第320話 大網設置
新しい美味しい魔物を二種も創造し、その畜産の下地も整えられた。
あとはイシュタルや自分たちのためにも、沢山増やす作業に集中したいところ……ではあるのだが、竜郎たちにはまだやることがある。
「海の件だね!」
「ああ、それだな、ニーナ。陸地は壁を張って外に出ないように対処していたっていうのに、海の方の可能性については考えていなかったことに今回の一件で気づかされたよ」
「海からの侵入者対策とかはガメ太に任せてたけど、逆に出ていく魔物の可能性なんてすっかり忘れてたよね」
陸地と違って領海の境界線上付近に、人が近づく可能性など皆無。
もともと危険だと世界的にも認知されている海域──『ソルルメシア』。そんな場所にノコノコ近づいてくるなど、その危険に自力で対処できる猛者くらいだ。
故に竜郎たちも陸地でやったようなことを、あえて海にもしようなどとは考えもしなかった。
だが今回の港町での巨大ウニの一件で、海もちゃんと世界中に繋がっているのだという、極々当たり前のことに気づかされた。
そして気づいてしまったからには、何もしないで放っておくのは愚の骨頂だろう。
遠い未来そのせいで竜郎たちやその身内、ハウルやリオンに責任を取れと言われないとも限らないのだから、できることは今のうちにやってしまうに限る。
「というわけで天照と月読にも来てもらいましたっと」
「「────」」
海に壁を張ってしまっては領海内で飼育している魔物や、自然に生きている海の生物たちにも影響がでてしまいそうで恐かった。
そこでひとまず竜郎は、月読が生み出せる竜水晶で巨大で頑丈な網を作って、領海を外界より隔ててしまおうと考えたのだ。
さらに今回はより細かな演算も必要だろうと、竜郎の杖の役割の担ってくれている天照にも大網の作成に協力してもらう手筈となっていた。
竜郎と天照、月読の三人がかりで作った竜水晶のネットならば、たとえ竜王並みの猛者であってもそうそう破れはしない頑丈なものになるだろう。
最近は天照にも月読にも自由なことをしていいと言って連れていなかったこともあり、久しぶりにちゃんと竜郎は杖を持ち、魔法使い用のコートを着こんだ。
「こうして改めて身に着けると、補助がある無しの差を実感するな」
「やっぱり違うよね。私も魔力頭脳が搭載されてない武器を使うときは、やっぱり違和感があるし、う~ってもどかしくなっちゃうし」
「だな。自分で走るのと、完全自動で走ってくれる自動車に乗っているくらい違う気がする」
最近は自力で魔法を使ってばかりだったので、杖やコートによる補助ありの状態で真面にやるのは、ほんの少しだけブランクがあった。
今回はできるだけしっかりやりたかったこともあり、ならす意味も兼ねて簡単な魔法を使ってみるが、改めてのそのお手軽さに竜郎も舌を巻く。
自分がこうしたいと思った瞬間には、もう魔法が発動しているのだ。自分でやるのとは、全く違った。
「それじゃあウォーミングアップも済ませたことだし、網張り作業に取り掛かるとするか」
「「────!」」
「ニーナがまた背中に乗せて連れてってあげるね」
「ふふっ、ありがと。ニーナちゃん」
「ギャウ♪」
フォルテとアルスは連続での新しい美味しい魔物食材の試食に満足し、日向ぼっこがしたくなったようなのでここで別れることに。
「「フィリリリリィ~~~」」
のそのそと歩く幼竜と思えない巨体を見送りながら、竜郎と愛衣、天照と月読、楓と菖蒲がニーナの背中に乗っていき、海の上を飛んでいく。
「どれくらい飛べばいいの? パパ」
「カサピスティが保有していた領海は結構広かったみたいで、地図を見る限りだともっともっと先に行ってくれても大丈夫だ」
「分かったー!」
「ほんとに改めて見てみると、私たちの領海もなかなかに広いねぇ」
ニーナが適度に速度を出し飛びはじめ、楓と菖蒲は「うっうー!」とはしゃいでいる。
そんな中で竜郎と愛衣は完全探索マップによる地図を並んで眺め、網の設置地点を細かく確認していく。
人が住めなかった場所とはいえ、竜郎たちが所有する領土でもある陸地のソルルレシフだけでも北海道くらいはある。
当然それと対になるように隣接している海の方も、かなりの広さを有していた。
これだけ広いのだから、遠い海の向こうまで行ってしまう魔物の可能性を気にするなど、そうそうできなかったのも頷けよう。
「そろそろかな。ニーナ、あと500メートルくらい真っすぐ進んだら、止まってくれ」
「はーい」
あっという間に更に500メートルほど飛びぬけて、竜郎たちの保有が世界的に認められている領海の範囲ギリギリのところまでやってこれた。
ここはちょうど陸地から最も離れた領海で、竜郎は目印を立てるように一センチにも満たない細い円柱を海底に向かって伸ばし突き刺していく。
「こんなに細くても……まあ、大丈夫か。月読ちゃんの竜水晶だもんね」
『────。──────。(その通りです。この細さでも耐久性は十分なはずですから)』
「あんまり太くしても邪魔だろうしな」
これからこの柱を適度な距離を開けながら、領海のラインを沿うように立てていく。
それなのに無駄に太い柱をポンポン立てるのは、見栄え的にもあまりいいようには思えず、この細さに決めた。
一見子供が蹴飛ばしただけでポキリと折れそうな柱だが、その実ここいらの魔物では何をどうしても折ることなどできず、どんな激流に揉まれようと耐えて、そこに数千年だろうと曲がることなく真っすぐ立ち続けるだけの、強度と耐久性を備えているので問題もない。
海底の奥深くまでちゃんと突き刺さり抜けることもなさそうなのを確認し、海面から三十メートルほど突き出した柱をさらに土魔法で固定する。
「高さはこれくらいでいいか。海面ギリギリだとジャンプして抜けられそうだしな」
「それでもダメそうなら、また高さを伸ばせばいいだけだしね」
「そういうことだな」
最初の一本目で規格を決めて調整し、あとは天照と月読の演算に任せて竜郎は柱を海に突き刺していく。
最終的には上から見ると、点で雑になぞるように領海の縁を柱で取り囲んでいるような状態になった。
それをなした竜郎たちは今、領海の一番端っこに刺した最後の一本目の真上。ニーナの背中の上に乗った状態で浮遊していた。
「ふぅ、これで基礎工事は終了だな。それじゃあ、あとは一気に網を張っていくか。頼んだぞ、天照、月読」
「「────!」」
お任せを!という力強い感情が竜郎に伝わってくるのと同時に、綺麗に編まれた竜水晶製の大網が最後に突き刺した柱に絡みつき、しっかりと融合していく。
「ニーナ、ここから柱を順番に沿うように飛んで行ってくれ」
「うん! 分かった!」
後はピンと大網で領海を外界と仕切るように、先ほどの細い柱をネットの支柱にして張り巡らせて行く。
「「きゃっきゃっ!」」
「面白い光景だねぇ」
キラキラと光を反射する竜水晶製の網が、魔法のように……というより魔法なのだが広がって、支柱に絡みつき張られていく光景は見世物としても中々見ごたえのあるものだった。
楓と菖蒲もニーナの背中の上でそれを見て、手を叩いて喜んでいた。
そんな二人を微笑ましそうに眺めながら、愛衣は彼女たちの頭を撫でて一緒にその光景を見続けた。
「とーちゃく! パパ、これで大丈夫? ちゃんと網は張れた?」
「ああ、ありがとうニーナ。助かったよ。天照と月読も、ありがとう」
「ギャウ~♪」「「────♪」」
領海の隅から隅までニーナに飛んでもらい、立派な大網がしっかりと内と外を隔てて中からは簡単に魔物が外へ出られないよう囲い込めた。
「あとは実際に経過を見ながら調整したり、ダメそうなら撤去して別の方法を探っていくって感じ?」
「そうなるだろうな。ただ今、ざっと調べた感じでは大丈夫そうではあるが」
「え? そうなの?」
「ああ、月読の竜水晶を使ったってのが幸いしてるみたいだ」
「えーと…………? あ、もしかして竜の気配というかオーラ的な?」
「そういうことだな」
ただのとてつもなく頑丈な網では得られない効果が、竜水晶の網では発揮されていることが、竜郎の解魔法での調査で判明する。
というのも竜郎と天照、月読の三人の超常たる存在が、丹精込めて作った大網に柱。
そこには尋常ならざる力が籠められ、少しでも生存本能が働く魔物であれば近づくことすら恐怖となっていた。
そのためそちらに海流に乗って進んでいた海の魔物たちは、ネットの存在を感知すると脱兎のごとく反対側に逃げ出すことに。
海に住まう者たちからすれば、そこにはとんでもない力を持った竜が寝そべっているように感じられるのだろう。
「もともと環境の変化で遠くに行くような魔物だったら生き残ることに貪欲だろうし、恐くてそこに近寄ろうとも思わないだろうからな」
「これで逃げないような奴らなら、そもそもニーナたちが海で狩りをしたって逃げようとも思わないだろうしね!」
「まあ、そういうやつも網に引っかかってくれるんだろうけど、これなら網の高さももっと低くてよかったのかもしれない」
「まあ、そこは経過を見て調整すればいいんじゃないかな?」
「だな。ってことで、ひとまず撤収しよう」
「うんうん! パパは早く美味しい魔物を沢山にしないとだしね!
ニーナに手伝えることがあったら、いくらでも言ってね!」
「つまみ食いさせてって言わないならな」
「そ──そんなこと言わないもん! たぶん……」
「「にーねーちゃ! めっ!」」
「もー、楓と菖蒲まで。お姉ちゃんは、そんなことしないんだから」
「ふふふっ、じゃあそういうことにしておこっか」
「ママまでー!」
「まあ手伝ってくれるなら、お駄賃ってことで多少はあげてもいいんだけどな。今だって手伝ってくれたわけだし」
「ほんと!? やったー!」
ニーナはもう大人の竜なはずなのだが、やはりまだまだ精神的には子供。
いつかこの子も大人のレディとしてのたしなみを身に着けるようになるのだろうかと、無邪気に喜ぶニーナを見て思う竜郎。
しかし同じことをちょうど考えていた愛衣は、竜郎へ向かって首を振った。
長い時を生きたエーゲリアでさえ食の前でははしゃいでしまうのだから、その影響を受けまくっているニーナも同様に、食の前ではいつまでも食いしん坊なままだろう──と。
思わずその光景を思い浮かべ、竜郎と愛衣は同時に吹き出すように笑ってしまった。
「パパとママは、なんで笑ってるんだろうね?」
「「うぅ?」」
「「………………」」
次話は来週の木曜更新予定ではありますが多忙のため、もしかすると再来週の木曜日になってしまうかもしれません!そのときはすいません!
それでは良いお年を!




