第31話 建国の由来
「それじゃあ、そろそろ風呂に入って寝るか」
「「ふぁ~~」」
「ふふっ。そうだね。この子たちも、おねむみたいだし」
欠伸をしながら、うつらうつらと二人揃って目蓋を重くしている楓と菖蒲を、竜郎と愛衣が抱き上げた。
「念のため、精霊魔法を使って周辺を警護しておいてもらうか」
この家を破られたとしても竜郎や愛衣、ニーナやヘスティアに傷をつけられるような存在がいるとは思えない。
だが油断しすぎて足をすくわれるより、多少の労力を割いたほうがずっといい。
竜郎は解、土、光、火、雷、氷、闇、風の魔力を複数個ずつに分けて大量に放出し、その魔力にそれぞれを司る神──精霊の意志の一部を降ろしていく。
そしてそれらの魔法に、竜郎はどうしてほしいのかお願いしていった。
こうすることで竜郎の放った魔力が尽きるまで、その魔力は意志を持ってお願いを聞いてくれる。
これが《精霊魔法》のスキル効果である。
今回頼んだのは、解と土には協力して周辺と地中の探査をし警戒を。
他の属性魔力たちには、魔物が現れたらそれぞれが協力し合って始末してもらい、もし人間だった場合は無力化するように頼んだ。
ただ魔物であろうと人間であろうと、先の行動が無理なら大きな音を立てて竜郎たちを起してくれと言ってある。
「それじゃあ、よろしくな」
大量の魔力の塊がマイホームを中心に散開し、それぞれの任務に就いていった。
これで安全に家の中で過ごすこともできるだろう──と、安堵しながら皆でマイホームに入ろうとしたところで、竜郎の放った解と土の魔力の一ペアがなにかを発見したらしい。
それを竜郎たちへ伝えるために、周囲の光属性の魔力に点滅するように伝えていた。
「なんだろね?」
「さあ? 魔物ではないようだが……」
見つけたというのはマイホームから数百メートル離れた地点で、今より王都から遠ざかった場所。さらにそれは地中──砂の中に埋まっているようだ。
竜郎は自分が抱っこしていた半分眠ってしまっている菖蒲を愛衣に託すと、今度は自分で地中を調べてみた。
確かに奇妙なものが砂の中にあったが、それほど深いというわけでもなかったので、土魔法で砂を操作し穴を開け、光魔法で中を照らした。
「これは……?」
「なんだろね」
するとそこには白濁した半透明で、つるつるした質感の何かが埋まっていた。
さっそく解魔法で何なのか解析してみると、それは海水が固まってできた──とはいえ氷でもない不思議な硬い物質であることが分かった。
さらに詳しく調べようと、今度は水と解魔法による探査でその物質の内部まで深く探っていく。
すると、その物質の奥は砂で埋まっているが、本来は空洞になっているようだ。
イメージ的にはこの海水が固まってできた物質で構成された、中が空洞で底が両方抜けた短い四角柱が横向きに埋まっているといった感じだ。
一斤の食パンの真ん中だけをくり抜いてトンネル状にしたような形、と思ってもらえれば分かりやすいか。
「中には何かあるの?」
「いいや、砂以外なにもない。ちょっと引っ張りだしてみる──ん?」
「たつろー?」
「今砂を操作して、あそこからこっちに引きずり出そうとしたんだがビクともしない。まるで空間そのものに固定されている………………もしかして」
周囲の砂を全部どけてみると、まさに竜郎が先に言った通り、空間に固定されているかの如くソレは宙に浮いていた。
それ自体に危険はなさそうなので、一度竜郎とニーナだけが下に降りてその物質の空洞に入ってみる。
竜郎とニーナの重さが加わっても落下することなく、しっかりとその位置をキープしていた。
竜郎はそこでもう一度、解魔法でより綿密に調べてみる。
そして魔法を行使し、今度は足元に向けて魔法で攻撃し穴をあけてみた。
すると穴は簡単に開いたが、すぐに逆再生するかのように塞がってしまった。
「やっぱりそうなのか。ニーナ、上に戻ろう」
「はーい」
竜郎は愛衣たちのいる場所に戻り、先ほどまで乗っていた物質を砂に埋め直した。
「何か分かったの?」
「ああ、あれはどうやら壊れたダンジョンの一部分なんだと思う」
この世界にあるダンジョンには、それぞれ意思が──個が存在する。
けれど何らかの理由でその個が消えると、ダンジョンは壊れてしまう。
そして壊れたダンジョンは、現実世界に一部混ざりながら癒着してしまう、という現象が起きる。
この謎の物質もダンジョンのどこかに存在したものが、残骸としてここにこびり付いてしまったのだろう。
先ほどの修復も、中途半端にダンジョンだった頃の機能が残っているので、竜郎が壊しても自動で周囲の世界力を使って再生したというわけだ。
そこで竜郎は王都のある方角へ振り返る。
「となると、あそこにある湖ってのもそうなのかもしれないな」
「どうゆーこと?」
「この国の概要を知ったときに思ったのは、こんな砂漠のど真ん中によく、あれだけの大きな国の人口を賄えるだけの湖が、あつらえたかのように都合よくあったなと思ってたんだ。
だがその湖も元々ダンジョンの中にあったもので、空間に癒着してしまったというのなら、減っても減っても世界力を使って自動で修復され無限の水を生みだす湖だとすれば、どれだけ人が増えても水には困らない」
魔道具で水を賄うにしても、エネルギー資源を確保するだけで相当な金額が必要になってくる。
だが無限に湧き出す湖があれば、そんな心配もなく、あとは魔物を食べ、岩塩などから塩を摂取すれば、人は十分暮らしていけるはずだ。
「ってことは、この国はダンジョンの残骸を利用して建てられた国ってことなんだね」
「まあ、憶測でしかないけどな。ただ自然的に巨大な湖ができただけかもしれないし」
『いいえ。あっているわよ』
「「迷宮神さん?」」
迷宮の管理者の称号を持っている竜郎と愛衣に、頭に直接響くような声が語りかけてきた。
そしてその小さな少女のような声音は、間違いなくダンジョンを司る神──迷宮神のものだった。
『ごめんなさい、突然話しかけてしまって。少し懐かしい場所にいたものだから』
「いえ、別にいいんですが……先ほどあっていると言っていましたよね?
ということは、やはりここにはダンジョンがあったんですか?」
『ええ、その通りよ。でも、ここにあったダンジョンの個は自殺してしまったんだけれどね』
「自殺って……なんでそんなことしちゃったの?」
『かいつまんで話すと──』
この大陸に人類が進出する前からここは砂漠だった。
その過酷な環境故に、他の大陸からここに住もうと思う人間もいなかった。
だが神としてはここにも人が暮らしてくれれば、その分知的生命の活動域の増加に比例して人口も増えて、世界力の消費に役立ってくれるはずだと思ったらしい。
一度はこの大陸に干渉して砂漠を無くしてしまおうという案もでたのだが、そうすると別のところで歪みがでて別の問題が生じると発覚したので断念。
そこで白羽の矢が立ったのがダンジョン──というわけである。
迷宮神はさっそく砂漠のど真ん中に、ダンジョンを作った。
そしてそこのダンジョンの個には、水が豊富で食べられる植物もある自然豊かなダンジョンを作るように命令した。
そうすることで、ダンジョン経由で水も食料もとれる大陸になり、人が住んでくれるようになるのではと神々は考えたのだ。
けれど思っていた以上に状況は芳しくなく、なかなかここに来ようとするものはいなかった。
またダンジョンの個は、自分の好きに作らせてくれないことに不満を持ちはじめた。
人も来ない、自分のダンジョンなのに好きにできない。そんな二重のストレスに耐えかねて、ダンジョンの個は「つまんないのでー死にますねー」と迷宮神に告げて、あっさりと自分の個を自分で消してしまった。
『でもそのあと私は、崩壊していくダンジョンに少し手を加えて、この地に湖だけは残るようにしてみたの。
それはこの次元にあって、この次元にないという奇妙な状態だから、他への影響も少ないだろうと判断してね。
結果的に、その湖はそのずっと後にこうして人々に利用されているのだから、ダンジョンをここに作ったことは無駄にならなかった──というわけね』
「でもちょっと、それだとここにいたダンジョンの個さんが可哀そーかな」
『そうね。私も少しそう思って、個の残滓をできるだけ掻き集めて、それをもとに新たに作り直して、別のところでダンジョンをやってもらっているの。まったく同じ存在というわけには、いかなかったけれどね。
ただ生前の記憶も少し持っているのか、ことさら挑んでくる人間と関わろうとするようになったわ。誰も来なかったのが寂しかったのかしらね』
「そうなんですか? 例えばどんな風に?」
『ふふっ、例えば変な特殊階層を作ってゲームみたいなことをして、負けた相手に変な称号を付けて遊んでいたりね。
あそこほど人間と話してくれる個なんて、そうそういないんじゃないかしら』
「なんか似たようなダンジョンの個に会ったことがあるんですけど……」
「あー。あそこも確か水が多いダンジョンだったよねー──って、まさか……」
『そうよ。あなたたちが前に攻略し接したことのある、ダンジョンの個のことよ』
まだ元の世界に帰れるようになる前に寄ったダンジョンで、竜郎たちはとある高レベルのダンジョンに挑んだことがあった。
そしてそこでたまたま特殊なステージを見つけ、そこでダンジョンの個とゲームをしたことがあった。
もしそこで負けていたら、竜郎たちのステータスの称号欄に、《負け犬》というものが刻まれるところだったのだ。
迷宮神曰く、そこで接した個こそが、ここでポツンと誰も来ないダンジョンを運営していた個の生まれ変わりだったということらしい。
衝撃の事実が発覚し驚いている間に、いつの間にか迷宮神は対話を切ってしまっていた。
もしかしたら、今の話をして竜郎たちを驚かせたかったから、わざわざ直接話しかけてきたのかもしれない。
「ま、まあ、いいか。だからなにが変わるというわけでもないしな。今日はもう風呂に入って寝よう」
「そーだね」
そうして今度こそ竜郎たちはマイホームに入り、体を休めたのだった。
翌朝、適当にトーストを焼いて食事を済ませた竜郎たちは、外出の準備を整えてから外に出た。
朝だというのにもう熱い砂漠地帯のまっただ中に、魔物の死骸二体が積まれていた。
昨晩、マイホームに近づいてきた魔物を精霊魔法たちが倒してくれたのだろう。
竜郎はまだ残っている精霊魔法たちにお礼を告げて、魔力を霧散させた。
それから愛衣が《遠見》のスキルで門が開いたのを確認してくれたので、竜郎たちは既に並んでいる列に加わった。
やはり注目が集まる中、無視して自分たちの番が来るのを待つ。
ちなみに、ここまでくるとイルファン大陸語はほとんど使われない。
けれどカルラルブ大陸語は、港町──イルミナーにいる間に《完全言語理解》によって現地人の会話を聞き、文字を見て習得済みなので、言葉も文字も大丈夫だ。
「身分証をお願いします」
「はい」
今回対応してくれたのは三十台前半くらいの男性爬虫人。
竜郎が表示した身分証に目を通していくと、やはりランクの項目で目を丸くしていたが、こちらは前の人と違って一瞬で落ち着きを取り戻した。
けれどそれにはカラクリがあったようだ。
「お早いご到着ですね。昨日の昼前頃にイルミナーに入ったと聞いていたので、もう少し遅くなるのだと思っていました」
「え? わざわざ報告がきていたんですか?」
「はい。最高ランクの冒険者ですからね。この国では二度も同じ失礼は致しません。
あなたがたを担当した者がすぐに手配して、あそこに詰めているテイマーの一人が使役する鳥の魔物を用いて手紙をよこしてくれたんです」
その魔物が王都にたどり着いたのは今朝方なので、もし竜郎たちがガーポンに乗らなかったら余裕で追い越していたことになっていただろうが、結果オーライである。
最初に対応してくれた男性の機転で非常にスムーズにことが進み、思っていたより騒がれることもなく、あっさりと王都へ入っていく。
門をくぐると、足元から水の流れる音がした。なんだろうと視線を巡らせると、竜郎たちが今立っている、入ってすぐの場所が橋になっていた。
そしてその橋の下には大きな水路に透き通った水が流れていて、荷物や人を乗せた小舟が流れに乗って移動していた。
「なんかベネチアみたい! ここが砂漠の真ん中にあるなんて信じられないよー」
「水がたっぷり使えるから、こんな風に王都内に水路を引くこともできたんだろうな」
橋を渡り終ると見えてきたのは、日の光による熱をできるだけ逃がすためか、真っ白な石畳を綺麗に並べた美しい歩道が伸びている。
そしてやはりこの国の名物なのか、砂で作ったアートのような様々な形をした面白い家屋の数々が目を楽しませてくれた。
だが一つ、町の入り口付近にポツリと一つだけ石造りの三階建の建物があり、そこだけ非常に目立っていた──というより浮いていた。
「ん。冒険者ギルドはどこ行っても一緒」
「海底都市に行ったときですら、かたくなにあの形状だったしな。まあ、分かりやすくはあるが」
そこでいくと商会ギルドが各町に建造している、日用品から装備品まで何でも揃う百貨店は、臨機応変に町並みに合わせつつも、ちゃんと商会ギルドのお店だと分かるようにしているので、両組織の性格の違いが垣間見えた気がした。
「ねーパパ。冒険者ギルドには寄ってくの?」
「いやぁ、特に今は用はないし、時間が空いてたら行けばいいだろ」
「いちおう私たち冒険者なんだけどねぇ……」
普通の冒険者稼業を営む者ならまず、おいしい依頼や、どんな依頼があるのか確認し、この周辺の状況を調べたりするのだが、そこは竜郎たち。観光優先である。
「ん。まずは甘いもの探し」
「あははっ、そうだったね。んじゃま、とりあえず散策していこうか!」
「ああ」「おー」「ん」「「あーう」」
そうして相変わらず行きかう人たちの注目を集めながら、竜郎たちは王都の散策に繰り出したのであった。
次回、第32話は3月6日(水)更新です。