第286話 釣り作戦
美味しい魚の魔物──『ルカンピスリーク』を見つけたはいいが、今の竜郎たちにとっては絵に描いた餅に等しい。
この時代のモノで手を出していいのは件の魔王種だけで、他のモノには手を出してはいけないとも全竜神に言われてしまっているのだから、そこにいるからといって『わーい』と喜びのままに捕獲していいわけがなく、『いるなぁ……』とただ見ることくらいしかできないのだから。
「──というわけで、その魔王種はそのルカンピスリーク目当てで、命を懸けてここに居座りたがってるみたいです」
「へぇ……そんな魔物がここにいるのね……なるほどなるほど。
それはなかなかに興味深い話だわ。うん、とてもね。とても興味深いわ」
そんなこんなで、竜郎は素直にリュルレアに現状を報告した。
ニーナなどは、その途中ずっと「ほんとに話しちゃうの?」という顔をしたままだった。
そして思った通り腹ペコドラゴン──リュルレアは、自分に命を狙われても逃げようと思えないほどの食材のほうに意識が向かっていた。
魔王種? なにそれ? 美味しいの? とでも言わんばかりに。
「これは私も現地調査をする必要があるかもしれないわね!」
ほらやっぱり来たよと内心皆が思う中、竜郎はどうせ意味はないのだろうが、それでもやっていいことの範囲内でささやかな抵抗を試みる。
「いや、それはどうなんでしょうかね、リュルレアさん」
「え? なにか問題があるかしら、タツロウくん」
もう食べたときのことを想像してルンルン気分になってきているリュルレアは、何故止めるのかと意外そうに首を傾げた。
竜郎たちがいつの時代からきたかは彼女は知らないが、それでも随分先の未来の者たちというのは想像がつく。
それに彼らが、この時代のものに手を付けられないことも知っていた。
それなら自分がここで何を食べたところで、なんの影響もないだろうにと。
「その場所にリュルレアさんが行ってしまい、そこを件の魔王種が目撃したとします。
そうなると向こうは、そこに転移したらリュルレアさんがいるという可能性を考えるようになるはずです。
いくら魔物と言っていも、それくらいの知恵は回るようですし」
「まあ、そうなる可能性の方が高いかもしれないわね」
「はい。だからそうなってくると、もうそいつは恐くてそこに近づけなくなるんじゃないかと思うんです。
いくら命がけで食べたい食材だと言っても、今は逃げ切る自信もあるからというのも少なからずあるんでしょうし」
「あ~そうなってくると、るか……るか……もうめんどいからルカピって呼ぶね」
「オカピの親戚みたいだな……。まあ、その方が呼びやすいし、いいか」
長ったらしい名前を覚えるのも口にするのも面倒だと、愛衣は『ルカンピスリーク』を『ルカピ』と三文字で呼ぶことに決めた。
竜郎からしても今後、自分たちの時代で復活させ、商品としてやり取りするときのことを考えれば、ルカピの方が分かりやすそうだと、その意見を採用した。
チキーモも、そもそもは『チラーキアモ』などという名前があったのだから、本来の呼び名の方が消えたとしても今更だろう。
「でしょ? えーと、だからね。そのルカピを食べるのに、もっとおっきなリスクを背負うことになるんだろうし、さすがそうなっちゃったら魔王種も逃げちゃいそうだよねぇ」
「ん、転移した瞬間にリュルレアちゃんに会ったら、何であろうと死ぬしかない」
「単純に半分の確率で確定死があるってなっちゃうっすね」
立場的にもなかなか『ちゃん』付けでなど呼ばれないリュルレアは、新鮮な気持ちを味わいながらも、しっかりと今の話を一考する。
「そう……そうね。少しそのルカピが気になって、視野が狭くなっていたみたいね」
「リュルレアさんも、食いしん坊だね!」
「そ、そんなことはないわ! ニーナちゃん。
私はいつだって、お姉さまのように毅然としているのだから」
リュルレアは五番目のセテプエンイフィゲニアの側近眷属で、その上には四体の九星がおり、姉と呼べる存在は『ニーリナ』と『トリノラ』の二人。
しかし彼女がお姉さまと呼ぶのはニーリナだけ。
トリノラとは大して生まれた時が離れていないというのもあるが、彼女にとってニーリナという存在は自分の憧れでもあったからだ。
それ故に、まるで憧れの姉を小さくして、その内に秘めた優しさを表に出したような素直な性格のニーナは可愛くて可愛くて仕方がなく、それと同時に綺麗でカッコイイお姉さんとして見られたいという願望があった。
なので竜郎たちからはいいとしても、ニーナにだけは『食い意地の張ったお姉さん』と思われるのは我慢できず、慌てだすリュルレア。
『おっ! 最後の抵抗が少し効いてくれたぞ。
少なくともこれで、俺たちが見ている前では食べにいくことも、食べることもないだろう』
『やったね! たつろー。さすがに見ているときにそれやられたら、心に来ちゃうからね』
『ん、ナイス主とニーナちゃん。甘くなさそうだけど、ルカピのそんなとこ私も見たくない』
『んんん? ニーナなんかやったっけ?』
『ピュィーーーピュイーーー(ニーナは、そこにいるだけで効果があるのよ)』
『んんんん~~~?』
よく分かってなさそうだが、結果としては最低の中での最高は引けた。
自分たちが望むものに手を出せない状況で、滅ぼされていく姿の一端を見るのは、想像するだけでも辛いだろう。
そんなことを念話で話しているとは露知らず、リュルレアは空気を変えるようと話題をずらした。
「こほん。けどそれじゃあ、どうすればいいのかしら?
私がそこに行って待ち伏せするわけにもいかないのでしょう?」
「そうっすね~。こっから逃げられて、どこにいるかも分かんない状況になるってのが、一番厄介なんすから」
竜郎が一度でもしっかりと、その魔王種を確認できればシステムによる《完全探索マップ》で位置を特定できるようにはなる。
だがそれができても竜郎たちは遠くに移動することはできないので、手伝うこともできなくなってしまう。
それにそうでなくとも魔王種が持っている空間属性を用いた探知スキルは非常に強力で厄介で、少しでも違和感があればまた遠くへ──と鼬ごっこになってしまう可能性もゼロではない。
なのでここにいる全員の総意として、何としてでも、この地にこだわっている間に、やってしまうのが一番だろう。
「本当に……もう。弱いくせに逃げ足ばかり速いのだから、困ったものね」
「ええ、ですから今回は俺たちで海の方に行って、釣りをしようかと思います」
「釣り? この時代のものに干渉するのは不味いんじゃないかしら? さすがにだめよ、それは」
「いえ、大丈夫ですよ。俺たちが釣るのは魚じゃなくて、魔王種の方ですから」
「魔王種の方って、エサはどうするの? ルカピを使うのだって不味いでしょう?」
「ですね」
リュルレアがルカピを捕獲しに行くのは、逃げられる可能性があるので避けたい。
かと言って竜郎たちがそれをやるのはダメで、他の美味しい魔物とて勝手に出して、もし何かの拍子に食べられてしまえば、それでも全竜神との約束を反故にしてしまう。
であれば、なにをエサとすればいいのか。
その答えを竜郎は口にした。
「答えは僕らですよ。リュルレアさん」
「え? あなたたち? あなたたちだって、充分奴からすれば逃げる対象じゃない」
「ええ、ですので限りなく力をばれないよう装って、ルカピのいる海上をうろついて、あたかもルカピを狙っているような素振りをし続けるんです」
「逆に怪しくないかしら?」
「そうかもしれません。けどリュルレアさん。
もし自分の大切な物がある場所に、自分よりも弱い魔物がウロウロして、それを狙っているように見えたらどうします?」
「そうね。迷わず殺しに行くわ。相手は魔物なのだし」
「ですね。となれば向こうにとってもそれは同じでしょう。
殺していい対象で自分よりも弱そう。なら大切な物を守るため、独占するために蹴散らそうと向こうから襲ってくるとは思いませんか?」
「あー……なるほどね。それで〝釣り〟なのね」
つまり弱いふりをして、ルカピを捕るふりをして、魔王種に殺意を抱かせ、自分たちをエサとし向こうから来てもらう──ということ。
「向こうからわざわざ出てきて、こっちに近づいてくれるのなら、それはもはやカモでしかありません。
魔王種が転移するよりも早く、それを阻害できる距離まで来てくれれば、あとはもう捕まえてリュルレアさんに倒してもらうだけですからね」
「なんだか私、随分と楽をさせてもらうような気がするけど、いいのかしら?」
「ええ、かまいませんよ。僕らも僕らで、今回のこれで得られるものもありますから。
ですがそう思ってくれるのなら、できるだけ損壊を少ないような殺し方をしてくれると助かります。具体的には心臓と脳が重要なんですけど」
「ええ、心得ているわ。なんでそんなものが必要なのかはよく分からないけれど、それくらいお安い御用よ」
「じゃあ、決まりですね。それじゃあ、サクッと終わらせてしまいましょう」
「そうね」
魔卵づくりだけなら心臓か脳のどれかが残っていれば事足りるが、時空系統の魔王種というかなりレアな存在だ。
他の部位も素材として何か役立つかもしれないし、その方がリアも喜んでくれるはず。
そう考えて竜郎はリュルレアに殺し方に注文を付けてから、さっそく魔王種の釣りをすべく、準備をしてから海へとまた戻った。
自分たちに呪魔法まで用いて弱体化したうえで、力を全力で抑え、それをまた竜郎の時空魔法によって外に漏らさぬよう、隠蔽がばれない範囲で遮断する。
ここまでやってようやく、竜郎たちは魔王種から見て、自分よりも弱そうな存在に擬態することができた。
「けど念のため、ニーナは小さくなっていてくれ。子供の竜だと思って油断してくれるだろうし」
「はーい」
あからさまな竜の形をしたニーナが、そのままの姿では警戒心を呼び起こしそうなので、彼女には小さくなってもらう。
ヘスティアの場合は、この時代にはお目にかかれない人型の竜──人竜なので、力さえバレなければ竜というより翼の生えたただの人間くらいにしか見えないと判断してそのままにしておいた。
カルディナは竜郎を弱体化させるために分離し、アテナと一緒に上記と似たような理由で姿は普段のままでいく。
「じゃあ、いこっか」
海岸側から海の上を歩いたり、飛んだりしてルカピのいる海域の真上までのんびりと、見せつけるように移動する。
そして上までくると、わざと騒いで獰猛な魔物でもあるルカピを呼び寄せる。
魔王種よりもさらに感覚の弱いルカピならば、今の竜郎たちはそれこそエサにしか見えないのだろう。
周囲にいる魔物たちを威嚇し、あれは俺たちの獲物だぞとアピールしながら、全速力で海上にいる竜郎たちに飛び掛かってきた。
「おー! あれがルカピ! 立派な魚だね!」
「まあ、どうみてもヤバいサメにしか見えないが、サメも言っちゃえばただの魚か」
「ジュルリッ──うぅ……食べたいなぁ」
「「うー!!」」
飛び掛かってくるルカピを闘牛士のようにヒラリと躱しながらあしらっていく。
それが美味しいと分かっているニーナはヨダレを垂らし、分かっていない楓と菖蒲は海の上で魚と戯れているとでも思っているのか、非常に楽しそうに愛衣とアテナにそれぞれ抱っこされながら腕の中ではしゃいでいた。
「ん、ニーナちゃん。我慢」
「わかってるよ~~」
「ここで頑張ってくれたら、後で別のになるが沢山食べさせてあげるから、今は頑張ってくれ。
ヘスティアには甘いものも沢山出すからな」
「ん!! 凄くがんばる!!!」
「ニーナも!」
「私も!」
「いや、愛衣もかいっ」
なんとも呑気なやり取りをしているが、ルカピたちは本気で竜郎たちを食べようと奮闘していた。
それは外から見れば、竜郎たちがルカピを物色しているようにも見えたことだろう。
そうして──釣りは成功する。
「ァァァアアアアッ」
その姿を目視した件の魔王種は、竜郎たちを怪しいと思う前に、殺意の感情が湧き上がり、雑魚に自分の大好物を取られるとばかりに、その本能のまま竜郎たちへ向かって、まんまと突撃していくのであった。
次も木曜更新予定です!