第29話 ガーポン車
カルラルブ大陸の国境壁を抜けると、そこは大きな港町が広がっていた。
建物はほぼ全てが砂を原料に土魔法で固めたものだが、形は砂のアートのように様々だ。
一般家屋だけ見ても小さなお城のような家だったり、わざわざブロック状にして、それを積んで煉瓦の家風にしてみたり、はたまた人の顔、大きなトカゲ、船──などなど、それを見ているだけでも一日過ごせそうだった。
愛衣はもちろん、ニーナや楓たちもなにあれー!といった様子で楽しんでいた。
だがそんな風景もチラチラと見ながらも、竜郎は一人難しい顔をしていた。
「うーん……」
「どったの? たつろー」
「いやな。チキーモの亜種がいるのなら、《魔物大事典》で調べれば出てくるだろうと思って今調べてみたんだが、そんな魔物はこの世界に存在してないみたいなんだよ」
「ん。似てるだけで別の魔物とか」
たとえばカニとタラバガニのように、別の種でも似たような環境で暮らしていれば、似たような形に進化するというのは地球でもある話。
なのでより適応能力の高い魔物ならば、たとえば鳥ではなく蜥蜴なんかがチキーモに似た形態に至ったという可能性もあるかもしれない。
「ああ、俺もその線かもと思って調べたんだが、空振りだった」
「じゃあ、誰かがチキーモの嘴に無理やり宝石かなんかを埋め込んだとか?」
「こうなってくると、その可能性の方が高いんじゃないかと思ってる。
だとすると、せっかく美味しいお肉を前にして、そんなことをして逃がすとか意味が分からないってことになるわけだが」
「うーん……謎だねぇ。そいつもちょっと探してみる?」
「ああ、この大陸のどこかにいるんだろうし、いざとなったらカルディナやミネルヴァにも手伝ってもらって、しらみつぶしに調べるのもいいかもしれない。
放っておいたままだと、気になってしょうがない」
「ニーナも気になるー!」
「「あーう!」」
ニーナは純粋に好奇心をくすぐられたからだが、幼児二人も彼女のノリに合わせて叫んだ。
竜郎と愛衣は、そんな楓と菖蒲を抱っこしたままそれぞれ撫でた。
ニーナも撫でて欲しそうに見てきたので、そちらも一緒に。
ヘスティアは撫でてもらおうとは思わないので、一生懸命飴を貪っていた。
「これで大体の方針は決まったな。最初は──」
「ん。この国の甘味探訪」
「だったな。んで、次に観光しつつ魔物博物館に寄って、ゼッルマト・マピヤなる人物にコンタクトが取れるようなら取ってみる」
「そんでゼットさん?に会えたら会って、それからチキーモを捕まえて、皆へのお土産も買って、お家に帰るって流れかな。けっこう忙しいね」
「そうだな。でもできることなら、こっちにも小さくていいから、帰る前にどこかに拠点を作っておきたい」
「ここは国民じゃなくても土地を売ってくれるかなぁ」
もしここでなにかしらの活動をするのなら、拠点があったほうが便利だ。
けれど自国民でもないものに、そうやすやすと土地を渡してくれることはないという問題があるので、そこはもしできたら──という方向で考えていればいいだろうという結論に至った。
「にしてもさすが港町。魚料理の店が多いな」
「ふふっ、お魚の形してるから分かりやすいね」
気持ちを切り替え、あらためて町並みを見れば、目につく料理屋の看板を掲げる店は魚料理を主に扱う所が多く、さまざまな魚型の店構え。
それらからは美味しそうな匂いが漂ってくる。
しかし竜郎たちも海に面した土地を持っているだけに、魚料理はよく食べている。
なのでわざわざ他国で食べることもあるまい──と思っていたのだが、海域が違えば捕れる魚も違うのか、店の前に並べられた料理の絵は、口にしたことのないものが多く存在した。
ちょうどお腹もすいたことだし……ということで、軽く食べていくことに決まった。
魚を使った料理を楽しんだ後は、軽く人や町並みを見ながら入ってきた門とは逆の門からイルファン大陸方面の港町──イルミナーを出た。
すると門を出て少し行ったところに、十メートルはある大きな魔物が十体も横に並んでいるのが見えてきた。
それはエイに先端がスプーンのようになった、くの字に曲がった太い足を四本生やしたような魔物だ。
それらは野生ではなく、その魔物近くに立っている男女の団体の従魔らしい。
どれも大人しく、近くに人がいても襲おうとしないでじっと腹ばいに伏せて休んでいる。
だが何のために、こんな暑いところで待機しているんだろうと不思議に思っていると、イルファン大陸語で書かれた看板を団体の数人が持って掲げているのが見えた。
さらにその男たちの前には何人かの人が並んでいたり、荷物を大きなソリのような形をしたコンテナに積み込んだりしていた。
「えーとなになに……ガーポン車、王都行き? って看板に書いてあるけど……何それ?」
「王都行きのバスみたいなものじゃないか? たぶんあのコンテナを、あの魔物に引いてもらって、人間はその背中に乗っていくとか」
竜郎たちが興味深げに見ながらさらに歩み寄っていくと、団体のうちの一人。四十代そこそこの外見年齢をした、爬虫人の女性がこちらへ話しかけてきた。
「おやそこの人、観光ですか?」
「はい。そのようなものです。あの魔物はあなたがたの魔物ですか?」
「ええ、そうです。ガーポンを見るのは初めてで?」
「初めてですね。あの魔物がガーポンということは、あの子たちに荷物と人を引いてもらって移動する──というのが、ガーポン車という意味であっていますか?」
「はいそうです。我々は『エチュー』という名前で活動している団体でして、昔からガーポン車業を営んでいます。評判も、とってもいいんですよ?
どうですか、乗っていきませんか?」
やはり営業だったかと思いつつも、竜郎もせっかく異国に来たのだから、ちょっと乗ってみたい。
皆はどうだという意味をこめて、竜郎が後ろに振り返ると──。
「なんだか面白そーだよ! たつろー」
「ちょっと乗って見たーい」
「ん。私はどっちでもいい」
「「あーう?」」
賛成二、中立一、理解不能二で、竜郎の一票をいれれば賛成は三。反対している人物もいないので、少しだけ乗ってみようという話になった。
「王都に行く途中で降りることはできますか?」
「王都の途中でですか? 別にいいですよ。そういうかたも多くいますし」
詳しく聞いてみると、一日では王都までいけないので、途中でいくつかの町──というよりも村に近い場所に寄って休憩を挟みつつの移動になるらしい。
なのでその途中の村に行きたい人、帰りたい人などは、そこで降りていくというわけである。
けれどエチューという組織は、道中に立ち寄る村々にある宿屋と契約しているらしく、乗客なら誰でも宿泊料金を割引してもらえるサービスがあるそう。
なのでもし王都まで何日もかけて行くのだとしたら、ここを利用したまま行くほうがずっとお得だし楽なのだとも説明された。
だが正直言って飛んで行ったほうが早いので、少し乗ってみたいだけの竜郎たちが王都まで乗っていたら時間がかかってしまうだろう。
とりあえず最初の停車村まで乗せてもらい、ガーポン乗りを楽しんだ後に空から一気に王都に行くことになった。
しばらく日陰で待っていると、出発の時間がやってきた。
荷物がある人は事前にコンテナに積み込んでおく必要があるが、竜郎たちの場合、荷物は全て《アイテムボックス》または《無限アイテムフィールド》に入っているので、預けることなくガーポンに乗り込んでいく。
移動階段が横付けされているので、そこを上ってガーポンの背中に足を乗せると、ゴムチップのテニスコートを踏みしめているような感触がした。
またガーポンの背中の上には落下防止の柵が備え付けられており、まさか背中に柵を刺したのか? と思いきや、強力な吸盤のようなもので張り付けてあるだけだった。
後方からも人が上ってくるので、邪魔にならないよう奥のほうへと行き、見晴らしのいい隅を陣取って、シートを自分たちで敷いてその上に座った。
そのまま周りの人たちを見ていると、折り畳みのテントを持ちこんだり、ビーチチェアのような寝そべることのできる椅子を置いたり、そのまま何も敷かずに胡坐をかいたり──と、それぞれ思い思いの方法で自分の場所を確保していた。
やがて乗客が不快にならない程度に間隔を開けられるだけの人数が乗り終ると、ガーポンの頭の上に乗った男性が、出発の合図の笛を鳴らした。
するとガーポンの体がずずっと砂に沈み込むような感覚がしたかと思えば、四本の大きな足を平泳ぎのように動かし砂漠を掻くと、スーと氷の上を滑るように振動一つなく砂の上を移動しはじめた。
「思ってたより快適だねー! ママ」
「ねー、もっとグラグラ揺れるかと思ってたよー」
後ろを振り向けば、エイでいう尻尾の部分に繋がれた荷物が乗ったソリ型コンテナが、重さを感じさせないくらい容易く引きずられているのが見えた。
「こりゃあ、移動手段がないなら使わない手はないな」
「ん。座ってるだけでいいから楽ちん。……時間はかかるけど」
そうは言ってもヘスティアたちの飛行スピードと比べたらというだけであり、足場の悪い砂地を揺れもなくスイスイ泳ぎ、なおかつ大量の荷物を運ぶこともできていることも加味すれば、普通は十分すぎるサービスだろう。
値段としても王都までは一見高く聞こえる額だったが、それでも荷物の輸送費や歩道は作られているが炎天下を自力で移動し続けることを考えれば、確かにお得ともいえる程度なので、先に女性の言っていた評判がいいというのは間違いないと思えた。
そんなことを竜郎たちがまったりしながら話し合っていると、近くに陣取っていた身なりのいい人種の、二十代後半くらいの女性がやってきた。
みれば一人の爬虫人の男性に大きな日傘をさしてもらい、目にはサングラスをかけ、同じくサングラスをかけた女の子と手を繋いでいる。
女性も子供も身なりがよく、よく鍛えられた護衛らしき爬虫人の男が二人、女性が一人、大きな日傘をさし続けている男性一人と、竜郎たちの次くらいに目立っていた団体だったので、こちらも動いた瞬間にすぐ気がついた。
「こんにちは。少しいいかしら?」
「はい、こんにちは。かまいませんよ。何か御用ですか?」
「いえ、用というかね。あなたたちもそうなのだけれど、特にその小さな子たち。日光にさらしたままでは体によくないわ。この大陸は特に日差しが強いのよ?
よかったら、うちのパラソルに入ってちょうだい。見ていられないの」
「えーと……ああ、そういうことですか」
どうやら自分と同じ人種にしかみえない竜郎、愛衣、楓と菖蒲が、なんの日光対策もせずにぼけーっと座っているので心配してくれたようだ。
けれど心配は御無用。竜郎と愛衣は特殊な称号を持っているので、このような環境にも直ぐに適応し、灼熱の太陽にさらされながらも暑いと感じることも汗をかくこともなく平気で過ごせる。
それになにより、今更日光程度で皮膚や網膜にダメージを負うようなレベルでもない。
また楓と菖蒲。菖蒲はよく見れば小さな角が生えているので普通の人種としては見られ辛いが、この子たちはれっきとした竜。
この大陸に来る前にちゃんと解魔法で調べてみたが、この子たちの皮膚はやはり普通の人種とは違い、とんでもなく頑丈にできていた。
なので日光にさらしたままでも、なんの問題もないのだ。
ちなみにニーナやヘスティアはどう見ても普通の種族ではないので、華麗にスルーされているが、ニーナは愛衣の頭の上にのってじゃれているし、ヘスティアは別に興味がないので気にせず飴を頬張っている。
そしてあまりにも一心不乱に舐めているものだから、その飴を女性と手を繋いでやってきた女の子がじーーーーと見つめていた。
「心配してくださり、ありがとうございます。
ですが僕やこちらの彼女も、そしてこの子たちも、日光に対して耐性があるので大丈夫なんです。
それに傘が欲しくなったのなら、こうして──」
「まあっ」「すごーい!」
竜郎は一瞬で闇魔法で生み出した傘を展開し、降り注ぐ光を適度に吸収させながらガーポンの背中に影を作り上げた。
さらについでとばかりに水魔法で適度な湿度、風魔法と氷魔法で適度に冷たい風で周囲を包み、なんとも快適な空間にもしてみた。
それらに女性は口に手を当て上品に驚き、女の子は無邪気に両手を上げて喜んだ。
だが護衛の者たちは涼しい顔で闇、水、氷、風の四属性の魔法を使ったことに驚愕していた。
システムの構成上、普通の人間が四属性も手を出すなど余程のマヌケか、はたまた特別な存在かのどちらかなのだから。
女性は魔法については疎かったのですぐに気が付かなかったが、護衛たちの反応をみて、これが凄いことなのだと悟り、心配していた気持ちが好奇心の方へ傾きはじめた。
「もしかして、凄腕の冒険者さん? だったら余計なことを言ってしまったわ。ごめんなさい。
見た目が私と同じく普通の人種にみえたからつい……」
それに加えて竜郎たちの身なり。異世界で購入した服装なのだが、着ている服は一級品。
こんなものを普段使いで、砂が舞い散るこの地で着ているものだから、世間知らずのお坊ちゃん、お嬢ちゃんが遊びに来ているように見えたのだ。
「いえいえ。親切心で声をかけてくれたのですから、謝る必要なんかないですよ」
「もしかして高ランクの冒険者だったりするのかしら?」
「さて、どうでしょうね」
わざわざ個人情報を垂れ流す気も、ランクを明かして悦に入る趣味もないので適当にはぐらかした。
それに対して女性は、口元に手を当ててふふふっと笑った。
「そういえば自己紹介を忘れていたわ。私はシェリル・オールディスというの。
この子は娘のキャル。以後お見知りおきを。ほら、挨拶して」
「わかった! キャルです。いご、おみしーおきを」
「僕は竜郎、波佐見です。そしてこっちが──」
愛衣、ヘスティア、ニーナ、楓、菖蒲の順番で紹介していった。
ニーナが喋っているところは既に遠目に見ていたので驚かれなかったが、楓と菖蒲にシステムがまだインストールされていないことには驚かれた。
生まれながらの障害で遅れてしまう子はいるが、この子たちがそうとは思えないのもあり、なにか人種ではない特殊な種族なのだとここで皆が気が付いたようだ。
竜郎たちもなにも言わないので、空気を読んで名前以外のことを聞いてきたりはしなかった。
そうして互いの名前を知ったところで、さっきからヘスティアの飴をじーーと見ていたキャルに愛衣が話しかけた。
「ねえ、キャルちゃん。ヘスティアちゃんの飴が気になるの?」
「え!? そそそそそ、そんなこと……ないよ?」
「こら、はしたないですよキャル」
「うぅ……ごめんなさい。お母さん」
じっとヘスティアの飴を見ていたことを母にも気がつかれ、少女はばつが悪そうに謝った。
「ん。食べる?」
「いいの!?」
「キャ~ル~?」
「あっ、えーと……」
ヘスティアの持つ飴の在庫はまだまだ大量だ。あと一、二本だったとしたらこんなことは言わないが、余裕のある今なら好きなものも分けてあげられるからこその提案だった。
けれどお母さんからの、もっとお淑やかにしなさいという感情のこもった視線に耐えかねて、視線を飴からそっとそらした。
そんな親子のやり取りがおかしくて、竜郎も愛衣も失礼ながら笑ってしまったのであった。
次回、第30話は3月1日(金)更新です。