第264話 清福コーナー完成(仮)
〝清福〟コーナー3つの内第1区画『妖精の森』を抜けた先、二区画目はこのコーナーのメイン──ただの『平原』。
地形の調査をしてから一気に均一にならされた、絨毯のようなフカフカの短い草や木登り用の木がぽつぽつと点在する平原に作り直す。
さらにそこに小さな子供たちが遊ぶような、景観に合うよう質感まで変えられた竜水晶製の遊具をあちこち建てていく。
こちらは派手な演出や環境に頼らずに、ただただ可愛い魔物たちの魅力によってファン獲得を目指す区画。
遊具の数々は可愛い魔物たちがそこで遊んでいる姿を見せ、お客のハートを鷲掴みにしてやろうという意図のもとに建てられている。
「じゃあ、ここはこんな感じで作っていこう」
「────」
平原と遊び場ができたら今度は、月読とイメージを共有しながら魔物たちのケージを作り上げていく。
「良い感じだな」
「ピィューーィ」
今回は他とは違うので、カルディナに探査魔法で全体図の情報を共有してもらい確認してみれば、きっちりと自分が思い描いた通りの形になっていた。
「ここは規模は違うけど、ほんとに動物園みたいな感じだね」
「ああ、ここに入る予定の子たちは、他とは少し毛色も違うしな」
他の場所は広大な敷地内に広がる区画に張り巡らされた、ガラスのトンネルの中をお客さんが自由に練り歩いて自然に近い魔物たちの生活風景を見るというサファリパークにも近い方式なっていた。
だが清福コーナーのメインともいえる『平原』は、魔物たちのストレスにならない程度には広いが、きっちりと種類ごとにケージが分けられており、ここにくれば間違いなくあの魔物が見られるという動物園方式に近い形にしてある。
「野生コーナーの魔物たちは縄張り意識も強いから、自分たちの場所を決めたら大体その辺りで過ごしてくれるだろうし、さっきの妖精の森だって自身の属性に偏った場所に居つくから、だいたいの分布図は自然にできていくはずだ。
けどこっちの子らは縄張り意識なんてない、戦わなくていいなら戦わないし、食べるに困らないなら自由に散歩したりゴロゴロしていたいって感じの温和な魔物ばっかりだからな」
環境もどこにいても過ごしやすい上に、そんな性格の子たちばかりだから、好き勝手に動き回ってしまい、お目当ての魔物、いわゆる自分の推しの子を見に来たのに広すぎてどこにいるか分からなかった──なんてことになりかねない。
だからこそ明確に区切ってパンダのような魔物が見たいならあそこに行けば見られる! という場所をしっかりと確保しようと考えたのだ。
「サファリ方式だと、心を癒す前に体が鍛えられちゃいそうだしね」
「それはそれで有りだと思うが、心はすり減りそうだ」
町の開発が進んでいき竜郎たちが目指す食道楽の町が完成したとき、間違いなく起こるであろう肥満率の上昇。
必要になってくるのであれば運動施設なんかも用意する必要が出てくるかもしれないが、こういうところで魔物をみながら散歩をして体を動かすのは悪くはない。
「この町のせいでカサピスティの住人の健康度が下がったなんて言われても心外だしな」
「うん、それは絶対にやだね」
竜郎たちに面と向かってそれが言える者はそうそういないだろうが、陰口くらいは叩く者もいるだろう。
「「なでなでっ、なでなでっ!」」
「なでなで? あー、もしかして触れ合い広場的なのはって言いたいのかな?」
「「あう♪」」
「日本の動物園に行った時に、そういうのはあったしなぁ。
けどここの場合はちょっと、今のところは無しな方向なんだ。ごめんな」
「「あう……」」
楓と菖蒲はどういう場所にしようとしているのか理解し、日本の動物園で楽しかった触れ合い広場のことを思い出したようだが、残念ながらその予定は無期限未定状態。
なんだないのか……と、小さな2人はがっかりしてしまっていたので、竜郎が抱っこしてあやしていく。
「やっぱりどんなに可愛くても、どんなに小さくても、突き詰めれば魔物には変わりない。
魔物園なんて未知な施設を開くわけだし、まずはちゃんと人と魔物たちはキッチリと分けておくのがいいと思うんだ」
「来る人の中には私たちが知らない変なスキルを持ってて、魔物ちゃん側のほうに害が及ぶことだってあるかもだしね」
「「うー?」」
「ふふっ、まだよく分かんないか」
「「あ~う~」」
竜郎に抱っこされた状態の楓と菖蒲のほっぺたをツンツンと愛衣が突くと、二人はくすぐったそうに身をよじった。
抱っこされて竜郎や愛衣に構ってもらえたからか、触れ合い広場のことも忘れて機嫌を直す。
「けど例えば動物園の動画とかでたまにある飼育員の人との触れ合いみたいなのは、ここではあってもいいかなとは思ってる」
「あー、私も見たことある。自分で触れなくても、ああいうのは見てるだけでホッコリするよね。
職員側の人だったら不特定多数じゃなくて、信頼できる人を選べばいいだけだし」
それぞれの区画の掃除などは、排泄物を好んだり、環境を保とうとするような魔物も一緒に放つつもりで入るので、基本的に生息環境のメンテナンスはフリーでいけるようにするつもりではいる。
そもそもが普通の人が中に入ってしまえば死んでしまうような環境の区画も多数あるので、餌やりも竜郎たちがいなくても間接的に渡せるような形を整えるつもりでもいる。
だがここの区画に限っては人が入っても快適な気温に湿度が保たれ、寝転がって昼寝でもしようかと思えるほど柔らかな緑の草が広がる大地だ。
この辺りの一つ一つの大きなケージの中に暮らす予定の子たちも穏やかだったり、人懐こかったり、ぼんやりしていたり、ともすればそれらが原因で絶滅した種まで竜郎が蘇らせて用意した。
だからここは余程酷いことをしなければ襲われることはない、施設内で最も安全な区画とも言える。
なのであえて人力で直接餌やりをしたり掃除風景を見せて、その中で魔物がじゃれ付いたり、それに飼育員たちが構ったりと、見ていて和むような場所にできたらいいと竜郎は思う。
「ボールとか猫じゃらしみたいな玩具で遊んでもらうのもいいかもね」
「だな。けど子供とかがそう言うのを見て、魔物が身近で可愛い生き物だと認識したら困りものだが」
「野生だと可愛くても近づいたらパックリ食べられちゃった~とか普通にあるからね、この世界」
「そこは入り口に注意書きでも書いて、親御さんに言い聞かせてもらうしかないね」
『ピィィーーーィューーイ、ピューーィィューィ(そういう子には、野生コーナーを見せたら危険だって分かってくれるかもしれないわね)』
「そうだな。野生コーナーの魔物たちは喧嘩上等程度に抑えてもらってるが、本来なら自然界では普通に殺し合いをしててもおかしくない魔物たちが集まってるからな。
ここのほんわか空間に慣れ切った子供でも、向こうにいけば嫌でも魔物は危険な面もあるってのは分かってくれるか」
こちらの世界の常識からしたら、それら全てが自己責任でまかり通る世の中だ。魔物が危険なのは一般常識なのだから勝手に勘違いした奴が悪いと言えば、周りもそうだと言うような。
けれど日本の常識で言えば注意喚起しておかなければ何かあったときには、鬼のようにクレーマーが押しかけてくることもあるので、入り口に置く予定の簡易マップや注意事項にも、ちゃんと魔物の危険性や野生のものにはどんな姿であろうと安易に近づくなという警告文は載せておくことに決めた。
「そういえばここのメインを張るパンダちゃんたちは、この園の入り口から見て一番左奥に入る予定だっけ」
「ああ、なんかカルディナ城にいるパンダたちは白太がいないならいきたくないみたいだし、仲間たちもパンダが城内をポテポテうろついていないと寂しいとか言うから、けっきょく新しいパンダたちを用意することになったんだけどな」
「まぁ、私もいいたいことはよ~く分かるよ。ここに来ちゃったら、気軽に触れなくなっちゃうだろうし」
シロクマにも似た竜郎の従魔──白太やパンダたちのためのクマ牧場でもと思っていたのだが、どうやらシロクマというのは客観的に見て恐怖を与える存在らしいことが発覚した。
よくよく考えればデフルスタルなどと呼ばれ、かなり危険視されている魔物たちの超上位種なのだから、そうなるのもさもありなんといったところなのだろう。
「そりゃあ、野生で闊歩してるとことか目の前で見たら恐いけど、ガラス越しなら可愛いと思ったんだけどねぇ」
「こっちの世界の人からすれば、白太は見た目からしても恐い系らしいな。体の大きさとかも関係しているのかもしれないが」
この世界の常識的には白太は恐い系なので野生コーナー向き。パンダたちは可愛い系なので清福コーナー向き。
一緒にいたがるパンダたちの要望をきくには、この園のコンセプトには当て嵌めることができなかった。
それに白太自身もカルディナ城近辺で、いつでも竜郎のもとにすぐ駆け付けられる場所がいいというような感情まで伝えられてしまった。
なので結局カルディナ城からすぐそばにある場所を切り払い、そこに沢山の白太の系譜に繋がるクマの魔物たちを放牧し、そちらにクマ牧場を作ることにした。
「そっちは妖精郷の人たちとか、身内が楽しむようの牧場になりそうだね」
「パンダたちのおかげか、うちもクマ好きが増えたからな。いつでも大量のクマたちと戯れられる場所ができたって、なんか密かにウリエルも喜んでるみたいだし」
「ウリエルちゃんにも色々仕事任せちゃってるし、そういうところで癒されてくれるなら作る甲斐があるね」
そちらもこちらが終わったら近日建設してしまうとして、ひとまずこの一角に住まう予定の魔物たちに、それぞれ割り当てたケージの中に入って居心地を確かめてもらう。
パンダと同種の魔物たちや、ポニーとして見ても小さく可愛らしい馬の魔物たち。
人間の赤子ほどもあるモコモコのハムスターの魔物たちに、コアラとナマケモノが融合したような魔物たちや、とぼけた顔をした小さなダチョウのようなフォルムの陸上歩行型の鳥の魔物たち。
他にも子犬サイズで成犬の犬型魔物たちや、小さなネコ型の魔物なども多種多様、色んな好みに刺さるように用意してある。
とにかく見た目が可愛く温和な性格な魔物たちを放出し、それぞれのケージへと入って行ってもらった。
するとすぐに遊具で遊びだしたり、草の上を仲間たちと走り回ったり、ゴロゴロしたりと、さっそく可愛い行動を取りはじめる。
「うん。ここはあの子たちさえいれば安泰だね」
「だな。ってことで清福コーナーの残り一個も片付けていこう」
「ピィュー」「「────」」「「あう!」」
ということで、清福コーナーの最後の一角に手を付けていく。
地形を調査してから、望みの環境へと魔法で無理矢理作り替え、月読と一緒に竜水晶のケージで一気に覆う。こちらはつい先ほどとは違い、サファリ方式に近い様式だ。
「ここは正直、ウケるかどうかは分からないが……」
「でも好きな人は好きだし、一定のファンは付きそうな気はするけどねぇ」
清福コーナー最後は『湿地』。
暮らしてもらう魔物たちは両生類系や爬虫類系など、気持ち悪いと言う人と可愛いと言う人にハッキリ好みが分かれそうなラインナップを用意した。
「カエルとかトカゲとか、あとはヘビなんかも種類によっては確かに可愛いんだよな」
「そういう写真とか見ると可愛いよね。けど沢山いると、ぞわぞわってなるけどね、私は」
ここに暮らす魔物たちは薄暗くジメジメした環境を好むので、ガラスも特殊な加工を追加している。
具体的には外からは周りが明るければ真昼のように中を見渡せるが、実際のケージの中は薄暗くなるといった特殊な加工を。
こうすることでお客は見やすく、魔物たちは眩しくないはずだ。
「よし、皆確認してきてくれ」
「ゲコゲコッ」「シィィ──」「カラララララ──」
これまでとはかなり毛色の違う見た目に鳴き声をあげながら、両生類や爬虫類系の魔物たちがゾロゾロとケージの内部を探索しに向かう。
確かにそこにいる魔物たちは、どこかマヌケな顔だったり目がクリクリとしていて可愛いと言ってもいい見た目をしていた。
だがその一方で、こちらはどちらかと言えばマニア向けになるだろうとも予想しているので、前の二つ『妖精の森』『平原』よりも面積が狭くしてある。
こればかりは評判いかんでは別の区画に変える可能性もあるだろうとすら、竜郎たちは考えている。
「とはいっても、やっぱり色んな可愛いがあったほうがいいもんね」
「人気があるなら拡張したっていいわけだしな。長い目でここは見守っていこう」
ちらりとケージの中を見れば、人懐っこいトカゲ型の魔物が竜郎たちのほうを見て尻尾を振って挨拶してくれる。
こういうところを見てしまうと、普段そんなことを思ってこなかった竜郎や愛衣であってもトカゲの愛らしさが分かる気がした。
「よしここもこれでいいとして、後は最後の大仕事、水棲生物たちの鮮麗コーナーを作っていこう」
「早くルイーズちゃんや、リオンくんたちの反応も見てみたいしね」
こうして竜郎たちは入り口から見て右手側一面に広がることになる、超大型水槽の設置へと乗り出していくのであった。
次話は木曜更新予定です。