第299話 ドゥアモス復活
全ての素材を揃えたところで帰ってきた竜郎たち。後は素材を全て使って、魔物を創造するスキルで『ドゥアモス』を現世に復活させるだけ。
……だが、ここで一つだけ問題が起きた。
「あ……そっかぁ。この子、死んじゃうんだ……」
「メェェェ~?」
「「ガゥッ!?」」
「「うぅ~……」」
「いや、そんな目で見られてもだなぁ……」
「私はこうなる気がしてましたわ……」
「あはは……まあ、この子べたべた触っても全然嫌がらないし可愛いからねぇ」
素材として必要になるのは、アモスの肉体の素材……それも脳や心臓と言った生命維持をするのに最も重要な部位。
当然その部位を欲するのであれば、可哀そうではあるがしめるという手段が必要だ。
しかしいざやろうとしたとき、そのモフモフと愛嬌のある瞳、ベタ慣れな性格。それらに魅了されたちびっ子たちとニーナが悲しそうな顔をするものだから、竜郎もやり辛くて仕方がない。
『このままやっても、この子たちなら分かってくれるんだろうけどなぁ』
『けどそうだとしても、こうしょんぼりされちゃうと可哀そうになっちゃうよね』
『ニーナは平気だよ! お姉ちゃんだもん!』
『いや、ニーナさん? そういうことを言われてしまうと、余計にやりづらくなってしまうと思いますわ……』
『えー!? なんでー!?』
ニーナはそのままでいてくれればいいと願いながら、竜郎は改めてどうするか考える。
どのみち素材は必要だ。そうでなくては、何のために島の住民たちに譲ってもらってきたのか分からない。となれば、残された道は力技に頼る他あるまい。
『愛衣、頼みたいことがあるんだが』
『うん、いいよ。何でも言って』
何をするか言う前に即決で頷いてくれる彼女からの信頼を嬉しく思いながら、竜郎はできるかどうか不安ながらも一つの方法を提案した。
「メェェエエエ~」
「じゃあやってくよ」
「ああ、頼んだ」
愛衣はアモスの前で両手にゴム手袋をつけ、フローラがいつも愛用している包丁を手に握る。
その包丁はリアが最高の技術を注ぎ込み、素材にもこだわった品なので切れ味も抜群。まな板も特殊なものにしなければ、簡単に切断してしまう刀も真っ青な代物だ。
そんなものを台所から借りてきた愛衣は、竜郎と情報を共有していき心臓の場所をミリ単位のずれもなく把握する。
「今の私なら魔力頭脳がなくてもできるはず──」
剣術や体術、槍術や弓術などには、それぞれを司る神──気獣が存在する。
それらの武のスキルを使える者たちに、一般的に一つの到達点と思われているのが気獣技と呼ばれる、それぞれの武術系スキルを司る気獣たちの一部を気力で再現するという技がある。
だが今愛衣がやろうとしているのは、さらにその上の領域。まことに選ばれた者にしか扱えない、『纏』と呼ばれる極意。
赤い気力が包丁から吹き出し、それは真っ赤な獅子の体を形作る。ここまではまだ気獣技の段階。この程度なら、今の愛衣なら演算装置の補助などなくても簡単にできるようになっている。
「──集中集中」
やがてその獅子の体が溶けるように形を変え、薄い膜のように刀身に張り付いていく。綺麗に包丁が赤い気力の膜に覆われると、刀身の腹の部分に獅子の紋が浮かび上がった。
「やった! 自力でできた!」
不器用で気力操作が苦手だった愛衣も、《器用》などのスキルの補助や気獣の全面協力という通常はありえない恩恵を受けてのことではあるが、それでも自力で極意たる『獅子纏の刃』を包丁に発現して見せた。
「「ガゥー!!」」
「「まっま! しゅっご!!」」
最近はまともに戦う機会も減ってきているので、あまり見せる機会もなかったが、愛衣の本気の刃を前にしてドロシーにアーシェ、楓に菖蒲も大興奮で飛び跳ねる。
「あんまり近づくと邪魔ですわ」
「そーだよ! こっちこっち!」
それをニーナとフレイヤが押さえ、ちびっ子たちを大人しくさせる。
例えそれでドロシーたちを切ってしまったとしても、この獅子纏の刃は斬りたいものを斬り、斬りたくないものはすり抜けるというとんでもない効果を持っているので問題はない。
だがこれからやることは一瞬の隙が文字通り命取りになり兼ねないので、そのフォローは愛衣にとってもありがたかった。
「いくよ──たつろー」
「いつでも準備オーケーだ」
竜郎と息を合わせ、愛衣は集中の糸がピンと張った瞬間──目の前で呑気にぽけーと草を食べている『アモス』に突っ込んだ。
「──はっ!」
そして次の瞬間には、愛衣の手に、まだ動いている新鮮な心臓がゴム手袋ごしに握られていた。
その心臓は当然、アモスのもの。だがその心臓を無くしたはずのアモスはと言えば──。
「メェ~」
何かされたとも気づかずに、心臓を抜き取る前と変わらず四本の足で立って草をもしゃもしゃと食むだけで、倒れる気配すらない。
「……成功したっぽい?」
「ああ、いけたっぽいな。しかし、さすが愛衣。おそろしく速い斬撃、俺でなきゃ見逃しちゃうね」
「え? 私も見えてましたわ」
「ニーナも見えてたよ! パパ」
「ああ、いや、これはそういうネタであって…………コホン、それはさておき」
ここにいるのが一般人クラスの者たちだけなら、そのネタもまかり通ったであろう。
しかし動体視力という面だけ見れば竜郎より優れたものを持っている、ニーナやフレイヤの方がより正確にその動きをとらえていた。
真顔で逆に何故見えないと思ったのかと不思議そうな顔をされ、竜郎は少しだけ顔を赤らめながら言葉を続ける。
横に来た愛衣に、『たつろー可愛いなぁ』というニマニマした表情をされていることも察しながら。
「心臓がいけるなら、脳もいけるかもしれない。次いってみよう」
「はいよー」
心臓を新鮮なまま回収し竜郎の《無限アイテムフィールド》に収納してから、また愛衣が獅子纏の刃を包丁で発現しその刃をアモスの脳天に振るう。
「──ふっ!」
「メェッ────メェエエエ~~?」
今度はアモスの脳みそが愛衣の手に乗っかっている。
こちらの世界で耐性ができ、内臓系も平気で見られるようになった愛衣ではあったが、脳は心臓より見た目がアレだったので急いで竜郎へとそれを渡した。
竜郎はそれを受け取りながら、解魔法でアモスの体の隅々まで異常がないかチェックしていく。
「よし! 後遺症もないみたいだし、成功だ」
「案外できるもんだねぇ」
「まあ……普通はできないでしょうけれど、お二人ならできるでしょうねといった所ですわ」
今回やったのは愛衣がコンマ一秒にも満たない一瞬の間に、必要な箇所だけを切り裂き、切り取り、引っこ抜く。
竜郎はその心臓が切り取れた端から、強引に生魔法で回復させて新しい心臓を体内に創り上げていく。
そうすることで完全に元あった心臓が切り取られた瞬間には、強力な生魔法によって強引に再生した新たな心臓が収まり、前のものと同様の動きをしてその生命の維持を続ける。
という単純でありながらも、無駄に技術と力と集中力を必要とする力技で、不殺のまま脳と心臓を手に入れたというわけである。
「ただ今回は後遺症はなかったが、さすがに脳を切り取ったときは一瞬変な反応があったし、体にいい手法ではないだろうな。下手したら、死んでたかもしれない」
「普通に心臓と脳が切り取られて、体に良いも悪いもない気がしますの……」
「あははっ、そりゃ言えてるね! フレイヤちゃん」
「でもこれで、もうこの子は死ななくて済んだの? パパ、ママ」
「ああ、もうこの子はドゥアモスの復活には必要なくなったからな。ニーナたちが飼ってもいいよ」
「だって! 聞いた? 飼ってもいいって!」
「「ガウガゥガーー!!」」「「うっうーー!」」
「ふふふっ、これだけ喜んでくれるなら私もやった甲斐があるってもんだよ」
「そんなに気に入ったんなら、クマ牧場と一緒にアモスの羊牧場でも作ってみてもいいかもな。
こっちも羊毛とかミルクは商品として出荷できるだろうし」
「普通ならクマが食べてしまいそうですが……まあ、白太さんならそんな心配もありませんわね」
シロクマにそっくりな白太と呼ばれる竜郎の眷属となった魔物。
その白太がいれば、竜郎の保護下にある魔物を簡単に食べてしまうことなんてことはありえないだろう。
ただ絵面的にどうなんだと、フレイヤは密かに思った。
「まあそこはおいおい考えていくとして、今はドゥアモスだ。復活作業に入って行こう」
「はーい」
フレイヤとニーナに、アモスと戯れるちびっ子たちを見てもらいながら、竜郎と愛衣でビニールシートの上に必要な生体素材を綺麗に並べていった。
そして《獣族創造》のスキルを竜郎が用いて、それらの素材を消費して、既に絶滅したはずの魔物をこの世に再び蘇らせた。
「ベェエェェエエエエ」
「こ、これは…………想像以上に…………」
「可愛く無いねぇ…………」
もっとヒツジヒツジした魔物が出てくるかと思いきや、現れたのはカチカチの鎧のようなものに覆われ、体高四メートルはあろう羊……に見えなくもない鋭い目つきをした厳つい魔物。
角もアモスにあるヒツジらしいクルンとした巻き角ではなく、頭の上から逆ハの字に生えたものと、頭突きしたときに突き刺さるような角度で弧を描くように顔の前に伸びたものの計四本もの角が備わっていた。
鳴き声も野太く、普通の子供がここにいれば泣き叫んでいること間違いなしの悪魔の使徒のような見た目をしている。
「ベェエエェエ」
「あれ? でも大人しいね。この子も」
「元となったアモスの性格が影響したりとか、あるのかもな」
ただそのような見た目に反して、気性はそこまで荒くはない。竜郎の眷属であるので、その意に従って大人しくしている面もあるのだが、そこまで強く縛る必要もない程度には荒い性格ではなさそうだ。
愛衣が近寄って足を撫でても、どうどうと立っているだけで嫌なそぶりは見せない。
「ほうほう、この鎧みたいなのは、羊毛がカチカチに固まったものなのか。
ただまあ……腹ペコドラゴンたちには、オブラートに包んである程度の抵抗にもならなかったんだろうなぁ。
おーい、ドロシーたちはこの子は気にならないのかー?」
「「ガゥ……? ガァ……ガゥ」」
「「ぶっちゃ! ぶっちゃ! あも、きゃわきゃわ」」
竜郎が解魔法でどんな魔物か確認しながら、アモスと戯れてばかりのちびっ子たちに話しかけてみれば、その反応はあまりにもアモスと違った。
ドロシーとアーシェは、「え? なにそいつ? 可愛くないわね……」と言った様子ですぐに目を逸らす。
楓と菖蒲に至っては、指をさして「そいつ可愛くない! でもこの子は可愛いよ!」と言ったニュアンスの言葉を発するしまつ。
「ベェェエ~」
「あはは……言葉が分からなくてよかったね。うん……ほんとに」
「だなぁ……。分かってたら泣いてただろ、こいつ」
「えーと、ニーナはその……ぶさ──じゃなくてカワ……いいとは思わないけど、良いと思う! 問題は味だからね!」
「いやニーナさん……それが一番ひどい気がしますわ…………。
せめて中身と言ってあげてほしかったですの……」
「えー!? なんでー!?」
気を使ってくれたニーナの悪気ない「美味しければ見た目なんて何でもいいよ」と言っているに等しい剛速球が投げつけられるも、それでも現世に復活したドゥアモスは、呑気に竜郎から貰った草を食べつづけるのであった。
次も木曜更新予定です!