第261話 もう一体の主役?
「うーん……、この火竜くんをカッコいい枠とすると、うちの子パンダちゃんたちは可愛い枠だよね」
「そうだな」
「ねぇ、たつろー。カッコいい、可愛いがあるなら、綺麗枠も欲しくない?」
「なるほど、確かにそれはあるかもな。
……水棲魔物たち用の水族館ゾーンの客寄せのために、それっぽい魔物を配置するのはありかもしれないな」
とはいえ半端な魔物では火竜のインパクトに負け、子パンダたちの愛らしさに負ける。
どうせなら三大名所と呼ばれるほど、他の二種とも張り合える美しさとインパクトが欲しいところ。
「こっちもドラゴンちゃんにしてみるとかは?」
「だが一つの施設に竜が2体もいたら、さすがに他の国とかが警戒するかもしれないし、やめておいた方がいいんじゃないか?」
「そっかぁ」
変なところで常識的になろうとする竜郎だが、従順な上級竜が1体いる時点で手など出せないのだから、それが増えたところで他国は警戒のしようがないことに気が付かない。
想像できる危険の範囲を元から超えているのだから、今更2体いますと公開したところで「ああ、そうですか……」としか他は言いようがないのだろうに。
そんな一般常識外で語られる竜郎と愛衣、おまけで楓と菖蒲も加えた映え魔物会議はしばらく続き、《魔物大事典》とにらめっこしながらようやく結論が出た。
ちなみに火竜はいてもらってもやることもないということで、今は竜郎の《強化改造牧場・改》の火竜に合わせて作られた火山エリアでのんびりお昼寝中だ。
「でっかくて綺麗なクジラさんに決定! パチパチパチー」
「おー」「「ぱーちーー」」
竜郎と楓、菖蒲が愛衣に合わせて拍手をする。そして決まったとなると、あとは早かった。
さっそく創造に足りない素材を転移もフル活用して、あっという間に集めてくると、竜郎は《魔物大事典》に記載されている通りの素材を使って、その綺麗なクジラと呼称したの創造に入っていく。
「よし、できたな」
「強さ的には普通だから、すぐできちゃったね」
などと言っているが、魔物としての格を等級で表すと『8』。
最高レベルのレベル10ダンジョンでボスとして君臨していてもおかしくない上位の魔物。
上級竜には及ばないにしても、その力は下手な竜よりよっぽど強い。ちゃんと力を付ければ上級竜とだって戦いになるクラスだ。
「ブォオオオオオオォォォオオオオー」
「「ぶおーーー」」
「ふふっ、かわいい。にしても綺麗だねー、この子」
「ほんとだなぁ」
創造したクジラは竜郎が即席で用意した、宙に浮かぶ水だけの超巨大水槽の中を優雅に舞うように遊泳する。
全体的なフォルムは地球にいるシロナガスクジラが一番近いかもしれない。
その全体の大きさを倍の60メートル程にして、背ビレの比率はそのままに胸ビレと尾ビレをもっと大きく薄く引き延ばしたような感じだ。
だがしかし、このクジラにソックリな魔物は分類的には水棲哺乳類タイプではなく水棲爬虫類タイプで、よく見なければ分からないほど細かいが体皮は鱗に覆われている。
口を少し開けば黒曜石でできたかのような、キラキラとした黒い剣のような歯がズラっと並んでいる。普通の人間が噛まれれば、何の抵抗もなくバラバラに骨ごと切り裂かれるだろう。
目はつぶらでのんびりして見えるが、がっつりとした捕食者だ。
そして何と言っても普通のクジラと違う点は、全体的に派手で美しいところ。
お腹側の下半分ほどは薄く発光し角度によってキラキラと虹のように色を変え、上半分はベースは新雪のように真っ白でコロコロと動くたびに万華鏡のように変わる虹色の幾何学模様が描かれている。
「あの模様は本来は催眠効果があるんだよね」
「ああ、派手な見た目で捕食対象の視線を引き付けて、背中側の幾何学模様で術中にはめるって感じだ。
お客さんに見せるときは、そういう効果を発揮しないように言っておくのと、念のために水槽のガラス自体に効果を弾く魔法を付与しておく必要があるかもな」
「全く耐性のない人とかもいるし、念には念を入れといたほうがいいだろうしね」
また薄く大きなヒレは磨かれた白水晶のような質感で、まるで宝石のよう。
「実際は推進力もあるが獲物を切り裂くブレードの役割をしてるから、綺麗だけど触ると手がスパッといっちゃんだけどな」
「しかも水と同系統の色に変化させて見えなくさせたり、形を変えたりとか、普通に戦っても強いくせに搦め手ばっか使ってくるんだよね。いやらしい子だよ、まったく」
「今回は見た目重視だから関係ないが、同格の敵として出てきたらなかなかに厄介そうな魔物だよな」
他にも移動に虚実、攻撃などなど多種多様なスキルを有しているので、一般的な冒険者が海で出くわしたら何人いようとその日の食料にされてしまうことだろう。
「この子のレイアウトはどういう感じにする?
私的には某沖縄の水族館にいるでっかいサメさんみたいに、いろんな角度で見られるようにしてほしいけど」
「せっかく背中とお腹の色が違うんだから、そこはちゃんと映えるようにしたいよな」
竜水晶製の頑丈な水槽にトンネル通路をぶち抜くように設け、上下左右一面水槽の中を眺められるようにするのもいいかもしれないと大よその映えクジラのレイアウトを決めた。
大きく雄大で美しいクジラ。きっと火竜や子パンダたちにも負けず、魔物園の人気者になってくれるだろうと竜郎たちは確信した。
これにて魔物園の目玉となる魔物の想像は一先ず終わった。
そこで火竜、クジラの両名に名前を付けようという話になってくる。ちなみに火竜はメスで、クジラはオスだった。
「動物園みたいに一般公募とかはダメかな」
「あーそれいい────いや、だめっぽいな」
「え? なんで?」
「どっちも俺たちに名前を付けてほしがってる。
主と関係ないやつが付けた名前なんて嫌だって感じらしい」
「あー……ね。そりゃそうかぁ」
どちらも普通の魔物よりずっと賢い。
火竜の方など元の種は人間としても生まれられる種だったのを、魔物の竜として改造して生み出したのだからそれも当然だろう。
そこいらの魔物と違ってプライドもしっかりと持っていた。
竜郎たちには従順であっても、そうしろとでも言われない限り他の者に愛想を振りまく気などないのだ。
「これまでの○○太とか、○○美シリーズだと、こっちの人に受け入れられ難そうだな。
魔物園のアイドルになるんだから、馴染みやすい名前のほうがいいだろう」
「英語圏っぽいネーミングの方がいいかもねぇ。ファイゴーンにビックージラとかどお?」
「どお、て……。うーん……」
念のため両者に契約のパスを通じて聞いてみたが、愛衣の考案した名前ならそれでもいいとあっさり受け入れてしまっている。
どんな名前かより、自分たちの名付けに相応しい格を持った相手が付けた名前というほうが重要なようだ。
だがそれでももっといい名前があるだろうと、竜郎は再度頭を悩ませた。
そうして2人で仲良く悩んで決まった名前は──火竜『ヴィーヴル』、クジラ『バハムート』。
どちらも地球に伝わる伝説上の竜や怪物を参考にして付けた名だ。
何気に愛衣が最初に出した名前より若干食いつきがよかったように竜郎は思えたが、それを口にすることはなかった。
「さて、こうして名前も決まったことだし、土地の改造をしていこうか」
「できるだけ魔物くんたちにも過ごしやすい環境にしてあげたいしね!」
「ああ、それにただ箱に入れられているだけよりも、できるだけ自然なままの姿が見れたほうが、見ごたえもありそうだしな」
かと言ってサファリパーク式にしてしまうと、余計に安全面を問われたりと面倒くさそうなので、ある程度の人と魔の隔離は必要だろう。
「こっちは安全だって分かってても、赤の他人からすればそんなの分かんないしね」
「ああ、自分たちの住んでいる町の横で、野放図に魔物が歩き回っていると思われるのもよくない」
竜郎が命じなければ自分から脱走などしようとはしないのだが、ちゃんと囲って管理してますよ、出ようとしても出られないんですよ、という対外的な体裁は必要なのだ。
「だが幸い土地は有り余ってるし、規模も正確にリオンたちに知らせてないから、まだ融通も利く。
ある程度共存できそうな種同士は一緒にいて貰ったり、各々のスペースを広くしたりなんかも自由だ。
それぞれの種に合わせた、それなりに快適な空間は用意できると思う」
「だね。けどさ、それぞれのスペースを広く取ったら取ったで、お客さんの移動距離はどんどん伸びちゃうよね。
あの子が見たかったのに、移動時間だけで日が暮れちゃって閉園時間に~なんてなったら悲しいよ。
お子さん連れの人とかだと特に移動ペースもゆっくりだろうし」
「俺も考えていたが、やっぱり魔物園の中にも列車を引いた方がいいだろうな」
町とほぼ同程度、もしくはそれ以上の規模になってしまうのはこの時点でほぼ決定してた。
それならばきちんと移動手段を用意しておく必要はあるだろうとは、竜郎も考えていたのだ。
「あっ、ならさ! ここのは火竜──じゃなくて、ヴィーヴルちゃんやバハムートくん、パンダちゃんたちを模したキャラクターの列車とかだと子供たちなんかは喜んでくれそうじゃない?」
「それいいな! いかにも魔物園の乗り物って感じだ。帰ったらリアに相談してみよう」
「リアちゃんの仕事をまた増やすことになっちゃうのは申し訳ないけどね」
「最悪外装の作りこみは無理、または後回しでも、内装とかをそれっぽくするだけなら外注でもできるだろうし、それっぽくする方法は他にもあるだろうさ」
「おー! いいね、いいねぇ、夢が広がるよ~。
だったら移動中の列車内からでも楽しめる何かがあってもいいかも!」
「走ってる列車の横をガラスを隔てた向こう側で並走してくる魔物がいたり、中に水槽を設置して小さな水棲魔物を楽しんだり──なんてのも乗ってて楽しそうだな」
「だねだね! 竜水晶の水槽なら壊れて水浸しになることもないし!」
「なんならいっそのこと、水槽のトンネルを抜けるってのも面白そうだ」
「夜行性の魔物ゾーンの近くだと、列車内から不気味に光る眼が見えたりなんてのは?」
「そういうのもいいな! いろいろ区画ごとにこだわっても面白いかもしれない」
2人はすっかり列車の案だけで盛り上がり、楓と菖蒲はついていけずに竜郎が用意してくれた玩具で遊びだす。
そんなことをしていたものだから結局その日の目立った成果は目玉の魔物を2体生み出したくらいで、魔物たちの過ごしやすい環境に合わせた土地の改造に着手する前に日が暮れてしまい、それは翌日に回されることになってしまうのであった。




