第332話 次なる美味しい魔物
町というには少々大仰な『エリュシオン』という名前だが、ダンジョンの町の正式名称も自分たちの納得のいくものになった。
さらに遊園地や魔物園、地下鉄やその駅のデザイン案もほぼ纏まり、町として完成するまでラストスパートに差し掛かってきた。
リオンやルイーズも、これまでの人生の中で最高に忙しい日々を送っている。
もちろん竜郎と愛衣もやることはやっているが、面倒な部分はカサピスティ側の者たちやギルドの面々がやってくれているので、こちらはまだそこまで忙しいというわけでもない。
今日も今日とて楓や菖蒲、ニーナを連れて領地内を回りながら今日の分の畜産業に勤しんでいた。
ちびっこ二人はいつものように、ニーナが一緒に遊んであげている。
「どうせなら町の完成を見届けてから、地球の方に戻りたいよね」
「食材関係もイシュタルのお祝いだったり、町の料理人たちの試作品用だったりで、普段以上に放出したから地球で売れるほど確保もできてないしなぁ」
「もうこっちにきて、地球に帰らないままどれくらい経ったっけ?」
「こっちだと一日の時間も違うが、日数だけで言うならだいたい四ヶ月強……五ヶ月はいかないくらいなはず」
「はぇ~、なんかあっという間に時間が過ぎちゃってるねぇ」
最近ではイシュタルの娘である『ユスティティア』の創卵だったり、街づくり開発、お祝い用の新しい美味しい魔物復元と忙しく活動していたため、すっかり地球のことを忘れ夢中になっていたことをここで思いだす。
「なんというか、いざいつでも帰れる状況になると、不思議とそこまで帰ろうとも思わなくなっちゃってるんだよな」
「ねー。帰れなかったときは早く帰りたいって、あんなに思ってたのに」
「父さんたちも父さんたちで、こっちで自由を謳歌しまくってるし」
「あはは……。たつろーのとこもそうだけど、うちのお父さんもどんだけ畑広げるの? ってくらい広げて毎日ウキウキしてるしね。
今日はなになにが収穫できる~とか、なになにの種を植えるぞ~とか会うたびに言ってるし。
まあ土地は有り余ってるし、私らも美味しい食材が近場で簡単に手に入れられて助かってるけど」
竜郎や愛衣も学生の本分も忘れ異世界で自由奔放に活動して回っているが、その両親たちでさえ普段の生活も忘れこの世界を全力で楽しみ、一度帰ろうかという話題すら上がってこない。
「好きで今の仕事やってるとは言ってたが、やっぱり大なり小なりストレスとかはあったんだろうな」
「そりゃあねぇ。私たちはまだよく分からないけど」
もう帰らないという雰囲気でもないが、父親たちは酒造りに農業。母親たちは奥様方に受けそうな商品開発などなど忙しい毎日を送っているが、それでも楽しそうだ。
帰ったところで、またいつでも来ようと思えば来られるが、もう少し両親たちの長期休暇を楽しませてあげようと二人で結論付ける。
「そうなると俺や愛衣と違って親たちはこっちで過ごした分、歳もとっていくし、近いうちにウサ子にスキルを使ってもらって年齢を元に戻したほうが良いかもしれないが」
「もうやった方がいいの? 別に見た感じ老けたようには見えないけど」
竜郎の眷属にして魔王種でもあるウサギ小人──ウサ子は、スキル《惑星記憶貼付》により状態ごと記憶にある姿に復元させることができる。
これならば、こちらの世界で積み重ねた両親たちの年齢もリセットすることができてしまう。
「俺たちは毎日のように見てるから気づかないだけで、職場の人とか近所の人は昨日今日会ってた人が翌日何か月も経った状態になるわけだし、念のため細かくやっておいた方がよくないか?」
「一、二年くらいなら誤差の範囲だと思うけどねぇ。
私たち子供の数か月は本当なら結構差が出るかもだけど、お母さんたちはもういい大人なんだから、そうそう見た目も変わらないでしょ。
それでいうならもういっそのこと、もっと若い頃、それこそ私たちくらいまで若返られせた方が手っ取り早くないかな?」
「いちおう本人たちはまだそこまではいいとは言ってたが……、今のうちに地球の方で過去に戻って父さんたちの若い頃の状態を、ウサ子にみせておいてもいいかもしれないな」
「そうすれば、いつでもウサ子ちゃんに頼んで、お母さんたちも若返ることができるしね」
などと親の話をしていたから……というわけではないが、ちょうど愛衣の父──正和の農園が近かったこともあり、話題の中の一人である彼から声をかけられた。
「おお、ちょうどよかった。愛衣、竜郎くん、ちょっといいかな?」
「なーに? お父さん。また良い品種改良ができたとか?」
「そっちは特にいつも通りだよ。ただちょっと相談というか、頼み事というか」
「俺たちにですか? 何でしょうか?」
「いや最近カサピスティの王都に行ったときに寄った書店で知ったんだが、なんでもこっちの世界にはとんでもなく美味しい豆があるらしいんだ。
できればどこかで、その種を調達してくれないかな? 場所までは分からないみたいだったけど、竜郎くんなら分かるんじゃないかい?
最近は自家製の醤油とか味噌づくりにも嵌まってて、それほどのものがあればどんな味になるのか気になってしまっているんだ。
その情報によれば大豆のような見た目だったらしいし、それなら使いやすそうだろ?」
「お父さん、そんなとこにまで手を出してたの!? 畑だって、じゃんじゃん広げてるのに」
「いやぁ、こっちには魔法っていう便利なものまであるから、今じゃもう言うほど畑仕事は大変じゃないんだ。
だからあれこれ手を出してたら、いつの間にか──ね」
正和は戦いなどには興味を持たず、どこまでも農業に関係したスキルだけを取得し続けた結果、未開の地を自力で農園に開拓し、独力でそれを管理できるまでになっている。
彼の性格もあってかなり効率的に仕事をこなせるため、余った時間で野菜などを加工した発酵食品にも手を伸ばしていた。
「なるほど……。けどそんな美味しい豆があるって言うなら、とっくにハウル王たちがくれる情報にもある気が…………ああ、あったかも」
「ほんとかいっ! それでどこにあるのかな?
愛衣たちが忙しいっていうのなら、私だけでも行けるなら行ってくるんだが」
「いや、それはたぶん無理かと」
「そうなの? お父さんだってたいていの場所なら、自衛くらいは普通にできると思うけど」
自衛用に作った凶悪な品種改良された植物の種を用いた《樹魔法》は、下手な戦闘に特化した兵士や冒険者よりも強力だ。
正和は一人でも十分に戦える力は有している。
だがそんなことは竜郎も分かっていた。無理というのは戦う力とはまた別の理由があったから。
「いやいや、その豆ってたぶん今は亡き美味しい魔物のことだからだよ、愛衣。
確か肉や魚、野菜や果物に分類していない、その他の三種──水、香辛料に続く美味しい魔物として豆もあったから。
その情報、かなり昔の物じゃないですか? 正和さん」
「えっ……ああ、確かに。立ち寄った書店の中でも、かなり古い本の中に書かれた話だったから。
あれは植物じゃなくて魔物だったのか……。それじゃあ僕の領分じゃあないなぁ、残念だ。
自分で種から改良したりもしたかったんだが……そうか。
けどいずれは、その魔物も竜郎くんは手に入れるんだろう?」
「そのつもりです。水や香辛料もそうですが、豆だっていろんな加工ができそうですから」
「ぱっと思いつくだけでも、お豆腐に納豆、味噌、醤油……あとは豆乳だってもとは豆だしね。
特にお豆腐とか、ヘルシー路線の美味しい料理とかいっぱい作れるようになりそう」
「他にも大豆みたいに使えるなら大豆油だって取れるし、油揚げや、きな粉なんてのもいけるだろうね」
「ですね。うーん……確かによくよく考えれば、加工できる要素も多いし早めに研究する価値はあるか……。
そのためにも、とっとと手に入れておいた方が良いかもしれない。
──よし、次はそっちの復元に手を出してみるか」
最近では街づくりに関わっている者たちの間で、あまりにも美味しい料理が出るため食べ過ぎてお腹がポッコリしてきた──なんて冗談交じりの話もよく聞くようになってきている。
このまま町が開放されれば、それはさらに拡大していき、最終的に健康によろしくない太り方をした者たちで溢れかえってしまうかもしれない。
そうならないためにも、竜郎は今のうちにヘルシーで肉の代用としても地球でよく聞く大豆もしくは豆腐の入手を急いだほうが良いかもしれないと思い至る。
「なら次の直近の予定は決まりだね」
「まずは行き先を軽く調べてからだけどな。
ってなわけで、近いうちにその豆を用意しますね、正和さん」
「それは嬉しいな。ありがとう、竜郎くん。
どんな魔物か分からないけど、元が植物というなら僕にも加工のしようがあるかもしれない。今から楽しみだよ」
今のところ緊急で町づくりや、イフィゲニア帝国関係でやらなければならないことはない。
ならばまだ芸術家たちの話がまとまったり、エーゲリアの第二子の話になる前。ちょうどこの空いた隙間の期間に行ってしまおうと、竜郎たちは次なる新たな目的へと動きはじめた。
次話も木曜日更新予定です!




