第27話 最終準備
ヘスティアと行くことが決まった次の日。
竜郎と愛衣は両親たちとニーナ、楓、菖蒲を連れて、カサピスティ国の王都カサピスティの町門の前にやってきた。
というのもニーナや楓、菖蒲を連れていくのはいいが、彼女たちの身分証明がないからだ。
本来この国に属する人間なら、子供を生んだ後に役所に申請すればプレート型の身分証を発行してくれる。
けれど竜郎たちはこの国の広大な土地を有しているだけで、この国に属しているわけではないので、申請してもカサピスティの身分証は受け取れない。
そうなると別の組織──冒険者ギルドに属することで、身分証を受け取る必要があり、そうしておくことで大概の国はスムーズに入ることができるようになる。
そこでまだ持っていない両親も連れて、王都までやってきたというわけだ。
「やっぱり魔物とかいる世界だから、壁も気合入れて作られてるなぁ」
「ほんとね、仁くん。でも魔法とかもあるから、意外と簡単に作れるのかしら」
「ほらほら、父さん、母さん。珍しいのは分かるが早く行こう。こっちだこっち」
「お母さんたちもこっちだよー」
仁、美波、正和、美鈴は、竜郎の転移でここまで一瞬でやってきた。
そのためいきなり目の前に現れた、見たこともないほどに高く頑丈そうな壁に圧倒されていたのだ。
けれど子供たちの声で我にかえる。
「ああ、そうだね……──って、どこに行くんだい? あっちに皆並んでいるけど」
竜郎と愛衣が向かっているのは、町へ入る人たちがこぞって並んでいる方向──ではなく、誰も並んでいない豪華な門がある方だった。
「私たちの場合はこっちー。ここの王様から、できるだけ貴族用の門から通ってほしいって言われてるの。
いちおー私やたつろーは、この国では貴族位相当の地位をもってるから、あっちだと門兵さんが困っちゃうんだって」
「貴族位相当って……」
竜郎、愛衣、カルディナたち魔力体生物にリアは、土地と一緒にハイアルヴァ勲章というものを王から直々に授与されている。
これはこの国において貴族と同等の地位を保証するものであり、ほいほいと一般通用門にいくと門兵の人たちも対処しづらいんだそう。
異世界の一国で、ただの高校生だった息子や娘が貴族位相当の地位を得ていることに驚きながらも、ここまでの経緯を思い出す。
すると不思議とこの子たちならそれくらいなっていてもおかしくないなと思えてきたので、深く考えるのはやめて大人しく子供たちの後を追った。
竜郎と愛衣が両親やニーナたちの身分を保証することで、あっさりと貴族用の豪華な門──の横にある馬車や魔物車などではなく、人だけが通れるようになっている小さくも豪華な扉を通る許可を得た。
そのときに両親たちには茶色の紐に茶色の四角いプレートが付いた、この国での身分を示すものを見える位置にさげてもらい、竜郎と愛衣は紫色のそれを見える位置につけた。
この国では身分によって入ることのできない場所があるので、町の衛兵にそれを一目で分かるようにする必要があるからだ。
簡単に説明すると、茶色は下級市民を示し町の壁に最も近い茶色く地面が塗られている外周部だけ。
緑色は一般市民を示し、下級市民よりも内側に位置する緑色の地面の部分まで。
赤色は上級市民を示し、一般市民よりもさらに内側、地面が赤色の部分まで。
そして最後に竜郎と愛衣がつけている、プレートの色となる紫。
これは貴族階級を示し、町の中心部分に位置する場所まで、つまりこの町のどの地区にも基本的に入ることができる。
「身分によって入れない場所があるとか世知辛い国ね」
「でもこの国ではいっぱい働いていっぱい納税すれば、国民なら誰でも上級市民までにはなれるんだよ、お母さん」
「それに下級市民とか言っていますが、糊口を舐めるような生活をしている人はほんの一部で、後は普通に暮らしていけてますからね──ほら、みんな気にせず明るい顔をしていますよ」
「あら、ほんと。出店とか沢山あって、お祭りみたいで楽しそう」
貴族用通用口を開けてもらい町に入っていくと、そこには活気づいた人々の営みが広がっていた。
茶色のプレートを付けたほとんどの人が楽しそうに笑い、人生を謳歌しているのが分かる。
「それじゃあ、あそこの冒険者ギルドで登録して身分証を手に入れましょう」
このままではフラフラと出店や露店の方に行ってしまいそうな雰囲気だったので、竜郎はすぐさま冒険者ギルドの方へと急いだ。
冒険者ギルドの中に入ると、見知った顔のエルフの男性職員──ロニーが対応してくれた。
ロニーはウリエル目当てによく竜郎たちの土地にやってくる、ハウル王の近衛騎士──レス・オロークと親しいらしく、彼から紹介された人物でもある。
「ロニーさん。こんにちは。今日も登録をお願いしたいのですが、いいですか?」
「はい。かまいませんよ」
ロニーにはこれまでも竜郎の眷属たちの登録をしてもらっているので、また見知らぬ人物を連れてきた竜郎を見てすぐに察してくれたようだ。
最初の頃は珍しい多翼の天族種である爺やや、ウリエルを連れてきただけで仰天していたのが懐かしく思えるほど、彼のメンタルは鍛えられている。
だからこそ小さいのに存在感がやたらと大きい白竜や、奇妙な雰囲気のある不思議な幼女二名に対しても、今となっては何とも思わない。
竜郎たちがカウンターについたころには、彼の手元には登録用の記入用紙が既に人数分きっちりと用意されていた。
楓と菖蒲はまだ言葉をしゃべることができないので、当然ながら字も書けない。
なので竜郎と愛衣が代筆して書いていく。
両親たちはレベル上げで稼いだSPを使い、地球でも便利そうだからと《完全言語理解》を取得済み。
既にこの大陸での公用言語──イルファン大陸語は習熟しているので、各自でやってもらう。
ニーナはちょっと勉強しただけでイルファン大陸文字をマスターしてしまったので、スキルの補助もなく自分で記入していった。
書き終えたらそのままロニーに渡していき、これまで通りにロニーは不備がないか軽く用紙に目を通していった──のだが、間違いではないがそれ以上に気になる項目を発見してしまった。
「ジン……ハサミさん? それにミナミさんも……ハサミさん?
えっと、そちらの方々はもしかして……」
「はい。僕の両親です」
「そっ──それじゃあ、もしかしてこちらのヤシキさんという名前をもつ方々は──」
「私のお母さんとお父さんだよ」
竜郎と愛衣が両親だといった瞬間、ロニーはもちろん、その近くにいた職員たちまでざわつきはじめた。
なにせ彗星の如く現れ、これまでの記録上最高の冒険者ランク──個人で11、パーティで12を超えた、個人で12、パーティーで15というランクを授けられたニューカマー。
さらにまだ若く、今後も長く目覚ましい成果をあげてくれるだろうと予想される期待の星。
それゆえに情報に敏感な勢力はすぐに繋がりを持とうと、竜郎たちの情報を集めるべく動きはじめていた。
だが竜郎たちの情報は、異世界人なのだから当たり前と言えば当たり前のことながら、突然この世界に現れたとしか思えないほど出自から何まで一切の情報が出てこない。
真竜やクリアエルフに次ぐ、第三の神造生命種なのではないかとすら実しやかに言いだすものまでいるほどに。
それは冒険者ギルド側ももちろん理解し不思議に思っていたことでもある。
そんなところで、ここにきて両親の登場。
二人の秘密に大きく迫れる情報源となること間違いなしの大ニュースだ。
「なっ、なんと、ご両親でしたか! 言われてみると似ている気がしますね!」
けれど思っていた以上に興奮気味にくいつかれてしまい、竜郎や両親たちは引いてしまった。
これでは何を聞いても、竜郎たちの謎を解き明かすことなどできないだろうし、ギルド側に不信感を持たれてしまうかもしれない。
それが理解できたのか、ロニーはすぐに正気を取り戻して通常業務に軌道修正した。
この国の王からもあまり余計な詮索はしない方がいいと言われているし、冒険者ギルドの上層部からも、おそらく神ともなんらかの繋がりがありそうな人物だから接し方には要注意と言われているのだから、他の職員たちも同様に冷静さを取り戻した。
「し、失礼いたしました。それでは、こちらを手にお取りください」
薄青く光る半透明の薄い板を各員に渡していき、その板は仁たちが手に取ると直ぐに粒子となって彼らの体へと吸い込まれていった。
これで仁たちのシステムに冒険者ギルドの項目が加わり、身分証としても使えるようになった。
だが楓や菖蒲にはシステムがない。
そういう時はどうなるのかと言えば、板は手の平に吸いこまれていき、そこに群青色の刺青のような円形の紋様が浮かび上がる。
「おや? そちらのお子さんたちには、システムがまだインストールされていないようですね」
本来この大きさの幼児なら既にインストールされていてもおかしくないのだが、ロニーは余計な詮索は一切せずに話を進めてくれた。
「はい。なので、この子たちの保護者を僕と愛衣で登録しておいてくれませんか?」
この紋様はシステムのない存在に、登録用の光板を渡すと現れる。
この紋様に保護者に登録した人物が触れると、保護者のほうのシステムから被保護者の身分証明が表示できるようになる。
これは幼子を連れた冒険者が、自分の子供だと証明するときによく使われる。
そして子が成長しシステムがインストールされると、自動的に紋様が消えてそちらに登録される。
また他にもテイマーの冒険者の従魔などにも用いられ、そうすることでスムーズに誰の魔物なのか証明することができたりする。
それは強制ではないが、大抵のテイマーは冒険者ギルドで従魔も登録することが多い。
このことは以前冒険者ギルド働いていた経験もあるレーラに聞いていたので、竜郎はまごつくことなくロニーに保護者登録を求めた。
「了解しました。少々お待ちを……………………はい、用意できました。
ではこちらをカエデさんとアヤメさんの右手の紋様に、双方にタツロウさんとアイさんが直接当ててください」
「わかりました」「はーい」
竜郎と愛衣はロニーから群青色の薄い光の板を受け取った。
それを言われた通り、竜郎はまず楓の右手の紋様に、愛衣は菖蒲の右手の紋様に、それぞれ当てていく。
すると板は真ん中で折れ粒子となり、その半分は竜郎の体へ、もう半分は楓の紋様に吸い込まれていった。
愛衣のほうも菖蒲と同様の現象が起きていた。
これで竜郎は楓の、愛衣は菖蒲の保護者として登録されたので、今度は逆の子にも登録していった。
その後は特に問題も起きず、両親たちを連れて竜郎と愛衣は寄り道せずに冒険者ギルドと、王都カサピスティからカルディナ城に戻ってきた。
「思ってたよりビックリされちゃったね」
「まさか親だと言っただけで、あんな反応をされるなんてな。
顔も知られただろうし、やっぱり父さんたちはもう少し自衛手段を学んでから外の世界に触れた方がよさそうだ」
などと竜郎と愛衣が真面目に話していると、両親たちの会話が耳に入ってくる。
「なんか……改めて竜郎たちの影響力を思い知ったわね」
「門のところにいた兵隊さんなんて、愛衣たちのこと様付けで呼んでたし、最初冗談かと思ったわ」
「あれはやめてって言っても、立場上それはできませーんって言われちゃったのー!」
自分が呼ばせていると思われるのは恥ずかしかったのか、異国訪問で感じたことを好き勝手にしゃべっていた両親たちの会話に愛衣は割って入っていったのだった。
翌日。身分証も準備できた。荷物も竜郎の《無限アイテムフィールド》にいくらでも入っている。
さらに《無限アイテムフィールド》の機能を使えば、物資の送受信もパーティメンバー間でできるので「アレがない」などと遠くの地で困ることもない。
「いざとなれば転移ですぐに戻ってこれるしねー」
「それを言ってしまうと旅行って感じがなくなるなぁ」
竜郎はもう一度、連れていくメンバーが揃っているか目視で確認する。
自分に愛衣。未だに離れてくれそうにないニーナに楓と菖蒲。そしてヘスティア。これが今回の旅の仲間全員である。
「それじゃあ、行くか。目指せカルラルブ大陸!」
「おー! ってことで……どうやっていく? ジャンヌちゃんは別行動だし」
「普通に飛んで行けばいいんじゃないか?
今の俺なら愛衣や楓たちを抱えていたって、独力で長時間浮かべられるし」
移動手段について竜郎と愛衣が話し合っていると、小さな状態で彼の頭の上に乗り髪の毛を触って遊んでいたニーナが声をあげた。
「ねえ、パパ。だったらニーナが乗せてってあげよーか?」
「ニーナが? いいのか?」
「うん! パパたちなら全然いーよ!」
「ありがとねー! ニーナちゃん!!」
愛衣が竜郎の頭の上に乗っかっていたニーナをひょいと持ち上げ、ぎゅ~と抱きしめた。
その時、ニーナが掴んでいた竜郎の髪がブチンと束で抜けた……。
「ま、まじか……。なんてむごいことを……」
竜郎が恐る恐る頭皮を確認している間も、ニーナや愛衣はじゃれあっていて気が付いていない。
そしてニーナは純真無垢な顔で、竜郎に褒めて欲しそうな目を向けてきた。
「ぎゃう~♪ ニーナえらい?」
「お……おおぅ? ああ、よかった……生えてきた。
えっ、偉いなぁ! ニーナは」
「ぎゃうぎゃう~♪」
「「あうーうー!」」
竜郎もすぐに生えてきた髪を確認してから、愛衣に負けじと頭を撫でてあげる。
すると放っておかれたと思った幼児二名が抗議の声を上げはじめ、現場はニーナや楓たちの対応でしっちゃかめっちゃかに。
そしてそんな光景を見ていたヘスティアは、我関せずとばかりに今日、竜郎から大量にもらった極上蜜に砂糖を足して固めた、常人ならば甘すぎて胸やけを起こすレベルの棒付き飴を無心で舐めていたという。
ニーナは本来のサイズに戻ると、竜郎たちが乗りやすいように身をかがめる。
その上に竜郎と愛衣が、楓と菖蒲をそれぞれ抱っこしながら乗り込んだ。
「ヘスティアちゃんも乗っていーよ?」
「ん。私は、自分の羽があるからいー」
ニーナがヘスティアも乗るように言うが、彼女は人の背中に乗るよりも自由気ままに自分の翼で飛ぶ方が好きなようだ。
「そっかー」とニーナは特に気にした様子もなく、竜郎たち四人を乗せて空高くまで浮かびあがる。
楓たちも竜なので平気かとも思ったが、念のため竜郎は魔法で周囲の温度を調整した。
ヘスティアも自分の翼をはためかせて、棒付き飴をしゃぶりながらその横についていく。
「行くよー!」
「ん」
そしてそのまま勢いよく、北東の方角に飛んで行った。
「ニーーナーーー! 逆だー!」
「あれれ~~?」「ん?」
竜郎の言葉にニーナとヘスティアは首を傾げ急停止する。
竜郎が魔法で愛衣や楓たちを保護しているので、全員放り出されることはなかった。
「あっちの方角だからな」
「分かった!」「ん」
南西の方角を竜郎が示すと、ニーナとヘスティアは素直に頷き返してくれた。
「それと、もう少しゆっくりでいいからな」
「ぎゃう?」「ん?」
ニーナたちの感覚では大して飛ばしたつもりはないようだが、数秒しか経っていないのに離陸地点からキロ単位で離れている。
余裕でマッハは超えていただろう。
絶叫マシンが大好きな竜郎からしたら望むところだが、楓たちも乗っているので、もう少し穏やかに行きたいところ。
「もう少しゆっくりねー。これくらーい?」
「ああ、そのくらいで頼めるか? ニーナ」
「任せて! 行くよ、ヘスティアちゃん」
「ん」
先ほどよりも周囲の景色を楽しめるくらいの速さになり、楓たちもご機嫌で地上を眺めながら、今度こそ本当にカルラルブ大陸へと向かうのであった。
次回、第28話は2月24日(日)更新です。