第342話 畑の味方
カデポエという一つの種から、様々な可能性に広がりを見せた翌日。
竜郎はやることを済ませ、愛衣の父──正和が管理している畑にまでやってきた。
今日も今日とて彼は楽しそうに、広大な畑を魔法で管理している。
「どうしたんだい? 竜郎くん」
「いや実は昨日みつけた興味深い魔物を復活させてみたので、正和さんの畑に置いてもらえないかなと思いまして」
「……え? 僕の畑にかい? そりゃあ、空いているところでいいなら、別にいいけれど」
「できれば畑のど真ん中がいいんですけど、ダメですかね?」
「え、えぇっ!? それはちょっと困るよ! 竜郎くん」
ど真ん中には普通に野菜が植えられている。
そこに置かせろというからには、その野菜たちをどかさなければいけなくなるのだから、正和の反応も最もだろう。
「まあまあ、お父さん。悪いようにはしないから、ここはたつろーに任せてよ」
「「まーせえお!」」
だがすぐに愛衣からフォローが入れられ、よく分かっていないが一緒にいる楓と菖蒲も「任せてよ」と赤ちゃん言葉で復唱する。
正和もいきなりのことで驚いてしまったが、よくよく考えれば〝食〟にここまで傾倒している竜郎が、無意味に畑を荒そうなどと考えるわけがない。
これは何か自分の畑にとってもいいことに繋がるのではないかと、彼はすぐに考えを改める。
「分かった。竜郎くんを信じるよ。
けど何をしようとしているのかくらいは、教えてほしいかな」
「ありがとうございます。実は農業の助けになる木の魔物が、ボダの亜種にいたんです」
昨日、竜郎が気になっていたのがまさにそれ。
毒のないボダの亜種はいないのかと探ったときに、偶然見つけた魔物。
名を『エンリッチャー』と冠する魔物で、自分の周りにある全ての植物を守り栄養を与え、それが食べられるものであれば美味しさのポテンシャルを一段階上げるという。
「その代わり栄養に恵まれた大地じゃないと、すぐに枯れてしまうらしいんですけどね」
「そんな魔物が……。つくづく不思議な世界だね、ここは」
「お父さんの品種改良によって美味しくなったお野菜や果物が、さらに美味しくなるなんて……ジュルリッ──楽しみだなぁ」
「ニーナも食べたーーい」
「「あうあう!」」
「あははっ、娘たちにこれほど期待されちゃあ、僕も頑張らないといけないね」
冷たい……というほどではないが、割とさっぱりとした対応しか愛衣にされないため、彼女の期待に満ちた瞳に正和は俄然やる気が湧き起こってくる。
「にしてもそんな魔物がいるなら、どこかの農家でも活用していそうなものだけど、復活ということは絶滅していたのかい? 竜郎くん」
「みたいですね。昔に最後の一本のエンリッチャーを争い、複数の部族間で大戦争が起きたそうですが、その余波で死んでしまったんだとか。
それだけ凄い効果を持った、魔物ってことなんでしょうね」
「そうなのか……。確かに食というのは、いつの時代でも大切だろうしね」
「わりと現代でも下手したら、それを巡って争いが生まれそうだねぇ」
「だな。だから俺たちの土地で、こっそりと使っていこうと思ってる。
まあ、そもそも余程土壌に恵まれた土地じゃない限り、すぐに枯れるから絶滅したような種で、管理も難しいんだけどな」
「土壌の管理は、僕に任せてくれて大丈夫だよ。腕が鳴るなぁ」
これで正和の仕事を、エンリッチャーが全てやってくれるわけではない。
むしろこの木は手入れをされた植物であれば、そこからさらに底上げを。
手入れをしなければ、手入れをしていない状態から底上げを。
──というように変わってくるので最高級の食材を追い求めるなら、これまでと同様に育てる必要があるため、むしろ忙しくなったとすらいえる。
だが正和は娘やちびっ子たちが笑顔になるところを想像し、今後の畑計画を頭の中でワクワクしながら練りはじめた。
「じゃあ置きますね」
「ああ、なら中心にある野菜をどけるよ」
「いえ、それはこいつが勝手にやってくれるはずなので、大丈夫ですよ。
その方が魔法で土ごと動かすより自然になるはずなので」
「え? それはどういう……?」
正和が首を傾げている横で、竜郎はエンリッチャーを《強化改造牧場・改》から召喚した。
今召喚したのは畑の中心どころか、正和が整備した収穫するために人が通る道の上。
「真っ白で綺麗な木だねぇ」
「でも葉っぱまで白いよ? 病気じゃないよね? パパ」
「病気じゃないよ。もとからこういう種なんだ」
出てきたのは土に埋もれていない太い根を脚のように動かし、根の先から葉の先まで全て病的なまでに真っ白な7メートルほどの魔木。
それが召喚されるなり周囲を確かめるようにその場で回転すると、野菜を踏みつけるように畑の方へと進みはじめた。
「お、おいっ、君。ちょっとまっ──」
正和が驚いて声をかけたそのとき、エンリッチャーの根っこの脚が降ろされた場所にあった野菜が、勝手に土ごと動いた。
そのままスルスルと滑るように、野菜の群れを突っ切るように、土の上を移動していく。
だが進行方向にある植物は悉く、まるでCGで作られた映像のように勝手に通り道をあけて、通り終わると元の位置に当然のように戻る──という奇妙な光景が繰り広げられた。
そして自分がベストだと感じた畑の中心で止まると、根っこが土の中へと水に沈み込むように入っていき、勝手に根付いていった。
野菜たちもまるでエンリッチャーが最初からそこにあったかのように、綺麗にどけられ囲むようにして畑に収まっていた。
しかしそれでは、幹の周りに生えた野菜たちは日の光が遮られるのではないか──と竜郎たちは思ったのだが、なぜかエンリッチャーの幹や枝葉は日光の干渉を受けず、木の下に影すらできずに光は燦燦と野菜たちにまで届いていた。
「本当に、この世界は不思議な事ばかりだ……」
「まあ異世界ですからね」
割と畑に引きこもりがちなため、こういった現象にも正和はまだ慣れていないようだ。
竜郎がありきたりな言葉で返事をしていると、根付いたエンリッチャーはさっそく正和によって作られた、豊富な樹魔法の魔力や栄養満点な土壌から必要な力と栄養を吸い取っていく。
「最初だからか、かなり持っていくな……。
正和さん調整をお願いしても良いですか?」
「ああ、任せてくれ」
このままでは周辺の野菜を美味しくするどころか、枯らす勢いで地中から魔力と栄養を吸い取りはじめたのを、竜郎は解魔法ですぐに察知し正和に伝える。
竜郎が魔法を使って調整してもいいが、ここは正和のフィールド。
下手にいじって変なことになってはいけないと、全てを彼に任せた。
「──ふっ!」
正和は自分の《アイテムボックス》から、リアがくれた杖を取り出し、必要な魔法とスキルを行使する。
土壌にたっぷりと樹魔法の魔力を浸透させ、とどめておく魔法と、土壌にたっぷりと栄養を行き渡らせる農業系のスキルを。
それぞれがパワーレベリングで上げられたレベルの暴力をいかんなく発揮し、エンリッチャーが歓喜の声をあげたようにすら感じるほどの喜びが、竜郎に眷属のパスを通じて伝わってきた。
「やっぱり俺が魔法で強引にやるより、専門のスキルでやった方が断然いいみたいだな」
「さっすが、お父さん。畑にばっかりSPを使ってただけあるね」
「僕は褒められているのだろうか……?」
「ちゃんと褒めてるってば」
「ははっ、なら嬉しいね」
満足いくまで吸い取ったエンリッチャーは、白い葉をふぁさ~ふぁさ~と波打たせるように揺らしはじめる。
すると葉から白い光の小さな粒子が舞っていき、周囲の野菜や果物たちに振り掛けられていく。
「おっ……おおおおおおおおおおおおお~~~~!?」
「うあぁっ!? どったのお父さん」
突然叫び出した正和に、愛衣だけでなく、竜郎もニーナも楓や菖蒲まで目を丸くする。
「ぼっ──僕の育てた野菜たちがっ、果物たちがっ、喜んでいるっ!!」
「えーと、そうなの? たつろー」
「いや分からん。けど解魔法で調べた限りでも、より元気になった感じはするな」
「じゃあもう美味しくなってるの!? ニーナもう食べていい!?」
「だめだよ、ニーナちゃん! まだだ! まだなんだ!!
この子たちは、さらなる成長を遂げようとしている!!
最高を超えた至高の野菜や果物になると言っている!!
ここで収穫するなんて、もったいなさすぎる!!
僕には、この子たちの喜びの叫びが聞こえるんだっ!!!」
「…………そうなの? たつろー」
「…………分からん。もしかしたら、そういう何かのスキルが、正和さんにはあるのかもしれない」
「ニーナも分かんないな~」
「「あう~?」」
楓と菖蒲は、なにをはしゃいでいるのだと意味が分からず首を傾げていた。
「けどこの畑の主である正和さんがそう言うんだから、まだしばらく結果が出るには時間がかかるんだろう。
ここは大人しく、正和さんが収穫していいというまで待とうな」
「「はーい」」
「「あい!」」
「うんうん、さすが竜郎くんだ。よく分かってる」
見たこともないほど鼻息荒くはしゃぐ正和に苦笑しながらも竜郎は、これならエンリッチャーとも彼は上手くやっていけるだろうと確信を持てた。
「どれだけ美味しくなるのか、結果が楽しみだ」
「なんといっても、お父さんが作ってるのは、ほとんど地球産の植物だからね。
それが美味しい魔物にどれだけ食らいつけるようになるのか、私も今から楽しみだよ」
「ニーナも!」
「「うっうー!」」
竜郎も《魔物大事典》で見つけた情報を頼りに、ここまでお膳立てしたに過ぎない。
ここからエンリッチャーの効果で、どこまで美味しくなるか。それはまだ未知数だ。
はしゃぐ愛衣たちと共に、竜郎はこの畑の食材たちへの期待に胸を膨らませた。
次も木曜日更新予定です!




