第278話 依頼主の元へ
町ごと消し飛ばすなどと物騒なことを宣言してきた竜がいるのは、竜郎たちのいるイルファン大陸の北西。水の魔物──メディクを手に入れたプティシオル大陸の真上に位置する『アグロルース大陸』。
もっと細かく言うのなら、そのアグロルース大陸の南側にある『ジャポネルシオン共和国』の田舎町『カンポ』の近くにある、未開の山脈地帯にいるとのこと。
「ジャポネルシオン共和国……? なんかどっかで聞いたことがあるような?」
「俺もなんかそんな気がするが……まあ、いいか」
まだ二人がこの世界に来たばかりの頃に、一度だけその名前を聞いたことがあったのだが、もう二人にとっては二年近く前のこと。ろくに覚えてないのも無理はないだろう。
記憶の片隅に引っかかったこともすぐに忘れ、竜郎たちは近場のプティシオル大陸へ転移してから、アグロルース大陸に降り立った。
「ここがその竜に脅されたっていう町なの? パパ」
「ああ、そうみたいだな」
今回この騒動の鎮静化に来たメンバーは竜郎、愛衣、楓、菖蒲。という固定メンバーに加えてカルディナ、アテナ、ニーナ、ヘスティアという過剰戦力ともいえる構成になっている。
「今回はドラゴンが相手っすからね。いざというときのためにも、分かりやすく脅しがきくメンバーが一番っすよ」
「ピュィーーーーィ」
「ん、頑張る」
ヘスティアも頑張ったら甘い物を沢山あげるとフローラに出掛ける際、言われたので気合十分だ。
ジャポネルシオン共和国側には既に冒険者ギルドが手を回して、竜郎たちが行くことは知らせてあったので、入国にもまったく手間なく直ぐに目的地である『カンポ』と呼ばれる町まで来ることができた。
「長閑な場所だねぇ」
「昔は大きくて賑やかな町だったらしいが、今はほんとうに田舎町って感じだな」
この町の冒険者ギルドへと向かう道すがら町を見てみれば、家と家同士の隙間が広く、人通りも少ない。
人通りが少ないのは竜が脅してきたことも関係あるのだろうが、それでも元から多くはなさそうな街並みだ。
しかし昔は大きな町だったということもあり町自体の土地面積は結構なもので、余った土地には畑が設けられていた。
そんな長閑な町の年季の入った冒険者ギルドに入れば、入り口付近でずっと待っていた様子の職員がすぐに見つけて応対してくれた。
「こちらです!」
通された奥の部屋には身なりのいい人種の女性、朴訥な格好をした羊の獣人の男性、防具を着けた鬼人の男性が座っていた木の椅子から立ち上がってこちらを迎え入れ、その順番で自己紹介してくれる。
「はじめまして。私はこの国の大統領を任されている『パンジー・ギャロウェイ』です」
「わ、わたしはこの町の責任者を任されております、町長の『アガピト・セルラノ』でございます」
「俺はこのギルドの長をやっている『トノト・ヤイモソソ』だ。今回は本当によく来てくれた。迅速な対応、心から感謝する」
大統領。つまりここジャポネルシオン共和国のトップまでもが、わざわざここに来たということ。
いつ竜が襲い掛かって来るとも分からない土地に、そんな重要人物がいたことに驚きつつ竜郎たちも挨拶を返していった。
互いの紹介も手早く済ませ、さっそく件の話を竜郎から切り出していく。
「なんでも今回の依頼は、竜がこの町を消し飛ばすと言ってきたから、それを阻止するため交渉して来てほしい。というもので間違いないですか?」
「はい、その通りです。ですよね? 町長」
「は、はい。その通りです、ギャロウェイ大統領。私たちはこの何の変哲もない町で、いつも通りの日常を送っていたら、突如空から大きな家ほどもある細身の竜が現れて、一方的に『この嘘つきども。もう期限はとっくに過ぎているぞ。約束を守らなければ町ごと消し飛ばしてやる』という言葉をたいそうお怒りになった様子で告げてきたのです」
「嘘つきに期限? ……その後はただ去って行っただけですか?」
「はい。それだけ言うと、あちらの方にある山へと飛び去って行きました」
そう言いながら羊獣人の町長が、南西の方角を指さした。
「嘘つきや期限という言葉が気になるのですが、なにか心当たりはないのですか?
圧倒的な力を持っていて、それをすぐできるというのに、いきなり攻撃はしてこず、警告をしている分、向こうはそれなりに理性的な竜だと感じました。
そんな竜が一方的に怒りながらそんなことを言うなんて、確実に原因はこの町、もしくはその住民の誰かにありそうなものですが」
「わ、私どももそう思いまして町の記録を一番古い物から新しいものまで全て漁ったり、住民たちに聞き込みをしたりもしたのですが、それらしい記述も証言も得られませんでした」
「それにあそこにその竜がいることは、ずっと昔から知られていることでな。
俺たち冒険者ギルドはこの町と協力して誰もその竜を刺激したりしないよう、山には許可なく入れないように制限していたし、その許可も記録に残っている限り一度も出ていない。
だから少なくともここ数十年の間は、誰もあの竜のところへは行ってないはずだ。
警備の目を盗んでいけたのなら、その限りではないが……」
「なるほど。この町にも、その住民たちにも心当たりはなく、そもそも約束自体を知らないのだから、果たすこともできない状況でもあるということですね」
「その通りです。それにそんな状況ですので、その竜がもしこの町を滅ぼしても、それで終わってくれるかどうかも未だ分かっていません。
もしその火の粉が我が国全体に及ぶというのなら、もはや我々は国を捨てるしかなくなってしまいます」
ジャポネルシオン共和国側に交渉できるような人物はおらず、もし竜郎たちが受けてくれない場合は死を覚悟してもらってでも特使を送るつもりでいるともギャロウェイ大統領は、その言葉に付け足した。
「ですね。もし僕らが交渉した結果、その約束を知ることができた場合、この国としてはどのような対応をするかを聞いてもいいですか?
国としても町としても知らない約束ですし、あなた方がそれを聞く必要はないと言えばないわけですが」
「交渉の結果、必要なものがあるのなら国を挙げて用意する努力を最大限いたします。
もしも事を起こした張本人がいて、その人物を差し出せというのなら、その人物の特徴さえ教えていただければ、草の根をかき分けでも全力で捜索いたします。
それでももし……もしも、この町がどうしても滅びなければ収まらないというのなら、人々は無理ですがこの土地を投げうつ覚悟もできております」
「国としても、できる限りの身を切る覚悟があると」
「はい」
ギャロウェイ大統領は国の代表として、はっきりとそう答え曇り一つない視線を竜郎へと向けた。
明らかに国にマイナスになるようなことで一切思い当たる節がなくとも、それで上位クラスの竜が機嫌を直してくれるなら安いものと国の上層部は決めたようだ。
町長へと視線を向ければ、悔しそうにしながらも、その決定に異を唱えることはなかった。ギルドマスターも同様に。
『少なくとも国や町ぐるみで何かやらかして、俺たちに厄介ごとを押し付けて竜を倒させようって感じではないな』
『あたしもそう感じたっす。町を捨ててもいいとすら言ってるんすから』
『ピュィーー、ピィーィューィ?(この依頼、引き受けてもいいのでは?)』
『私も引き受けてあげたいかなぁ。ドラゴンさんのほうも警告はしてくれたわけだし、根っからの悪い人って感じでもないから、互いに思い違いがあるなら解消してあげたいもん』
『ニーナもその強い竜ってのに会ってみたーい!』
『ん、主が受けたいなら好きにしていい。私はついてくだけ』
とりあえずこの場にいる全員、この依頼に思うところはない様子。
ならばと竜郎は引き受けることに決めた。
「分かりました。できる限りこちらでもやれることをやってみましょう」
「ありがとうございます! 依頼料や調査にかかった経費などは、国費から出させていただきます」
「依頼料……そうですね、別にお金でもいいのですが、なにか特殊だったり珍しい装備品だったり物なんてものがあったら、そちらを譲ってもらう……なんてことはできませんか?」
「国庫にいくつかあったように思います。そちらがご希望であれば、あとでリストを提出いたします」
「ありがとうございます」
双方合意と相成って、竜郎とギャロウェイ大統領は契約を交わした。
お金には困っていないし、もしこの国や町がただ言いがかりをつけられただけだった場合、依頼料を取るのは気の毒には思う。
けれど仕事をしたのに何も貰わないというのも問題がある。
なのでできるだけこちらにとっても嬉しい形でまとめておいた。
「ではその竜の特徴や居場所など、知っていることを教えていただいても?」
「ああ、いいぜ。既に資料は用意してある」
ギルド長が後ろにいた職員に指示を出すと、竜の絵姿と当時の状況を記した紙、おおよそのいるであろう場所を記した地図を竜郎たちへと渡してきた。
それを受け取り、竜郎たちは顔を寄せ合って確認してく。
『細身の竜って町長は言ってたが、これは細身というより……』
『ガリガリって感じだよね。あばらが浮き出ちゃってるよ、このドラゴンさん』
『それになんかコケ? みたいなのが体中についててばっちいね。体を洗ったりしないのかな?』
『いい環境で暮らしてるようには見えないっすねぇ』
『ピュィーーーィ、ピィピィーーィ……ピューーー(力ある竜というのなら、食べるものにも困らないと思うのだけれど……どうしてかしら)』
『ん、あんまり強くなさそう』
まず注目したのは姿絵。かなりリアルに描かれたものだったので、山に入って一目見れば万が一違う竜が近くにいても直ぐ見分けがつくだろう。
そんな絵として描かれていた竜は、黒色の鱗に見せかけて群青色の鱗をしていた。
見せかけてというのは、その体の殆どに黒いコケのようなものを生やしていたからだ。
そういう種族がいるのかもしれないが、見た目ははっきり言って汚らしい。
また愛衣が言ったように細身なのはそういう種族なのではなく、ただ単に栄養が足りていないように見受けられる体をしている。
あばらはくっきりと浮かび上がっているし、本来なら筋肉がガッシリとついていそうな首や手足も骨に皮を張り付けたようにガリガリだ。
老いて食が細くなった──などというほど年かさのいった竜にも見えず、ちゃんと栄養が足りていれば、さぞ立派な竜に見えていただろうことは想像に難くない。
「「あう……」」
満足に食べられていないように見えたのか、楓と菖蒲はその絵を見て可哀そうな者を見るような視線を送っていた。
『なんというか、この時点でツッコミどころ満載だな』
『こんなに痩せちゃってるなら、ご飯をあげたら機嫌が直って解決してくれたりしないかな』
『それならそれで楽でいいっすね~』
ただ空を飛んで町人を威圧し、ちゃんと上位格の竜だと知らしめる程度の力は残している。
山に食べ物がないなら飛んで探しに行けばいいし、力があるのなら魔物を狩って食べることだって容易なはずだ。
そのことからも面倒事の気配がひしひしと伝わってくるようだった。
『ピュィィーーイィーー(場所は本当にすぐ近くだわ)』
『ニーナたちなら、ひとっ飛びだね!』
この資料のおかげで大して質問する内容もなくなり、軽く確認をいくつかしてから竜郎たちは冒険者ギルドを後にした。
町からも出た竜郎たちは、山の前で一度止まり別口から情報を集めてみることにする。
『イシュタルちゃーん、今ちょっとだけいい?』
『ん? アイか。なんだ? 少しだけなら別に構わないが』
別口とはもちろん、竜の帝国の支配者たるイシュタル。
竜についてきくなら、彼女に聞いてみるのが手っ取り早い。
『──ってことで、そんな竜がいるんだけど、イシュタルちゃんは心当たりとかない?』
『うーーーーん………………、そんなところに上位竜がなぁ。悪いが私には全く心当たりがない』
『じゃあ別にイフィゲニア帝国の事情で、そこに居ついているってわけじゃないってことか』
『そんな場所にいたところで、我が国になんの意味もないだろうしな。
もしもイドラのときのような重要施設があるというのなら、私が知らないはずもない』
『だよね~。じゃあもしそのドラゴンさんが凄い悪い人で、戦うことになった場合、多少荒っぽく扱っても問題ないってことで大丈夫?』
『ああ、問題ないだろう。扱いに困るというのなら、こちらで引き取ってもいい』
『それはありがたい! いざとなったら頼りにさせてもらうよ、イシュタル』
『気にするな。それに私でなくても、美味しいものをニーナに持たせて母上に頼めば、その竜のこともいいように解決してくれるだろう』
『ぎゃう? ニーナがお姉ちゃんのとこに食べ物を持っていけばいいの?』
『は、はは……。さすがにそれは最後の手段に取っておくよ』
さすがに、こんなことでエーゲリアが介入など大げさすぎる。
だが竜という国家単位でも扱いに困る存在の、最悪の場合の引き取り先を確保できたのは大きい。
イシュタルにもう一度お礼を言って、念話を切った。
「それじゃあ、とりあえずこの痩せ型の竜に会いに行ってみるとするか」
そうして竜郎たちは、山に住まう謎の知恵ある竜に会いに行くべく、行動を開始するのであった。
次も木曜更新予定ですが……、三回目のワクチン接種を月末あたりにすることになっているので、もしかしたら体調を崩してあけてしまう可能性もあるかもしれません。
二回目まではまったく問題なかったので、おそらく大丈夫だとは思いますが念のためご報告を……。