買って行ってあげよーっと」
まだ奥にカルラルブガラス細工のコーナーがあるので、ひとまずお土産は後で買うことにして先へと進んでいく。
すると奥に行くにつれて小さくお手頃なガラス細工から、コップや皿、子猫ほどの大きさの、それなりにお値段が張るガラス細工が並びはじめた。
ここまでくるとガラスケース越しに見る形となり、手に触れることはできなくなっている。
だがその代わりに、正面の後ろ側に一つ一つ照明魔道具が置かれており、そのケースの前に置かれているボタンを押すことで、色の変化を確かめることはできるようになっていた。
「一番安いこのコップでも、一つ5万シスとか凄いね」
「だが色が二色になってる。光に透かすと両方別の色になるし、こっちのほうが作る技術も上っぽいから、妥当な値段なんじゃないか?」
さらに奥へ進んでいくとその分値段も上がっていくが、一つのガラス細工に使われている色の数も三色、四色と増えていき、大きさやガラス細工としての造形の細かさも増していった。
ここまでくると人も減ってきて、完全に奥までくると竜郎たち以外は店員以外は誰もいない──といった状況になってしまった。
値段も数十万から数百万シスもするので、そうそう買いにこようとする客もいないのだろう。
「一番奥に飾られていて、今までで一番高いってことは、これが一番いいものってことでいいのかな?」
大きさは一メートルあり、使われている色は十色ほど。造形はまるんとした壺型。
色の濃い暗色系の色合いの幾何学模様が描かれており、ステンドグラスのようにも見える。
そこへ照明を照らせば、がらりと色が変わり、暗色系から明色系になって、また違った印象を見るものに与えてくれた。
「きれーだね。パパ、ママ」
「だな」「そうだね」
竜郎はニーナの無邪気な感想を聞きながら値札に目線を送る。
お値段600万シス。今の竜郎なら余裕で買える値段だが、一般的に決して安くはない。
だがしかし、これを見ているとイシュタルのお土産に、最初に見た数千円のガラス細工を贈ってしまっていいものかと思いはじめてしまう。
彼女自身は値段など気にしないし、贈られたら素直に喜んでくれるのは間違いない。
本人も高い物を買ってきてほしいなどとは、微塵も思っていないだろう。
けれど周りの人がたまたまイシュタルが数千円のガラス細工を持っているのを見たときに、どう思うだろうか。
なぜイフィゲニア帝国の皇帝陛下ともあろう方が、あんな安物を? と思われてしまうのではないか。
それは友人として避けたいところ。
──と、そのように考え込みながら熱心にガラス細工を見ていると、それを隅から見ていた店員らしき五十代後半の男性爬虫人が近寄ってきた。
「随分熱心にご覧になられていらっしゃいますね。その作品が、お気に召しましたか?」
「え? ああ、はい。そうですね。いいものだとは思います」
今のところ、この作品に対して好きも嫌いもないのだが、社交辞令として竜郎はそう答えた。
男性も社交辞令と分かったうえで、軽く頭を下げた。
「それはありがとうございます。そちらの商品は、三級ガラス職人の中ではトップクラスの実力もつ者が作成した品でございまして、そのお値段でもかなりお安くなっているんですよ」
「はあ、お安くなっているんですね。……ん? 三級? これだけのものでも三級の職人なんですか?」
「ええ、二級の職人の作となりますとお値段も跳ね上がりますし、ここには置けませんからね。
……もしよろしければ、ご覧になられますか? 一点だけですが、一級の職人が作ったものもございますよ」
竜郎がどうする? といった視線を投げかけると、愛衣とニーナが見たい見たいと目で訴えかけてきた。
見るだけで買わなくてもかまわないとも言ってくれたので、竜郎たちは男に案内されるままに会計レジの後ろにある扉を通って、厳重な巨大金庫のような扉を通り、その中へと招かれたのであった。
次回、第35話は3月13日(水)更新です。