第311話 スパッド根絶
作戦を決めた竜郎たちは一度スミス一家のいる場所に戻り、この辺りで誰も使っていない荒らしても問題ない土地はないか聞いてみれば、少し遠いが余っている土地があり、そこなら誰も使っていないとのこと。
しかし念のため冒険者ギルドにも戻り、使用してもいいかどうか確認を取り、しっかりと町からの許可まで取った上で、耕されることもなく野放図に雑草が生え散らかされた場所を魔法で整地し、ようやく決行の時がくる。
「それじゃあ、フォルテ、アルス。例の実を沢山用意してくれるか?」
「「フィリリリ~~」」
二体は竜郎たちが見ている中で、大量に草食の魔物に対して強力な誘因性のある果実を尻尾の先に生やしてはポトポトと落としていく。
「「ひおう!」」
「拾ってくれるの? ありがとね」
「ニーナも拾うよ!」
「ニーナもありがとな」
別に後からいっぺんに回収してしまえばいいだけなのだが、落ちた実を楓と菖蒲、ニーナが一生懸命拾ってくれるので竜郎と愛衣は微笑まし気に受け取り、自分たちも手伝っていく。
そうして必要な数を用意できたところで、いよいよ本番だ。
再びスミス家の畑に戻ってくると、竜郎は付与魔法で特殊な効果を付けてから土魔法で果実をあちこちに埋めて地中深くまで潜らせていく。
「もしも途中で出てきたら、その処理を頼む」
「うん。任せて」
竜郎が制御する果実の数は膨大。それでも周囲を気にする余裕はあるが、そちらは愛衣に任せておく。
相手は魔物──生き物なので、予期せぬ動きで飛び出して来られたときのためにと。
愛衣は斬りたいものだけを斬れる纏をまとった剣を持ち、いざという時のために構えを取った。
ニーナたちは下手に動いて農作物を万が一にも傷つけないよう、応援側に周ってもらっている。
ちびっ子たちは、ニーナがちゃんと見ていてくれるので安心だ。
「よし、良い感じに誘導できてるな。良い感じだ」
「私たちがいるこの下で大量に蠢いてるんだよねぇ。そう考えるとちょっと気持ち悪いなぁ」
特に集合体恐怖症というわけでもないが、スパッドは可愛くないと聞いているので愛衣は下にいる魔物の大群を想像し鳥肌を立てていた。
そんな彼女の気持ちが分からないでもない竜郎は苦笑しつつも、地中に埋めた果実を器用に縦横無尽と操って動かし、果実を齧って眠らないよう後を追ってくるスパッドたちを目的地へと誘導していく。
「孵化も問題なく着々と広がってるな」
「たつろーも、ダテに何種も魔卵を扱ってないもんね」
「今じゃどれくらいのエネルギー量で孵化するのか、解魔法で詳しく調べなくても分かるようになったからな」
さらに地中で動かしている果実には、竜郎の付与魔法によって周囲に強力なスパッドの種子と相性のいい土属性の魔力を周囲に漂わせ、強制的にそれらに吸わせていた。
それによりスパッドの救難信号である波長を浴びてもいない種子を、無理やり孵化させ目覚めさせ、それらもまとめて誘導していく。
埋まった種一つ一つを潰すよりも、わざと孵化させて自力で処理する場所まで来てくれる方が楽だろうと。
今現在は赤い小さな点で真っ赤に地下層を染め上げるほどの大量のスパッドが、未だかつてないほどの群れを成して一方向へと向かっている状態。
ほとんどの種子は見つからないよう、壊されないよう地中深くに隠されているが、それでも微かに、その大移動によって地上に振動が伝わってきていた。
今どうなっているのかは、やっている竜郎ですら想像したくもない。
本来なら絶対にありえず、人間ならば明らかに異常事態。これは罠だろうと気づくところだろうが、悲しいかなそこまでの知性は欠片も持ち合わせていないので、全ての個体が夢中になって好物目掛けてまっしぐら。
「よし。普段ない刺激で飛び出してくる、おとぼけ個体もいない。俺たちも移動を開始しよう」
一応の愛衣の警戒は続けたまま、竜郎たちも誘導の最終地点に据えた綺麗に竜郎の魔法によって整地された場所へと早足で向かっていく。
スパッドたちの方が先行している形だが、ちゃんと全ての位置を把握できているので慌てる必要もない。
竜郎は土の中を動き回らせている果実を、一つまた一つと目的地の地面の上に飛び出させ、スパッドを地上に引きずりだしていった。
「「「うわぁ……」」」「「きもきもぉ……」」
「「フィリリリィイィーー♪」」
そして目的に着くと、そこは中々に酷い光景が広がっていた。
整地した場所に誘導に使ったフォルテとアルス産の果実が積み上がっており、そこに群がるスパッドの群れ群れ群れ──。
一口齧っては眠りに落ちていく個体を、後続の個体が邪魔だと疑問すら持たずに体当たりで吹き飛ばしてどかし、食べて同じようにさらに後続の個体に突撃されて転がる。
そんなことをずっと繰り返していき、大量の果実の近くでは眠りに落ちたおびただしい数のスパッドによる山ができていた。
竜郎、愛衣、ニーナに楓と菖蒲は、数体だけならそこまで気持ち悪くないスパッドの山に気持ち悪さがこみ上げてくる。
しかしその光景を作り出した元凶である果実を生み出したフォルテとアルスは、「ぼくらの果実は人気だねー♪」とばかりに喜ばしそうな鳴き声を上げていた。
「でもまあ、これなら素材も取り放題だな」
「うーん……、なんだかこの形よく見ると何かに……──あ、お芋っぽくない?
ねぇ、たつろー。もしかして次の美味しい魔物の野菜枠って、お芋だったりする?」
それは大きさ百五十センチほどの、赤黒い色をしたデコボコの丸い物体。ひいき目に見れば、黒いジャガイモのように見えなくもない。
スパッドはそのデコボコのへこんだ部分の一部から伸びる芽のような触手で地中を掻いて泳いだり、地面を這いまわる。見た目以上に動きが気持ち悪い魔物だったりする。
口は半分に割ったようにパカリと中央が開き、その大口で作物を食べ周る大食漢だ。
「正解。今回探しに来たのは、芋系統の食材だ。
育つ場所によってジャガイモみたいになったり、サツマイモみたいに甘い芋になったりするらしいぞ」
「なにそれ凄い。スイートポテトが食べたいなぁ。でもじゃがバターとかも捨てがたいかも……」
「ジュルリッ──名前だけで美味しそう! ねぇ、パパ! あれ食べちゃダメ?
ほんとは誰も気づいてないだけで、美味しかったりしないの?」
少し前の羊肉系の美味しい魔物『ドゥアモス』。そして、その素材として重要になっていたアモス。
今でいうスパッドの枠に納まっていたそれは、そこそこに美味しい食材ではあった。
ならばあれも食べることだってできるのではないかと、ニーナは興味津々な様子で指さした。
だがそれに対して、竜郎は無情にも首を横に振る。
「あれは本当に美味しくないみたいだぞ。食べられないわけじゃないが……、試しに一体食べてみるか?」
「うん!」
「じゃあ私が切るね。……切ったら内臓どばぁってことはない?」
「ないない。植物系の魔物だから」
ニーナがそう言うならと、未だ地面から次から次へとスパッドが湧き出す光景から目をそらしつつ、そこいらに大量に転がる眠った個体を一体引っ張り寄せて半分に愛衣が剣で叩き切る。
こちらの世界に来てグロ耐性は既にできてはいるが、あまり気持ちいいものでもないので確認をしてから。
縦に綺麗に切り裂くと、中央にある心臓にあたるコアも割れスパッドは絶命する。
断面は外身と同じように赤黒くはあるが、芋科のような見た目をしていた。
試しにと一部をくりぬいて希望するニーナへと渡せば、すぐにパクリと口に放り込む。
スパッドの場合は進化の過程で人でも少量なら問題ない程度の毒を有しているらしいが、ニーナは毒の竜でもあるので猛毒だってなんてことはない。
もしゃもしゃと咀嚼しているニーナの顔が、一噛みするごとに歪んでいく。どう見ても美味しいものを食べた反応ではない。
「「あうっ」」
それを見てそっと、スパッドをつまみ食いしようとしていた楓と菖蒲はその手を引いた。
「聞くまでもないみたいだけど、どお? ニーナちゃん」
「なんか青臭いし、えぐ味もあるし、苦いよこれ~。
これならフォルテやアルスが出してくれた実の方が美味しいよ、絶対」
「茹でても焼いてもそんな感じらしい。皮も加工して使えるような耐久性もないし、だからその死体の処理も焼却処理するだけでなんの足しにもならない。
出てくれば確実に依頼料やら作物被害やらで赤字にしかならないんだから、余計に厄介者扱いされても仕方がないところではあるよな」
「せめて何か使い道があったら、もう少し違ったんだろうけどねぇ。
この感じだとよっぽど食糧難にでもならない限り、誰も口にしないだろうし」
その食糧難も、竜郎たちがこの世界に来たことでまずありえないことになっている。
今後もわざわざスパッドを狩って食べようと思う、酔狂な人間は現れないだろう。
「美味しいなら、いつだってニーナが狩りに来てあげたのになぁ」
「ははっ、そうだな。けどそういうわけでもないし、必要な素材だけ集めたら、あとは片付けよう。こんなにいらないしな」
「だね。美味しいお野菜を頑張って作ってくれてる農家さんたちのためにも、パパっとやっちゃお!」
喋っている間に、全てのスパッドが地上に飛び出し眠りに落ちた。
解魔法で残党がいないか、ここいら一帯をくまなく確認したところで、竜郎たちは必要なものを、必要な数だけ採取して、残りは灰すら残さず燃やし尽くした。
例え眠っていなくとも竜郎たちなら余裕だっただろうが、その必要もなくあっという間に終わる。
「あとはここを整地し直してと。よし、これでいいな。
それじゃあ俺たちの用も済んだし、あとはスミスさんたちと冒険者ギルドに報告して次に行こう」
「たつろー。いちおうスパッドの性質について、冒険者ギルドに伝えておいた方がいいんじゃない?」
「でももう、ここには出ないんじゃないの?」
「ここはもう根絶できたから、他所から運ばれてでもこない限り出てこないだろうが、それでも他の場所で似たような被害が出ることが今後あるかもしれないからな。
そういう人たちのためにも、情報は共有しておいた方が何かと役に立つはずだ」
「そっか! 農家さんがいるのは、ここだけじゃないもんね!」
「そういうことだね」
焼け焦げた地面も綺麗になおし、竜郎たちはスミス家の畑にのんびり戻っていくのであっ
た。
次も木曜日更新予定です!




