第292話 プークス紹介
時空属性の魔法を使う魔王種という珍しい魔物──モヤ美。
その持っている特性から、もしなんらかの拍子に従魔の契約が消え去られ暴走してしまった場合の厄介さは、リュルレアのいた時代でよくよく味わっている。
ましてあの魔王種よりも竜郎の生み出し方によって強化されてしまっているので、モヤ美に対して了承を得たうえで眷属化を行った。
そうすることで例え従魔としての契約が切れたとしても、魂レベルで強固に主従関係が結ばれたことで、竜郎のいうことだけはどんな状態でも聞いてくれるようになる。
「あちこち転移した場所で不測の事態が──ってのも、絶対にないわけじゃないしな」
「こっちは私たちのよく知らないスキルとか持ってる人とかもいるだろうし、気を付けるに越したことはないよね」
眷属化した後は竜郎の転移でモヤ美ちゃんを運んでいき、各地に扉を設置していってもらう。
とりあえずは、今のところ卸の契約をしている付近にある自分たち拠点を優先的に。
「じゃあ、この辺に頼む」
「ァァァアアアア」
《我ノ支配空間・極》を発動してもらうと、時空属性を宿したプラチナ色の扉が設置される。
「ミラピカのときの入り口は黒いただの穴だったのに、かなり豪華な感じになったな」
「ピカピカだねー、カエデ、アヤメ」
「「ぴかぴか!!」」
キラキラとした扉にはしゃぐ楓と菖蒲をニーナが構ってくれている間に、竜郎と愛衣は色々と調べていく。
中は《強化改造牧場・改》のように環境まで再現することはできないが、時空間を操作して物体の大きさまでも自在に変化できるようになっていた。
なので大量の物資をここに運び込み、縮小化させて時を止めて完全保存なんていう、竜郎の《無限アイテムフィールド》のような無尽蔵な空間はないが、収納量と保存性に関しては文句の言いようのない性能をしていた。
大きな生物──例えば十メートル以上あるジャンヌの《成体化》状態で入っても、竜郎たちと同じようなサイズにできるので、大型の仲間でもここに入って移動──ということもできそうだ。
「こっちは人間でも、サイズ関係なく入れることができるのはいいな」
「時間も区画を区切って止められたりするのも便利そうだよね」
《強化改造牧場・改》のような環境創造能力はないが、中のモノの大きさは自由に決められ、《無限アイテムフィールド》ほどの収容量はないが生物だろうが何だろうが入れることができる。と思っておけばいいだろう。
「なあ、気になったんだが中に入った人間であっても、区画ごとにここは入れる人、ここは入れない人って細かく決めることとかはできるか?」
「ァァ……? ……アアアアアァ!」
「おお、できるのか。これはいいことを聞いた」
「それができるといいことあるの? たつろー」
「そうだな。例えば一次卸先の人たちに、俺たちの誰かをいちいち仲介しなくても、無人販売所みたいに持っていってもらう──みたいなことはできるんじゃないかなって」
中に入れる者なら誰でもあちこち好き勝手に動き回られてしまうと面倒だが、入れる区画を制限できれば商品だけ置いておき、権限を出した引き取りに来た人間がここへ入って商品を受け取る。
代金は商会ギルドを銀行のように今は使っているので、そちらで決済してカサピスティ側にある商会ギルドで受け取れるので会う必要もない。
「うーんと、業者向けの宅配ボックス的な?」
「そんな感じかもな。向こうも物が物だけに、信用できる人だけを寄こしてくれてるみたいだし、これで人員削減できて俺たちの負担も少しは減るはずだ。
モヤ美はこれをずっと維持してられるか?」
「ァァアア」
答えはイエス。内部に干渉するときや出入りするときに消耗はするが、維持し保管するだけなら素の魔力の回復分のほうが大きい。
消耗する際もよほど大々的な変革をしようとしないなら、すぐに回復できてしまう程度なので問題ない。
「部屋のサイズを実在のサイズより縮小して、物や入ってきた人も縮小してしまえばかなりの部屋数になる。
だから、それぞれの卸先用の保管スペースも確保できるんじゃないかな」
受取人は無自覚なままに小さくなって入って来て、小さなミニチュアサイズの倉庫から小さな商品を受け取り、出るときには元のサイズに戻る。
これで無尽蔵ではない広さの問題も解決だ。
「そもそもかなり広い空間だし大丈夫だと思うが、それでも大変だっていうなら第二第三のモヤピカを生み出してもいいんだけどな」
「ァァアァァァ」
「なんだって?」
「人間の言葉に訳すなら私だけで充分よ──ってところかな」
「あははっ、頼もしいね!」
こうしてモヤ美に協力してもらった場合の将来のビジョンを脳内に描きながら、カルディナ城へと戻っていった。
翌日。朝と昼の間くらいの時間に戻ってきたプークスを連れて、リオンがいるダンジョンの町へと移動する。
「おお、あれがタツロウたちが治める町か。なかなか良さそうな所じゃないか」
「ただあの土地を持ってるってだけで、統治とか面倒なのは全部人に押し付けてるだけなんだ。だから別に治めてるってわけじゃないよ」
「今から会いに行く、リオンくんって人が領主代行として色々やってくれてるんだよ」
「リオンか。その様子だとタツロウたちも信用を置いている人物のようだな」
「もちろんだよ。仲良くしてる」
「なら安心だ」
「……にしても、けっこう町としての形になって来てるねぇ。めっちゃ早くない?」
「こっちは建築も魔法でやっちゃうから、時間もそんなにかからないんだろうな」
現在のダンジョン町として竜郎たちが壁を作り囲った空間の内部には、最初の頃の空虚な広場という雰囲気はもう微塵もなかった。
少し前まではリオンたち町の運営や建築に携わる人たちのスペースだけといった様子だったのに、今ではもうちゃんと町としての体裁が取れる程度に建築も進められ、いよいよ町の内部の建築も終わりが見えてきていた。
それは竜郎が言うように魔法の存在が大きいが、それでも異常なほどのスピードだといえよう。
なにせ町の面積的に、それを埋めるだけでも竜郎のような異常な力の持ち主でもなければ、一朝一夕でできるような広さでもないのだから。
それを成しているのはひとえにハウル王肝いりの計画であり、責任者に次期国王が確定しているリオン王子というのが大きい。
もはや国家事業の中でも、最重要にして最優先としてお金も人員も投資されているのだ。
「はやく色んな料理が食べられるようになったらいいね! パパ」
「「うままーっ!!」」
「そうだな、ニーナ」
「ふははっ、食い倒れの区画ができるのだろう? ジュルリ──俺も今から楽しみでならないぞ! タツロウ!」
「プークスくんはそれ目当てみたいなもんだしね」
「無論だとも。ここが俺にとって世界の中心となるだろう!!」
「んな大げさな。でもそれくらい良い町になってくれるといいな」
そんなことを話しながら無事リオンたちの仕事場である庁舎に辿り着き、すぐに会議室に通される。
いたのはリオンとルイーズの王族兄妹。運営にかかわる貴族たち。冒険者ギルド長に商会ギルド長。
あとはその人たちの使用人や秘書のような役割の人たちだ。
「えっと……1人紹介するだけだったんだが……、なんか大げさだな」
「町の治安維持に関わる案件なんだろう? ならこうなるのも仕方ないさ。それでそちらの人が紹介したいっていう人かな?」
「ああ、そうだ。彼はプークスっていって、町の治安維持のための警邏隊を任せられないかと思ってる」
「アイちゃんたちからも、人員を出してくれるの? こっちでも冒険者ギルドと話しながら、最低限の準備はしてたんだけど」
「そうだよ、ルイーズちゃん。どうしてもダンジョンがあるから強い人もたくさん来るだろうし、そういうとき大事になって町が壊されちゃったら大変でしょ?
だからチョチョイのチョイって感じに場を収められる人は必要かなってね」
「……並々ならぬ力を感じますし、それくらいはプークスさんなら余裕でできそうですね」
冒険者ギルド長のエディットは、すぐに人化したプークスの底知れなさを感じ取り冷や汗を流す。いったいどこの誰を連れてきたのだろうかと。
「無論だ。俺に任せておけ」
「それに他にも、治安維持のために俺たち側の騎乗できる従魔も付けられないかなとも思ってる」
「タツロウたちの従魔も? それも騎乗できる?」
「ああ、そうだ。その魔物に乗っているのが警邏隊だってわかりやすいかなってな。困ったときにすぐに見つけやすいだろうし」
竜郎のイメージ的にはパトカーが近いだろうか。
その存在をチラつかせるだけである程度の犯罪防止に繋がり、犯罪者が出たとき頼るべき人を一般人が見つけやすい、わかりやすく目立つトレードマーク。
非常時のときスムーズに駆け付けられる高い機動力。プークス1人では大変だろうが、従魔の助けも有れば彼ほどの能力がなくても対応できるようになることは多いだろう。
そういった説明をすると、一同一定の理解を示してくれた。
「なるほど……ですがあまりにも仰々しかったり、威圧的ですと住民が逆に暮らしづらさを感じそうではありますが、いかがでしょう?」
今度は商会ギルド長のマックスが、そう問い返してきた。そしてそれはリオンたちも少し思っていたようで、竜郎に注目が集まった。
「そこはまあ普段身近にいても威圧感を感じず、それでいて有事の際は頼りがいのある魔物を用意するつもりです」
可愛さに全振りしても舐められ、厳つさに全振りしても恐がられる。ここはカッコよくて愛嬌のある魔物を探せばいいだろうと、竜郎はなんとなく頭の中でイメージを思い浮かべる。
これを言っているのが竜郎でなければ、そんな都合のいい魔物を見つけ、なおかつ大量に用意できるものなのかと疑うところだが、彼ならありえるかとすぐに納得してしまう。
実際に町の中央に坐する大木……だとリオンたちは思っている大蜘蛛も、森川の外壁の外で守ってくれている蠍竜、地中で静かに侵入しようとする敵対存在を食らうスライム。そんな超級の──それでいて都合がいい魔物を実際に用意してしまっているのだから説得力は充分だ。
「しかしタツロウが、そこまで治安維持に協力してくれるとは思ってなかったよ」
「え? なんでだ?」
「だってタツロウは普段の冒険者業に、美味しい食材の生産業もあるだろう?
他にも遊園地やら魔物園の方でもまだやることはあるだろうしさ。
そういう町の運営の細かいところは、他と同様に任せられると思ってたよ」
「いやでも、どうせならここを世界で一番安全な場所にしたいと思ってな。
ダンジョンなんて危なっかしいものがあって、それに挑むような荒くれ者が大勢来たりしてさ、治安を維持するのも苦労すると思うんだ。
けど美味しいものを気兼ねなく食べて、娯楽を楽しむためには、やっぱりそこには〝安心〟がなきゃ心から楽しめそうにないんじゃないかなってさ」
「美味いものを食べてるときに、そこかしこでゴチャゴチャされては堪らんしな。
タツロウはよく分かっている。俺だって食事は食事だけに集中したいものなのだ」
プークスも食事を楽しむという点に共感し、うんうんと深く頷いていた。
一方でリオンやルイーズたちは、最初はポカンとしていたが、すぐにその顔に笑みを浮かべる。
「世界でも有数の危険地帯として有名なここを、世界で一番安全な場所に……か。そんなこと考えたこともなかったよ」
「ここは元々危なくて当然の場所。そういう認識が我々には根深い場所ですからなぁ」
リオンの言葉に老貴族が先ほどのプークスのように、大きく頷いていた。
それくらいここは安全という場所とは程遠い場所だったのだ。
「けど面白いね。この場所が世界で一番安全だなんて言われるようになったら」
「だろう。それでいて美味しい物がたくさんあって、見たこともない新しい娯楽に溢れてる町になってほしい」
「俺も美味いもののために手を貸すぞ! 何なら金ではなく現物支給でもいいくらいだ!」
「プークスくん。そこはお金のほうがよくない?」
「む? 何故だ? アイよ。金など食えぬし、まどろっこしいではないか」
「いやいやいや、そこは考えようだよ。
もしプークスくんが、ふとその瞬間食べたいなぁって思ったものがあったとしても、現物支給だと別のものがきちゃうかもでしょ?
でもお金があれば、食べたいと思ったものをその場で買うことだってできちゃうんだから」
「──っ!! それはそうだ……。現物支給では、いちいち貰うまで待つ必要もありそうだしな。
なるほど金とは、そういう使い方ができるのか……。見直したぞ、金よ」
はじめてお金の使い方を知った幼児のような反応に、リオンはいぶかし気に竜郎に向かって口を開く。
「なあ、タツロウ。彼はお金がないところにでもいたのかい……?」
「うんまあ、そんなところだな。あんまり人と関わっても来なかったみたいだし。
無人島で1人長いこと暮らしてた──みたいなもんだと思ってくれていいと思う」
「そうなのか……。けど腕の方は間違いないんだよね? 性格とかも」
「ああ、そこは俺が保証する。プークスは強いし良い奴だよ」
「……タツロウ。お前に強いと言われると居心地が悪いのだが……。タツロウたちと比べれば、俺などまだまだよ」
「けど俺たち以外のそこいらの人間に負けはしないだろ?」
「当然だ」
そこは上位竜。竜郎たちをのぞけば、ここにいる実力者が束になっても、プークスに一蹴されて終わりだろう。
そんな自信や身に纏う強者の圧が、彼のその言葉が傲慢からきたものではないと如実に語っていた。
「分かった。それじゃあプークスさん。あなたには警邏隊の一つを任せようと思う。これからよろしく頼む」
「ああ、任せておけ。それと俺のことはプークスでいい。タツロウが信じている人物だというのなら、それくらい許そうではないか」
「ははっ、ありがとう。プークス。頼りにさせてもらうよ」
町の中での立場的にはリオンの方が上。それでいて王族なので、その物言いは不敬にあたるが、リオンは気にした様子もなくプークスと握手を交わす。
『あの様子なら大丈夫そうだね』
『ああ、これでプークスの進退も決まったことだし、俺たちは次の食材探しに行こうか』
『やったー! 次はお肉だよね? パパ、ママ』
『そうだよー。ドゥアモスっていう、アルムフェイルさんが食べたことあるっていうか……食べ尽くしちゃったやつだね』
『けどそれだけ美味いってことだろう。俺も早く食べてみたい』
『ニーナも!!』
リオンと良好な関係が築けそうなのを確認した竜郎たちは、いよいよプークスの騒動で先送りになっていたドゥアモスの復活に向けて動き出すことにしたのであった。
次も木曜更新予定です!