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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第33話 アーロンとの約束

 竜郎たちがはじめてこの世界に来てしまったときにいた場所は、ヘルダムドという国の領地内だった。

 そしてその時代はヘルダムドの国歴で表すと、ヘルダムド国歴992年の3月18日だった。


 けれど竜郎たちは、元の世界に帰ろうとしている間に、ひょんなことからヘルダムド国歴1028年の9月15日まで時間が飛んでしまうというできごとに巻き込まれたのだ。


 その空白の時間は約36年。それはまるで浦島太郎にでもなったような心地が、したことだろう。


 そして、この店主──アーロンと、その妻──ペネロペ。

 彼らと出会ったのは、その浦島現象に巻き込まれる前。

 現代はそれから約37年ほど経たヘルダムド国歴1029年の7月。

 そりゃあ、小さかった少年もいい年をした大人になろうというものである。


 だがそんなことを知らない夫婦からしたら、竜郎たちは異様だろう。

 なにせ自分が子供の頃にみたままの姿で、目の前に座っているのだから。



「なんで歳を取ってないんだ? あ、もしかして実は特殊な種族だったり?」

「あーはい、そうです。詳しくは言いませんけどね」



 竜郎は説明するのも面倒であるし、その理由もないので、自分たちの世界ではありえないが、この世界ならありえる常識──すなわち『そういう種族なんです』で受け流すことにした。

 それにある意味、異世界人は特殊な種族と言っても間違いではないので、嘘でもないだろう。


 明らかに普通の種族じゃないニーナやヘスティアもいることもあってか、アーロンたちはすぐにそれで納得してくれた。



「はぁ……羨ましいわね。人生のほとんどを若いままでいられるなんて」



 長命種は死が近づいてくると一気に老け込んでくる場合が多いので、体が若い期間がその分長いのだ。



「まーそーかもねー」



 しかしそんなことを言われても、実年齢二十歳も過ぎていない竜郎と愛衣からしたら、その羨ましいに頷けるだけの経験はない。

 なので愛衣が適当に答えておいた。



「ってことは、見た目はそんなでも俺たちよりも年上ってことか……。

 にしても格好はなんだかどっかのお坊ちゃんみたいだが、いったい何をしてる人たちなんだ?」

「冒険者? ですかね」

「なんで疑問形?」

「いえ、今後は魔物の畜産業などに手を出そうと思っていたんで、普通の冒険者とは言えないかもしれないなと」

「畜産業? たとえばどんな」

「今のところ魚介系の魔物と牛系の魔物を繁殖させているところで、あとは魔物を使った養蜂なんかですかね。

 近いうちに鳥系の魔物の肉や、美味しい酒なんかにも手がだせるようになる予定です」

「なんだか手広くやってるのねぇ。うちとじゃ資金力の差がありすぎるわ」



 それだけのことをやろうと思ったら、設備投資や人件費などで膨大な資金が必要になってくるだろうと思ったからこそのペネロペの発言だったが、ほとんど眷属にした魔物たちや、自前のスキルで何とかなってしまっているので、お金はほとんどかかっていない。



(このまま商品展開して儲かっていくと、うちにばっかりお金が集まって不味いかもな。

 嫉妬も恐いが、経済はお金をとどめてちゃいけないっていうし。

 どこかでお金を消費して、ちゃんと循環するような手段を講じるべきかもしれない)



 ペネロペに言われて改めてそのことに気が付かされた竜郎は、いずれ皆と相談してみようと頭のメモ帳に書き加えておくことにした。


 これは果たして高校生が考えることなのだろうかと脳内で苦笑しながら、ざっと今後の予定について考えていると、ふとあることを思いついた。



「あ、そうだ。アーロンさん」

「ん。なんだ?」

「あなたはスパイスについては、どれくらい知識がおありですか?

 わざわざこの国に来るほど魅了されているということですし、かなり造詣が深いのでは?」

「お、それ聞いちゃうか? 自慢じゃないが、その道の研究者にだって負けないと思うね、俺は。

 ありとあらゆるスパイスを匂いだけで判別できるし、他国でしか手に入らないスパイスだって取り寄せて研究してる。

 その味や特性、食べたことで体にどういう作用を及ぼすかまでこと細かくな。

 それに組み合わせによる──」

「ちょっと、そのへんにしときなって」

「うーん。これからが、いいところだったんだが」



 このまま放っておいたら数時間にわたって語りつくされそうだったので、竜郎は止めてくれたペネロペに感謝の意をこめて目礼した。



「あー、それでは次の質問なんですが、まだ人類史上ほとんどの人が知らないようなスパイスがあったとしたらどうします?

 それも美味しいことは確約されているものです」



 その香辛料スパイスの名は『スペルツ』。

 ララネストや今回探しに来たチキーモと同列の、美味しい魔物シリーズの一体だ。



「──!? そんなのがあるのか!? もももも、もしかして持っていたり!?」

「近いよ、アーロン。ちょっと離れてあげなって」

「あ、ああ。すまない」



 ぐいぐい顔を近づけられていたが、ペネロペが引っ張り戻してくれたので、竜郎はもとの体勢に戻った。



「残念ながら今は所持していません。ですがアテはあります。

 なのでいつかそれを捕りにいく予定です」

「なら俺も──」

「いえ、それはダメです。おそらく足手まといになってしまうでしょうから。

 ですがスパイスというものについては僕らは素人です。

 なので手に入れて育てたところで、それを最大級に生かした使い方ができるかは疑問です」

「…………そ、それで?」



 なかば予想が付きながらも、アーロンは期待を込めたキラキラした視線を竜郎に向けてきた。



「手に入れた暁には、そのスパイスの研究を手伝ってくれませんか?

 もちろんそのためにかかる費用などは全てこちらが負担しますし、成果に応じて報奨金もお出しします。

 お店もあるでしょうし、それにかかりきりになれともいいません。どうで──」

「やらせてくれーーーーーーーーーーーーーー!」



 竜郎が最後まで言い切る前に、その手をガシッと掴み、アーロンは店の中全体に響き渡るほどの大声量で叫んだ。



「ちょっと、アーロン! そんな簡単に──」



 話が美味しすぎて逆に怪しいとペネロペは思ったようだが、今のアーロンに否の答えを出すことはできなかった。



「もしここで断って別のやつの所に話がいったら、俺は絶対に一生後悔する!

 だからやらせてくれ!」

「………………はぁ、わかったよ。好きにしな。ほんとスパイスオタクなんだから」

「へへっ、そんなの分かってたことだろ。俺のことを一番分かってくれるペネロペだから、俺はお前が好きなんだ」

「そうね。私もあんたの、そのおバカなところに惚れちまったんだからね」



 なんだか夫婦がいい感じの雰囲気を作りだしたところで、他の客の何人かが二人を囃し立てはじめた。

 その二人の息子は黙って厨房の方から見ていたが、これ以上は見ていられないと肩をすくめ引っ込んでいった。


 愛衣はそんないつまでも仲のいい夫婦像に自分と竜郎を重ねて、少しうっとりしていた。

 ちなみに竜郎は両親がいつも家でいちゃついているので、そこまで言うほどか? と一人首を傾げていた。



「えーと、それじゃあ、この話はお受けしていただけるということでいいんでしょうか」

「ああ、期待には絶対に応えてみせる」

「頼もしい限りです。といっても、まだもう少し先の話ですけどね」

「できるだけ早くしてくれよ? 俺はあんたらと違って、百年も二百年も生きられるような種族じゃねーんだからな」

「分かってますよ。僕らもはやく食べてみたいですからね。何十年もかける気はありません」

「それはありがてぇ!」



 そう言うや否や、アーロンは大きな右手を竜郎の方へと差し出した。

 竜郎はその意味を察して、自分の手を差し出しガシッと握手を交わす。



「俺はここの店主、アーロン・ベイリーだ。あらためてよろしく頼む」

「僕は冒険者とかいろいろやってる竜郎・波佐見です。こちらこそ、よろしくお願いします」



 こうして竜郎は、いずれ手に入るであろう香辛料の研究者を確保することに成功したのだった。


 それから食事も終わり会計を済ませた所で、アーロンがふと思い出したかのように竜郎に話しかけてきた。



「ちょっと聞いてもいいか?」

「ええ、いいですよ。研究のことですか? それ用の研究施設とか建てたほうがいいですかね」

「スパイスのための研究施設!? ああ、いや……それも大変興味深い話ではあるが、今はそうじゃなくてだな。

 タツロウたちは、やっぱりいろんな国とかに行ったりしてるんだよな」

「まあ、そうですね。これからも方々の国々に行ってみたいと考えていますが……それが?」

「セオドア・ラトリフって男について、会ったりとか聞いたりとかしたことはないか?」

「セオドア・ラトリフ……ですか? えーと……記憶にないですね。その人がどうかしたんですか?」

「俺たちが小さい頃に遊んでいたパーティメンバーがあっただろ?

 セオはあのときのリーダーだったやつなんだ」

「ああ、はじめに僕らに話しかけてきた少年ですね」

「実はあいつ……十五歳のときに本気で俺は冒険者になるっつってな。

 親の反対を押し切って家を飛び出したんだ」



 あの場にいた子供たちは、心のどこかで本当に将来冒険者になるとは思っていなかった。

 だからこそ成長するにつれて、ダンジョンに入らなくなっていった。


 だがあの場にいて、皆をまとめていたリーダー──セオドア・ラトリフ。彼だけは本気でそれを夢見ていたのだという。

 けれど親からは稼業を継げと言われてしまい、それに反発して家出。

 それから親兄弟親戚はもちろん、アーロンたちも一切その消息が掴めぬままなんだとか。



「それは心配ですね」

「まあ……な。俺たちの家の前に手紙を残していったんだが、絶対に世界最高ランクの冒険者になってやるっ──て威勢のいいこと書いてあったもんだから、どっかで無茶してんじゃないかって心配で……どうした? 変な顔して」

「い、いえ、なにも」



 まさか今、目の前にいる竜郎や愛衣こそが世界最高ランクの冒険者とは露知らず、アーロンはそのまま話を続ける。



「まあ、聞き覚えがないならいいんだ。でももし、その名前を耳にすることがあったら、今度会ったときにでも俺たちに教えてくれないか?」

「ええ、もちろん。それくらいお安いご用ですよ。セオドア・ラトリフさんですね。覚えておきます」



 本格的な捜索依頼ならさすがに面倒すぎるので断っていたが、自分たちが行く先々でその名前を聞いたら知らせればいいだけと言うのなら、たいした労力ではない。

 竜郎はその頼みを聞くことにし、そのまま別れを告げて店を後にしようとした──そのとき、くんと袖をひっぱられる感覚に振り返った。


 するとそこには、翼がしゅんと垂れ下がってしまっているヘスティアの姿が……。



「……主。忘れてる?」

「え? 忘れてるって──あ」



 そもそもここに入ったのは腹を満たすのと同時に、この国の甘味情報を飲食店関係者から聞きだそうというのが本来の目的だった。

 断じてスパイス専門家を確保するためではなかった。



「い、いやぁ。おぼえてた……よ?」

「……ほんと?」

「ごめんなさい。嘘です。すっかり忘れてました」



 あまりにも真っ直ぐな瞳で見つめてくるものだから、竜郎はしらばっくれるのはやめて素直に謝った。

 するとヘスティアはあっさりと許してくれたので、あらためてアーロンに聞いてみることに。



「あ? 甘味? この国でか?」

「ええ、なにか一つくらいはあるでしょう? この国ならではの甘いもの」

「えーー…………あったかなぁ。普通に百貨店に行けば、甘いものくらい売ってるだろう? それじゃあ、ダメなのか?」

「そういうとこで買えるようなのは、いつでも買えるからいいんですよ。なにかないですか?」



 こちらの頼みごとだけして、竜郎たちの頼みごとを聞かないわけにもいかないと、アーロンは妻や息子、もう食べ終わってるのに居座っている常連なんかにも聞きまわってくれた。


 それでもいい情報がないので、息子を走らせ近くの店などにも聞いてもらったのだが……。



「すまねぇ。この国はもともと俺んとこみたいにスパイシーな味付けや、塩っ辛い食べ物が好きなやつばっかなんだ。

 だからこの国独自の甘味とか、そういうものを主に取り扱ってる店はないと思う。

 甘いものが欲しくなれば百貨店で菓子でも買えばいいしな。

 いや、力になれなくて本当にすまない」

「い、いえ、ないものはしょうがないですよ。こちらこそ、いろいろ聞きまわってもらっちゃってすみません」



 この国の言語は分からなくても、なんとなく無いことを察したヘスティアは、死んだ魚のような目で呆然としていた。

 そんな彼女に気遣わしげな視線を向けてくるアーロンに、竜郎はお礼を言って店を出た。



「ん!! やっぱりこの国きらいっ!!」

「ありゃりゃ、ヘスティアちゃん激おこだぁ。

 しょうがない。愛衣ちゃん秘蔵のスペシャルシュークリームをあげよう!

 たつろーのほうに入ってたよね、出してあげて」

「はいよ」



 時間を止めて保存しておける竜郎の《無限アイテムフィールド》から、愛衣が日本でゲットしてきた本気でお高いシュークリームを取り出した。

 そしてそれを愛衣に渡し、愛衣がヘスティアに渡す。



「これ……食べていいの?」

「いいよ。お食べ~」

「うぅ……アイちゃん。ありがと。大好き~」

「ふふっ、どういたしまして」

「泣くほどのことだったのか……」



 実際に涙は流してないが、目を潤ませながら愛衣に抱きつくと、ヘスティアはフローラが作るものとはまた違う、そのシュークリームの味に目を丸くしながら、幸せそうに小さく微笑むのであった。

次回、第34話は3月10日(日)更新です。

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