第288話 歴史の真実
「これまた綺麗に死んでるね」
「今にも動きだしそうっすねぇ~」
生前と変わらぬ姿で立ったまま死んでいるミラピカに、愛衣やアテナが感心したようにペタペタと触れる。
「どうかしら? これなら文句はないでしょう?」
「完璧すぎですね。これなら素材として全部が使えます」
「リュルレアさん、すごーーい」
「ふふん、でしょう。もっと言ってくれていいのよ? ニーナちゃん」
「「あう!!」」
「いいわ! もっとちょうだい! アヤメちゃん、、カエデちゃん!」
ニーナや楓、菖蒲に称賛の瞳を向けられ、リュルレアはようやく魔王種を討伐した解放感や喜びなど既にどこかに吹き飛んで、そちらのほうが嬉しそうに鼻を高くし胸を張っていた。
そんな彼女に苦笑しながら、竜郎は細胞レベルで損傷のないミラピカの死体を回収した。
「じゃあ、あとはこのミラピカのスキルの残滓を潰しておかないとな」
竜郎の空間掌握すら無視して移動して見せた魔王種のスキルを、未だに空間に固定した状態だった。
大雑把に潰したので未だ普通の空間にこびりついた汚れのように、歪みがあちこちに発現している状態。このままにしておけば、一般人が妙なところに入り込んで思わぬ事故に繋がりかねない。
なのでそれをちゃんと消しておこうとした瞬間、思わぬ所から待ったがかかった。
『いや、その必要はない。それはそのままにしておいてくれ』
「え?」
それは竜郎たちがここに来る切っ掛けとなった『全竜神』。
つまりこの世界を管理している側の存在であり、この時代にできるだけ干渉しないようにと言った張本人でもある。
だというのに竜郎たちが来た痕跡にすらなる、この空間の異常をそのままにしろという。
意味がわからず竜郎から思わず妙な声が口から飛び出し、皆の視線が集まった。
それに対してジェスチャーだけで神様から通信が来たことを伝え、竜郎は念のため確認しておくことにする。
(えっとそれはどういう? けっこう危ない状態でもあると思うんですけど)
『問題ない。後はイフィゲニアに調整を頼むから、それはそのままにしておいてくれ。
それが今回の件で最も重要なことでもあるのだ』
(……これが?)
ますます意味が分からないが、そこまで言うのなら竜郎も無理にとは言わない。
むしろ、こうなることを見越していたようなことまで言うのだから。
『とはいえ自分のやったことがどのような結果になるかは気になるだろうな』
(そりゃあまあ……そうですね)
『こちらとしても説明するのは問題ない──が、ここはタツロウたちのいるべき時代ではない。
元の時代に帰ってから、ゆっくりと話そう』
(わかりました)
確かにここでの用はこれで終わりだ。竜郎も時空魔法を扱える魔王種という非常に珍しくも有能な魔物の素材を入手できたのだから満足だ。
なのでそろそろ帰ろうと、愛衣たちへと告げた。
「そう……もう帰ってしまうのね」
「ニーナたちはニーナたちの時代にいなきゃだめだから……。でも一杯リュルレアさんとお話しできて楽しかった!」
「そう、私もよ」
もう一度大切そうにニーナを抱きしめ、楓と菖蒲も尻尾で引き寄せ抱きしめる。
リュルレアもニーナたち同様、せっかく知り合えたのにもうお別れだということを寂しく思ってくれているようだ。
だがここに竜郎たちがいること自体が、世界からすれば不自然なことでしかない。
別れの挨拶をそれぞれ告げていき、竜郎は自分たちの時代を思い浮かべながら未来への転移の準備をする。
「ばいばい、リュルレアさん!」
「「ばいばい」」
「ええ、この先の未来のどこかで、またあなたたちに会えることを楽しみにしているわね」
「……………………」
そのリュルレアの最後の言葉に、竜郎たちはできるだけ反応しないように笑顔で返した。
なぜならこの先、彼女と交わる時間は存在しないのだから。
リュルレアからすれば、絶対的存在であり不老の存在でもあるセテプエンイフィゲニアがいる限り、永遠に生き続けられるのが彼女たちだ。
このときのリュルレアはそんな自身の神が如きイフィゲニアが、竜郎たちの未来ではすでに死んでいて、自分も老いによって死んでいるという事実など想像すらできないのだろう。
この先どれだけ遠い未来だとしても、必ずまた会えるものだと信じたままの彼女に手を振り、竜郎たちは未来へと飛び立った────。
やはりかなり遠い過去だったこともあり、竜郎でもそれなりの誤差が生じ、元の時間から三時間ほど進んだ時間で元の時代に戻ってきた。
何とも言えない別れに、まだよくわかっていない楓と菖蒲以外はしばらく沈黙が続いた。
けれどこのままここにいても仕方がないと、竜郎は率先して気持ちを切り替える。
「よし。それじゃあ、今回の件の詳しい全貌を聞いてみるな」
「うん、そうだね。お願い、たつろー」
竜郎が全竜神に語り掛けるように意識すれば、すぐに繋がる。
『では今回の調整においての全貌を明かそうと思う。
だがハッキリ言って、タツロウにとってはあまり聞いて楽しい話ではないというのは理解してほしい』
(そう言われてると余計に気になるんですけど……)
『だろうな。まずあの魔王種をとっとと始末してほしいというのも別に間違いではなかったし、イフィゲニアは先に言っていた通り別件で忙しかったというのも嘘ではない。
ただ今回はその場だけでなく、未来に繋がる調整まで含めての事だったので、タツロウに倒してもらう必要があったのだ』
(未来につながる調整?)
それがどう繋がるかは分からないが、おそらくあの残したままの空間の歪みが関係していると竜郎は予想しながら、その続きを聞いていく。
『プークスの一件で、三つの国の争いがあったということは覚えているか?』
(プークスの一件で三つの国っていうと、ジャポネルシオン、コラドス、ストルムのことですか?)
『ああ、その三国で間違いない』
竜郎はプークスを嵌めたストルム王国が、突如手を組んだジャポネルシオン王国とコラドス王国によって滅び、組んだ二国はストルムの領地を分けて今も存在している──という歴史を思い出す。
『実はそのストルム王国というのはだな、そのまま残っていれば世界力の調整を乱す発明をする未来の可能性を有していた。
だから我々管理者の総意として、ストルムには滅んでもらうことにした』
(──えっ。ってことは、もしかしてストルムが滅んだ原因って別にジャポネルシオンやコラドスではなかったってことですか?)
『いいや。我々が直接手を出せば、余計に世界力の調整はややこしいことになってしまう。
だからこそ、そういう未来になるように、あの時代から仕込みをしておくことにしたというわけだ。
だから直接的に滅ぼしたのは、その二国ということであってはいる。
とはいえ、そうなるようにいろいろとこちらが手を打ったからこそではあるのだがな』
ストルムの王は本当に優秀な人物だった。そしてその王の子も遺伝なのか、はたまた教育方法がよかったのか、優秀な子が何人もいた。
だがその優秀さゆえに、世界力の調整の邪魔になるほどの兵器の発明の基礎を親子二代で築き上げてしまう。
その基礎を元に開発を続けていけば、いずれイフィゲニア帝国くらいしか対抗できる国はなくなり、確かに竜大陸以外の地を併呑するほどの大国として名をはせることにはなっていたかもしれない。
だがそうなってしまうと、管理者──この世界の神々と呼ばれる者からすれば面倒なことになってしまう。
だからこそ全竜神含め、ストルム滅亡の道筋を描いた。
(確かそのあたりの歴史をカンポの町で聞いたとき『両国が手を組めたのは本当に偶然と偶然が重なった、まさに時の運が味方したとしか言いようのない電撃的な同盟だった』って聞いた覚えがあるんですけど、その偶然っていうのはやっぱり?)
『我々にとっては必然だったということだな。
直接手を出すことはできなかったが、間接的にそうなるようにしたのだから』
(そりゃあ、時の運も味方するわけだ……。
時の運というか、この場合は神様が裏で味方してたわけみたいですけど)
『基本的に技術の向上や人間同士の戦いに口を出す気も、まして手を出す気もない。
だが我々が気の遠くなる時をかけて安定させてきた世界力を乱すことだけは、絶対に許すことはできないのだ』
(まあ、ですよね。下手したら国どころか世界自体が吹き飛ぶことだってあり得るんですし)
どれだけその安定のために神々が苦労し、今の時代の安定を手に入れたかは、竜郎たちも何となくではあるが理解できる。
それをいきなり出てきたぽっと出の人間に邪魔されれば、怒りたくもなるだろう。
それにである。今回割を食ったのは竜郎たちとは一切親交のない、それどころか人(?)の良いプークスをいいように利用し、他国にまで迷惑をかけるような国。
それが神々にまで迷惑をかけて結果的に潰されようと、冷たいのかもしれないが、竜郎には大して可哀そうとは思えなかった。
(それでその必然のために、あの魔王種のスキルを利用した空間の歪みが必要だったと)
『その通りだ。あの歪みをもう少し都合よく改変し、そのまま残すことで、二か国の同盟のきっかけを作りだしたのだからな』
他にもいくつか神々は手を打っていたようだが、竜郎に関係のある個所は同盟の最初のきっかけが一番大きかった。
ジャポネルシオンの王子とコラドス姫はまだ幼い頃〝偶然〟その歪みのせいで時空を飛び、これまた〝偶然〟その二人は出会い恋をした。
だがどちらも、ほとんど敵国のような状態の国同士。
その恋が実るわけはないと、その二人は互いに諦め、それぞれの国へとまた歪みを通って別れた。
だがいざ国が亡ぶかもしれないというとき、同盟の話が浮かび上がる。
その思いを捨てきれなかった王子と姫は、国の内部から動き出し各所を説得していき、子供の頃の記憶を頼りにその歪みを利用し、同盟できないかと考え、これまた様々な〝偶然〟が重なり〝運よく〟ことがとんとん拍子に進み同盟へ。
そんな歪みがあることすら知らないストルム側は、監視の目をあっさり躱されてしまっていた──というわけである。
そうして二国はストルムを打ち倒し、その同盟の証として王子と姫は結婚した──めでたしめでたし。
……というのが、神々が画策したストーリーであり、実際に狙いたがわずこの世界の歴史はそれを辿って今がある。
『結果的に国の滅亡に間接的にかかわらせてしまったことは済まないとは思っている。
だがこれを最初にタツロウたちに説明してしまった場合、何故かこちらの都合のいい形に空間の残滓が残らないという予想結果が出ていてな。
そのため何の説明もできなかったのだ』
(まあ……間接的と言っても実感はないですし、その長い歴史の中でいろいろと手を加えられてもいたようですし気にしてませんよ)
竜郎に空間の歪みの調整をさせず、この世界の住人であるイフィゲニアに仕上げを頼んだのも、その申し訳なさから来ていたということに、竜郎もここで気が付いていた。
実際に国を亡ぼす助けをしてしまった! という感じは全くと言っていいほどないので、彼自身も深く気にするつもりはないのだ。
だがここで何やら全竜神は、嬉しいサプライズを残していてくれたようだ。
『そういってくれるとこちらも助かる。その礼というわけではないが、プークスが守っている洞窟の奥に良い物がある。それを好きに持っていくといい』
(良い物? それは気になりますね。是非いただいていきたいと思います。
それでプークスの方への説得も、してくれるんですよね?)
『もちろんだ。この話が終わり次第、すぐにもう守る必要はなくなったと直接知らせておく。
少ししたら、プークスに会いに行くといい。そのときは洞窟の奥へと快く入れてくれるはずだ』
(助かります)
一体その奥に何があるのだろうと少しワクワクしながら、ここで全竜神との会話を一旦終わりにし、そちらにはプークスの説得を、竜郎は愛衣たちへ今聞いた話の説明を、それぞれするために動き出したのであった。
次も木曜更新予定です!