第302話 誕生の兆し
どれくらい船の上でのんびりしていただろうか。短くない時間が過ぎ、皆がその余韻から冷めていく。
「ありがとう、タツロウくん。おかげで薄れていた懐かしい記憶も呼び起こすこともできた。
それに料理も全て、最高だった。これでまた寿命が延びた気がする」
「よかったです。実際に前よりもふっくらされたみたいですし、そのまま元気でいてください。
まだまだ手に入れてない美味しい食材は、肉と魚介とその他が一種ずつ、野菜と果物が二種ずつと残ってますからね。楽しみにしていてください」
「おぉぉ……まだそんなにっ。それは──」
「──楽しみね! 私に手伝えることがあるなら、遠慮なく言うのよ?」
目をぎらつかせてエーゲリアが、アルムフェイルの言葉をぶった切ってそう言ってくれる。
本当にこの人は最初に出会ったときは偉大そうだったのに、今では腹ペコドラゴンとしか思えなくなってきた──なんて少し失礼なことを考えるが、彼女本人は食欲で目がくらみ普段の察しの良さを発揮することなく気が付かれなかった。
「あ、はい。でもたぶんもう、この先は今までみたいに苦労はしないはずなので、さくさく揃えて行けると思いますよ。エーゲリアさん。手順は前よりも増えていますけど」
「未だに生き残ってた美味しい魔物は、それだけ巧妙に隠れてたり事情があったりしたけど、もうそういうこともないしね」
「なら安心ね!」
エーゲリアは律儀に毎回、別にいいのにと言ってもお金や竜郎たちが欲しがりそうな素材をくれたりするので、実は一番のいいお客さんだったりする。
そこらの資産家の美食家では、及びも付かないほどに。さすがこの世界最大国家の先帝だけはある。
「今回のドゥアモスだけでなく、あの前に食べたルカピという魚を使った料理も絶品だった。私も楽しみだな。
ああそれと、タツロウやアイたちに言っておきたいことがあったんだった」
「ん? なに? イシュタルちゃん」
「ようやく新たな側近眷属が最低限戦えるようになったから、そろそろ本格的に我が子──次代の皇帝を生み出す準備に入ろうと思っている」
「いよいよ四人目の真竜がこの世界に誕生するってことか」
「そういうことだな」
実はここしばらくの間、イシュタルは自身の体の一部を捧げ側近眷属の創造を行っていた。
紅鱗の女性竜人──ミーティア、黄鱗の竜──ルキウス、群青色の飛竜──ルブルール。それに続く存在を2人も。
4人目のイシュタルの側近眷属は、真っ白な蒼太やアルムフェイルと同じ巨大な〝龍〟の聖龍──『ベロイラビ』。
5人目の側近眷属は4メートルほどの大きさをした、漆黒のカラスのような鳥類系の体を持ち頭がドラゴンと言った邪竜──『キュリア』。
前者は男性、後者は女性。聖なる存在と邪なる存在もいたほうがいいという、エーゲリアのアドバイスにのっとって生み出され、竜郎たちも少し前に紹介されているので知っていた。
そうして二人を生み出した反動も回復し、イシュタルの体調も万全になったところでいよいよ本丸である正当なる跡継ぎ──真竜の創造。
これはイシュタルに多大なる負担をかけることになり、しばらくはかなり弱体化することにも繋がるので、万全の体制をもって常に最も信頼できる側近5人が彼女を守ることになる。
アルムフェイルも寝耳に水だったようで、一瞬呆けたようにポカンとし、すぐに正気に戻り涙を流す。
まだエーゲリアの力による人型形態なので問題はなかったが、これがもとの大きさなら海面が上がるのではないかというほどにオイオイと。
「おぉぉぉぉ…………おおおっ!! ついにイシュタル様のお子が見られるのですね……。
イフィゲニア様のひ孫様でもあるお方がついに……。ああ、ああっ! なんて素晴らしいっ。
お孫様であるイシュタル様だけでなく、ひ孫様で見られるなんて……本当に、本当に生きいてよかった……。
私はこのために、この世に生きていたと言っても過言ではないでしょう!」
「いや、さすがに過言だ。まったくアルムフェイルは大げさすぎる」
「そうよ。それにイシュタルが落ち着いたら、今度は私の子もまた生み出す予定なのですからね? そっちもちゃんと見なきゃだめよ?」
「二人目のお孫様ももうすぐ……。この世の最上の美食を味わい、イフィゲニア様の二人目のお孫様に、ひ孫様のお顔が見られるなんて…………」
そこで急にブルルッとアルムフェイルは体を震わせた。
「どうしたの? アルムフェイルおじさん。寒いの?」
「い、いやなに。私だけ最後にこんな幸せを味わったと知られれば、あの世で仲間に恨まれそうだなと……なんとなく思ってしまっただけだよ、ニーナ」
「うーん?」
この世界にあの世というものは作られてはいない。死者の魂はこの世界に流れる世界力の循環の中で揉まれ散りじりとなって還元されていくのだから。
そしてそんなことは、世界の安定に深くかかわってきたアルムフェイルも当然知っている。
だがそれでも彼は、あの世という先を信じ願っていた。最愛の主と最大の友たちと一緒の場所にいけるのだと。
だが本当にいたらいたらで、末のアルムフェイルだけがあらゆる意味で美味しい目を見て、嫉妬の炎を燃やされるだろうと。
美味しい魔物もそうだが、なによりイフィゲニア命である九星たちにその孫やひ孫を見られるというのは、最上級の喜びなのだから。
それらを想像してしまったがために、アルムフェイルは背筋を凍らせたというわけである。
「ふふっ、でもその様子だと私たちの子を見たら見たで、お言葉を話されるようになるまで……、竜鱗に白金が混じるようになるまで……、完全に白金に変わるまで……とかいつまでも長生きしそうね」
「そ、それは……、ははっ、そうなれるよう頑張ります、エーゲリア様」
「そうしなさい。あなたは最後の、私の兄弟のような人なのだから──」
「──はい」
どう考えても新たに生まれた子が、完全に鱗の色がプラチナになるまで──つまり大人になるまで生きるのは不可能だ。
そんなことは本人もエーゲリアも分かってはいたが、それでも二人は分かり合うように微笑み合った。
「そうだ。イシュタルが弱体化してしまうなら、うちに回復するまでいるってのもいいんじゃないか?
うちにはカルディナやミネルヴァっていう、最高の監視者もいるし、戦力的にもかなり整っていると思うが」
「それはそれで楽しそうだし、タツロウたちの住む場所ほど安全な場所もそうそうないが……今回は大丈夫だ。非常に惹かれはする魅力的な提案なんだが、さすがに次代の皇帝がよその場所、国で生まれるのは不味いだろう。それに何より──」
そこでイシュタルがエーゲリアへと視線を向ける。
「今回は私がイシュタルに付き添うから安心して。ついでにセリュウスも」
「あー……そりゃ、もう世界で一番安全ですね」
竜郎たちの住む場所は、そんじょそこらの王族ですら真っ青な防御が敷かれている。
だがそれでもエーゲリア一人には及ばない。その上、真竜を除けば現在最強の竜──セリュウスまで付いてくるのだから、過剰すぎる防衛と言っていいだろう。
「だからね、タツロウくん。それは私の時にやってくれないかしら?」
「えーとつまり……?」
「私の子を創造するときに、私を居候させてくれないかしらってことよ。ほら私が弱っている間に、何かあったら大変でしょう?」
「…………正直、母上なら弱ろうが万全の状態の私より強い気がするがな。それにセリュウスもいるだろう。アンタレスや他の側近眷属たちだって。なんなら私やその側近だってな」
「いやいや、この子は帝位とは関係ないですよって示すためにも、よその土地で生まれたほうが、縛られないでいいんじゃないかな~って私は思うの」
「……ただタツロウたちのところなら、美味しい物が毎日食べられるから──なんて考えているだけだろう」
「そっ──そんなことはないわよ、イシュタル! 母をあまり見くびらないで欲しいわね!!
まったくもう、そんな食い意地が張っているだけと思われるのは心外だわ。私はこれでも毎日いろいろと考えて──」
最初に言葉に詰まってしまった時点で図星なのは確実だ。それに食い意地が張っているのは今に始まったことではない。
なにやら今もぶつくさとイシュタルに文句を垂れているが、この場にいる楓と菖蒲、純粋なニーナ以外はそれが分かってしまい苦笑するほかない。
『まあ別にいいよな。エーゲリアさんだし』
『だね。ニーナちゃんも嬉しそうだし』
『ぎゃう♪ おねーちゃんと一緒だー! ニーナ楽しみだなぁ』
ニーナがどれだけ本気を出してじゃれ付いても、びくともしないのはエーゲリアくらいだ。
そういう意味でも、彼女も心の底からエーゲリアに懐いていた。
「エーゲリアさん。俺たちは歓迎しますよ。そのときは是非、いらしてください」
「あら本当!? 悪いわね、タツロウくん。そのときは、お世話にならさせていただくわ」
「ニーナと一緒にたっくさん、あそぼーね! おねーちゃん!!」
「ええっ! ええっ!! たくさん遊びましょうね」
「う、羨ましい……。私ももう少し若ければ、ニーナとだって全力で遊べたのだが……」
アルムフェイルがなにやら羨ましがっているが、楓と菖蒲がポンポンと足を叩いてあげたことで少しだけ表情が和らいだ。
「あ、そうだ。アルムフェイルおじさん」
「なんだい? ニーナ」
「ニーナね、リュルレアさんに会ったんだよ!」
「……なに? それはいったいどういう……?」
「ニーナちゃんたちは、竜神様に頼まれて、過去に世界力の調整にいったのですって。そのときにリュルレアに関わったそうよ」
「なんとっそのようなことが──。ではリュルレアは、ニーナとニーリナの関係も知っていたということですか?」
「いいえ、さすがにそこまで未来のことを詳しくは話してないわ。だったわよね?」
「うん、そうだよ。できるだけ干渉しないようにって、たつろーもいろいろ注意されてたしね。
ただリュルレアさんも、すっごくニーナちゃんを可愛がってたよ」
「それはそうだろうな……。リュルレアは主の次にニーリナを尊敬し、好いておったようだからな。
今ここにいて生きていれば、私よりもニーナにべったりだったろう」
「ふふっ、懐かしいわね。リュルレアも、本当に面白い人だったわ。ねえニーナちゃん、おじさんにもその時のこと教えてあげて」
「うん、いいよ! ニーナも頑張ったし、パパも凄かったんだから。あのね──」
未来のことを過去の人物に話すことはできないが、彼らに過去のことを話すのは問題ない。
ニーナはできるだけ当時のことを思い返しながら、あの雪山であったことをアルムフェイルに面白おかしく語った。
「ああ、それで……。やたらとあのあたりの地域に出向くし、気に入っているとは思っていたが、そういう理由だったか。
私は実はルカピをどこかで隠し育てているのでないかと、勘ぐっていたのだがそうではなかったのだな」
「そうなの? ただあの雪山が気に入っているだけだと私は思ってたわ」
ニーナたちに何かを残そうと動いていたのは、周りにはそのように映っていたようだ。
そしてようやく今、アルムフェイルもすでに忘れていた小さな疑問が解けた。
「しかし懐かしい……。まさかそんな昔に、そんなことがあったとは。世の中、分からないものですな」
「本当よね。私よりも先に、ニーナちゃんに会っていたんだから。それを聞いたときは、私も驚いたものよ」
「ねぇねぇ! リュルレアさんのこと、ニーナもっと知りたい! 教えて! 直ぐお別れしちゃったんだもん」
「ええ、いいわよ」
「ああ、いいとも」
そうして竜郎たちが帰る時間になるまで、エーゲリアとアルムフェイルによる、リュルレアがいたら止めに入りそうなエピソードまで面白おかしく語られ、その場はお開きとなった。
さて帰ろうと、竜郎が転移の準備をしていると不意に元の姿に戻っているアルムフェイルに声をかけられた。
「タツロウくん。ソータはどうだ? 私の槍は使えそうか?」
「もう少しといったところらしいです。あと一歩が届かない感じなんだとか」
「ほう……意外と速いな。ならばあやつと会ってもよい頃かもしれない」
「あやつ……ですか?」
「アウフェバルグ。私の直系の子孫だ。
双紅家の迷惑騒動があったから延期になっていたのだが、そろそろ私の槍を託されたという男に会わせてほしいと言われていたのだ。
そこまで槍に認められつつあるというのなら、あやつもぐうの音も出せず認める他あるまいよ。
あの槍は私と数多の戦地を共にした、九星たちと同じ戦友。そんな槍が認めるというのならな」
「先ぶれは事前に出してもらえると助かります」
「もちろんだとも。どこぞの馬鹿者と違い、それくらいの礼儀はわきまえておるとも。安心してほしい」
「なら僕らは歓迎しますよ。蒼太と一緒にお待ちしてます」
「ありがたい──」
どんな人物なのかは知らないが、アルムフェイルやイシュタルからも一定の評価貰える程度にまともな性格をした神格龍──それがアウフェバルグ。
そんな彼ならば、安心して迎え入れられる。そんな確信を抱きながら、竜郎は皆と一緒にカルディナ城へと帰還した。
これにて第十六章『ドゥアモス復活編』は終了です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回の章ではいよいよ本格的に、滅んだ種の再生がはじまりました。これから残りの美味しい魔物たちも順次復活していく予定です。
そして次章のはじまりですが、次週はお休みをいただき9月1日(木)からの再会を予定させていだきます。
もう9月……!? 早いですね……早すぎます……。自分で9月と書いて今、少し驚きました。
とにもかくにも、この作品ではまた9月にお会いしましょう! ではまた。




