第274話 野生コーナーお披露目
〝鮮麗〟と〝清福〟二つのコーナーを視察し終わった後は、いよいよ最後の〝野生〟コーナーの番が来る。
入口にまた地下鉄で戻り、三つあるうちの中央──多種多様な魔物が象られたゲートを通っていく。
ゲートをくぐった先にまず見えたのは、サバンナのような大地が広がる区画。
「ヒヒィーーーン!!」
「グォオオオオッ!!」
入るなり獣の咆哮が耳に届き、全員の視線がそちらに向く。
そこにあったは大型の一本角の生えたクリーム色の馬型魔物たちと、翼の生えたライオンたちの群れ同士の戦い。
馬たちは雷を雨霰と降らせ、ライオンたちは周囲に砂を発生させて受け流す。
地球の自然界で馬……はいないにしても例えばシマウマとライオンが出くわせば、シマウマが狩られる側に回るのだろうが、こちらは一進一退。
どちらも相手の群れを狩る側に回ろうと暴れ狂っている…………ように見える。
いきなりド迫力な、それも見るからに一体だけでも危険な魔物の群れ同士の戦いを近距離で見せつけられ、護衛たちはすぐに自分たちの守るべき相手の前に反射的に立ち、冒険者ギルドの代表として来ているエディットやある程度、戦える心得のある者たちは一瞬で思考が戦闘モードに移行して思わず構えを取る。
他はただただ身動きすらできず、圧倒されて呆けてしまう。
「見えづらいですが、頑丈なガラスがちゃんとあるので大丈夫ですよ、皆さん」
「あ、ああ……。そうか、そうだったね」
人間サイドが一気にひりついた空気を流す中、呑気な竜郎の声がそれを緩和して、ようやくここが安全な場所なんだと周囲が認識しはじめる。
竜郎の近くで身構えていたリオンも、その声でほっと肩の力を抜いた。
「あ、あのタツロウ殿。これは……大丈夫なのですか?
本気で争っているように見えるのですが……」
「大丈夫ですよ。彼らにとってはじゃれあい……よりは少し過激ですが、ストレス発散しているだけですから、本気で命を取ろうとはしてません」
「これでですか!?」
「ええ、これでです」
心配する老貴族の目の前では今まさにライオンが首に噛みついてきたので、それを振り払おうと一本角の馬がブンブンと振り回しているシーンが垂れ流されている。
人からすれば大量の血が流れているように見えるが、魔物としてのランクも高めなこの魔物たちにとっては、これくらいで死ぬことはない。
「「「「「「わあっ!?」」」」
その証拠に振りほどかれて人間側が見守る目の前のガラスに、ライオンが叩きつけられるよう背中を強く打ち付けられても平然と立ち上がる。
首に噛み傷やらひっかき傷をつけダラダラと血を流していた馬も弱った様子はなく、直ぐに血も止まりヒヒンと威嚇の声をあげて威風堂々とした態度を崩さない。
その二体だけでなく、同じように馬とライオン同士が蹄による蹴りや牙による噛みつき、雷の槍と砂の槍がぶつかり合ったりと、物理も魔法も何でもありの大決戦状態。
ガラス越しにも伝わってくる互いの熱気に、リオンたちは圧倒されっぱなしだ。
しかしある程度互いに傷つき消耗したところで、その熱気が嘘だったかのように両者興味を失ったかのようにフイッと踵を返しあう。
それから別方向にある回復効果のある湖の方へ向かって、互いの群れのリーダーが先導し去っていった。
どちらも怪我はしているが動けないほどの個体はおらず、むしろどこかスッキリしたようにも見える後ろ姿だ。
「ここ〝野生〟コーナーにいるのは、魔物としての性が強い傾向にある凶暴な魔物たちが多くいます。
従魔として強く縛るようなこともしていないので、ここでは野生に近いような活動している姿を、より顕著に見ることができる場所になっています」
「ではあのような戦いが、ここではあちこちで行われているということでしょうか?」
「ですね。やるなと言えばずっと大人しくしていてくれるでしょうけど、あの子たちは戦えないと逆に体がうずいてよくないんです。
ある程度動いて気持ちを発散させてあげたほうが、精神的に安定するんですよ」
「闘争本能の塊のような魔物たちでしたしね、納得です。
最初の鮮麗では魔物の美しさを、清福では愛らしさを、そしてここ野生では魔物としての恐さを学ぶこともできそうです。
やはり我々の職員や、冒険者たちにも開園したら勧めてみることにします」
鮮麗のコーナーのときにも言っていたが、エディットは冒険者たちにも実益のある学びを得ることができる施設だと改めて判断したようだ。
それからも森林の中を行くようなガラスのトンネルを通り、木々をぴょんぴょんと飛び交う身軽な魔物たちに、よく見なければ気が付けないほど上手に草むらに身を潜め喧嘩相手に襲い掛かる魔物の姿。
雪と氷に閉ざされた世界に住む凶暴な魔物たちに、乾いた砂漠で平然と戦う魔物たち。
沼の中が見える通路では、普段どんな行動をしているのかもよく見ることが。
──などなどリオンたちは、まず普通の人間では行くのですら困難な場所での魔物たちの戦い方や生き方を、安全で熱くも寒くもない場所から透明なガラス越しに肌で感じ取ることができた。
「ではいよいよ、こちらのメインの区画、火山地帯に行きましょうか」
「ここからでも見えている、あの大きな山のことよな? いったいどんな魔物がいるのやら楽しみだ」
安全だと分かってしまえばびっくり箱のような物で、ハウルは既にここでの楽しみ方を堪能していた。
「氷や砂漠地帯でも思いましたが、これほど熱気に満ちた空間がガラスを隔てた向こう側にあるというのに、まったく熱さを感じないというのは本当に凄い技術ですね。
我々、商会ギルド側で再現することは絶対に不可能なんでしょうか?」
「再現するのは難しいと思います。
このガラスは世界でも唯一無二の性質と頑丈さを持ちながら、あらゆる形状にできると夢のような素材ではありますが、普通ではこのガラスの一欠けらでさえ再現することは叶わないでしょうから」
「そうですか……残念ですね。いろいろと使い道はありそうですが、売っていただくことは?」
「売るとしても、商会ギルド側は値を付けられるのでしょうか?」
「それは…………、無理ですね」
リアと商会ギルドのマックスがそんなことを話している間に、例の洞窟の前に一行は到着する。
「洞窟……ということは、この奥にその主要どころの魔物がいるんだね?」
「ああ、とっておきのを用意したから存分に驚いてほしい」
「ははっ……、タツロウたちのとっておきか。それはそれで今から恐いな……」
皆が皆、何かとんでもないものが出てくるという心構えができたところで、竜郎たちは洞窟の中に通るガラスのトンネル通路へと足を踏み入れた。
「うわぁ!?」
「きゃぁ!?」
薄暗い洞窟の中から突如現れる火山地帯の魔物に、耐性のない者は驚きの声をあげる。
中でも透明になれるトカゲの魔物は、わざわざガラスに近い人が顔を近づけたときに大きな口をガバッと開けて姿を現すものだから、下手なお化け屋敷よりも恐いかもしれない。
安全だと分かっていても透明度が高すぎるガラスのせいで、本当に洞窟の中を歩いているようにしか思えない中で、目立つような巨体の魔物も最初は気づいていないふりをしていながら、近くを通った瞬間ガラスにドンッ!とぶつかってきたりと、この洞窟に入った来園者たちの気を緩めないような演出までされていた。
そんな驚きを何度も味わいながらリオンたちが洞窟の奥へと進んでいくと、最奥周辺まできたところで急になにも起きなくなる。
ただただ静かで薄暗く、近くに細いマグマがチョロチョロと流れていたりするだけ。魔物たちが急に消えたかのように、影も形も見せなくなった。
これまでのことを思えば逆にそれは気が休まるどころか、むしろより不気味な状況に感じられてしまう。
そして──そんな居心地の悪い薄気味悪さを味わいながら、いよいよ最奥へと到着する。
「あ、あれは──」
「ド、ドラゴン…………?」
「寝ているのか……?」
「そんな、馬鹿な」
最奥には巨大で圧倒的な強者の風格を持った、ただの強者では目の前に立つことすら許されないであろう上位の火竜──ヴィーヴルが、竜郎が用意した大岩の玉座の上で眠るように丸くなっていた。
誰もがその迫力に恐れ、竜水晶のガラスに守られていることも忘れて、起こさないようにと自然に小声になっている。
だがそんな彼らを押し進めるように竜郎たちはさらに近くに寄っていき、火竜の顔が十メートルほど先に──という開けた空間にまでやってきた。
それでも起きる様子のない火竜に少しだけ緊張がほぐれ、ここまでの竜に近づく機会などないと各々前に出てきて、ヴィーヴルを積極的に観察しはじめた。
(よし、今だ!)
(グォン!)
竜郎が従魔の契約のパスを通じて、ガラスの向こう側にいるヴィーヴルに合図を送る。
すると今起きましたと言わんばかりに不機嫌そうに鼻を鳴らし、胡乱気に目を開けた。演技はばっちりだ。
縦長に割れた巨大な瞳孔がギラリと正面を睨みつけ、尻尾をブンッと振ってガラスに叩きつけた。
「「「「「うわぁっ!?」」」」」「「「「「きゃーーっ!?」」」」」
圧倒的な上位竜というだけでも恐怖なのに、これまでびくともせずに自分たちを守ってきてくれていたガラスが、大きく揺れることでさらに恐怖が積み重なる。
だがこれはヴィーヴルの力が竜水晶の耐衝撃性を上回ったから──というわけではない。
竜郎と月読からすれば、ヴィーヴルくらいの力の竜が揺らせないガラスなど簡単に作れるのだから。
実はこのヴィーヴルを間近で見られる広いガラスの部屋だけは、ワザと揺れるように作ってあったから揺れている。
このガラスであれば、最初にいた馬やライオンの魔物たちでも、少し揺らすことくらいはできただろう。
しかしそんなこととは知らないリオンたちに対してヴィーヴルは、二度三度とガンガンガラスを尻尾で叩き、腕を伸ばして大きな爪を突き立てる。
その度にこの場は大きく揺れて、立っていられないものは都合よく用意されていた手すりを持って何とかバランスを取っていた。
その状況に楓と菖蒲はキャッキャッとはしゃぐが、雰囲気が壊れてしまうので竜郎が魔法でその声が漏れないよう密かに対処する。
ここまで火竜の攻撃を受けても、やはりガラスに壊れる様子はない。
これまでは一切揺れてこなかったので驚きはしたが、これは大丈夫なのだろうという安堵が周囲に少しずつ広がりはじめる。
それを見越して竜郎は、ヴィーヴルにまた合図をこっそりと出した。
「ギャゥオオォォォォオオオオオオオオッ!!」
心胆を寒からしめる竜の咆哮をあげながら、ヴィーヴルは翼を広げふわりと宙に舞い上がり、口元にマグマのように煮えたぎる圧縮された炎を収束させていく。
どこに向かってそれを撃とうとしているのかは、その真っすぐこちらを睨みつける視線がハッキリと物語っていた。
「だ、大丈夫なのかこれは!?」
「いやだ! もう帰らせてくれっ!」
「あぁああぁ……」
ただの尻尾や爪であれだけ揺れていたのだ。あんな凄そうな攻撃を受けたら危険に違いないと、慌てる者や絶望する者が出てきはじめた。
けれどそんな中でもリオンやハウルたちは、彼らがいるのだから危険なことにはならないだろうと、期待を込めて竜郎と愛衣の方へと視線を向けてくる。
『よし、ここでやるぞ!』
『まかせて! 私は女優になるよ!』
念話でばれないようにタイミングを合わせて、竜郎と愛衣は慌てたふりをした。
ここで精いっぱい恐い気持ちを演出しようと、2人なりのエンターテイメント精神をいかんなく発揮しようと頑張った。
──しかしである。
「タ、タイヘンダ~。コレハ、ココのガラスでもダメカモシレナイゾ~!」
「ホホホ、ホントダ~! アレはアブナイネ~。ハヤクみんなニゲナクチャ~」
「「「「「「……………………」」」」」」
「「あれ?」」
あまりにも棒読み演技過ぎて、逆に恐い気持ちがスンッと皆から消えてしまった。
竜郎も愛衣も芝居経験など学芸会くらいしかなく、ろくに話したこともない人たちが大勢いる中ということもあり、肩に力が入ってしまったというのもあったのだろう。
だが自信満々に「これはウケるぞ!」と言っていた、竜郎と愛衣の姿を見ていたリアやウリエルはズッコケそうになり、奈々は「し、素人なのですから、あれでもよくやった方ですの……」などと苦しいフォローを心の中でしてくれる始末。
ニーナや楓、菖蒲にいたっては、そのあまりにも大根な演技に意図が伝わらず、「パパとママは何をしてるんだろうね?」と三人で顔を見合わせ首をかしげてしまっていた。
ヴィーヴルも魔竜ながらに、これはもうダメだと遠目に見ていて気付いてしまった。
けれど健気に竜郎のお願いを最後まで聞き届けようと、レーザーのように収束した火炎のブレスをガラスに向かって思い切り撃ち放つ。
「「「「「「………………」」」」」」
しかしもう誰も恐がったりなどせず、ただただ静かにガラスに当たるブレスを眺めるばかり。
そして撃ち切った後はどうしていいか分からずキョロキョロした後、ヴィーヴルはそっと大岩の玉座に戻って座り込んだ。
リオンたちですら困っているのが分かる、何とも言えない表情で。
「……タツロウ、アイ。その…………演技をするのなら、もう少し練習をしておいたほうが……良かったかもしれないね」
「え? あーやっぱ素人演技じゃ、ここの人たちは騙せなかったか」
「みんな優秀な人たちばっかりだもんね。そりゃ、私たちの演技なんてバレちゃうか」
そして竜郎と愛衣は演じる側だったせいもあって、客観的にどれほど酷い演技をしていたか全く気が付いていなかった。
目の肥えた、いろいろな経験を積んだ大人たちだからこそ、ばれてしまったのだとすこぶる前向きに受け取ってしまう。
ここで竜郎や愛衣の親が見ていれば、「誰でもわかるわ!」とツッコミをちゃんと入れてくれたことだろう。
「いやその……うん、そうだな。私を騙すのは難しいからな! なぁ? ルイーズ!」
「え? 私に振るの!? うーー……うん、ソ、ソウダネー。アレクライハ、キヅイチャウヨー」
「あははっ、ルイーズちゃん棒読みになってるよ。
あっ、さては騙されてたんでしょー。正直に言ってもいいんだよ」
「あ、うん……そうだね。そうかもしれないね……アイちゃん」
ここにいた竜郎たちの一部の身内以外の全員が、愛衣と竜郎にだけは言われたくなかっただろうなと、ルイーズに憐憫の視線を向けてしまうのであった。
次も木曜更新予定です!