第313話 負傷した冒険者たち
竜郎たちは果物の美味しい魔物の復活に最も重要なピースとなる魔物──『ウーウ』を求めて、温暖な海域が広がる港町へとやってきた。
漁業が盛んで潮風の香りというより、生魚の香りがする町だ。
「なんかいよいよ魚介類を探しに来ましたって感じがするな」
「そうだよ。全然果物のくの字も感じないよ、たつろー」
「ほんとにそのウーウ?っていうのは、ここにいるの? パパ」
「ああ、ここっていうか、この近辺の海の中のどこかにいるはず──なんだが……なんだか向こうが騒がしくないか?」
「ほんとだ。それに、この臭いは血かな……? 何かあったのかも」
「ウーウには関係ないかもしれないが、とりあえず行ってみるか」
「うん、ニーナも気になるもん。行くよ、カエデ、アヤメ、フォルテ、アルス」
「「あい!」」「「フィリリリ」」
町に着くなりそうそう、人が集まり慌ただしい男女の声が響き渡る。
それだけならまだしも血の香りまで漂わせられれば、さすがに竜郎たちも気になってそちらへ様子を見に向かう。
「誰でもいいっ! こいつらの命だけでも救ってくれ!! 他に生魔法の使い手はいないのかっ!?」
「うわ……、酷いねアレ」
港の海に面した堤防には、魚人や人魚系の男女が八人。今まさに上陸したばかりといった様子で、全身ずぶぬれ状態だ。
だが、そこまでなら別に問題はない。魚人や人魚ならばむしろ濡れている方が元気なくらいなのだから。
しかし不味いのはその八人の内、三人が血まみれで意識不明の重体。
また一人は腕がもげ、もう一人の人魚系の人化した女性の足先が何かに食われたかのように失われており、尾びれを齧られたと推測される。
残りの三人は軽傷といった様子だがあちこち怪我を負った状態で、その仲間らしき五人を助ける薬も能力もない。肝心の治療できる仲間が意識不明なのだから、当然と言えば当然か。
そのため周囲に治療できる者はいないかと、必死に呼びかけていた。
何人かは手当や生魔法が使える者が既に駆け付け、応急手当てをしているようだが、今この近辺にこれほどの傷を癒せるほどの治癒者はいない様子。
彼らは重体三名の延命をすることで手いっぱいで、完全に救うことはできていない。
「ほんとだね。パパ、治してあげた方がいいかも」
「だな。──どいてくれ! 生魔法が使える!」
竜郎がそう言うと一斉に視線が集まり、一部からは「なんだ子供か……」と失望の視線まで向けられるも、群がっていた人たちが道を開けてくれたので気にせずズンズン進んでいく。
「君は……」
「生魔法が使えるので治療しに来ました。魔法を使っても?」
負傷者の仲間たちはそこそこの実力者らしく、竜郎から漏れ出る異様な凄みを感じただ者ではないと気付いたようだ。
高度な治癒者を探していた三人の瞳に、微かに希望が宿る。
「あ、ああ、頼む! 欠損は気にしない。とにかく命だけでも助けてほしい!」
「欠損はいいなんて、そんなケチ臭いことしませんよ」
「「「は?」」」
竜郎は手を目の前にかざす。そんな必要もないのだが、一応やってますよというアピールはした方がいいかなと考えて。
「ふっ────っと、これで大丈夫ですかね。治療完了です」
「え──あ? へ?」
今の竜郎ならば杖すら使わずとも、命さえ繋がっていれば、特殊な呪いでもかかっていない限りどれほど重傷を負っていようと関係ない。
それが八人だろうと、百人だろうと容易いことだ。
竜郎が手をかざし解魔法で八人全員を一瞬で検診。続いて生魔法を行使すると、重傷者たちの、よくまだ生きているなといえるほどの怪我も、腕や足先がもげていた者たちも、軽傷を負っていた残りの三人もまとめて全て同時に癒してみせた。
だが絶望的な光景が一瞬で消え去った、治療を受けた魚人や人魚たち。治療を手伝っていた人たち、周りの観衆も含めて皆が皆一様に目を丸くし、口をポカンと開き現状の理解が追いつかないでいる。
「え? ほ、ほんとにもう治ったの?」
「ええ、確認してあげてください」
軽傷だった一人──人化した人魚の女性が竜郎の言葉に頷き、慌てて重体だった人たちに近寄り確認していく。
他の意識がある者たちも、それに釣られる様に続いた。
周囲からはもう子供の見た目だからと侮る者はおらず、逆にあの少年は何者だという好奇心の視線が増えていき、あちこちから歓声が上がりだす。
彼らはこの町では有名で、人気のある冒険者だったので余計に周りをそうさせていく。
なんだかむず痒いのでこのまま去りたくもあったが、どう見てもこれから行こうとする海に行っていた人たちの負傷なので、話は聞きたいとグッと堪えて彼らが気の済むまで安否の確認が終わるのを待った。
「ありがとう! 君は我々の命の恩人だ。礼なら何でもする、言ってくれ。
金でも何でも全力でかき集めてみせよう」
「お金は結構です。それよりも何よりも、何故こうなったのかという情報が知りたいです。
僕らも今まさに、海に行こうとしていたところだったので」
「今から海に!? それはやめておいた方が──いや、あれだけのことができるなら、相当の実力者なのだろうし……そうでもないのか?」
「とりあえず大丈夫かどうか判断するためにも、何があったのか教えてもらえると助かるんですけど」
「分かった。俺たちが話せることなら何でも話そう。その前に、まずは移動した方がいいな」
「ですね。とりあえず怪我人はいなくなったんですから、いつまでも往来を占拠していては邪魔でしょうし」
意識が戻った重傷者たちはそのまま彼らの活動拠点に他の仲間が連れて行き、状況を知っている軽傷だった八人組のリーダーにして魚人の『フィクリ』に案内されるがまま竜郎たちは食事処に腰を落ち着かせた。
「せめてここは奢らせてくれ」
「なら、お願いします」
ここで断る方が悪いだろうと、勘定をフィクリに任せ竜郎たちは好きな料理を注文していく。
漁業が盛んな町なだけあり、海鮮系の料理ばかりであるがどれも美味しそうだ。
おすすめを店員に聞き、人数分の注文をするとさっそくフィクリは情報提供に入ってくれる。
「俺たちはこの町で生まれ、この町で活動している冒険者で、いちおうランクも『4』とギルドに認めてもらっている」
「ランク持ちだったんですね。ちなみに僕らも冒険者なんです」
「やはりそうなのか。そうなると当然、俺らなんかよりも相当上のランクなんだろうな──っと、これじゃあそっちの話になっちまうな。話を戻そう」
この町では最近漁獲量が少しずつ減ってきていたのと、船から大きな影が見えたという報告も何件か漁師たちからあがっていた。
そこで冒険者ギルドは、この町で海中探索に最も長けているといっても過言ではないフィクリたちのパーティに相談を持ち掛けた。
フィクリたちも何か異変があっては、知り合いの漁師たちも危ないと快くそれを了承し海の調査に乗り出した。
彼らもそうでないかとは思っていたが、意識して海の中を調べてみれば明らかに魚の数が減っている。それに調査が進むにつれて──。
「ところどころ磯焼けが発生していることにも気が付いた」
「いそやけ?」
愛衣が何だろうと首を傾げる。
「確か海藻が海から減少したり、なくなったりする現象のことでしたっけ?」
「よく知ってるな。君は海の町出身なのか?」
「そういうわけじゃないんですけどね、たまたまどこかで聞いたことがあっただけで。
それで、その磯焼けの原因は分かったんですか?」
「ああ、その原因はこの辺じゃ見たこともない、巨大な魔物が食い散らかしているせいだった」
「それはどんな? 特徴は?」
「黒くてトゲトゲした奇妙な丸っこいやつで、大きさは六メートルはあっただろうな。
そんなのが、俺たちが見た限りでも十匹はいた」
「黒くて──」
「──丸いトゲトゲ?」
その特徴を聞いて竜郎と愛衣の頭の中に、地球にいる栗にそっくりな海棲生物が浮かび上がる。
『それってつまり……でっかいウニってこと?』
『そういえば地球でもウニは海藻を食べたりするんだっけか。
それで魚の稚魚が育たなくなったりもしてるとか、ニュースで言ってたような気がする』
『ねえねえ、パパ、ママ。そのウニっていうのは地球じゃどんな扱いなの?』
『えーと……お寿司のネタ?』
『基本的に食べるイメージだな。俺はそこまで好きってわけでもないけど、好きな人はかなり好きらしい』
『じゃあそいつも食べられるのかな?』
食べるイメージと聞いて、ニーナの食いしん坊スイッチが起動する。
『かもしれない。ウーウを探しに来たんだが、そんな食材になりそうなのもいるならついでに捕獲しておきたいな』
『ちょうどここの人たちもスパッドのときみたいに困ってるみたいだし、私たちで行ってパパっと狩ってきちゃおっか』
『さんせー!』
もしかすれば準美味しい魔物くらいには位置する良食材たりえる魔物かもしれないと、竜郎たちの中でぐぐっと期待値が上昇していく。
「そうだ。黒くて丸いトゲトゲだった。不気味なやつだったぜ……。
それでなんとか駆除ないし、追い払えないかって試みたら──あのざまってわけだ」
見たこともない魔物なので、逃げられるように細心の注意も払いつつ、偵察もかねてちょっかいをかけてみれば、見た目以上に素早く攻撃も危険。食欲も旺盛で、海藻以外にも人を食べようとする始末。
それでもフィクリたちは、命からがら負傷した仲間を連れて帰還することができたのだから、ランク相当の実力に偽りはないのだろう。
「当然ながら海での戦闘も慣れてるんですよね?」
「当たり前だ。魚人や人魚の戦士で水中戦が苦手な奴なんて聞いたこともないぞ。
だから君らには余計なお世話かもしれないが、もし海に行くのならそいつには気を付けたほうがいい。
いくら強くても陸上でしか暮らせない君たちには、手に余るかもしれないからな」
「ご忠告感謝します」
それでも行くとばかりにニコリと笑う竜郎に、フィクリは苦笑するしかなかった。どう見ても自分たちより強いのだから、心配するだけ損なのかもと。
しかしその次に出たフィクリの発言に、竜郎たちの表情は一転して凍り付いたのであった。
「だができるだけ早く対策をしないといけないのは確かなんだよな。
あのままじゃあ、魚たちの味方でもあるウーウも全滅しちまう」
「「「──え?」」」
次も木曜日更新予定です!




