第280話 プークスがいる理由
拒食レベルで食べてない人に、いきなり普通の食事を出すのは普通よくはないのだが、そこはドラゴン、それも上位格の存在だ。
流動食の存在などあざ笑うように、プークスは平然と竜郎が出していく料理をかっ食らい、酒を飲み干していく。
「他の場所の食べ物は、これほど美味いのかっ!!
それにこのフワフワする水も、久しぶりに飲んだがなんだか前より美味しい気がする!!」
「他の場所って、プークスは普段なにを食べてるんだ? ……というか、食べてるのか?」
「食べてはいるぞ。これをな」
プークスは料理を持ったまま、尻尾の先で自分の体をさしてきた。
だがその先にはプークスの体しかなく、まさか自分の肉を食べているようにも見えない。
「えーと……どれだ?」
「だから、これだこれ」
「もしかして、体についてるコケみたいなののこと言ってるっすか?」
「コケとかいうものかどうかは知らんが、食べても勝手に生えてくるからな。すきっ腹が響くときは、剥がして食べている」
「えぇ…………」
竜郎はもちろんのこと、他の面々も気の毒そうにプークスのことを見つめた。
今いるこの雪山はお世辞にも食材豊富とは言えないが、それでも普通に食べられそうなモンスターは何体か竜郎が体内に宿るカルディナと一緒に探査をかければ直ぐに見つかる程度には存在している。
それにもっと言えば、この場所が気に入っているのだとしても、飛べるのだから別のところへ少し移動して狩りをすればいいだけの話だ。
飛べるのなら海だって直ぐに行くこともできるので、魚介類を採って食べることだってできるのだから。
だがニーナはその中で、別の考えに至ったようだ。
「ねー、プークス。もしかして、そのコケは美味しいの?」
「あー確かにそれなら──」
「とんでもなく不味いが?」
「不味いんかいっ。じゃあ、なんでそれ食べてんだよ……」
「近場にあるのは、これくらいだからな──モグモグ」
竜郎のツッコミにも何も思うところはないようで、平然と料理を食べ続けていた。
「いや近場にとはいえ、さすがにものぐさすぎない?」
「ん、食事は大事」
愛衣の言葉にヘスティアが甘いものを食べながら相槌をうつと、プークスは頬をポリポリと尻尾の先で掻いた。
「そうは言ってもな。俺はここを長い間──ゴグゴグ、離れるわけにはいかないのだからしょうがない──モグモグ」
少しの間なら、彼の力で穴を封じることもできるらしい。
「それに俺は食事となると夢中になりすぎて──モグモグ、お役目のことも忘れて食べ続けてしまうからな──ゴクゴク。
食事のために離れるのは危険なのだ──モグモグ」
「プークスは食いしん坊なんすか?」
「お前は食い気が過ぎると、よく爺様に叱られたものよ──モグモグ」
まったく自慢にならないのに、凄いだろうとばかりに胸を張るプークス。
本来ならここでそのことにツッコミを入れたいところだが、竜郎は別のことが気になっていた。
まずここに来たとき、プークスは自分ではなくこの場所を目的に竜郎たちが来たと勘違いしていたような言い方をしていた。
そして今の話から、プークスはここでなんらかのお役目を授かっており、そのために長い間ここを離れることができないということがうかがえる。
『イシュタルの話じゃ、この辺に重要な施設も帝国の竜がいるとも言ってなかったよな?』
『うん、言ってなかったね』
『けど上位竜に命令して、ここまでこの地に縛り付けられるのって、帝国以外ありえなくないっすか?』
『ん、力だけ考えたらそう。けど肉親に頼まれた可能性もある』
『でもさ、親兄弟からの頼まれごとをお役目とは言わないんじゃない?
もういっそ、本人に聞いてみたら? たつろー。教えてくれるかどうかは別にしてさ』
『それもそうだな』
来た目的はカンポの町と交わした約束についてであり、プークスのお役目は関係ないのかもしれない。
けれどこれからいろいろ調べていくにしても、プークスという竜がどういう竜なのか知っておくに越したことはないはずだ。
そう考えた竜郎は、今もコップのように酒樽を持って酒を飲んで上機嫌の彼に、追加で樽を出して話を振っていく。
「なあプークス。言いたくないなら言わなくても全然いいんだが、プークスが担ってるお役目ってのはなんなんだ?」
「ん? 俺のお役目か? 別に──モグモグ、言ってもいいぞ─」
「聞いといてなんだが、そんなに簡単にあったばかりの俺たちに言ってもいいのか?」
「──ゴクンッ。別に構わない。タツロウたちがその気になれば、俺のことなどどうとでもできてしまうのだ。
それなのに命令するでもなく、わざわざ訊ねてくれるということは、俺の意志を尊重してくれようとしてくれているのだろう。
その気持ちを、俺も尊重したいと思ったまでの事だ」
プークスはそこで腹の虫も少しだけ落ち着いたのか、一度料理と酒樽を下に置き、真面目な顔つきで竜郎を見つめてそう言い切った。
このことからもプークスは絶対に普段から好き好んで怒ったり、弱者を甚振る残虐非道な竜でもないと改めて確信を持った。
「俺のお役目はこの洞窟の奥にあるという、何かを誰にも見られないよう守り続けるということだ」
「えーと……何かが何かは聞いちゃダメな感じか?」
「聞いてもいいぞ。どうせ俺も知らんしな」
「はい? プークス自身も知らない何かを、誰にも見られないようにずっとここで見張ってるっていうのか?」
「そうだ。直接そう頼まれた俺の爺様も知らなかった。だから俺も知らない。
誰にも見られないようにということは、俺にも見られたらいけないものなのだろうからな」
「えー、気になったりとかしないっすか?」
「しないな。特に興味もない。俺はここで爺様が死ぬまでやり届けたお役目を、爺様が死の間際に俺に託したから続けてやっているだけだ」
「そうなのか……」
「ああ、そうだ」
聞いてみたところで余計に話が分からなくなったように、竜郎たちには思えてしう内容だった。
なんだか頭が痛くなってきそうだが、竜郎は我慢してさらにその話を深堀りしていく。
「じゃあそのプークスおの爺さんに頼んだって人は、どんな人かは分かるか?
プークスの祖父ってことは、同じ上位竜だったんだろ?
そんな人に頼める人は、相当凄い人だろ?」
「そうらしい。爺様は頼まれたことをず~~っと、自慢していたものだ。鬱陶しいほどにな。
俺にはそのキューセイとやらの何が凄いのか、さっぱりわからないが」
「……キューセイ? それがお爺さんに頼んだ人の名前なのか?」
「たぶん、そうなのではないか? キューセイ様がキューセイ様がと言っていたぞ?」
「キューセイ様……か。他にそのキューセイ様に関することは言ってなかったか?」
「うーん……、興味がなかったから、ちゃんと聞いていなかったからなぁ……。
だが確か……そう、なんでもどこぞにあるという竜だけの帝国の帝に仕える凄い竜だとか言ってた気がする。
けど爺さんが若かった時代の話だ。もうその帝国もないのかもしれないな」
「竜だけの帝国? それって、イフィゲニア帝国とかいう名前じゃないか?」
「おお! そんな名前だった………………か?」
「いや、聞かれても困るんだが……。でもそんな感じの名前だった気はすると」
「なんとなくそんな感じの語感だったはずだ」
イフィゲニア帝国の帝に仕えていた凄い竜のキューセイというのなら、竜郎たちにも心当たりが出てくる。
キューセイが名前ではなく存在を表す尊称だとするのなら、セテプエンイフィゲニアに仕えていた九体の側近眷属──九星のことを示している可能性が高い。
『めちゃくちゃ帝国が絡んでそうじゃないか!
ここは特にそういうのもないってイシュタルは言ってただろうに』
『イシュタルちゃんも知らないこととか?
昔はそうでも、今の帝国的にはそんなに大事なことじゃないってことかも?』
『お姉ちゃんなら知ってるかもしれないよ?』
『エーゲリアさんか。九星関連なら、イシュタルより絶対に詳しいだろうしな』
確かに九星の誰かが命じたのなら、帝国民の竜なら低位の竜だろうが上位の竜だろうが喜んで従うことだろう。
それこそ孫の代にまで、その役目を押し付けるほどには。
エーゲリアとは念話で話すことができないので、プークスにはひとまず食事の続きを楽しんでもらいつつ、イシュタル経由で聞いてみてもらうことにした。その結果──。
『母上に聞いてみたが、そんなことは聞いたこともないそうだぞ?』
『そうか……。そうなるとますます、プークスがここにいる意味がない気がしてきたんだが……』
『イドラちゃんがいた宝物庫みたいな凄い秘密があるなら、ドラゴン一人入り口に待機させてくだけじゃなくて、なんか封印みたいなのはするだろうしねぇ……』
『その通りだな。そういう観点から見ても、そこに我が国が守ろうとするほどの物はないはずだ。
だから、こちらとしてはその命令に何の拘束力もないと判断する。
今更プークスという竜が、その任を離れたとしても、何の問題も罪もないと現皇帝である私が保証しよう』
『そうか……。わかった、決めるのは本人だがそういう話もあるというのは最後に伝えておくことにするよ』
『うちのものをそちらに送って説明させてもいいが』
『いや、俺たちが言っておくよ。せっかく仲良くなれそうでもあるしな』
このまま洞窟の奥を調べてしまえば全てがはっきりするかもしれないが、それを申し出るのはさすがにはばかられた。
なにせ上位格の存在が徒党を組んでやって来ても、引き下がらず命がけで洞窟の中に行かせないように、彼は振舞っていたのだ。
そう簡単に受け入れてもらえるとは思えない。それにイシュタルの話も、彼からすればイフィゲニア帝国すらあるかも分かっていない存在。
そんな帝国の皇帝が、今更出てきてもういいよと言っていたと言っても信じてくれるかどうかも怪しい。
そこで一先ずその話は、目下の問題を解決してから告げることを仲間たちと相談して竜郎は決めた。
もしもこれで仲たがいをして、約束について聞けなくなったら本末転倒なのだから。
今のプークスの状態を確認してみれば、食い気が過ぎると言われていたというだけあって、まだまだ余裕を持って食事を楽しんでいる。
これならそろそろカンポの町との約束についても話してくれるだろうと、話題を切り替えた。
「なあプークス。お役目があるというは分かったんだが、麓の町の人間たちとの約束はそれに関係してたりするのか?」
「いや、関係ない」
約束の事を思い出してから、少しだけ眉間にシワが寄り不機嫌さが表に出て食事が止まる。
そこで竜郎は景気づけにと、また酒樽と料理を増やしてプークスの前に置いていけば、そのシワも取れてまた上機嫌になっていく。
「あんまりプークスとしては気持ちのいい話じゃないとは思うけど、俺たちにとっても頼まれた仕事なんだよ。
その辺について改めて俺たちに教えてもらうことはできないか?」
「確かに思い出すのも忌々しいが、ここまでしてもらっておいて自分の気持ちだけを優先するのは違うな。
わかった。話そうではないか──」
プークスの話によれば、約束をしたという人間は複数人、だいたい三十人程度いたという。
それらは皆、種族に違いはあったが全員が揃えたように同じ格好をしていて、這う這うの体でプークスのいるこの場所までやって来たのだとか。
「よく上位竜のいる場所に、山を登るだけで必死な人たちが来れたな」
「たまに俺がずっとここから動かないから、なにか凄いお宝があるなどとほざいてやってくる馬鹿はいたが、そういうのとは少し違った様子だった。
そう──なにか……下衆な考えを持ってではなく、重大な思いを持って向かってくるように見えてな……。
俺もついつい興味を持ってしまい、ここに来ることを許容してしまったのだ」
その者たちはプークスを見ると怯えた表情を見せたが、それでも彼の前までやって来た。
その必死さに同情し、当時の彼はできる限り竜の持つ威圧感も抑えてやっていたという。
そうして彼なりに気づかいながら黙って観察していると、人間の一人が声をあげて嘆願してきた。
「どうか我々がここに道を通す許可を。そしてその手助けをしてほしいとな」
「道を通す許可と手助け? どういうことっすか?」
「知らん。だがそうしてやれば、俺が望むものを用意すると言ってきた。
そのときは嘘を言っているようにも思えなかったし、この辺りを大勢がうろつけば多少煩わしくはなるが、大したやつらでもない。
そいつらがこの辺りをうろつけるようになっても問題はないと判断して、これができるなら多少手伝ってやってもいいと答えたんだ」
「相手の意図がまだ分からないが、とりあえずその時プークスはなんて言ったんだ?」
「毎日美味いものを俺の元に持ってこい──そう言った。
勝手に美味い物が届いて、毎日食えるならどれほどいいかと毎日のように思っていたからな。これは素晴らしい案だと当時は思ってしまった」
「…………それで向こうはその案を飲んだと」
「ああ。そこで約束を反故にしたら、麓にある我が故郷を焼いてくれてもいいとまでいってきた。
だから俺も少しばかり雪を溶かしてやったり、重いものを少し運んでやったり、危ない魔物を殺してやったりと手助けしてやったというわけだな。しかし……」
「しかしなんだ?」
「今思い返してみると、その反故にしたらの件を言うときは、何か胡散臭い気もしたような……。
今となっては、俺がそう思いたいだけかもしれないが」
「胡散臭い気がしたなら、もっとちゃんと覚えてるんじゃないのか?」
「いやそれがな………………、そのときの俺はもう美味い物が毎日食えると感情が高ぶっていたのでな、細かいことを気にしている余裕などなかったのだ。これはしょうがないだろう?」
「うん、美味しいものが食べられるってなったら、ニーナもワクワクしちゃうもん!」
「だろう! 話が分かるな、ニーナとやら!
考えがおろそかになっても、仕方がないことだったのだ。まったく、それも狙いの内だったのかもしれんな。知恵の回るやつらよ」
「そ、そうか……」
そうか? とも思いはしたものの、ろくに食べ物も確保できない状況で、美味しい物が食べられるようになる。
それは確かに冷静さを失ってもおかしくはないのかもしれないと竜郎は思いなおし、それよりももっと今の話を聞いて気になっていたことを聞くのを優先することにした。
「──なあ、一つ質問なんだが。その道とやらは完成したのか?」
「ああ、完成したぞ。簡素なものだったが、この洞窟の近くも通っていたぞ」
「……いたぞ、か」
過去形。つまりは現在は通っていないということ。
先ほどから道の話を聞いて竜郎は解魔法で適当に周辺を調べてみたのだが、そんな道などどこにもなかったのだ。
「じゃあ、もう一つ聞くんだが。それはいったい、いつの──いや、何年前の話だ?」
「いつのと言われてもな。律儀に何百回と昇る太陽の回数を覚えてなどいないだろう?
だからよくわからんが……そこそこ前の話ではないか? だからいい加減、我慢ならなくなったのだからな」
「……………………そこそこね」
長命種あるある。普通の種と、時間の感じ方が違う。
長命な部類である上位竜のそこそこ前というのなら、ことによっては百年以上前でもおかしくない。
これは余計に真相を探るのが面倒になったかもしれないと、竜郎は小さくため息をついた。
次も木曜更新予定です!