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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第30話 降車

「ははっ、別にあげる分には大丈夫ですよ。

 ですがアレはヘスティア用に作ってあるので、こっちで我慢してもらえるかな?」



 竜郎が優しい笑顔で極上蜜を固めた飴を差し出した。

 ここまでされて断るのは逆に失礼だと思ったのか、母──シェリルは黙って娘に頷いた。

 なのでキャルは安心して、竜郎から棒付き飴を受け取った。



「でもなんでヘスティアさんのは、食べたらダメなの? おいしそーに食べてるのに」

「あの子はとんでもなく甘党でね。ただでさえ甘い蜜に砂糖をざぶざぶ入れて混ぜ込んだやつを食べてるんだ。

 だから人種のキャルちゃんだと、あんまり体によくないんだよ」

「そーなんだー」

「こら、キャル。飴をもらったのだから、お兄さんにいうことがあるでしょ?」

「あっ!? ありがとう、お兄さん!」

「どういたしまして。その飴、早く食べた方がいいよ。ここだとすぐに溶けちゃうからね」

「お母さん。食べてもいい?」

「ええ、いいわよ」



 竜郎は自分で出しておいてなんだが、それなりに身分がありそうな人たちなのに、見知ったばかりの人間からもらったものを食べるなんて、不用心ではないかと後ろの護衛たちをチラリとみた。

 しかし視線に気が付いても無表情で、ただシェリルとキャルをいつでも守れる位置に立っているだけ。


 もしかしたら、なにかしら危険を察知するスキルを、あちらでもっているのかもしれない。

 そんなことを考えている間に、キャルは棒付き飴をパクリと小さな口に頬張った。



「────っ!? お……おいしぃ~」



 キャルの顔がサングラスごしでも分かるほど、ふにゃりととろけた。



「あら、そんなにおいしいの?」

「うん! お母さんも食べる?」

「えーと……」



 この場に誰もいないのなら別にいいのだが、キャルのよだれでべとべとになった飴を、人の目がある中で食べるのは躊躇われた。

 そこで竜郎はさっともう一つ飴を取り出し、シェリルに差し出す。



「い、いいのかしら?」

「ええ、いいですよ」

「ありがとう、タツロウくん。では、いただきます」



 こちらはキャルと違い、上品に飴をペロリと舐めてみた。



「まあっ、ほんと! 凄く美味しいわ! これはどこで売っているのかしら? 買い占めたいわ!」

「買占め……。いえ、それは売り物ではなく自家生産です。なのでどこにも売ってませんよ」

「これをあなたが作ったの!? 素晴らしいわ! 是非、売るべきよ!」

「ええ、いずれはこれも売れたらなぁとは思っています」

「これも? まだ他にも美味しいものが!?」

「あー……えーと……」



 そのまま竜郎は押しに負け、試食用に保管してあった白牛の一口肉もだして、シェリルやキャルに渡すとこちらも大絶賛。

 護衛たちも気になりだしていたようで、そちらにも食べてもらうと、これまた大絶賛。


 周囲の人たちもその頃になると、なんだなんだと寄ってきて、次の停車村に着くまでの間、ガーポンの背中の上は大試食会場となってしまった。


 そして夕方に差しかかり、気温が下がりはじめたと感じた頃。ガーポンは村にたどり着く。


 竜郎たちはすっかり仲良くなった乗客の皆にここで降りることを告げると、それはそれは残念そうな顔をされてしまった。


 皆にさよならの挨拶をされ、最後にシェリルとキャルと向かい合った。



「このまま王都に一緒に行ければよかったのだけれど……残念ね」

「すいません。今回ガーポンに乗ったのは好奇心からだったので、ここからは一気に王都に向かいます。やりたいことも沢山あるので」

「……その言い方だと、ガーポン車よりもずっと速い移動手段があるということみたいね」

「ええ、まあ」

「それじゃあ、ここで降りるのも納得ね。

 ああ、そうそう。もしあそこで食べさせてくれたものをこの国で売りたいと考えたのなら是非、我が家を訪ねてきてくれると嬉しいわ。

 きっとお力になれるはずだから」

「シェリルさんの家は商家か何かなんですか?」

「あら? 言ってなかったかしら?」

「ええ、特に聞いた覚えはないです」

「まぁ、ごめんなさい。この国でオールディスの名前を出せば、説明しなくても皆さん察してしまうものだから気にも留めていなかったわ。

 私──ではないけれど、私の夫は王都の商会ギルドの長をしているの。

 だから商売に関して頼ってくれれば、いくらか融通できると思うわ。

 それだけの価値が、あそこで食べさせてくれたものにはあったのだから」

「旦那さんが王都の商会ギルドの長ってことは、実質この国の商会ギルドのトップじゃないですか。凄いですね」

「いえ、それほどのものでもないけれど……でも、ありがとう」



 竜郎とシェリルが話している間に、すっかりキャルと仲良くなった愛衣やニーナも別れの挨拶は済んだようだ。



「それでは、また会えましたら」

「ええ、基本的に王都にいるから、いつでも来てちょうだい。

 家の者にはちゃんと伝えておくから」

「はい。ありがとうございます。では──」

「「あっ!?」」



 竜郎が「では」と言った瞬間にその姿は消え去り、愛衣たちも本当に先ほどまでここにいたのかと思いたくなるほど、きれいさっぱりいなくなっていた。

 シェリルとキャルは突然のことに思わず声を上げてしまい、その護衛についていた者たちも、何をどうしたのか分からず呆然と立ち尽くした。


 そんな屈強な護衛たちをみて、シェリルは機嫌がよさそうに口元が緩むのを感じた。



「おもしろい子たちと知り合えたわね。これも私の《良縁》が引き寄せたのかしら。きっといい出会いに違いないわ」



 シェリルはスキルに、《良縁》という特殊なスキルを有していた。

 これは意識せずとも良縁に恵まれるという名前そのままのスキルだが、こんな風に突如として自分にとって嬉しい出会いを引き寄せくれるので、非常に気に入っていた。

 なにを隠そう今の夫とも、このスキルのおかげで偶然知り合うことができたのだから。



「えー! キャルの《強運》のおかげだよ! きっとー」



 そしてその娘キャルは、これまた珍しい《強運》というスキル持ち。

 こちらも運の要素が絡んだ場面では、かなりの確率で当たりを引く羨ましいものである。


 今回はたまたまイルファン大陸にあるシェリルの実家に顔を見せに行っていて、たまたま帰りの船の到着が遅れたせいで、朝に乗るはずだったガーポン車を逃してしまった。

 なのでキャルの運も今日は働かなかったわねー、などと朝方話していたところだったのだ。


 だがその、たまたまがなければ竜郎たちと出会うことはなかったのだから、この出会いはキャルのスキルも関係していたのかもしれない。



「なら私とキャル、二人のスキルが会わせてくれたのかもしれないわね」

「うんうん! きっとそーだよ! またアイちゃんたちに会いたいなぁ」

「また飴が欲しいだけじゃないの~? キャルは」

「ち、ちがうもんっ!」



 そうして親子二人は仲良く手を繋ぎ合って、今夜の宿へと護衛を引き連れ歩いていくのだった。




 一方、竜郎たちは目にもとまらぬ速さで空に上がり、認識阻害の魔法を展開しながらニーナの背に乗り王都を目指していた。



「まさかこの国の商会ギルドのトップの奥さんと娘さんだったとはなあ。

 思わぬところで、強力な伝手ができたもんだ」

「この国にもいずれ手を広げるなら、知り合っておいて損はない人だもんねー」

「ああ、まだ決定じゃないが、現実味は帯びてきたな。幸先のいいスタートだ」

「これなら、すぐに幸せのチキーモも見つかっちゃうかもしれないね!」

「ふふっ、そうなるかもね。ニーナちゃん」

「ぎゃう~♪」



 座っている背中を愛衣が撫でると少しくすぐったそうにしながらも、ご機嫌で夕方の砂漠を横断していった。


 道中下を見ていて気が付いたことだが、この国は王都と海に面した港町以外は、町ではなく村といった規模で人々は生活をしているようだ。

 思うに港町から王都までの間にある村は、居住区というよりも砂漠に設置された補給基地のような役割として機能しているのだろう。


 そんな考察をしながら空を飛んでいると、やがて日も沈み急激に冷え込んでくると同時に、王都カルラルブの壁が見えてきた。

 しかしもう夜になってしまったこともあり、一般人へ開放されている門は、ピッタリと閉じて今日は入れそうにない。



「ありゃりゃ、今日は外で泊まるしかないね」

「いや、別に転移で一度カルディナ城に帰ってもいいんだぞ?」

「えーそれじゃあ、旅行してる気分になんないよー。キャンプしよ! キャンプ!」

「きゃんぷってなあに? ママ」

「えっと……お外でご飯食べたり、寝たりすること?」



 ニーナの質問に愛衣がふわっとした解答をすると、今度はヘスティアが首を傾げてしまった。



「ん? それ楽しい?」

「さあ? でも皆でいればそこそこ楽しくなるよ! たぶんだけど」



 愛衣の希望もあって今日は王都の壁や、砂の上に普通に置いてあるようにしか見えないのに、沈み込むこともなく敷かれた不思議な石畳の歩道から離れ、人気のない所までやってきた。


 竜郎は周囲の砂を魔法で固めて地盤を強化すると、そこへ今日寝泊りするための通称マイホームを《無限アイテムフィールド》からだして設置した。


 このマイホームは部屋ごとに自由に組み替えられるように作ってあるので、今回は竜郎と愛衣、ニーナ、楓、菖蒲が寝る部屋と、ヘスティアが寝る部屋。

 その間に共有スペースとしてリビング用のルームを設置し、そのリビングの後にはシャワー付きのお風呂部屋を設置したので、ちょうど真上から見ると凸型になっている。



「うーん……。なんか私の想像していたキャンプとはぜんぜん違うけど……ま、いっか。本当にテント使ったら寝にくいし」

「ん。寝やすいのいいこと」

「そういうこったな。それに普通のテントだと魔物に襲われたら簡単に壊れるし、これならそこいらの魔物じゃあ壊せないくらい頑丈に作ってあるから安全だ」



 けれどせっかくなので、食事は雰囲気づくりのため外で食べることにした──のだが、ここにいる人員でちゃんとした料理が作れるものはいない。

 そこで登場するのが──。



「レ~ト~ル~ト~カレ~」

「なんでドラちゃん風? あっ私、中辛がいい」

「俺は辛口にするかな。ニーナたちはどうする?

 甘口、中辛、辛口、激辛があるが」

「ニーナはパパと一緒のやつがいい!」

「ん。甘口」

「「あーぅ?」」

「楓と菖蒲は甘口にしとこうな」



 激辛だろうが中辛だろうが大丈夫だとは思うが、念のため楓と菖蒲の分は一般的な幼児でも食べられる甘口にしておいた。


 鍋に火と水魔法で作った熱湯を注ぎ、銀色のレトルトパックを投入。すぐに温まったので、皿の上にご飯を乗せてカレーを入れた。


 ご飯は竜郎の《無限アイテムフィールド》内に、大量に炊いて時間を止めて保存した物があるので、それを使った。



「ん。主の世界のカレーもおいしい。フローラおねーちゃんの料理のほうが、私は好きだけど」

「フローラちゃんは、めっちゃ料理上手だしね。さすがにレトルト食品と比べちゃだめだよー」

「でもおいしーよ! パパ、ママ!」

「「あう!」」

「だろう。レトルトは偉大だな」



 料理ができない人間でも、これだけ手間なく食べられるのだから、あらためてその凄さを実感した一時だった。


 そうして食べ終わり後片付けを済ませた感想としては──。



「これもう、ほとんど家の庭にいるのと変わんないね……」

「いや、まあ……そうな。でも、この景色は家の庭じゃあ味わえないぞ」



 竜郎が仰ぎ見るように空を見つめ、そちらを指差した。



「おー! 私たちのもらった領地から見るよりも綺麗かもー!」

「ん。ほんとだ」

「光る粒粒がいっぱーい!」



 楓と菖蒲は、いまいちなにが凄いのか理解できていない様子だったが、夜空を見上げれば、地球よりも大きく見える月が照らす光にも負けじと、くっきりと星々の煌めきを目に収めることができた。


 そのまま楓と菖蒲以外は、なんとなく空を見続けて、流れ星を探し合ったり、適当な星座を作り合ったりと、たわいのない時間を過ごしたのであった。

次回、第31話は3月3日(日)更新です。

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