第327話 イシュタルの手伝いを終えて
イシュタルとの約束であった真竜の卵の創造の手伝いを終え、肩の荷が下りた竜郎たちはいつも通りの日常に戻っていき、異世界周期で二月ほどの穏やかな日常が流れていった。
呼び出されたらすぐに向かえるよう、一時ほぼ全ての活動を止めて待機していたため、その間に溜まっていた仕事を片付けながら。
「まだ生まれてないかなぁ」
「そりゃあ……まだだろな。
いくら俺たちで半分は終わらせたっていっても、あと半分は弱った状態のイシュタルが自分自身の力だけでやらなきゃいけないわけだし」
「だよねぇ……。本来のイシュタルちゃんなら、あと半分くらい数日もあればできちゃいそうなのに」
「真竜としては、もうほぼ大人って言ってもいいくらいには成長してはいるようだけどな」
竜郎たちと出会ったばかりの頃は真竜の特徴であるプラチナ色の竜鱗ではなく、その未成熟体を表す銀の鱗をもつ竜だった。
しかし今や竜郎たちとの冒険で力をつけ、世界力の循環も自力でできるようになり、メキメキと力をつけ、今では銀の鱗の個所を探す方が難しくなっている。
体の大きさもエーゲリアにかなり近い。
人型形態でも数本銀髪が混じっているだけで、もうほぼプラチナ色。
体つきも大人の女性一歩手前といった程度に成熟していた。
「さすがにエーゲリアさんと比べるとアレだけど、普通に素の力だけならもう私らの中でも頭二つ三つ抜きんでてるしねぇ」
「そう考えると多少弱体化しても、そんなに長いことにはならないだろうし、こっちはのんびり待っていよう」
エーゲリアが生まれるときも、イシュタルが生まれるときも、やはり一番苦労したのは外部の協力者だった。
逆に言えば竜郎たちがいる限り、そこは楽にクリアできるので、二月経っていようと史上最速で生まれてくるのは間違いない。
「だねぇ。でもアルムフェイルさん、エーゲリアさんの二人目の子も早く見たそうにしてるし、そういう意味でも早く生まれてくれたらいいね」
「エーゲリアさんなら弱ったところでって感じだろうし、普通に俺たちが手伝ったその日のうちに孵化ってのも十分にありえそうだから、その夢もいよいよ叶いそうではある……。
けどその拍子に満足して──ってなるのは困るな。不謹慎な言い方にはなるが」
イシュタルへの協力をしたことで、さらに蒼太への暴れ槍の評価は高くなっている。
自分とこれからやっていこうとする者が、次代の真竜様の産まれに関われるなど光栄なことだとばかりに。
そのため槍の扱いもより様になってきており、もうすぐ雷水を発動した状態で槍を振るうという、アルムフェイルが当初出した課題をさらに超えた結果を披露できそうではあった。
だがそうなったらそうなったで、まるで「いやお前ならもっといけるだろ」とでもいうかのように、今度は雷水の形態変化まで求めるようになってきたと蒼太が泣きそうになりながら報告してきたことを竜郎は思い出す。
そこまでできるようになれば、もはや槍を振れる程度ではなく、暴れ槍の使い手として最低限名乗れるほどの実力をアルムフェイルに見せられるようになってしまう。
それはそれで喜ばしいことなのだろうが、蒼太としては早くアルムフェイルの課題をクリアしておきたいというのが本音なのだ。
あとどれだけアルムフェイルの身体がもつかは、それこそ神のみぞ知る状態なのだから、焦るなというほうが無理というもの。
だからこそ竜郎も考えてしまうのだ。
ニーナというアルムフェイルが姉として敬愛した女性を継いだ若き竜に出会え、さらに自身が生涯を賭して尽くすと決めた主の娘と孫娘の子供をみるという、他の兄弟たちがどれほど願っても叶わない望みが成就する機会がきてしまう。
そうなってしまったとき、アルムフェイルは今世への未練を完全に無くしてしまうのではないかと。
しかし──愛衣は、少し違った考えを持っているようだ。
「いやぁ……それはそれで大丈夫な気もするけどねぇ」
「それはまたどうして?」
「だって一回イシュタルちゃんの赤ちゃんに、エーゲリアさんの赤ちゃんなんて見ちゃったら、今度はもう少し大きくなった姿が見たい! って思いそうじゃない?」
「あー……なんか前にそんなことを言っていた気も……。
確かにあの人、真竜かニーナ関係のことなら、欲望に限りはないだろうし」
ニーリナは主のためとほぼ精神力だけで、セテプエンイフィゲニアの側近眷属の中では最年長にして、真竜以外の竜種としては世界最古の竜でありながら、竜郎たちと接触できる時代まで生き続けていたという事例が現にあった。
真竜の側近眷属というだけあって、他の竜ではありえない無理すら押し通す力があるのだ。
それを踏まえるとアルムフェイルも、同じイフィゲニアの側近眷属。
さすがにどこかで限度を迎えることになるであろうが、主と他の姉兄たちへの冥途の土産話にと、根性でニーナがより立派に成長し、イシュタルの娘やエーゲリアの二番目の娘がある程度成長しきるまで生き続ける可能性は十分にあり得える。
「呼んだ? パパ」
「いいや、ちょっとアルムフェイルさんの話を愛衣としてただけだよ。
そのまま楓と菖蒲の相手をしててくれると助かる」
「はーい。ほらお姉ちゃんにかかっておいで!」
「「てあー!!」」
愛衣と一緒に竜郎が外で雑事を片付けている間、ニーナが楓と菖蒲の遊び相手をしてくれていた。
今も常人では消し飛ぶであろう威力の小さな二人の子の拳や蹴りを、ニーナはニコニコしながら受けとめ、受け流している。
そんな光景に微笑みながら、作業に戻り竜郎と愛衣は話を続ける。
「そうなってくると、数百年はアルムフェイルさん根性で生き続けてくれるかも?
たつろーが用意できる美味しい魔物のおかげで、食欲もすっかり戻って前より元気みたいだし」
「今のアルムフェイルさんを見ていると、やっぱり食ってのは生きるうえで大事なんだなと思い知らされるくらいだからな」
最初に出会った頃のアルムフェイルは、もう本当に先がないと分かるほどに老いた龍だった。
しかしニーナがちょくちょく会いに行くことで心も癒され、それと一緒に届く美味しい料理に魅了され、細くなっていた食もかなり回復し、今ではそこまで死にそうだという雰囲気は感じられなくなったほど。
視力こそ老いで失ったままだが龍鱗にもツヤが出てきて、感覚も全盛期には遠く及ばないまでも、そこいらの上級竜以上に鋭敏になってきている。
寝たきりのおじいさんから、元気に外にでて散歩するおじいさん程度には活力が戻ってきたと表現していい。
寿命という面では本来ならもう死んでいてもおかしくない歳であることを考えれば、それは普通の竜ではまずありえないことだろう。
そういう意味でも竜郎たちがこの世界に、そして地球の方でも普及させようとしている『美食』は、素晴らしいものなんだと思えてくる。
「ただ……食べ過ぎは毒だけどね」
「それはまあダイエット食品の開発に、母さんたちも乗り気でいろいろやってるみたいだし、そっちに期待って感じか」
「もしくは新しく町に来た料理人の人たちが、美味しくてカロリーほぼゼロな凄い料理を作ってくれるかも?」
「それはそれでありがたいな。今は最高の料理を追及してくれてるみたいだけど、いずれはそういう別の道もいろんな人が開発してくれると俺たちも楽しいだろうし──さて、これで今日の分は終わりっと。
愛衣も手伝ってくれてありがとう」
「これくらい全然いいよ。それにその分、たつろーと一緒にいられるしね」
今日のノルマ分の養殖もひと段落付き、竜郎は一息ついた。
笑顔で嬉しいことを言ってくれた愛衣と口づけを軽くかわしながら、竜郎は午後からの予定を思い出していく。
「たしかあれって、今日だったよな?」
「ん? あれ? ──あーー! あれね。そのはずだよ。
お昼に町に来てほしいって、ルイーズちゃんたちが言ってきてたみたいだし」
「だよな。イシュタルの子供も楽しみだけど、こっちも楽しみだ」
「ねー! どんな感じの作品が出てくるんだろ」
竜郎たちが言っている「あれ」とは、魔物園や遊園地、またその駅やマスコットキャラクターなどなど、さまざまな分野で募集した芸術家たちの作品のコンペのこと。
国境もまたぎあちこちから集められた才能豊かな人物たちが描き出す作品の中から、これだというものを見出すちょっとした大会のようになってしまっているものが、今日開催されるのだ。
竜郎たちの町なので選考人は竜郎たちだけでもいいといえばいいのだが、それだとどうしても地球側や一風変わった常識に囚われてしまう可能性もゼロではない。
なので竜郎陣営からは『竜郎』『愛衣』『リア』『フローラ』『ランスロット』『シュワちゃん』の六名を代表として、あとは他のリオンたちカサピスティ側、商会ギルド側、冒険者ギルド側、ヘルダムド……というよりはホルムズの職人協同組合側からそれぞれ数名が選ぶ側の審査員として採用されている。
ちなみに竜郎と愛衣は自分たちに芸術はよく分からないからと、他の仲間たちに丸投げしようとも考えたのだが、二人はこの町の土地の所有者筆頭なのだから参加すべきと言われてしまい……結局名前を連ねることに。
そしてリアはいわずもがな、芸術に富んだ才能は竜郎たちの中でも随一。フローラも同じく感性は芸術肌の天才型。なので二人はまっさきに名が挙がった。
ランスロットもジオラマなどに興味を示していたので、施設のデザインへの造詣は竜郎たちより詳しく、また女性ばかりに偏っても……という理由で男性枠として選出された。
そして最後、シュワちゃん。
彼は一つの高レベルのダンジョンという、箱庭を途方もない年月をかけて作り上げ維持し続けている熟練のダンジョンの個。
仮りの身体は人型で、そういった実績もあるからと竜郎が指名して来てもらうことになった。
同じダンジョンの中では玉藻も人型でいいとは思ったが、やはり女性ばかりに偏るのもと男女のバランスを取るために声をかけるのは止めておいた。
なにより彼女自身も元ダンジョンの個の残滓──陽子と共に、今はいろいろと勧誘案の思考や自身のダンジョンの改良に忙しそうだったというのもあったのだが。
ダンジョンの町が完全に開放されたときのためにと、かなり張り切って。
「よし、それじゃあ行くとしますか」
「ニーナちゃん、楓ちゃん、菖蒲ちゃん、そろそろ行くよ~」
「はーい!」「「あーい!」」
そうして竜郎たちは、どんなデザインが待ち受けているのかと楽しみにしながら、今回の選考人たちと司会役のウリエルも引き連れ、意気揚々と町へと向かった。
次も木曜日更新予定です!




