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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十六章 ドゥアモス復活編
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第297話 夢から覚めた住民

 さて、ここまでは竜郎の目論見通りに行った。だが問題なのはここからだ。

 勝手に彼らをフレイヤに置き換えて、こうして一応自発的にではあるが、ほぼ無理やり全員引きずり出したようなもの。

 フレイヤも竜郎のやんちゃに楽しそうにしてはいるが、彼らが今後、外の世界を知り不幸になってしまったら、平穏のために閉じこもるという方が正解だと思われても仕方がない。



(だから何としてでも、ここの人たちには幸せになってもらうぞ)



 もちろん彼らの生活を、未来を変えるようなことをしたことへの責任もある。

 アモスだけもらって、不安を抱えて生きていくであろう彼らを放置して去るなんて残酷なことはできない。


 そのために道筋を描きながら、竜郎は食欲を満たし段々と正気を取り戻してきた現地の住民たちに向き合っていく。



「お、俺は何ということをっ」

「ああっ、この子まで外に出してしまったっ……」

「もう終わりだ……ヌワンセタの罠に乗ってしまった……」

「ワシにもう未練はない!」



 なんだか一人さっぱりしている老人がいるが、大概が幸せな夢から覚めるかのように現実に戻り顔面を蒼白にしていた。



「皆、美味しい食事を楽しんでくれたようでなによりだ。さて、これからの話をしよう」

「なっ──何がこれからの話だ! もう我々は終わりだ! 穢れによってこの身は赤く染まり死に絶えるんだ!!」

「そうだ! どう責任を取るつもりだ!?」

「責任も何も俺たちはここで食事をしていただけだ。分けてほしいと言われたから、あなた方にも快く分けたというのに、その言い方はあんまりじゃないか?」

「そんなの詭弁だ!!」

「そうよ! あんなっ、あんな美味しい物を出されて我慢できるわけないでしょう!?」



 他にも竜郎の言葉にあれこれと、半ば八つ当たりにも近い言葉が次々投げつけられる。

 ただ彼らの気持ちも分からなくはないので、甘んじてそれを一つ一つ聞いて受け入れていく。

 こういうのは一度全部吐き出してスッキリさせた方がいいだろう──などと竜郎が考えていると、思わぬところから助け船が現れた。



「《少しは落ち着いてほしいものですわ。最終的に選択したのはあなたたちなのですから》」

「ん? フレイヤ?」



 フレイヤが使ったのはスキル──《至上命令》。格下相手ならば魂レベルで深く届き、彼女の言葉を最優先に受け取るようになるというもの。

 フレイヤほどの実力者が使えば、イフィゲニア帝国などの例外を除き、これだけでほぼ全ての国の民を自分のどんな命令でも聞く、死ねと言われれば本当に死ぬほどの人形に変えてしまうことすら可能だ。


 それだけに扱いには注意が必要で、彼女も不必要にそのスキルを使ってこなかった。

 しかし同時に彼女は聡く、竜郎が自分のことを気にしてこんな行動をしたというのも理解してしまっていた。

 だからこそ竜郎に向けられる言葉に、最後まで黙って聞き続けることはできなかったのだ。



「「ガルルゥ……」」「「うー……」」



 とはいえ「美味しいものを食べさせてあげたのに、なんでパパに怒ってるの?」とドンドン不機嫌になって力が漏れ出しはじめた、ちびっ子4人のためというのもあって、ようやく重い腰をあげたというのもあるのだが。

 状況を完全に理解できていない彼女たちにとっては、理不尽極まりなく感じたのだろう。


 しかしである。フレイヤが竜郎の呪魔法以上に強制力のある《至上命令》を使って、この場を落ち着かせようとしたところまではよかった。

 だがさらにいらぬ助け舟が来たことで、状況ががらりと一変してしまう。



「「「「「──っ!?」」」」」



 《至上命令》で精神を落ち着かせ、その声の主であるフレイヤに自然と現地民全員の視線が向けられた。

 本来ならそれ以上そのスキルを使う気はなかったフレイヤが、ただそこに立っているだけだった。

 だがそこにいたのは本当に神の存在を感じられるほど濃厚な神気を、それも神格者の称号を持つ者ですら出せないほど濃縮させたものを発するフレイヤがいた。


 それを見た現地の民は、自然と彼女を拝み平伏しはじめる。



「おおぉ……あの方は……イルニヴァンナ」



 などと言いながら。『イルニヴァンナ』は彼らの言葉で『母なる天空』を意味し、端的に訳してしまえば『神』を表す言葉の一種であった。

 つまり彼らの宗教観における『神』をフレイヤから感じ、湧き上がる衝動のままに崇拝を形にしたというわけである。



「えっと、これどんな状況?」

「わ、分かりませんの。私にも何が何だか……」



 もちろんフレイヤは、そんなことをしようなどとは微塵も思っていなかったし、そもそも竜郎たちが出せる神気ではなく、そんな特殊な神気を発することだってできやしない。

 愛衣に問いかけられても、フレイヤ自身も意味がわからず動揺しながら神気を抑えようとする。



(これってもしかして……)



 そんな中で竜郎は、一つ思い当たることがあった。

 そこであの神気に関わっているであろう存在へと、交信を試みることに。



(あーあー、聞こえますか? 命神さん)

『…………な、なんのようだ?』

(今のフレイヤの状況、あなたの仕業じゃないですか?)

『そ、そんなことは…………あるやもしれぬ』

(やっぱり……)



 あれが人知の範囲を超えた御業だというのなら、今となっては竜郎たちとも馴染み深くなった、こちらの世界の管理者──神々の仕業である可能性が高かった。

 そしてその神々の中でも、フレイヤを通じてあんな干渉を人間の住まう次元に起こせる存在となると、もはや彼女を自分の系譜に迎え入れた全ての生命を司る第二位格の神──命神以外にありえないだろう。



(とりあえず、そろそろフレイヤの状態を元に戻してあげてくれませんか?)

『う、うむ。分かった』



 今まさに崇拝と信奉を捧げられ、中には滝のように涙を流す現地民まで出始め、かなり混沌とした状況に陥ってしまっていたので、すぐにでもと竜郎は命神に頼んで止めてもらう。


 命神も竜郎にバレたことで観念し、ようやくフレイヤから特殊過ぎる神気が綺麗さっぱり消え去った。



「お、おさまりましたわ……」

「えっと、良かったね?」

「あまりわたくしにとって、良い状況とは思えませんの……」



 神気が消えたところで、彼らの抱いた気持ちまでは消えはしない。

 先ほど食の夢から覚め、穢れがどうのこうのと騒いでいたのに、今度は別の夢に浮かされるように『イルニヴァンナ』とフレイヤを称えるのを止めなかった。


 そんな状況を横目に、竜郎はどうしてこんなことをしたのか命神に聞いてみることにした。

 ここは狭い島の中にいる村人だけしかいなかったのでまだいいが、もっと大勢人がいる場所で、命神に限らず他の神々が竜郎たちにあんな神気を発生させようものなら、これの何倍も酷い状況に陥ることは必須。

 何かこの世界特有の発現条件でも、神々の中で取り決めなどがあるかどうか、そこをしっかりを知っておく必要があると考えたわけである。



『嬉しかったのだ……』

(えっと何がです?)

『あの子が……フレイヤが自発的に動き、さらにそこへ頑なに使ってくれはしなかった、私直下のスキル《至上命令》を使ってくれたことがだ。

 それであまりにも嬉しくなって、少し大盤振る舞いしてしまったのだ……』

(えぇ……そんな娘に初めて名前を呼ばれたパパさんじゃあるまいに……)

『わ、我にとってはそれくらい重要な事だったのだ』



 今回のこれは完全に、命神の私的な感情によるものだったようだ。



(こういう干渉はやっても大丈夫なんですか? そんなノリで)

『あまりよくはないな。だが手早く周囲に神の存在を伝える知らしめるために歴史上で何度かやったことはあるから、我々が直接手を出すような干渉とは比べ物にならないほど影響も小さい。

 しかし……今まさに統括神から、非難の感情がビシバシと向けられているところではあるのだがな』

(それはもう自業自得として受け取ってもらうしかないですね。けどフレイヤは神様の存在が苦手なはずなんですけど、平気そうでしたね。

 今は命神さんと交信しているからか、なんだか微妙に表情が硬い気がしますから、苦手意識がなくなったってわけでもなさそうですが)

『やっていることは自己の神気を垂れ流すのと、感覚的に大差はないはずだからな。その辺りに抜かりはない』



 彼女が生まれたときに恐がらせてしまったことを、この神が一番悔いていた。

 だからこそ、恐がらせないようにということだけは常に注意していたのだ。



『というわけで特に害はないし、タツロウが気にしているように、普通はこんなこと起きはしない。安心するといい』

(はぁ、ならいんですけど、じゃあこの状況はどうしたら?)

『そこは任せる。場合によっては、私の名を使うことも認めよう。ではな──』

(あ、ちょっと──)



 命神がその場のノリでやったくせに、後のことは全て竜郎に丸投げされてしまった。



(けど考えようによっては、神の意向を騙ってもいいってことだよな)



 それがあまりにも酷い物なら怒るだろうが、彼らに明るい未来を提案するための騙りなら許してくれるはず。

 そう考えた竜郎は、ゆっくりと崇められるフレイヤに近づき周囲の注目を集めると、手の平で大仰に彼女を指し示し声を張った。



「突然のことで皆、驚いたと思う。だが今ここで、あなた方が感じたままに信じて構わない!」

「おおっ! ではそのお方はやはりっ!?」

「…………」



 竜郎は黙ってそうともとれるように、うんうんとそれっぽく頷いた。決してそうだとは断言せず。



「……主様?」

「本来ならあまり知られぬよう、密かに行動する予定だった。

 だがあまりに我々のことを勘違いされてしまったことで、その眠れる力を表してしまったようだ。

 けれどこれで勘違いも解けたはず。あなた方が思うものを信じてほしい」

「で、では我々は穢れたわけではないのか……?」

「もちろんだ。前にも言ったがその穢れは今や大いなる存在によって、全て消え去っている。もう外にそんな心配を抱く必要はない。それに先ほど見た彼女が、穢れを持っているように思うか?」



 竜郎の演説に対し、一斉に現地の住民が首を横に振る。



「やはりそうじゃったのかっ! あの食材は、まさに天上界のもの!

 そう考えれば、あれほど抗いがたい香りに味も納得がいくというもの。のお、ガルボスもそう思わんか?」



 あの一人だけ悔いはないとサッパリしていた語り部の老人が、この村でかなりの発言権を持っていそうな、竜郎たちとの最初のやり取りのときもいた男性──ガルボスにそう話を振る。



「あ、ああっ! そういうことかっ!! 道理で、この俺ですら正気を失う美味さだと思ったんだ!」



 ただ食欲に負けたとあっては彼の面目も丸つぶれだが、人知の及ばないほどの力がそこにあったとなれば話は変わってくる。

 ガルボスは天啓を得たと言わんばかりに語り部の言葉に大きく頷いた。


 すると周りの大人たちも目から鱗でも落ちたかのように「なるほど!」「ならばあれは当然のことだったんだ!」などなど言いはじめ、竜郎の演説がより真実味を増して浸透していく。

 竜郎を大人たちが責めていたときは不安そうにしていた子供たちも、今では悪いことは何もなかったんだと笑顔が浮かんでいた。


 そんな頃合いを見計らい、竜郎はさらに言葉を続けていく。



「理解してもらえたようで何よりだ。だからこれからも安心して、ここで生活できると保証しよう」

「……え、ええ。ソウデスワネー。ミナ、アンシン、アンゼン、デスワー」



 竜郎からとっさに合わせてくれと念話で言われたフレイヤは、ロボットのような棒読みでそれだけなんとか口にした。

 すると現地の民はさらに大盛り上がり、また御声おこえが聞けたとそれだけで喜んでいた。



「さらにもう一つ、提案が。ズバリ聞きましょう。またあの食材、食べたくないか?」

「「「「「──っ!?」」」」」



 竜郎の言葉に住民たちの瞳が猛禽類のように鋭く変わり、視線が彼に集中する。



「しかもあの極上の食材は、実はあれだけじゃなく他にもある」

「え、ええいっ! 食べたいに決まっているではないか!! はやく言ってくだされ! 我々はそのために何を捧げればよいのですかっ!?」



 語り部の老人が目を血走らせながら、竜郎に向かってそう叫ぶ。



「話が早くて助かります。我々もタダで提供するというのは、他の対価を払って手に入れている人たちに申し訳が立たない。ということで、こちらが要求するのは一つです。アモスを一頭、こちらに譲っていただきたい。

 そうすれば、これから定期的に美味しい食材をここへ届けに来ましょう」

「一頭? 一頭でいいのですかな……? ですが、とてもそれでは釣り合わないのでは……?」

「一頭で十分ですのでご安心を。我々はそのアモスを得ることで、また新たな極上の食材を生み出すことができると確信している」

「なんとっ!?」



 アモスをここで手に入れられず、ドゥアモスを生み出す過程の面倒くささを考えれば、一匹快く譲ってくれるだけでかなり竜郎たちは助かるのだ。

 その礼として、定期的に美味しい魔物食材をデリバリーするのもやぶさかではないほどに。



『オマケで希望するなら外の世界に連れだす──ってのも考えたんだけど、これはさすがにまだ早いよな?』

『私もそう思うよ。長年自分たちを縛ってきたものってのもあるだろうし』

『そうですわね。それに外で天魔の方々にばったり出会ったとき、国際問題に発展しそうな暴言を吐かれても困りますし……』



 今でも天魔病と迫害の件は世界規模でタブーとなっている。そこへ穢れているだのなんだのと声高に叫べば、彼ら自体が今度は世界中から爪はじきにされかねない。

 そこでも意識改善をしなければ、彼らを気軽に島の外に連れ出そうというのは早計だろう。


 そんなことを竜郎たちが念話で話している間に、向こうも話が決まったようだ。村の代表らしきガルボスが前に出てきた。



「満場一致で決まりました。その件、謹んでお受けいたしましょう」

「ありがとう。決してその決断に後悔はさせませんよ」

「ただ……一つ条件というほどでもないのですが……」

「はい、なんでしょう。遠慮せず言ってください」

「あの食材は我々にとって重要な日にだけ、届けてはいただけませんか?」

「な、なにを言っておるのだ! ガルボスよ!!」



 老人が悲痛の叫びをあげるが、ガルボスは一切聞く耳を持たず無視をする。



「遠慮せずに、もっと頻繁に運んできてもいいんですよ?」

「そうじゃそうじゃ!」

「いえ、あの食材は美味しすぎる。故に我々は堕落せぬよう、自らを律し、特別な日の御馳走として食べるくらいがちょうどいいのです」

「いやじゃいやじゃーー! ワシはもっと食べたいんじゃーー!!」

「えーと……本当にそれでいいんですか? こっちとしては、どちらでもいいんですけど……」



 竜郎は後ろで幼子のように駄々をこね、周りから止められている老人から目を背ける。



「ああ、それが可能ならば、そうしてもらいたい」

「分かりました。けど──」



 竜郎は特に老人にだけは聞こえないよう、小さな声でガルボスへ「方針が変わったらいつでも言ってくれていいですからね」とだけ伝えておいた。

 ガルボスはその言葉に苦笑しながら、小さく「はい」とだけ頷いたのだった。

次も木曜更新予定です!

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