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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
33/451

第32話 甘味を探して……

 目に見える範囲で甘味に関するようなお店は発見できなかったので、竜郎たちは王都を歩きはじめる。


 ヘスティアが前を歩き、その後ろをついていく。

 ニーナは愛衣の頭の上に乗り、楓と菖蒲は竜郎の横にぴったりくっついて自分の足で歩いている。

 竜郎たちの歩幅に合わせるのは大変かと見た目だけでは思われそうだが、やはり竜種。

 そこいらの大人よりも体力も運動能力も優れているので、へっちゃらだ。


 そして愛衣は間にいる楓を挟んで竜郎と手を繋ぎ、デート気分で散策中。


 しばらくそんな状態で進んでいると、目立つ砂造りの大きな建造物が目に入ってきた。



「目立つので、王都に行けばすぐに分かる──って聞いていたが、まさにだな」

「ふふっ、なんか恐竜好きの子を連れてきたらはしゃぎそうだね」



 砂の建物自体の基本の形はむしろ普通。上辺は山なりに弧を描いているが、おおよそ長方形と言っていい。

 だがその壁には一面飛び出す絵本のように、立体的な魔物たちの姿が砂で表現され、躍動感あふれる一つの彫刻アートのように思えた。


 けれど目立つのはそれだけではない。

 歩道から伸びる入り口までの白い道以外の敷地には、この国に来てからほとんどお目にかかってこなかった緑が生い茂っている──ように見える。

 

 見えるというのは、それは植物ではなく人工物だからだ。

 地面いっぱいに設置してあるのは、人工芝のような砂ではない何かで再現された背の短い草むら。

 その草むらの中には、草むらと同じ素材で作られた生い茂る葉っぱを付けた、砂を着色して作った木々のオブジェ。

 色鮮やかな花々の模型も自然な様子で設置されていて、ここだけ森なのかと思ってしまうほどのできだった。


 さらにその自然を再現した敷地内には、これまた自然な様子に、この国にはいない魔物たちの暮らしが着色された砂の模型で表現されていた。



「外の国の魔物たちの様子を、この国の人たちにも見せようとしているのかもしれないな」



 そこは魔物博物館。来たかった場所の一つである。

 竜郎の足が自然と動き、博物館の方へと歩いていこうとした──が、その腕をヘスティアに掴まれた。



「ん。まずは甘味探しって言ってくれてた」

「あ、ああ。そうだったな。わるいわるい。

 時間はあるんだから、後でじっくり寄ればいいよな」

「ん」



 楽しみは後にとっておくことにして、今はヘスティアの趣味に付き合い、彼女の後ろをまた歩きはじめた。




 歩けど歩けど甘味の「か」の字も見つからない。

 砂糖くらいなら探せば売っているだろうが、目的はこの国ならではの甘い食べ物なので、そういう問題ではない。


 竜郎や愛衣は、まさかここまで見つからないものなのかと難しい顔をしているだけだが、ヘスティアは少しだけ頬を膨らませむくれていた。

 それはよく見なければ分からない程度のものだったが、感情の起伏が翼の動きにだけ現れる普段無表情な彼女には珍しい。

 それだけ食べたことのない甘味に期待していたのだろう。


 そして、ついに我慢も限界を迎えたようだ。



「ん~~~! この国嫌い!」

「ありゃりゃ、ついに限界を迎えちゃったか。

 ほら、とりあえずこれ食べて機嫌直して」



 愛衣はおやつにと自分の《アイテムボックス》にいれていた、少しお高いトリュフチョコのお菓子を渡した。



「ん! アイちゃん、大好き!」

「ふふっ、ありがとね」



 ヘスティアは愛衣をぎゅ~っと抱きしめ感謝を表すと、ぱくぱくチョコを食べて機嫌が戻った。


 再び甘味探しを開始し歩いていると、目線の先にマンガ肉のような形をしたユニークな砂造りの店が見えてきた。

 そこはどうみても甘味とは関係なさそうなのでスルーしようとするが、形が面白いので通り抜けざまに店の中を思わず見てしまう。

 見ると既に昼時は過ぎているからか、空席が目立っていた。


 そのようにして中を横目に覗き見ていると、店主らしき、がたいのいい人種の四十代後半ほどの男性と竜郎の目があったので思わず立ち止まった。


 店主はラグビーでもやっていそうな体型だったが、人のよさそうな顔立ちをしており、笑顔でニコっと笑いかけてきた。

 その笑顔から察するに「食ってくかい?」といったところだろう。


 また立ち止まると同時にスパイシーな香りが微かに鼻孔をくすぐり、おもわず腹の虫が鳴りそうになった。


 甘味処などすぐ見つかるだろうとたかをくくり、朝はトーストだけで簡単に済ませてしまったのに、昼食はまだ食べていないことを思い出したのだ。



「ん。そこ関係ない」

「あーでも、これだけ歩いて見つからないってなると、誰かに聞いた方がいいかもしれないぞ。

 飲食店だし美味しい店について、店員さんなら知っているかもしれないし」

「ん~~~~…………。じゃあ、入る」

「「やったー」」

「「うー!」」



 やみくもに歩いても情報が集まっていないことはヘスティアにも分かっていたし、お腹もすいてきたので、ここは一度立ち止まって情報収集をすることにしたようだ。

 ちなみに幼児二人は適当にノリに合わせて叫んだだけである。



「…………ん?」

「えっと、なにか?」



 目があった店主らしき男性が対応しにやってきたのだが、竜郎と愛衣の顔を交互に見つめ首を傾げた。



「あー……いや、すまない。なんでもないよ。何名様で?」

「ちびっ子二人もいれて六人です」

「はいよ。それじゃあ、あそこの席に座ってくれ。

 ちびっ子はそこに専用の椅子があるから、必要なら持って行ってくれていいからな」

「わかりました」



 なんだったんだろうと首を傾げながら、足が長く座面の小さな椅子が隅の方に置かれていたので、竜郎と愛衣は一つずつ持って指定された席に並べ、そこに楓と菖蒲を座らせた。

 ニーナは器用に大きさを調整して、少し大きくなったので普通の席でもちゃんと座れていた。



「……ん? こちらがお品書きです。決まったら声かけてくださいな」



 店主と同年代であろうエプロンをした、クセッ毛で黒のセミロングの猫系獣人の女性がメニュー表を持ってくると、それだけ言って机に置いて去っていった。

 そしてその女性もまた、竜郎と愛衣の顔をみて最初に少し疑問顔を浮かべていた。



「なあ、ヘスティア。俺と愛衣の顔になにかついてるか?」

「ん。目と鼻と口」

「いや、そうじゃなくてだな」

「ん。冗談。なにもついてない」

「だよねぇ? なんなんだろ」



 別段不快になるような反応ではないのだが、微妙に気になる。

 けれどまずは食事だと、メニューを見ながらそれぞれ選んでいった。


 竜郎はパスタにミミントなる魔物のひき肉を使った、スパイシーなハンバーグが乗ったものの大盛りを。

 愛衣は竜郎と同じ魔物の極厚ステーキ肉とパンを。

 ヘスティアはシュロなる魔物の肉を加工した、大きなソーセージを使ったホットドックを。

 菖蒲と楓は、大盛りで頼んだ竜郎のパスタとハンバーグを分けてもらう。


 そしてニーナは、この店の看板メニュー。

 ドルガなる魔物の骨付き肉を豪快に焼いて、この店オリジナルのスパイスで味付けされたもの──つまりは、店の外観にもなっているマンガ肉である。


 ニーナは配膳されるや否や、そのマンガ肉に豪快にかぶりついた。



「これおいしーよ! パパー」

「そうなのか? ちょっと見た目が豪快すぎて食べにくそうだったから遠慮したんだが……一口食べていいか?」

「うん! いいよー」

「ねえ、ニーナちゃん。私のもちょっとあげるから、一口ちょうだい」

「ママもいーよ!」



 竜郎はニーナが使っていないナイフとフォークを駆使して一口サイズにスライスし、自分と愛衣の皿の上に乗せた。

 そして自分のフォークで刺して口に運んでみると、カレーや竜郎のハンバーグとはまた違う、スパイシーな香辛料の香りが口の中いっぱいに広がった。


 肉はかなり臭みがあるようだが、この味付けに使われているスパイスのおかげで、逆にそれがうま味を引き立てているようにも感じる。

 もしこのスパイスを他の肉に同じように使った所で、ここまで美味しくはならないだろう。


 確かにこれは看板メニューとしても頷ける一品であった。



「しかもこれが一番安いんだよな。これだけ美味しいのに量も多いし、どうなってんだ、この店は。赤字経営か?」

「はははっ、そんなこたぁしてねーよ!」



 竜郎たちの話が聞こえていたのか、笑いながら先ほどの男性がやってきた。



「これはあなたが作っているんですか?」

「ああ。料理人兼、ここの店主をさせてもらってる」

「ねー、おじさん。さっき、そんなこたねーって言ってたけど、ほんと?」

「ああ、ほんとさ。なんと言ってもその肉は、本来クセが強すぎて捨て値同然で売られている安い肉だからな。

 だが俺は独自に配合したオリジナルスパイスを使うことで、ここまでの料理にすることができたってわけさ。

 おかげでうちは大繁盛。今は時間帯的に空いてるけどな!」

「なるほど……原価が安いからこの値段でということですか」

「まあな! 使ってるスパイスのほうが高いくらいだ」



 聞くところによれば、この男性はもともと串焼き屋の次男坊として生まれたが、この大陸で取れる豊富な種類のスパイスに魅了され、親元を離れこの国にまでやってきたらしい。

 だが親元で培ってきた串焼き屋なんてのは当たり前のようにあり、繁盛しなかった。


 そこで目を付けたのが、極貧生活を送っているような人しか買わないドルガの肉。

 これに自分が魅了されたスパイスを使えば、安くて不味い肉を美味い肉に変えられるはずだと一念発起。

 糊口を舐めるような生活に耐え忍びながら、最終的に最良のスパイスレシピにたどり着き、小さなボロ屋台から自分の店をもつまでに至ったのだそう。


 ──と。店主の苦労話に相槌をうちながら食べていると、先ほどの獣人の女性がやってきた。



「あんたは、ま~たその話を旅行客にしてるの? ごめんなさいね」

「いえ、なかなか面白い話でしたよ。それに料理もおいしいですし」

「だろう! ほらなペネロペ。この人たちは楽しんでくれてんだ。余計な口出しはしないでくれよ」

「はぁ。ならいいんだけど。でもね、アーロン。まだ洗い物が残ってんだから、そろそろ手伝って」

「あ、はい──って、ことですまないな。これで俺の話は終わりだ」

「いえ、お仕事頑張ってください」

「……………………」



 男が仕事に戻るような素振りを見せたかと思えば、またピタリと止まって竜郎と愛衣の顔を見てきた。



「あの、やっぱり俺たちになにかあるんですか?」

「あー……その、なんだ。おかしなことを聞いてもいいか?」

「ええ、いいですよ」

「俺と会ったことないか? それもかなり昔に」

「ああ! それ私も思ったんだよ!」

「ペネロペもか?」



 どうやら夫婦そろって竜郎と愛衣に見覚えがあるらしい。

 だが竜郎と愛衣の外見は人種であり、年齢は二十歳にも満たない少年少女。


 昔に会ったような気がするが、そんなわけないよなと、はじめはすぐに気にしないようにしたのだ。

 ──が、やはりここにきて、直接話して、やっぱりどこかで会ったことがあるんじゃないかと思ったようだ。



「えーと、僕にはそんな記憶ないんですけど……愛衣はどうだ?」

「私もないよ。ちなみに、店主さんと……えーと、奥さん?」

「そうだよ」

「名前を改めて聞いてもいい?」

「もちろんだ。俺はアーロンで、妻はペネロペだ」

「う~ん。やっぱり聞き覚えはないなぁ」



 愛衣は名前を聞いても特に覚えがないので直ぐに否定したが、あらためて名前を聞いたことで、竜郎の脳裏になにかざわつくものを感じた。



(体格のいいアーロンと、獣人の女性ペネロペ。この二人の組み合わせをどこかで……あ、もしかして)



「あの、お二人は昔から知り合いだったんですか? それこそ小さな子供のころから」

「ええ、そうよ。私たちが子供の頃はイルファン大陸ってところにある、レベル1のダンジョンに潜って、仲間たちと冒険者ごっこをして遊んだものよ」

「まあ、そんで大人になるにつれてごっこ遊びは卒業して、真面目に将来について考えはじめて、それからいろいろあって今に至るわけだ。

 ……もしかして、なんか思い出したのか?」

「もしかして、ですが。その子供の頃に冒険者ごっこをしていた時、アーロンさんは盾を持ってませんでしか?」

「よく分かったな。ああ、でも、この体格ならなんとなくそうかもって思うか」

「それでペネロペさんは、その獣人の身体能力を生かした前衛についていたりとか?」

「私みたいな猫系の獣人は、前衛で敵を翻弄することが多いからね」

「では最後の質問ですが──」



 竜郎はそこで席を立つ。そして記憶を頼りに、左手は腰に当てやや斜に構え、右手は親指で自分の胸をさし不敵に笑う。


 愛衣はこの時点で気がついたし、ヘスティアや楓、菖蒲はわれ関せずと食事に夢中。

 ニーナはパパかっこいーとはしゃいでくれているが、他の少ない客たちは、なんだあの恥ずかしいポーズをとっている少年はと、注目が集まってしまった。


 少し竜郎の頬が羞恥に染まった。愛衣はそれを見て、私の彼氏超可愛い! と萌えていた。



「ぐ……このポーズに見覚えは?」

「それって! アーロンが子供の頃によくとってたポーズじゃない!」

「ひぃぃぃーーーペネロペ! 言うんじゃない! そして息子おおお! こっちを見るな! 仕事に戻れええ!」



 ちらりと竜郎たちが厨房の方に目を向けると、獣人と人種のハーフの青年がこちらを見ていることに気がついた。

 だが竜郎のポーズを昔自分の父親がよくしていたことを知り、厨房の奥に戻りながらも肩を震わせ笑いをこらえていた。



「あっ、じゃあ、そうなると確かペネロペさんは──」



 耳のいい息子が聞きつけて、また厨房から顔を出してきた。

 母はそれにいち早く気がついた。



「いやぁああ! やめて! それだけは勘弁して! 息子が見てるのぉ!」

「あ! ペネロペ! お前だけずるいぞ!」



 愛衣も負けじと昔見た獣人の小さな少女がとっていたポーズを真似ようとしたのだが、それはペネロペに抱きつかれて全力で阻止されたので、かわいそうになりやるのは諦めた。



「お、思い出したぞ! 確か三十年以上前に俺たちが冒険者ごっこでよく行ってた、ダンジョンの入り口前にいたバカップルだな!」

「ば、ばか……」

「ああ、あのレベル1ダンジョンに来てるのに、やたらと羽振りがよさそうな装備品をつけてた成金パーティの!」

「な、なりきん……。そんな風に見えてたの……? 私たちって」



 そう、アーロンとペネロペ。

 彼と彼女は、竜郎たちが以前にダンジョンとはどんな場所なのかと知るために寄ったレベル1ダンジョンの入り口前で、たまたま話した少年少女の成長した姿。


 竜郎たちがそのダンジョンに入る前から見ていた彼らからすれば、今から戦場ダンジョンに向かうというのに、いちゃいちゃと歩く竜郎と愛衣はさぞかしバカップルに見えたことだろう。


 さらに凄腕の冒険者には見えず、使った形跡もない真新しく値段が張りそうな装備品を身に纏った若者をみれば、金にものをいわせて揃えた成金パーティに見えなくもなかったことだろう。


 その上で奇妙な動物や自分たちと同じくらいの幼女まで連れていたのだから、さぞ彼らの印象に残ったことだろう。

 ずっと昔のことだというのに、今なお竜郎と愛衣の顔を薄らと覚えていたほどに。


 ──だが、ここでアーロンとペネロペは気がついた。

 それは三十七年ほど前の話だということに──。



「「…………あれ?」」

次回、第33話は3月8日(金)更新です。

もしアーロンとペネロペについて気になったかたは、

前作『レベルイーター』、第127~128話を読んでみるのもいいかもしれません。

そこで少しだけ二人が出ています。

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