第272話 鮮麗コーナーお披露目
遊園地の視察を終えて、地下鉄に乗り今度は町を挟んだ向こう側にある魔物園へと出発する一行。
道中は皆、口々にどこがよかっただの、あのアトラクションは大変だったなど、さまざまな感想が飛び交っていた。
関係者以外はまだ誰もおらず、貸し切り状態なのもあってスムーズに移動を終えて魔物園の入り口に辿り着く。
入り口には正面から見て左側にクジラ、右側に子パンダ、そして中央に炎をまとう竜というデザインが彫刻のように描かれていた。
雰囲気はお茶らけた様子もなく、可愛らしくもなく、どこか未知の世界に繋がっているような幻想的な絵柄をしていた。
『私たちじゃ絶対に思いつかない絵面だよね。さすが私の妹』
『だな。さすが俺の妹。素晴らしい』
『もう……なんなんですか二人とも』
『照れてますの』
『照れてません!』
念話で竜郎と愛衣、リアと奈々でじゃれ付いている間も、他の面々はその扉を見て感嘆の声をあげていた。
「なんだか荘厳な雰囲気だ。遊園地でフワフワしていた気持ちが引き締まる思いだよ」
「ほんとね、兄さま。なんだかこれからダンジョンに挑むみたいな気持ちになってきちゃった」
「実際にこの先には魔物がいるとのことですしね。我々も気を引き締めてまいります」
リオンやルイーズの護衛も、気持ちを新たに背筋をより伸ばし彼らの後ろに控える。
「それじゃあ開きましょうか」
皆が扉を存分に眺めた後、竜郎は愛衣と一緒に両開きの大きな扉を同時に押し開いた。
するとそこにはさらに三つの方向に分かれるゲートが設置されていた。
正面左は魚のゲート。中央は多種多様な魔物のゲート。右側は木々と妖精のゲート。
「とりあえず魚のゲートの方から行ってみましょう。ついてきてください」
バハムートをメインに据えた、水棲魔物たちの〝鮮麗〟コーナーに入っていく。
「うわぁ!?」
前の方にいたお年寄りの貴族の1人が大声をあげてのけぞった。
人が近づく気配を感じたのか何体かの緑や赤、黄色など鮮やかな鱗を持つ魚の魔物たちがこちらに向かって突撃してきたのだ。
竜水晶で作ったガラスの透明度の高さのせいもあって、一瞬空飛ぶ魚が襲い掛かってきているように見えたのだろう。
一匹を除き魚たちはガラスの手前でひらりとぶつかる前にターンして、好き勝手な方向に散って行く。
例外の一匹は水槽に頭をぶつけるが、素知らぬ顔で散っていった仲間たちを追いかけて行った。
あのくらいでどうにかなるようなら、モンスターなどとは呼ばれていない。
念のためご老人の健康チェックを竜郎が一瞬で済ませ、大丈夫なのを確認してから巨大水槽の前に立つ。
「御覧の通り、ここには水棲の魔物たちが暮らす区画になっています」
「これは水槽……なのか? いや、もはやそんな規模ですらないな……。
はははっ、これはいきなりド肝を抜かれたわ」
「これだけの質量の水を入れて魔物まで入っているのにびくともしない上に、この透明度……?
何をどうやったらこんなものを用意できるか想像すらできない」
ハウルは面喰らいながらもすぐに笑い、商会ギルドのマックスは魔物よりも水槽の方が気になるようで、おっかなびっくり手で触れて感触を確かめていた。
すると手で触ってる部分に三十センチほどの、この中では比較的小さな魚のモンスターが、ちょろちょろと近寄ってくる。
鱗は非常に彩かな赤色で美しい。
「こうして壁一枚あるだけで可愛らしく見えてくるから不思議だ」
手を動かすとその方向に寄ってくるので、マックスは少しだけ口の端を上にあげてそんなことを呟いた。
「実際に水の中で野生のそれと出くわしたら、その手どころか腕ごとなくなっていますけどね」
「…………そうですね」
さすがは冒険者の人間とでも言うべきか。エディットはその魔物が何かを把握していた。
竜郎の支配下になければ一瞬で膨らんで大きくなり、バクリとマックスの右腕ごと持っていっていただろう。
その証拠によくよく口元の奥を見れば、えげつないほど切れ味の良さそうな歯がズラリと並んでいる。
マックスは竜郎たちが作った水槽なのだから大丈夫だとは思いながらも、そっと手を水槽から離した。
魔物もそれで興味を失い、ふいっと顔を背けて別のところへ去って行った。
「ここではこういったトンネル状の道を通って、水槽内を歩き回ることができます」
「透明すぎて気が付かなったが、あちこち空洞がつくられているんだね。
一応聞くけど、強度的にはこれでも大丈夫なんだよね?」
「全く問題ないよ、リオン。この水槽に入っている魔物でこの水槽を壊せるものはいないし、人間側でも俺たちくらいの力がないと絶対に壊せないし壊れないから安心してくれ」
「なら安心だ」
竜郎たち程度などと言われても自分たちと力の差が開きすぎていてさっぱり分からないが、とりあえず人間だろうが魔物だろうが破壊は不可能だということだけは分かった。
何気に彼らはもう、竜郎たちを人間以上の存在に置いていた。
「ちなみにここは、温暖な地域の水棲魔物たちが生活している姿を見られます。
この辺りの地方で暮らす人は見たことのない魔物ばかりじゃないですかね」
「言われてみれば商会ギルドでも魚の魔物を食用として扱ってはいますが、ここにいる魔魚は見たことがない気がしますね」
それは食用として捕れるようなレベルの魔物ではないものが多いというのも大きな理由なのだが、竜郎は笑ってごまかした。
エディットはそのことに気が付きながらも、竜郎に合わせて黙っていてくれた。
『綺麗な魚って意外と、一般的に見て強いのが多いんだよなぁ』
『この中にそこそこの強さを持った冒険者さんを百人くらい放り込んでも、一瞬で骨ごと全部食べちゃうことだってできるだろうしね』
『人から見れば鮮やかではありますが、自然界からすれば警戒色なのかもしれませんね』
『あーそうかも! ウリエルちゃん賢い!』
『たまたまそういう話を、主様の世界のテレビでやっていたのを見て覚えていただけですよ。ニーナさん』
竜郎たちが念話で話している間に、リオンたちはこの付近の水槽内に張り巡らされたトンネルに入ってあれこれと見学をはじめていた。
水槽内のトンネルに入れば上下左右の範囲一面視界を水槽が覆い、まるで水中の中を漂うかのような錯覚すら覚えてしまう。
透明度を限界まで上げているからこその感覚だろう。
しばらく見学者たちを好きにさせて竜郎たちは見守っていると、エディットが何かを考えながらこちらへと寄ってきた。
「質問をいいでしょうか?」
「はい、答えられることなら」
「この水槽内はかなり自然界に近い形にしているようですが、この中の魔物たちの動きもそれに近いのでしょうか?
魔物の種類自体はある程度把握できてはいますが、ここまでしっかりと水中の姿を観察したことなど一度もないので分からないのです」
「自然に近い形にしているのは、できるだけ自然に近い姿を見学できるようにという考えでそうしていますから、この中の魔物たちも概ね自然なままで生活してますね。
ただ……本来なら出くわしたら捕食する側、される側も一緒に入れているので、そういう意味では不自然な動きではありますが」
「では海や川、湖などで過ごしているような普段の姿は見られるわけですね」
「ですね」
「こういう展示の仕方は水棲魔物だけですか?」
「いえ、もう一つの大きな区画もできるだけ自然界を再現してしますよ」
「なるほど……。これは冒険者たちの教材としてもいい施設になりそうですね」
魔物の普段の行動を観察し、移動中の動きや種族間の共通の癖、習性など安全に間近で知識として得られるのは大きい。
文字で見るよりも実際に見たほうが、いざというときのイメージもしやすい。
魔物たちやこの空間の見た目の美しさを楽しむ以外にも、先に聞いていた通り色々と有益な施設になるかもしれないとエディットは考えたようだ。
しばらくこの辺りを見学してもらってから、また地下に行って今度は入り口から真反対側の寒冷地体の水棲魔物たちのコーナーまで移動する。
真ん中の温かくも冷たくもない水温のところには、メインのバハムートがいるのでこの区画の最後に取っておきたかったのだ。
「氷が張ってる。あれは魚じゃないけど鳥……かな?」
「そうだよ、ルイーズちゃん。飛べないけど泳ぎが得意な鳥さんなんだ」
「へぇ~」
氷の板が浮かびそこで休む、ペンギン……というには凶悪な顔の魔物が何体かその上で寝ころんでいた。
「他にも水グマっていう、エラ呼吸できる青いクマさんとかいるよ」
「く、クマもいるんだ……」
その他にもここならではな氷を鎧のように身にまといながらキラキラと発光する魚の魔物や、氷のサンゴの魔物なんてものまでいる。
温暖な地域の魔物たちの方がどちらかといえばカラフルではあったが、こちらには冷たさを感じるような別の美しさがあった。
皆が水槽のトンネルに入って下や上を見まわしていると、不意に大きなシャチに似た魔物が複数群れを成してやってくる。
そして口から泡の巨大リングをぷっと吹き出し、別の個体がそれをくぐる──なんていう水中ショーをしはじめた。
魔物たちが芸をするとは思っておらず、思わず見学者たちからまばらな拍手がおきる。
「この子たちは魔物の中でもかなり頭がよく、こういった遊びを見せてくれたりもするんですよ」
「か、かわいい……」
マックスと一緒に来ていた秘書の女性が、その姿にときめいていた。
自然界であのシャチのような魔物に出くわせば確実に殺されるが、ここでは可愛いマスコットだ。
ひととおりシャチたちのダンスや戦いにしか見えないじゃれあいなんてものを見た後は、メインの中央へと地下鉄で移動していく。
「あのあたりに何か変わったものがないかい?」
「あー、あそこは都市が沈んだっていう感じの小さな建物を海底に作ってあるんだよ。
そういうのを考えるのが好きな仲間がいてな」
「へぇ、面白い発想だね」
ここからはそれなりに離れているというのに、リオンは目ざとく海底都市風オブジェを見つけた。
「ああいう遊び心みたいなのもいいだろう?
設置してみると意外と見栄えもいいし、芸術家たちにもああいう面白いレイアウトとかも考えてみてほしいな」
「水槽の中もかい?」
「ああ、他の区画も自然界に近いような感じにはなってるけど、別に完全に自然ってわけでもないんだから、見た人が楽しめるような、それでいて魔物たちの空間に合うようなデザインが欲しいんだよ」
リオンや近くで聞き耳を立てていたマックスたちも、そういうのが得意そうな芸術家たちを頭の中で思い浮かべた。
そんなことをしながら水槽を眺めていると、何か巨大な影がこちらに悠然と近づいていることに全員が気付いた。
「お、大きい……」
「ひぃっ──」
「なんとっ」
60メートルクラスの巨大なクジラ──バハムートの登場だ。
初めはその大きさとガラス越しでも伝わってくるような、圧倒的強者の風格に悲鳴を上げるものもいたが、やがてその体の美しさに視線が吸い込まれ言葉が止まる。
下半分の虹のような輝きに、上半分の万華鏡のように模様を変える煌びやかな幾何学模様。
本来持っている催眠効果は全て竜水晶のガラスの保護によって弾かれているが、それでも見惚れてしまうほど美しい魔物だった。
「素晴らしい……。絵にして私の部屋に飾っておきたいくらいだ……」
「ですがあの美しさは、生きているからこそな気もしますね。陛下」
「そうだな。絵ではあの存在の持つ魅力は収まりきらないだろう」
ハウルも気に入ったのか、体の模様を見せつけるように近くをグルグルと周ってくれるバハムートに釘付けだ。
竜郎が『ナイス』と従魔の契約のパスを通じて伝えると、嬉しそうな感情が返ってきて、さらにピカピカと体を光らせサービスしてくれた。
その水中の芸術品とすら言えるほどの美しさにほとんどの者が目を奪われる中、騎士団長の魚人──ヨーギだけは体を微かに震わせていた。
「あ、あれは……ヴィメノルチエ? いや、それ以上の何か……か?」
「知っているのか? ヨーギ」
夢中になっているハウルではなく、冷静に周囲を見ていたファードルハが彼にそう問いかけた。
「子供の頃に伝え聞いた一族の伝承の中に出てくる、我々の一族の中で破滅の光という意味を持つ言葉で呼ばれていたものが、まさにあのような姿だったはずです。
その一体に我が祖先たちが暮らしていた地域は島ごと沈められたとか……」
「し、島ごとか……」
「はい。ですがアレはおそらく……」
「おそらく……?」
聞きたくないが、宰相として聞いておかねばならないとファードルハは気をしっかりと持つ。
「伝え聞いていたものよりも大きく、背中の模様もあれほど複雑なものではなかったはずです。
ですのでそれすらも超えた化け物的なナニか……なのかもしれません……」
「そうか……」
「ええ……」
「そうかぁ…………」
そんな二人の会話は竜郎たち以外には届いておらず、ファードルハとヨーギは知らずに夢中になってその魔物を見てはしゃぐ人々のほうを、羨ましそうに眺めるのだった。
次も木曜更新です!