第289話 守られていた物
ストルム王家の滅亡にも、竜郎たちの行動が関わっていたことを知り愛衣たちも少なからず驚きを見せていた。
「確かにかなり優秀だって聞いていた王が、そうやすやすと同盟の機会を見逃すわけがないよな」
「時の運が~とか言ってたときは、そんなこともあるんすねぇ~くらいにしか思ってなかったっすけど、神様たちが手を回してたんならそりゃあ滅びるっすよね」
「ん、自業自得……とまでは言わないけど、欲張りすぎたのかも」
「あれもこれもってなって、最後には人の身で手を出しちゃいけない領域にいっちゃったってことだもんねぇ」
その国にはその国の考え方があるのかもしれないが、やはりプークスにしたことを考えると同情もできないと、ジャポネルシオンが残ったことを素直に受け入れた。
「じゃあそろそろプークスのとこいこうよ、パパ」
「そうだな。もう話は付けてくれてる頃だろうし、行ってみようか」
「「うー!」」
元気よく手を上げる楓と菖蒲に微笑みながら、愛衣と一緒に二人を抱き上げ竜郎は皆を連れてプークスの元へと向かった。
プークスのいた場所に着くと、そこには神妙そうに眉間にしわを寄せた一体のドラゴン──プークスが洞窟の前に座っていた。
竜郎たちが視界に入ると、むくりと起き上がり声をかけてきた。
「おお、タツロウたちか。よく来たな」
「ああ、また来たよ」
どういう説得を受けたのかは知らないが、特に気を悪くした様子はなさそうで竜郎たちも安堵する。
だがどう話を切り出せばいいのかわからず、竜郎はひとまず当たり障りない切り出した。
「えーと、何か考えごとをしてるみたいだがどうしたんだ?」
「いやな。先ほど、なんと我らが竜、全ての父──全竜神様よりお言葉を賜ったのだ」
「それは俺が聞いても?」
「ああ、というよりタツロウたちにも関係があるようだからな。
とりあえずは、俺は麓に住む人間どもへ攻撃するのはやめることにした。全竜神様がそこの者たちに罪はないと保証するのならそうなのだろう」
「プークスの感情的にはそれでいいのか?」
「良いも悪いもない。我らが父が許せというから許した、それだけの話だ。俺を騙した者どもは、勝手に滅びているようだしな」
「そういうもんか……」
『ピューーィ、ピィーィ(やっぱりすごいわね、神様効果)』
『こっちの人からすれば、自分の種の創造主っすからね』
竜郎たちは割と接する機会が多いので麻痺しているが、本来なら世界に存在するほとんどの者たちは、一柱から話しかけられるどころか、注目してもらえることすらないまま死んでいくのが普通だ。
そんな神から頼まれれば、自身の感情など二の次になるのは当然といえよう。
「それとな。俺の爺さんの代からやっていた、この洞窟を守るというお役目も、全竜神様の名において、今ここにタツロウたちが来たことで無事完遂した。
俺にはよく分からないが、この奥にある物は、タツロウたちが受け取る資格があるらしい」
「分かった。じゃあ、俺たちが中へ進んでも?」
「もちろん構わない。本物の全竜神様がそれを認めたというのなら、爺さんもダメだとは言わないはずだろうしな。
はははっ、爺さんが生きてたら、俺は全竜神様と話したんだぞと自慢してやりたいところだ。ということで、行ってくるといい」
「ありがとう、プークス。後でまた、美味しいもの沢山渡すからな」
「おお! さすがタツロウ!」
ここまでガリガリに痩せてしまうほど、この地を守っていたのは、竜郎たちのせいでもあったようなので、その意味も込めて竜郎は彼に礼を言って、いよいよ洞窟の中へと入っていく。
「暗いねーパパ」
「そうだな。今明るくする」
「「あう」」
「ごめんごめん、いきなりで眩しかったな」
竜郎が魔法で明かりを灯すと、楓と菖蒲は眩しそうに一瞬目を細めた。
それに謝りながら改めて周囲を見渡せば、中はかなり頑丈で広く、奥までもそれなりに深い洞窟だった。
そんな洞窟を皆で進んでいくと、それまでで特に何かを見つけることもなく、ただの一本道の最奥まで辿り着いてしまった。
いったいどういうことなんだろうと、その奥をちゃんと確認してみれば──。
「時空の歪みだ」
「え? あっ、ほんとだね。周りの暗さと同化して、よく見ないと分からなかったよ」
そこには壁に沿うように時空の歪みとして穴が開いていた。
「ん、これミラピカの名残?」
「………………そう、みたいだな。軽く今調べた限りだと、少し大きめの小部屋くらいの空間が、その穴の向こうにあるみたいだ」
「ってことは、そこになんかがあるってことなんすかね」
「絶対そーだよ! ね、パパ?」
「ああ、何かそこに入ってるみたいだ」
念のためカルディナと一緒に安全性を確認してから、竜郎たちはその時空の歪みによって生まれた空間に入り込んでいった。
「これは…………」
「なんか魔物の素材が沢山あるね」
その内部には、この時代にはもう存在していない珍しい魔物や、魔王種の骨などの腐らない部位が沢山転がっていた。
これを貰って行っていいということかと、竜郎たちが軽く見分していると、ニーナがある物を発見した。
「んん~~? あっ、これって絶対リュルレアさんの鱗だよ! こっちも、絶対にリュルレアさんの牙と爪もある!」
『ピューーイィーーイ(確かに本物みたいね)』
やはりニーリナの妹という存在なだけあってか、ニーナはすぐにその雑多に積まれた素材の数々の中からリュルレアの素材を目ざとく見つけてみせた。
さらに中には以前、別の九星──〝双紅〟関連のいざこざで手に入れた、『エアルベルの炎宿石』と同等の価値を持つ、『リュルレアの氷宿石』という見ているだけで魂まで凍り尽くしそうな冷気を纏う蒼白色の宝玉まであった。
こんなものが偶然落ちているなんて、ありえない。誰かが意図してここに置いたと思って間違いない。となれば、自ずとそれが誰かは分かるというもの。
「ここにそれがあるってことは、これを用意してくれたのってやっぱりリュルレアさんなのかな? たつろー」
「そういうことなんだろうな……」
リュルレアは竜郎たちが魔物の素材なんかを集めていたことを、あの一件で知っていたため、ここにある次元の裂け目を利用してタイムカプセルのようにしまい込んだ。
いつかちゃんと出会えた時、びっくりした顔が見られることを期待しながら……。
しかしイフィゲニアの死と、最後の竜郎たちとの別れ際の、思い返してみれば不自然な沈黙と笑みに、ニーナたちの顔を見ることは叶わないのだろうと悟り、全竜神がそうすれば竜郎たちに確実に渡るだろうというアドバイスの元、プークスの祖父にここに誰も通さぬよう命じた。
そうして律儀にプークスの祖父はそれを守り続け、その孫の代にまでそれは続き、今に至る──というのが全ての真相だった。
「ありがとう、リュルレアさん」
竜郎はそう言って、彼女の遺体が眠っているであろう竜大陸の方角に向かって黙とうをささげた。
愛衣やニーナ、そして空気を読んだ楓や菖蒲までも、それにならって、しばらくその場に沈黙が続く。
「よし! 好意はちゃんと受け取ろう。神様も受け取っていいって言ってたしな」
「だね。きっとこれでニーナちゃんが喜んでくれてたら──って思ってくれてたんだろうしね」
「うん! ニーナ、すっごく嬉しいよ!」
その思いを汲んで、いずれリアにニーナや楓、菖蒲用の何かを彼女の素材で作って貰おうと竜郎は心に誓いながら、ありがたくその全ての素材を回収していった。
『ピィ、ュィーーィ(パパ、これってたぶん)』
「ああ、今俺も言おうと思ってたところだ」
「ん? 他にもまだ何かあるの? ここって」
「なんか中途半端に隔離された時空の歪みによる空間が、この空間の向こう側にあるっぽいんだ。これは行ってもいいんだろうか」
『構わないし、そちらにある物も好きに持っていくといい。それが終わったら、ここは完全に消しておいてくれるとありがたい』
(おわっ。分かりました。そういうことなら行ってみます)
突如全竜神が会話に入ってきたことに驚きつつも、竜郎は時空魔法と浸食の理を用いて、強引に途切れた空間と空間の間に道を通し、そのどこからも切り離されている場所へと向かい出す。
ただしその空間だけ何故か時間までも止まっていたので、竜郎の時空魔法で全員を保護してから。
愛衣たちなら元の原因となったミラピカと実力差に開きもあるため、完全に入った瞬間動きが止まってしまうことはないだろうが、それでも何らかの影響は受けそうだったからである。
対策も万全に謎の空間に足を踏み入れると、そこにはあの遥か昔の時代にいた魔物が十体以上時間を止められた空間に転がっていた。
「マジか」
「ええー!? これってもしかしなくても!」
「ルカピだよね! パパ!」
「「うかぴ、うかぴ!」」
「あいつ、ここに保存食としてしまってたんすねぇ」
『ピィイーーユィ(用心深いというかなんというか)』
「ん、これはフローラお姉ちゃんも喜ぶ」
そこには巨大なサメをより凶悪にしたかのような外見をした魚の魔物──ルカンピスリークこと『ルカピ』が、腐りもせず生前の姿そのままの、完全な状態で保存されていた。
完全な状態ということは、心臓も脳も健在で、竜郎のスキルによって魔卵を作り、増やすことだってできるということ。
「これでルカピをわざわざ復活させるための素材集めをしないで済むな」
「やったー! ミラピカには、ほんとにありがとだね!」
「今後の輸送網にも役立ってもらうつもりだし、本当にミラピカ様様だ」
ドゥアモスを探しに行こうとした矢先での寄り道で、まさかの別の美味しい魔物を引き当てるとは思っておらず、竜郎たちの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
ミラピカの魔王種覚醒のスキルでは、空間の一部の時間を止めておくこともできた。
それを竜郎が強引に世界に定着させ、偶然その閉まっていた区画の一部を破壊しないでいたからこそ、今こうして完全な状態のルカピを手にできたというわけだ。
それから竜郎は一体も残さずに収納し終わると、皆とその場を出て洞窟に戻ってきた。
「じゃあ、ここは消すぞ」
「このままにしといて、誰かが入ったら危ないかもだしね」
全竜神が完全に消しておいてくれと言っていたので、それも忘れずに済ませておく。
ちゃんと中に誰かが閉じ込められているなんてことがないか、千切れて漂う残骸一つ一つを確認しながら。
「よし、それじゃあ外に出よう」
「「あう!」」
竜郎の言葉にいの一番に返してくれた菖蒲と楓の頭を撫でながら、洞窟の外で待っていたプークスと合流を果たした。
次も木曜更新予定です!