第279話 プークス
必ずしも今回問題となっている竜が悪いとは限らない。
『カンポ』の冒険者ギルドで要人たちから聞いた話を思い返しても、ただの荒くれ者や破壊願望を持つような竜には思えなかったからだ。
なのでズカズカと無遠慮に相手の居場所に乗り込み、いたずらに刺激するのはよくないだろうと、あからさまに存在感を隠さず、ここにいるぞということは分かる程度に気配を抑えながら山を登っていく。
竜の中には竜種以外を見下す人もいるので、念のため竜郎はカルディナを自分の中に入れ竜化。
アテナまで一緒に入れてしまうと力を抑えるのが大変になってくるので、とりあえずは待機。
ニーナは小さい方ではなく、ちゃんとした成竜の姿で楓と菖蒲を背中に乗せて万が一の時のために守備に回ってもらう。
愛衣とヘスティアは、竜郎と一緒にすぐ戦闘ができるように前に立っていた。
解魔法で相手の情報を今ここから探ることもできそうだが、もしばれて怒りを買い話すらできなかったら本末転倒だと止めておく。
「聞く限りでは神格者の称号は持ってなさそうだし、神たちの方からもなにも言ってこないから大丈夫だとは思うが、未知の竜だからな。油断しないようにしよう」
「よほど特殊なスキルでもないと私たちなら力技でどうにかなるかもだけど、油断して怪我なんてしたら馬鹿みたいだしね」
「実は上位竜の神格持ちだったら、持ってるスキルも厄介かもしれないっすからねぇ」
「ちびちゃんたちはニーナが守るから、パパたちはいざというときは遠慮なく動いてね!」
「ああ、頼りにしてるよ。ニーナ」
「ぎゃう♪」
「「ぱっぱ!」」
「お前たちはお姉ちゃんのいうことちゃんと聞くんだぞ?」
「「あう!」」
ニーナ、楓と菖蒲の順で頭を撫で、最後に自分も頭を出してきた愛衣の頭を撫で──と、油断はしていないつもりだが、随分と和やかな雰囲気のまま先へと進む。
もともとこの大陸自体が北方の寒い地にあり、ここも山の上に行くほど雪は積もっていく。
普通の人間ならこの時点で諦めて帰りそうな場所だが、竜郎たちの中でこの程度の寒さや雪を苦に思う者もおらず皆、平然としたものだった。
「けどこれだけ雪が積もった山ともなると、約束をしにこれる人も限られるんじゃない?」
「だよなぁ。あちらさんが言うには何か約束したって話だし、約束したっていう奴は俺たちみたいにこれくらいの環境を押し通れるだけの強さがあったのかもしれない」
「ん。主、別に強くなくてもこの環境に適応できる種はいる」
「なるほど。こっちは地球と違って普通にそういう種族もいるか」
「雪だるまみたいな姿かたちの人も、入国の時に見たっすからね。ああいう人なら普通に行けそうっす」
道中ただ歩くだけでも暇なので、そんな考察も皆でしながら山を登っていると、お目当ての竜側のほうから反応がきた。
「むむむ、なんか竜の気配が向こうからするよ。パパ、ママ」
「だねぇ~。言葉にするなら『俺はここにいるぞ。俺がいると知って来てるのか』ってところかな?」
「だろうな。けどやっぱり、案外話の分かりそうな竜だな」
「ん。怒ってる感じしない」
むこうも完全にこちらを捕捉したようで、その身に宿す力をわざと外に放出して存在を示してきた。
けれどヘスティアが言うように怒り混じりの強い物ではなく、こちらに対しての警戒と警告の意味を込めての行動だった。
これがただの荒くれ者のドラゴンであったのなら、最低でも不快感からくる感情の苛立ち程度は気配に混じるはず。
来るなら殺してやるという雰囲気もない無に近い感情の気配のため、理性がちゃんとあることもうかがえた。
「となると逆に、そんな竜をキレさせるようなことをした何者かがいるってことだよな」
「じゃなきゃわざわざ町まで行って脅すようなことしなさそうだしね、今感じてる限りではだけど」
返答というわけではないが、今からそちらに行くぞという意味を込めて竜郎たちからも外へより強く気配を放出する。
すると向こうは竜郎たちがいると分かっていて向かっているのだと悟り、強めていた気配を元に戻したので、こちらも元に戻した。
「今のとこは波風立てずにいけてそうっすね」
「このまま穏便に終わってくれれば言うことなしだな」
とは言っても話はグルグルにこじれているだろうし、無理なんだろうなぁという気持ちを抱えながら、竜郎たちは目的地に向かって歩みを速めた。
その竜がいたのは、雪山に自然に作られたであろう巨大な洞窟の入り口。
しかしその周辺だけは雪が積もっておらず、竜本人も一切雪をかぶっていなかった。
そんな状態でその竜は四つん這いで立ち上がり、多勢に無勢な状況下でなお警戒心剥き出しでこちらを睨みつけてくる。
『やっぱ絵に書かれてた通り痩せちゃってるね』
『ニーナのご飯わけてあげてもいいよ?』
『ニーナのご飯はニーナが食べていいからな。必要なら俺から出すから』
力は確かに上級竜の真ん中ほどのものは感じるし、まだまだ戦うこともできそうだ。
けれどその姿はあまりにも痩せていて、こちらが逆に心配になるほどだった。ろくに普段動いてもいないのか、体もコケまみれだ。
心配されているとは露知らず、歩み寄ってくる竜郎たちに向かって竜が口を開いた。
「──なんの目的があってここに来た」
「俺たちは町を滅ぼすつもりだという、あなたから話を聞きたくてここまで来た。
こちらに戦闘する気はないから、俺たちと少し話をしてくれないか?」
「……この地ではなく、俺に用があるだけか?」
「ん? ああ、そうだ」
「そうか、ならばいい一先ずその言葉を信じよう」
後ろ足を折り曲げ、犬でいうお座りの状態で攻撃態勢を解除してくれた。
初めの一歩は無事に踏み出せたと、竜郎はまず自分たちの名前を紹介していき、円滑なコミュニケーションを試みた。
「──でこっちの子が菖蒲だ。これがここに来た全員で、他に誰かを潜ませてもいない。
それで……今度はそっちの名前を聞いてもいいだろうか?」
「俺か? 俺の名はプークスだ」
「プークスと呼んでもいいか?」
「好きに呼べ」
良くもないが悪くもないといった感情で、そう返された。
単純に竜郎たちに興味がないといった様子だ。
だがなれるに越したことはないが、仲良くなりに来たわけでもない。話をちゃんと聞いてくれるだけありがたいと、竜郎は話の本筋に移っていく。
「少し前、この山のふもと近くにある町『カンポ』に飛来したという竜は、プークスで間違いないか?」
「かんぽかどうかは知らんが、あっちの方向にある町に飛んで行ったのは確かだ」
尻尾の先でカンポのあった方角を正確に指し示す。
「約束を守らなければ町ごと消し飛ばしてやると言ったのも、プークスで間違いないか?」
「ああ、確かに言ったとも。もとより約束を守らなければ、我らの町を消し飛ばしても構わないと言ったのはあいつらだ。何の問題もない」
「……約束か。それは確かにその町の住人と約束したのか? 別の町とかではなく?」
その竜郎の言葉が気に障ったようで、目に力がこもり歯茎をむき出しにして怒鳴りつけてきた。
「間違えてなどいない!! 俺はそいつらにちゃんとどこの町か確認したっ!!」
「……そうか、それはすまない。だがあの町の住民の中で、プークスと約束をしたという人も、そのような記録もないみたいなんだ。
だからカンポの町の人たちは、どうしてそんなことをプークスに言われてしまったのだろうと理解できず不安がっている」
「馬鹿な!! 奴らが嘘をついているに決まってる!!
約束を守らないということは、嘘つきだということなんだからな!!」
「……確かにその可能性はゼロじゃないし、実際に知っていて黙ってる人がいる可能性も俺たちには否定できない」
「──そうだろうとも」
フンスッ──と鼻息を強く吹き出し、剥き出しになっていた歯茎が元に戻った。
「だからここで提案だ。まずは俺たちにその約束が何か教えてくれないか?
そうしたら俺たちが町のお偉いさんに、こういう約束をしていたから守ってほしいと伝えにいくからさ。
向こうは約束が何なのか分かれば、できる限りそれを叶えるとも言ってくれているんだ」
「はんっ、今さらになにをいう。──もう遅い、あんな奴らの言葉を信じてしまった俺自身にも腹が立つ!!」
プークスがバンバンと悔しそうに尻尾を地面に叩きつけ、遠くの方で雪崩が起きる音がした。
竜郎が軽く探査魔法で調べた限りでは、人のいる場所に影響がなさそうだったので思考をプークスに戻す。
「まあまあ、落ち着いてくれ。とりあえずその約束が何だったのか、まずは俺たちに教えてくれないか? な?」
「むぅ……。タツロウと言ったか。多少は隠そうとしているようだが、お前はおそらく俺がどれだけ十全な状態であったとしても俺より強い竜だろう。他の奴らだってそうだ。
なのに何故あんな奴らのために動いている。竜としての誇りはないのか?
あんな人を騙しても平気でのうのうと暮らすゴミのような奴らだぞ。正気に戻れ」
一応は隠していたが、ちゃんとプークスは竜郎たちが自分よりも上位の存在だと鋭敏に感じ取っていたようだ。
最初いざとなれば戦おうという姿勢を見せてきたので、分かっていないと思っていただけに、竜郎たちは少しだけ意外に思った。
「正気に戻れと言われてもな。俺たちはそれなりに普通の人たちとも上手くやってけてるし、信頼できる人も沢山いる。
プークスが言うような奴は確かにいる。けど皆が皆、そういうわけでもない。
だけど実際にプークスは裏切られたと感じているみたいだし、それを否定もしないよ。
今ここで俺たちがプークスも町の人を信じろよ! なんてことを言う気もないしな。
けどとりあえず、まずは約束の内容だけでも教えてくれ。それが知りたくてここまで来たんだ」
「……他人の事だというのに酔狂なやつらだ」
「ねー、パパ。お話するならご飯食べながらにしない?
プークスと一緒にご飯を食べれば、もっと仲良くなれるかもしれないよ」
「そうだね。こんな堅苦しい話し合いじゃなくて、もうちょっと和やかにいこ」
「「うっうー!」」
ニーナがご飯と口にしたとき、プークスの体が大きく反応を見せたのを竜郎は見逃さなかった。
愛衣もニーナに調子を合わせて、話し合いをしつつ食事会をしようという方向に促してくれる。
楓と菖蒲はニーナの背中の上で、「ごはん!」とでも言ってそうな声音ではしゃぎだす。
「ん。甘いものを摂取すれば考え事もスムーズになる」
「お腹が空いてたらイライラもするんじゃないっすかね。あたしには分かんないっすけど」
エサで釣るようで申し訳ないが、竜郎もそれに乗ってみることにした。
極上の料理に、極上の酒。どんなに口が堅い竜でも、それさえあれば多少は口が軽くもなるだろう。
「この子たちもこう言ってることだし、ここはどうだろう。一緒にご飯でも食べながら、話さないか?
話してくれるお礼に、プークスの分は俺たちから御馳走させてほしい。
こういっちゃなんだが、俺たちの持ってる料理はそんじょそこらのものよりずっと美味しいぞ。どうだ?」
ご飯の話題が出てからプークスの目は分かりやすいほどランランと輝き、口元からヨダレがたらっと一滴地に落ちる。
まだ料理一つ出していないのに、その反応ということは、やはり相当お腹を空かせているので間違いない。
プークスはゴクリと生唾を飲み込み、竜郎たちからしたら見え見えなのに、「俺はそんなご飯とか興味ねーし」みたいな、好きな女子に話しかけるのが恥ずかしい小学生男子のような下手な強がりを見せてきた。
「…………そ、そうなのか。しょ、しょうがないな。
俺は別に、別にどちらでもいい。どちらでもいいのだが、お前たちのような強者に食事の席に誘われては断るのも忍びない。
いいだろう。その席に俺も着こうではないか。うん、それがいい。それがいいな」
「ああ、そうしてくれると俺も嬉しいよ。プークス。とりあえず難しい話は少し置いておいて、まずは一緒に親交を深めよう」
「おお、そうか! なんだタツロウ。お前は存外いい奴だな!」
「そうか? そう言ってくれて嬉しいよ。プークスとは仲良くなれそうだ」
「だな! 親友になれるかもしれない!」
「そ、そうか」
ちょろい。ちょろすぎる。それが竜郎の中に浮かび上がってきたプークスへの感想だった。
なんといえばいいのか、もの凄く素直なのだ。感情は隠そうとしても表に出てくるし、こちらが善意で接しようとすれば、向こうも悪意を持とうとはしなかった。
『なあ、やっぱりプークスは誰かに騙されてるのかもしれない。
こんな素直なドラゴン、ちょっと口の上手いやつがいれば、簡単に言いくるめられそうだぞ』
『もしそうなら、そいつらをとっちめておきたいね』
『うん! ニーナもプークスはいい子だと思うよ!』
『まぁ今んとこ、悪いことを自分からするようには思えないっすよねぇ』
『ピューーィーーーーュ(私も同感だわ)』
『ん、とりあえず話聞こ』
『そうだな』
他の仲間たちも竜郎と同じような感想を抱いていた。
どうしてこんな竜がこんな場所にいて、こんなにお腹を空かせて、こんなに怒っているのか。
それを知るためにも、竜郎は《無限アイテムフィールド》から大きな机を取り出し、その上に料理とお酒を並べはじめたのだった。
次も木曜更新です!