第294話 島到着
今までの現存する美味しい魔物の場合、あれだけ暴力的な魅力を持ちながら、未だに生き延びているという時点でかなり特殊な事情や隠れる能力を持っているのは想像に難くなかった。
だが現存していない既に滅んだ美味しい魔物の場合、復活に必要となる近縁種はそこまでの魅力はなく、執拗に腹ペコドラゴンたちに追い回され食いつくされることもなく、他の魔物たちのように日々生きているような普通の存在。
そんなこともあって、竜郎たちは特に気負うことなく今までに以上にピクニック気分でニーナの背に乗せてもらい島群地帯へ向けてのんびりと進んでいく。
「今から行く場所というのは、どこの国にも属していない小島の密集地帯と思っていいんですの?」
「そうみたいだな。それがどうかしたのか? フレイヤ」
「それならば、一つくらい私が貰ってしまってもいいんですの? ご主人様」
「いやどうなんだ……? でも無人島みたいになってるならいいのかもな、知らんけど」
「……どっちですの?」
「俺に聞かれても困るってことだよ。こっちの法律や事情なんて、まだ完全に理解できてるわけじゃないんだから」
竜郎としては地球の方でやりたい放題の無人島開拓を──なんてのは考えているが、こちらは持て余すほど広い領地があるので、この辺りの島まで手を伸ばす必要性はなさそうだ。下手に拠点を建てて外界から切り離され生きている現地の人ともめたり、迷惑になるのは避けたいという意味もあって。
それだけに『ドゥアモス』の近縁種──『アモス』を確保できれば用はなく、特に拠点を設けるつもりもなく、そのままこれまで通り現地に手を入れることなくひっそり去るつもりだったので、その辺りの事情は全く調べてはこなかった。
「むー……、まあ私一人ぐーたらするポイントを確保するだけなら問題はないと思っておきますの。
できれば、お昼寝小屋くらいは欲しいところですけれど」
「大きな開拓とかしなければ、誰からも注目されることもなさそうだしねぇ。
そもそも海は危ないって言われてる魔物がいるから、泳いだり小舟で渡ってくる人とかもあんまいないだろうし」
「ガウッ!」
「見えてきたよー」
ちびっ子たちの中で特等席になっているニーナの頭の上。そこに交代で自分の番が回ってきていた『アーシェ』が小島を見つけて声をあげる。
ニーナはそれよりも早く気が付いていたが、妹に先に見つけさせてあげようと、アーシェが喜びながら竜郎たちに向かって振り返るのを確認してから、彼女も発見の報告をしていく。
「「あう!」」「ガゥ!」
竜郎に抱っこされていた菖蒲、愛衣に抱っこされていたドロシー、フレイヤに抱っこされていた楓も、我先にと小さな島を見ようと首を伸ばす。
そんな微笑ましい光景に思わず竜郎、愛衣、フレイヤは優しく微笑みながら、よく見えるように子供たちを持ち上げ、ニーナも見やすいように体の向きを変えてくれた。
すると複数の小さな島が密集している地帯が、視界に飛び込んでくる。
「おー、思ってたより広いかも」
「少なくとも団体で人が生きていけていけるだけの土地は、ないとおかしいからな」
「ですが小さいものは、もはや足場といっていいレベルしかありませんの」
陸地が海面からわずかに顔を出しているだけといった島と呼べないものから、余裕で人々が住めそうなほど大きな島まで、多種多様な大きさと形の島々が集まっていた。
「パパー、あのおっきい島に人がいるみたいだよー」
「ならあまり刺激しないように、少し離れた着陸できそうな島に行ってくれ」
「はーい」
数日前のジャポネルシオン共和国ではないが、突如空から異次元クラスの力を持つドラゴンが来たら驚くどころの騒ぎではない。
向こうに気が付かれる前にと進路を変えて、人気のない人の気配が多数する大きな島から離れた場所に問題なく着陸した。
ニーナは皆を降ろすと、小さな竜形態になって竜郎の頭の上に乗る。
「なんもないねぇ、ここは」
「少なくともお目当ての魔物もいないようですわ」
人がいるであろう島には緑も豊かにあったが、竜郎たちが一先ずと着陸した場所は、ほぼ砂地で虫一匹すら何もない小さな場所だ。
「ガッガゥ!」
「ガーゥ!」
「「あう?」」
ちびっ子たちは陸地に何もないならばと海の方に駆け寄り、さっそく何か面白いものはないかと水面を覗き込んだ。
するとこの辺りに人が寄り付かない原因となっている、大きなウミヘビの魔物が水底にいるのが見えドロシーとアーシェがはしゃぎ、楓と菖蒲はどこどこ?と二人顔を寄せ合い海面に顔を近づける。
「大丈夫かな? あの子たち」
「へーきだよ、ママ。あのくらいならニーナたちのおうちの近くにいるやつのほうが強いから」
「そうですの。あの程度なら、不意打ちでも平気ですわ」
「探査をかけてみても、ドロシーたちの脅威になる魔物はいなさそうだしな」
「なら安心だね」
あくまで竜郎たち基準であり一般人からすれば、ここにいるそのウミヘビ一匹でもパニックになるのだが、実際に脅威ではないのでやりたいようにさせていると、ドロシーが自分の尻尾を水面に浸けて動かし釣りのようなことをしはじめる。
「ガウガウ♪」
「ガウ!」
「「きゃっきゃ!」」
アーシェもそれに追従し、楓と菖蒲は尻尾がないので手でじゃぶじゃぶと海面を波立たせた。
大きなウミヘビは本能的に嫌な予感がするのか、ちびっ子たちに気が付いていながらこなかったのだが、ここまでされればさすがに気になり三体も襲い掛かってくる。
「「「キシャーー!!」」」
「「ガゥ!!」」
「「「──ギィィギュルルッ!?」」」
聖雷のドルシオンの二つ名に恥じない、白い雷がドロシーとアーシェのライオンのようなタテガミから同時に放たれ、三体の大ウミヘビは一瞬で丸焦げに。
「うまま?」
「ガゥ?」
「ガーゥ……」
「うまま、めっ?」
ウミヘビは砂地に頭が落ちるように倒れ込み、ちびっ子たちは食べられるかな?と近寄って鼻を近づけ臭いをかぐ。
嗅覚が楓や菖蒲よりも鋭いドロシーとアーシェは、臭いの段階でこれはダメそうと首を横に振った。
それでも念のためにと表面の鱗をドロシーがカリカリと爪で剥がし、体の身をほじくり出す。
「たつろー。あれって毒は?」
「頭の方はあるけど、身の方なら無毒だな。
その毒だって、あの子たちには何の意味もなさないが」
「美味しーのかなぁ? 美味しかったらニーナも捕ってこよっと」
「あまり美味しそうには見えませんわ────ほら」
「ガゥッ」
口を付けたドロシーが「まずっ!?」と食べた身を口から吐き出し、それをフレイヤは指さした。
「けどせっかく倒したんだから、素材は回収しておこう。
ここで撃ち捨てられるよりは、あの魔物も本望だろう」
「ダンジョンにおく、リアちゃんお手製の装備品とかになら使えそうだしね」
殺して放置は竜郎の中の勿体ないお化けが顔を出してきたので、きっちりと回収。聖雷で焼かれたおかげで、焦げた鱗が若干聖なる属性を宿していたので、ある意味レア素材でもあるだろう。
「じゃあ、ここを中心にアモスを探していこうか」
「現地の人なら何か知ってるかもよ?」
「楽ができるなら、それに越したことはないですの」
「でもパパなら探査魔法ですぐに探せない?」
「できるし、探査魔法を使っていることすら気づかれない自身もあるが、それでも現地の人に万が一にでも気が付かれたときに諍いになるのは嫌だしなぁ。
とりあえずは聞きに行ってみるのもいいかもな。勝手に狩猟したら、現地の人にとっては何か困るってこともあるかもしれないし。海の危険な魔物と違って、陸の普通の魔物は生活にも影響してる可能性もある」
「でも聞きに行って、とっちゃダメって言われたらどーするの? たつろー」
「そのときはまあ交渉してもいいし、狩るのがダメな理由を解決するって方向でいこう。
まあ……いざとなれば、一匹拉致して素材だけ回収して元に戻すっていう裏技もないわけではないし」
「野生ならば所有物と言うわけでもないでしょうし、それでもいい気がしますわね。
では、ちゃっちゃと行きましょう。私のベストぐーたらスポット探しもありますし」
「それはフレイヤだけなんだよなぁ……。まあいいけど」
島と島の間を渡りながら、空から見えた現地の民が住む大き目の島に向かっていく。
海の魔物も恐くない竜郎たちにとっては、本当にピクニック気分で突き進み、あっという間にその島に辿り着いた。
そして歩くこと十数分で、お目当ての『アモス』も発見できた。できたのだが……。
「これはちょっと考えてなかったな」
「うーん、そもそも野生の個体じゃなかったみたいだねぇ」
最初に見つけた複数のアモスは緑の大地をモコモコした生き物がノソノソと歩きながら、呑気に草を歯んでいる。
それを地球の動物に当てはめるとすれば、『羊』が一番近い。そう──ドゥアモスは羊肉枠として竜郎たちの目的となっていた。
だがただ草を食べているだけならば何の問題もなかったわけだが、その近くには現地人らしき人が数人いて、なにやらアモスの世話をしている様子がうかがえたのだ。
野生の魔物だと思っていたが実は家畜化された魔物だった説が浮上し、竜郎は直ぐに〝認識〟したアモスを《完全探索マップ》で検索をかけてみる。
するとアモスは世界中でこの島群の中でも、ここの島にしか存在せず、そのどれもが群れで生活していた。
竜郎はもしやと認識阻害を自分にかけて空から全てその群れを確認してみたが、その全てが家畜としてここの現地民に飼われている状態なのを確認。つまり全て他人のものであるということが発覚したというわけである。
「これは交渉するしかないな。人の飼い羊を勝手に狩るわけにも、拉致していくわけにもいかないし」
「それをやったら泥棒になっちゃうしね。さすがにそれは私も反対かなぁ」
「ニーナも反対。ドゥアモスは早く食べたいけど、あの人たちもパパの美味しい魔物のお肉と交換で、素材をくれると思うし」
「それもそうですの。最低でも脳か心臓の一つや二つ手に入れば、ことは足りるわけですし」
「だよな。ってことで早速、あの人たちに接触してみよう。
ドロシーたちも楓たちも気になるのは分かるが、大人しくしててくれよ」
「「ガゥ!」」「「あう!」」
モコモコの生物が気になってはいるようだが、ちゃんと聞き分けて竜郎たちの側で大人しくしてくれる。
その様子に優しく微笑みながら頭を撫でると、竜郎は警戒させないように現地の人からも見える位置に体を出していく。
「あのー! すいませーーん! ちょっとお話いいですかー!」
「「「○○×●●っ!?」」」
「○○! ▲◇□!! 早く戻るぞ!」
三言語聞き届け、ようやく竜郎の耳でも現地語が聞き取れるようになった。
外界から隔離されている住民だけ有って、まったく聞いたこともない言語を用いていた。
だが聞き取れたところで、その住民たちは竜郎に気が付くと脱兎のごとく逃げ出し、一番体格のいい男がアモスたちをせっつき走らせ、こちらに睨みを利かせながら去っていってしまった。
「えーと…………あれ? 俺なんか怖がらせるような事したか?」
「普通に話しかけただけにしか見えませんでしたけれど……大声が苦手だったのかもしれませんわ。
私もウリエルさんのお説教で大きな声を出されるのが苦手ですし、気が合うかもしれませんの」
「あはは……、フレイヤちゃんと一緒にするのはどうだろうねぇ」
「パパの言葉が分からなかったなら、いきなり大声でよくわかんない言葉を話しながら現れた人ってことになっちゃったのかも」
「それはあるかもしれないな。でも今ので言葉も理解できるようになったから、今度は現地の人の言葉で話しかけてみることにしよう」
彼らが走り去っていった方角に居住区画があるのは間違いない。
空を飛んでアモスの状況を確認したときに、そちらに村のような場所があったのを竜郎はちゃんと覚えていた。
驚かせてしまったのなら申し訳なかったと、竜郎たちは急がず慌てずゆっくりとその村を目指していく。
今頃は先ほど逃げていった現地の人たちが知らせて、誰か来るかもしれないと待ち構えているだろうからと、できるだけ危険はないのだと知らせるようにちびっ子たちをそれぞれ抱っこし、ニーナも小さいまま竜郎の頭に乗るという、なんとも緊張感の欠片もない姿で。
「うーん……バリバリ警戒されてるねぇ」
「まさに一触即発と言った様子ですわ」
「どうするの? パパ」
現地人の人種はカマキリの蟲人系統。
薄らと緑がかった肌に、複眼ではないが人種よりも大きな瞳が特徴的だ。
手の指の数は四本で、人種でいう中指と人差指がくっついたように一本だけ太く、折り畳み可能な自前の爪による鎌を両手に構え、大人の男女が十人以上村の入り口付近に立ち臨戦態勢だ。
戦闘能力は竜郎の見立てでは、一般的な冒険者よりも上。カサピスティで志願すれば、即戦力として一部隊の隊長を名乗れる実力者たちばかり。
そんな大人たちが緊張感の欠片もない竜郎たちの姿を見ても、一切警戒を解くことなく、明確な殺意を遠慮なくぶつけてきていた。
「「あう?」」
「「ガゥゥ?」」
だがそんな状況下であっても、ちびっ子たちは動じない。
あの程度の殺意、カルディナ城の近くに徘徊する魔物たちのものに比べればそよ風にしか感じられないのだ。
「こちらに戦う意志はありません! 少し話をさせてくれませんか?」
ちびっ子たちが平気ならこのまま行こうと、あくまで害意はないと伝えながら、向こうが襲い掛かってこなさそうなラインで足を止めて、竜郎は現地の言葉で声をかける。
スキルで《全言語理解》を持っていないニーナやフレイヤには、竜郎が念話と《多重思考》を駆使して翻訳しながら。
自分たちの言葉を使うことで、ようやく少しだけ動揺が見えるが、それでも纏め役であろう一番の強者は気を緩めることなく、話が通じるならと声を張る。
「ナルヤーガよ! 疾く消え去れ!!」
「なるやーが? 俺たちは、そのナルヤーガとか言う団体ではないですよ!!」
「間違っていない! ナルヤーガは俺たちの言葉で『流れ着くもの』を意味する!
お前らであろうと誰であろうと、外の者は皆ナルヤーガだ!! 分かったら消え去れ!! ナルヤーガ!!!」
「取りつく島がないとはこのことですわね。島だけに、ふふふっ」
「いや笑えないんだが……」
戦えばどうやっても竜郎たちが勝つが、力でねじ伏せ奪い取ろうとするような性格は持ち合わせていない。
まさか外から来た者というだけで、殺意を持たれるほど拒絶されるとは思ってもおらず、竜郎は呑気に笑うフレイヤをよそに、これからどうしようかと頭を働かせるのであった。
次も木曜更新予定です!