第285話 固執する理由は……
親睦を深められた?竜郎たちは、ようやくリュルレアと件の魔王種について話し合うことになった。
「あいつは本当に面倒なのよね……。
空間を使った超性能な索敵で、隠れていても少しでも動けばすぐに察知される。
転移は座標設置型で、あちこちにマーキングした場所に自由に行けるみたいね。距離も自由自在みたい」
「の割には、ここに居座ってるみたいですけど、なにか理由があるんですかね?
逃げるってことはリュルレアさんに勝てるとは思ってないんでしょうし」
もしも竜郎がその魔物であったのなら、長距離転移が使えるのだから、とっととリュルレアのような化け物クラスの竜から離れた場所に逃亡するであろう。
だというのにその魔物は、リュルレアから逃げはするが、付かず離れずこの地に居座り続けている。
高度な戦術とは無縁な魔物の知能ならば、勝てない相手が来て、なおかつ悠々と逃げる手段を持っているのなら、触らぬ神に祟りなしとばかりに、本能にしたがって相手がこない場所まで移動するのが野生の生き方というものではないか。
「まさか勝てるとでも思ってる、とかっすかね?」
「逆転の目を出す切り札を持ってるってのは考えにくいけどなぁ。相手はリュルレアさんなんだし」
こざかしく逃げ回る知恵はあるのだから、自分とリュルレアの実力を勘違いしているとも考えづらい。
それくらい魔王種とリュルレアでは差があり、むしろ見てそれが分からないのであれば生物としてどこかいかれているとすら言えてしまう。
「うーん、私もそれはさすがにないとは思っているのよね。
だってあいつ私を感知すると、泡を食ったように逃げていくのよ?
とてもではないけど一矢報いようだとか、戦おうだとかいう雰囲気をまったく感じられないわ」
「じゃあ、なんかここにいたい理由があるってことかな?」
「ん、もしそうならそっちを探したほうが早いかも」
「その理由が分かれば、待ち伏せや罠だってしかけられるしな。その可能性はあると思いますか? リュルレアさん」
「そうね。充分にあり得ると思うわ。それも私がいても、逃げようとすら思わないほどの何かがね」
「なんだろー? ニーナも気になる!」
「「あう!」」
九星がいても離れることを頑として拒む理由など、そうそうない。
竜郎としても非常に興味をひかれたので、魔王種討伐の手伝いにもなるだろうと、そちらの調査を買って出ることにした。
「リュルレアさんが動き回ると、向こうも警戒しまくるだろうしねぇ」
「……そういうあなたたちも、大概だと思うけれど」
「まあそうはいっても、こっちは直接会ってもいませんし、力を抑えて動けばそれほど警戒されはしないと思います」
「わかったわ。私はここで隠れているから、何かあったからここに来なさい。私の周りでなら、たとえどんな魔物であろうと、あなたたちに傷一つ付けさせやしないから」
普段はどうしても守る側にいる竜郎たちだっただけに、リュルレアのその言葉は、なにか新鮮に感じられた。
リュルレアと一時別れ、竜郎たちだけで件の魔王種がここに居座る理由の調査を開始する。
実際はただの気まぐれなんていう肩透かしを味わう羽目になる可能性もゼロではないが、それでもやってみる価値はあるだろう。
全員極限まで力を外に出さぬよう抑え、さらに竜郎の時空魔法によって全員、魔法で体を覆い、簡易的に強さを感じ取れないように遮断する。
遮断と言っても相手に分からない程度に弱い魔法なので、それでも漏れはするが、ここまでやれば魔王種がすぐさま逃げようと思うほどの存在だとは、感知できないと彼は予想している。
『これがリュルレアさんだったら、これじゃあまったく意味なかっただろうけどね』
『そもそも大きさも形も記憶されてるだろうし、それだけでもバレるだろうな』
『ピィユュィイイイーーー?(まずはどこから調査するのかしら?)』
『まずは適当に周辺を飛び回って、魔王種の痕跡を探してみよう』
『痕跡っすか?』
『ああ、リュルレアさんの話だと、相手は座標設置型の転移スキルらしいから、転移先にはマーキングされた痕跡があるはずだ』
『ん、主なら同じ時空が使えるから痕跡も分かる』
『そういうことだな』
やり方としてはいたってシンプルで、解魔法の探査に時空の要素を付け足すだけ。
そうすれば時空関係の痕跡も、探査魔法で簡単に探していける。
ただ今の竜郎ならば一辺にこの周辺を調べきることもできてしまうが、そこまで広大な範囲を調べれば、向こうにも気が付かれてしまう。
『それだけのことができるやつなんだぞって、アピールすることになっちゃうんだよね!』
『ああ、そういうことだな。ニーナ』
ということでもし捕捉されても、自分たちは勝てない相手ではない、警戒するほどではないと思わせるためにも、小さな範囲に絞って雪山の周辺を飛んで調査していく。
『マーキングできる数に限りはないのか。それとも、かなりの数ができるのか。
けっこう簡単にあちこちから痕跡が見つかるな』
もう少し苦労するかと思われた調査だが、節操なしに転移用のマーキングらしき痕跡があちこち残されていた。
『よっぽどリュルレアさんが恐いのかな?』
『ん、たぶんそう。私でもあの人はちょっと恐いくらい』
『えー、すっごいいいお姉ちゃんだったよ?』
『ピィューーー、ピィィイーーユィューー(性格の問題というより、純粋にその秘めている力が恐いということよ)』
『ん、そういうこと。あの人自体はいい人だと思う』
『だよねー!』
念話で愛衣たちがそんなことを話している間に、いくつか痕跡を見つけた後、竜郎は具体的にそれらを解析していた。
『この痕跡というか印を付けたところのみに転移ができると。
リュルレアさんの所見どおりの効果だな。
これを潰せば、相手はここに転移できなくなるみたいだが……』
『止めといたほうがいいんじゃない? たつろー』
『だよな。俺もそう思う』
『なんでやめておいたほうがいいの? パパ』
『そりゃあ、転移先を潰すことができるやつがいるとなれば、逃げられる場所がなくなるってことだ。
そんなことになったら、本格的に遠くに逃げちゃうかもしれないだろ?』
あまり遠くに移動してしてほしくないから、竜郎たちはわざわざエーゲリアによってここに送られた。
だとするのなら魔王種に本格的に遠くに逃げようと判断させ、取り逃してしまった場合、それを追いかけ遠出──というのは、竜郎たちにはできない行動だ。
そうなってしまえば、竜郎たちがここに来た目的であるリュルレアの手助けもできずに、ただ過去に遊びに来ただけということになりかねない。
そんな説明を聞いて、質問してきたニーナも納得の色を見せた。
『だから行動に移すときは、確実に奴を逃がさない自信のあるときってことだ』
『なるほどー』
それからも痕跡をあちこち回りながらたどっていき、やがて山から一番近い海の方までやってきた。
『………………なんだ? やけに海の上の方はマーキングされた痕跡が多いんだが』
『そんなに多いの? たつろー』
『ああ、狂ったように海の上のあちこちに、マーキングがほどこされてる』
『……ってことはっすよ? もしかして、やっこさんの〝理由〟は海にあるってことっすかね?』
『ん、その可能性が高そう』
『ピィューー、ユィーーピィィィュー(山よりも、そっちを調べてみたほうがいいわね)』
『さすがにこの範囲なら遠くに移動ってほどでもない。大丈夫だろうし、行ってみるか。
ただし美味しそうな魚がいても、とっちゃだめだぞ? ニーナ』
『わ、分かってるよー!』
全竜神からは、現地での殺生や採取はやめるように言われているので、ついうっかりでは済ませられないのだ。
思わずそうしてしまっていたかもしれないという自覚があるのか、ニーナは一瞬ドキッとしながらも竜郎へそう返事をした。
楓と菖蒲も飛び出して狩りをしないよう、愛衣とアテナがしっかりと抱っこして捕まえておく。
そうしてやっと、海の方へと出て何かあるのかと解魔法を飛ばしていく。
『うーーん…………言うてそんな、魔物が固執しそうな何かがあるようには思えないんだが』
何か魔王種を強化してしまうような、そんなエネルギーの塊のようなものでもあるのかと、そういうものに絞って細かく調べてみたが、特にそういうものはこの海域にはなさそうだ。
『ピィィィーーーュゥ(もっと色んなものにまで範囲を広げてみましょう』
『狂ったようにマーキングしてるなら、絶対に何かはあるんだろうしねぇ』
『だな。じゃあ、今度は全体的に探査魔法を飛ばしてっと。…………ん? …………これはっ!?』
『どうしたんすか? とーさん?』
『……ここにいたんだよ』
『ん、誰が?』
『人じゃない。けど俺たちも欲しいものが、この時代のここに、いる』
竜郎のその言葉で、皆、なんとなく何がいるのかを察し、愛衣が代表して問いかけた。
『えーと、もしかして…………まさか、美味しい魔物がここにいる……とか?』
『……ああ、俺たちの時代にはとうに滅んだはずの魚の魔物──ルカンピスリークがいた』
ルカンピスリークは、地球の生物で例えるならサメが一番近い形態をしている。
全長は3~6メートルほどで、軟骨魚類系の魔物なので解体すれば骨まで食べられる。
ただし棘のような鱗と鋭い歯は非常に頑丈で、並みの者では傷をつける前に逃げられるか、逆に食べられてしまうという美味しい魔物シリーズの中では強い部類に入る存在だ。
『魔王種なら、それくらいの魔物でも簡単に倒せるよね?』
『そうだな、ニーナ。強いって言っても魔王種になる前の、候補であってもいけた程度だし、完全に魔王種になってる奴なら余裕で倒せる』
『ってことはっすよ? もしかしなくても九星の一体に狙われていようと、ここに固執した理由は……美味しい魔物が食べたかったから──っすか……』
『ん、その気持ちは分かる』
『まあなあ……。俺たちが言えた義理はないだろうし』
美味しい魔物の魅了は竜郎たちなら、嫌というほど知っている。
一度その味を覚えてしまえば、もう食べられなかった頃には戻れないほど美味しいのだ。
そして例え、それが魔物であっても同じこと。リュルレアという超常の存在に狙われ、命をベットすることになっても、食の欲を満たすために残り続ける価値が、その魔物にはあったということなのだろう。
普通なら何を馬鹿なというところではあるが、そう思わせるだけの魅力があるからこそ、竜郎たちも探し集めているのだ。
『えーーー!? でもニーナたち、そのルカンピスリークってやつ、とっちゃダメなんだよね!?』
『……非常に遺憾ながら、そういうことになるな。とはいえ、俺たちの時代でも多少は面倒になるが、復活は可能だ。だからここは我慢だ我慢』
美味しい魔物と聞いてニーナはヨダレを垂らしそうになるが、さすがに少し前に『分かってる』と竜郎に言い切ったのだから、欲望に負けることはなく、ガックリと肩を落とした。
「うーうー」
「あーあー」
そしてそんなニーナを、よく分かっていない楓と菖蒲が慰めるように愛衣とアテナの腕の中から手を伸ばして撫でつけた。
そんな光景をほっこりしながら見守りながらも、竜郎はなんとなく見えてきたものがあった。
『こうしてまだ見ぬヤツが固執する理由……らしきものを見つけたのはいいとしてだ』
『うん。さっそくリュルレアさんに報告────あ』
『そうだな。魔物が命を懸けても食べたがる魚の魔物が、ここにいるって教えることになるんだろうな』
『あちゃー……、そういうことなんすかねぇ』
アテナも竜郎が何を言いたいのか察して、額に手を当てる。
楓と菖蒲はそれを面白そうに見て、真似をしていた。
『この絶滅し辛いだけの力は持っていたはずのルカンピスリークが絶滅した原因は、俺たちにもあったのかもしれない……』
『ん、何種もの美味しい魔物を絶滅させた、はらぺこドラゴンな九星が知ったら、絶対に全部食べるはず』
『だよなぁ……』『だよねぇ……』
竜郎たちは食べることはおろか、鱗一枚とて持って帰れない。
だがリュルレアは違う。それはもう絶滅させる勢いで食べても、竜郎たち的には問題はあるが、世界的には問題はないのだから。
『それに食べないでっていうのも過去への干渉になりそうだし、できそうにない。
さらば──ルカンピスリークよ……。絶対にいつか、蘇らせてやるからな……待っててくれっ』
『悲しい、事件だったね……』
『ピューーィ? ピィイィーー?(いやママ? まだ何も終わってないわよ?)』
竜郎たちにとっては、絶滅は確定しているのだから、ある意味もう終わっているようなもの。
しかし本題はそこではないということを、カルディナの言葉で思い出す。
『ああ、もう! こうなったら、とっとと終わらせて元の時代に帰ろう!』
『だね! ここにいたら、未練が残るだけだもん!』
『うぅ……ニーナ、一口でいいから食べたかったなぁ……』
結局魔王種本体は見つけられなかったが、それでも理由らしきものを発見できた竜郎たちは、がっかりしっぱなしのニーナを連れて、リュルレアの元へと一時帰還するのであった。
次も木曜更新予定です!