第283話 旅立つ前に一仕事
今回の転移はレーラでも、目的の時代に戻ることはできたが、当時の彼女の知る場所はかなり離れた場所だと全竜神はいう。
その時代は今とは比べ物にならないほど非常に不安定で、本来いないはずの、竜郎たちほどの力を持った存在がやたらと移動するだけでなにか支障をきたすかもしれないとも。
(じゃあ、どうやって行けばいいんですか?)
『エーゲリアが遠隔転移で、お前たちを近くへ飛ばしてくれるそうだ。
さすがに本人も存在する上に莫大な力を持つあの子が行くのは、タツロウたちが行くより歪みが酷くなるから無理だが、それぐらいなら許容範囲内だ』
(遠隔転移って、そんなこともできるのか……エーゲリアさんは)
『まだまだイシュタルでは、そんなことはできないが。エーゲリアならば造作もないことよ』
彼女がいるエーゲリア島とここはかなり離れているはずだが、それでも竜郎たちの場所をきっちりと認識し、その上で他人を複数転移させるなど、いくら相手側が受けていれている状態とはいえカルディナたち全員を体に入れた竜郎でも無理だろう。
最近はもうニーナ大好き食いしん坊お姉さんというイメージばかりが強かったエーゲリアだが、真に円熟した真竜という存在の凄さを改めて実感させられた。
『だが行った先で少し頼みというか、注文がある』
(注文? そりゃあ、できることならやりますけど……なんでしょう)
『今より行く時代は、先ほど言った通り本当に不安定な時代。
これまでにタツロウたちに行ってもらった過去の時代よりも、ずっと昔なのだ』
(ですね)
『だからこそ魔王種の討伐の際はアシストだけに留めて、とどめを刺すのもリュルレアにやってもらってほしい』
(今更レベルを上げる必要性も感じませんし、こちらとしてもかまいませんよ。
ああ、でも魔王種の死骸は貰ってもいいんですよね?)
異世界での転移ネットワークを張り巡らせるためにも、その魔王種の死骸はぜひとも確保しておきたいところ。
以前に近いことができる魔物がいないか、《魔物大事典》で調べたこともあるが、そういう特殊すぎる力を持った存在を創造するには、もちろん竜郎自身が忙しいというのもあったが、どれもやたらと面倒な工程を要することが分かっていたからこそ、踏み切れなかったところもあったのだ。
だがその死体が手に入るというのなら、後はそれから魔卵をつくるだけで手間などほとんどかからない。
だからこそ、それだけが報酬であったとしても、竜郎は頷いてしまっていたほど欲しい存在だったので、そこだけはちゃんと確認しておかなければいけない。
『そういう約束でもあるし、リュルレアにもできるだけ死体を損壊させないよう頼んであるから、そこは抜かりない。心配するな』
(さすが手回しも早い。他には何かありますか?)
他の人に任せると遺体の破損具合が心配だなぁと思っていた心を読んだかのように、全竜神はこちらから聞く前に先方にも話を付けておいてくれたようだ。実にできる神である。
『あとは細かいようだが、向こうのものを草木や小さな魔物であっても採取してこない、殺さない。向こうものを口にしたり、飲んだりしない。
飲み食いが必要ならば、持っていったもので賄うこと。
そして向こうで出会った存在──リュルレアや戦うことになる魔王種も含め、何も与えないこと。未来のことを絶対に教えないこと。これも守ってほしい』
(初対面のリュルレアさんと美味しいものでも一緒に食べて、戦闘前に軽く仲を深めたり~なんてのは、もっての他みたいですね)
『そうだな。それも遠慮してほしい』
もはや円滑なコミュニケーションをとるための、最大の武器として活用してきた美味しい魔物も与えてはいけないらしい。
それを出せば、どんな偏屈者でも笑顔を浮かべ、こちらに友好的に接してくれるので、今回も竜郎はいっちょ美味しい魔物をかましてやろうかと考えていたのだが、当てが外れた。
『まあ、リュルレアならば大丈夫だろう。良くしてやってくれとも、詮索するなとも言ってあるからな。
ふーむ……。こちらからつける注文は、これくらいだな。できそうか?』
(ええ、問題なさそうです。それじゃあ、他の皆にも説明してきますね)
『ああ、行けるようになった段階で私の管轄のスキルに話しかけるように、私に声をかけるといい。
そうしたらこちらから、エーゲリアに転移を頼む』
(わかりました)
そこで全竜神との会話を打ち切ると、竜郎はプークスと会話をしている愛衣たちに念話で経緯を説明していった。
『残りたいのなら残ってもいいけどどうする?
なんか今回は魔王種相手とは言っても、基本的にお手伝いくらいしかやることはないみたいだしな』
『私はたつろーが行くなら、もちろん付いてくよ』
『ニーナも行く! パパたちが行くなら、カエデもアヤメも行くんでしょ?』
『ああ、そうなるだろうな』
愛衣とニーナが真っ先に同行を希望し、アテナがそれに続く。
『あたしもなんか面白そうっすから、行ってみたいっす。その元九星とやらも、直に拝んでみたいっすから』
『手を出しちゃダメだぞ? アテナ』
『わかってるっすよ。それにアルムっちレベルの竜の現役時代なんすよね?
さすがにあたしでも勝てないっすよ』
さすがに戦闘狂の気質があるアテナでも、現役の九星と戦ってみたい──とは思っているようだが、空気が読めないわけでもないので、ちゃんと自重する。
見てみるだけでも、その戦いを見学するだけでも、帰ってからそれを肴に酒を飲むかのように、頭の中でもし戦うのならを想像する事くらいはできるからだ。
『ピィィーー、ュィッ(私も当然行くわよ、パパ)』
『ん、ついてったほうが、フローラおねーちゃんからご褒美沢山もらえる気がするから行く』
「「あう? あう!」」
楓と菖蒲とは念話できないので何も伝わった様子はないのだが、何かを感じ取ったかのように竜郎に抱き着いた。
どこかに行くような気配を感じたのかもしれない。
『なら決まりだな。全員で行こう』
そうと決まれば、プークスとはまた一時お別れだ。
「ちょっと用ができたから、そろそろ俺たちは行かなくちゃいけないみたいだ。
また直ぐ美味しいもので持ってくるから、楽しみにしててくれ」
「おお! また来てくれるのか? それは嬉しいぞ、タツロウ。もちろん、美味い物も大歓迎だ。いつでも来るといい!」
「ああ、そのときは少しばかり驚くようなことがあるかもしれないけどな」
「ん? ふふふ、タツロウよ。俺を驚かせるとなると相当だぞ?
事前に何かあると聞いておいて、そんな無様をさらすとは思えない……が、まあそれも含めて楽しみに待っていよう。ではな、友たちよ」
次に来るときには全竜神からありがたいお言葉をもらうことになるという、特大のサプライズが待っているのだから、驚かない方が無理がある。
しかしそれを予想しろというのも不可能だ。
悪いことではなく、プークスに巻き付いた二重の約束の鎖を解くことに繋がるので、竜郎たちはどんな顔で驚くのだろうと、少しだけそれも楽しみに彼の元から去って行った。
去った後は忘れてしまう前に念のため、カンポにいる人たちにも、ストルムの犯行でほぼ間違いないと伝えに行く。
竜郎たちは全竜神からそうだと聞いたので確定したが、それを言うわけにもいかないので、『ほぼ』と。
また町に着くと直ぐにギルドの応接室に通してくれ、無駄話もなくスムーズに話ができる状況になってくれる。
「──ということで、僕らが聞き取りをした限りでは、彼の竜と約束を交わしたというのは、ストルムの作戦であった可能性が非常に高いです。
なのでカンポやジャポネルシオン共和国側に不義理はなく、完全に被害者でしかないと我々は判断いたしました」
「くそがっ! なんてことしやがる! ストルムの野郎どもがよ!!」
冒険者ギルドの長──トノトは怒声をあげながら、やり場のない怒りを自身の太ももあたりを拳を打ち付けることで耐えていた。
自分の生まれ育った故郷でもあるこの町が、まったくこの町と関係のない者たちのせいで危機にさらされたことが、なによりも腹に据えたのだろう。
その一方で大統領のパンジーは、冷静さは残しつつも、どこかやるせなそうな表情をしていた。
「……とんでもない置き土産を、数百年越しに用意していた……というわけですね。
ははっ、歴史にこの記述を乗せましょうかね…………」
「ううぅ……、なんて酷い……」
町長のアガピトはそれしか言葉が出ず、ただただ項垂れるだけだった。
『まあそりゃあそうだよな。自分たちとは縁もゆかりもない、他国が勝手にやった約束に巻き込まれただけなんだから』
『なんか可哀そうだね、パパ』
『そうだな。このあと俺たちが過去に行って全竜神様からの依頼をこなせば、完全にそれからも解放してあげられるんだろうけど、今はそれをいうわけにもいかないし──これでいこうか』
少しの間とはいえ、このまま放置も気が引けた竜郎は、彼にとって安心できる役速を口にした。
「僕らはこのカンポという町も、ジャポネルシオン共和国という国も、なんの瑕疵もなかったという説を全面的に信じています。
なのでもし彼の竜が僕らの説得の間にも、我慢ができなくなり、攻めてくるようなことがあったとするのなら、全力でこの町を守るとお約束いたしましょう」
「「「「「おおっ!!」」」」」
主に会話をしていた三人以外の周りで立ったまま聞いていた人たちも、竜郎のその力強い言葉に歓声を上げるなか、ギルド長のトノトだけは少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「あのよ。こんなことを言って気を悪くしたらすまないんだが……、相手は上級の竜だ。
その実力を疑っているわけでもないし、俺なんかじゃ逆立ちしても、そっちの誰一人──それこそそこのおチビさんたちにすら勝てないってことも分かっているが……大丈夫なのか?」
おチビさん──楓や菖蒲にすら勝てないという言葉に、パンジーたちが驚いた顔をしているが、トノトからすればそんなことは重要ではない。
いくら竜郎たちが強いとはいえ、下級の魔竜と戦ったことのある彼からすれば、その何十倍、何百倍と強いであろう生物としての頂点たる竜の、そのまた上に位置する存在ともなれば、本当に戦ってどうにかできるものなのか不安になったようだ。
「もし命を賭して…………そうでなくても、今後の活動に支障が出るような事態になる……というのなら、やめてくれ。
田舎町の冒険者ギルドとはいえ、一支部の長として、お前さんらをここで失うわけにはいかない。
この町一つで済むってんなら、安い物だ。こんなところで削っていい力じゃない」
なにを──と反論しようとする者もいたが、それらはパンジーが片手を向けて止めさせた。
彼女もトノトが言いたいことが分かったのだ。
竜郎たちは人がお願いできる場所にいてくれる、英雄級の強者たち。
今後、町一つでは済まされない、人類が危機に陥ったときの切り札である。
クリアエルフたちなどの強者もいてくれるが、彼ら彼女たちには普通の国や組織から依頼することもできないのだから。
町から人を避難させる猶予もあり、被害もそこだけというのなら、無理をしてまで竜郎たちを酷使していい状況ではない。
もしも気を使っているのなら、遠慮なく切り捨ててくれという気持ちを込めてトノトはそう口にしたのだ。
余計なお世話だという意味ではないということくらい、竜郎たちにも分かったので、その気持ちだけは笑顔で受け取っておくことにした。
「お気遣いいただきありがとうございます、トノトさん。
ですが安心してください────ただの上級竜では僕らに傷一つ付けることはできませんので」
「「「「「────っ!?」」」」」
そこで竜郎は信憑性を持たせるためにも、神格者の称号を持つ者特有の威圧を周囲にまき散らす。
愛衣もそれに付随して、カルディナ、アテナ、ニーナ、ヘスティアとそれが続いていく。
その恐ろしくも跪きたくなるほど神々しい力の片鱗に触れ、はっきりと今の言葉が嘘ではないと、彼らは上級竜なんていうトノトたちからすれば絶望しか抱けない相手ですら、歯牙にかけない遥か高みにいるのだと本能から理解させられた。
少々強引だったが、説得がうまくいったことを確認した竜郎は威圧を止め、愛衣たちもそれにならって直ぐに止めた。
気絶こそしなかったが、指先一つ動けなくなっていたトノトたちも、そこでようやく解放された。
「わかっていただけました?」
「「「──はい」」」
「ですので、安心してくださいね」
「「「はい」」」
はいとしか言えないオモチャになったかのように頷くパンジーたちに、楓と菖蒲は不思議そうに視線を送るのだった。
『でもプークスなら、いきなりそんなことしないってニーナは信じてるけどね!』
『そうだな。けどいくら全竜神様に言われて許しても、いい感情は持てないだろうから、カンポの人たちは近づかないように、プークスは恐い存在のままでいてくれたほうがいいんだろうな』
『お互いのためにもね』
次も木曜更新予定です!