第260話 魔物園の主役
こちらの世界において、普通に周りの国々とかかわりのある国の中では屈指の大国であるゼラフィムによる聖人認定は、カサピスティ国側からしても大ニュースなはずだった。
なのに思っていた以上に反応の薄い竜郎たちに、どこか腑に落ちなさを感じるリオンやルイーズだったが町の話となれば彼らはそちらを優先する必要がある。
竜郎が語りはじめる魔物園や遊園地についての説明に、しっかりと耳を傾けていった。
「……生きた魔物を大衆が見られるように展示する?
それも一体や二体じゃなく、大規模な範囲に何体も……?
タツロウたちのことだから大丈夫だとは思うけど危なくはないんだよね?」
これまで見せられてきたことからして竜郎が言うことなら問題はないとは思いつつも、リオンは立場上安全性について訊ねた。
「そこは安心してほしい。そこにいてもらう魔物たちは全てこちらの制御下にあるから」
「もうどこから突っ込んでいいのやら……」
既に町を守るために強力な竜を含めた魔物を3体も出しているというのに、竜郎の口ぶりからして百近い、もしくはそれ以上の魔物を全て自分たちの制御下に入れていると事も無げに言うのだから笑うしかない。
「環境やら見せ方なんかは一応こっちでやって見るから、あとから形が整ったらいいかどうか判断しに一度見に来てほしい」
「わかったよ。しかし魔物園か……、ルイーズはどう思う?」
「私ですか? うーん……一番最初に思ったのは食費が凄そうだなと。
我が国の軍にも戦力としてテイムされた魔物たちが沢山いますが、毎年の餌代がバカにならないほどかかっていますから」
「そっちも大丈夫だよ、ルイーズちゃん。パルミネっていう魔物のおかげでタダみたいなもんだから」
「あー、そういうえばお父さまが飼育許可を出したとかいう話を聞いたことがあるかも」
放っておけば無尽蔵に増え直ぐに溢れかえるほどの繁殖力を持つパルミネという、ネズミに似た魔物──パルミネ。
本体自体は群れたところでたいして強くもないが、その肉は御馳走とも言えるほど他の魔物を引き寄せるために飼育には特別な許可がいるため管理できる者も世界単位で少なく、テイマーたちにとっては従魔の機嫌を取るときに与えるような超高級飼料になることで知られている。
それを竜郎は個人的に育てる許可までもらっているので、いくらでも増えるパルミネはもはや数千体でもそれだけで飼育できるほどの数を用意できる飼料魔物になっていた。
「人間は食べられたものじゃないから全く惜しくないし、魔物にとっては美味しい魔物食材にも肩を並べられるほどの御馳走らしいからな」
「ねー。ララネストとパルミネのお肉を並べたら、ほぼ半々でパルミネの方を選んでた時は私もびっくりしたよ。毎日食べても飽きないみたいだね」
さらに最近は日本でペットフードという存在を知ったフローラが、豆太などのためにパルミネを使った従魔用のフード開発までやっている。
腐らせずに常温で長時間保存ができるそれが完成すれば、より魔物園の食事環境も楽になっていくだろう。
「我々にとってのララネストと同格の餌が毎日か……。
魔物にとっては見世物になろうとも、楽園と呼べる環境に思うものもいそうだね」
もし毎日ララネストが食べられるなら、人間でも展示されにやってくるものもいるかもな──。なんてことをリオンは密かに考えながら、さらに妹に質問を続けた。
「さきほど一番最初と言っていたが、食費以外にも思ったことがあったのだろう? それも聞かせてほしい」
「あー……、そうですね。非常に言いにくいんですけど……」
「こっちは気にしないから遠慮なく何でも言ってよ!」
「そう? じゃあ言うけど、魔物なんてわざわざお金を払ってまで観に来たいと思うのかなぁ~って」
「それは正直、私も思っていたところだ。
見ていて楽しいものという認識がこちらにはないんだが、そこのところはどう思ってるんだい? タツロウたちは」
そもそも従魔という例外はあるが、基本的に魔物は人類にとってマイナスなイメージが持たれている。
魔物が好きというのは、地球でいう動物が好きという感覚とは異なり、かなりマニアックな部類だという認識をリオンもルイーズも持っていた。
そんな魔物を物珍しさから入場料まで払ってくる見物しにやってきても、最初の数回程度で興味を失うのではないかとも考えてしまう。
手間をかけて場を整えたところで結局、採算度外視での営業になるのではないかという心配から来た言葉だった。
「え? 結構面白いと思うんだけどなぁ。例えばこの写真……絵を見てほしい」
「わぁ! 可愛い!」
「でしょ~!」
絵と言って竜郎が《無限アイテムフィールド》から出した印刷された写真には、愛衣に抱っこされた小さなパンダ……モドキが映っていた。
ルイーズはその白黒の小さなモフモフを見て可愛いと連呼し、愛衣は得意げにどれだけ可愛いのかを語り出す。
そんな女の子たちの様子から、おどろおどろしい凶悪な魔物ばかりではなく、こういう女性人気を得る路線もあるのかとリオンは小さく感心の声をあげた。
だが竜郎には可愛いだけでなく、まだまだ人々の関心を得る、まさに魔物園の主役ともなる存在を用意する気でもいた。それは──。
「あとは上級竜も用意するつもりだ」
「「上級竜!?」」
「ああ、安全に近くで上級の竜を見られるところなんて世界中でもここだけになるだろうな」
「ま、まさか町を守っているあの蠍竜──ドラスコをそちらに回す気かい?」
「いやいや、それはちゃんと町を守ってもらわないと困るからな。ちゃんと他の子を用意する当てがあるから安心してくれ」
「安心してくれって……。上級の魔竜なんてそこいらにホイホイいるもんじゃないはずなんだが……」
ところがどっこい、竜郎たちの周りにはホイホイいるのだ。
竜郎からすれば魔物園で働く竜は、地球の動く大きな恐竜ロボットくらいの認識でしかない。
子供がそれを見て泣き出し、大人が微笑ましくなだめる光景が彼の脳内には浮かんでいた。実際には大人すらビビり散らかしそうなものなのだが……。
「だがしかし……それが本当だとすれば確かに見たがるものは大勢いそうだね」
「ああ、それに人気が出たらキャラクターとして商品化するのもありだと思ってる」
「ドラゴンクッキー、ドラゴン饅頭、ドラゴン人形、ドラゴンストラップ。
もちろんパンダちゃんたちのとかも人気が出れば売れそうだよね」
「パンダちゃんの欲しい……って、そうじゃない。
アイちゃんたちはそこまで考えてたんだね。なんだかお金の臭いがしてきたよ……。
お兄様、これはもう商会ギルドも噛ませた方がいいのでは?」
「そうだな。黙っていたら私たちが恨まれそうだ。
それに人員から何からあそこのギルドなら、しっかりと用意してくれるだろうさ」
魔物園についてはあらかた説明を終えたので、遊園地のほうに説明はシフトしていく。
ただこちらは実際に見ないと想像し辛いものも沢山あったが、大人から子供まで楽しめる巨大な遊技場みたいなものだと認識したようで、それほど分かりづらいものでもなかったようだ。
こちらも形が整ったら一度見学することを確約させ、すんなりと話は終わった。
思っていた以上に説明に時間がかからなかったので、竜郎は場所を用意する前にとカルディナ城に戻るとすぐに魔物園の客寄せドラゴンを生み出すことにした。
魔物園の主役を張ることになる竜のイメージがしっかりしていたほうが、魔物園としての形も整えやすくなるのではと思ったのだ。
「素材はどの竜を使うの? たつろー」
「今回生み出す竜は特殊な感じじゃなくて、ドストレートな竜にしようと思ってる。
そうなると最近うってつけの素材を手に入れただろ?
迷惑をかけられた分、ここで返してもらうことにしようかなって思ったんだ」
「迷惑をかけられたってことは……もしかしてあの強盗竜?」
「実際にはその前に捕まえたから強盗未遂だけどな、それであってる」
そう、竜郎が生み出そうとしている上級竜には、九星家の名を使い盗みを働こうとして裁かれたエルチャーと呼ばれていた竜の魔卵。
首と頭は分断されていたが、綺麗な状態で双紅家元当主から貰ったものを素材として使わせてもらうのだ。
「文字通りその体でもって、魔物園の人気者を生み出す糧になってもらうんだ」
「でも、いちおう双紅家の血の入った竜だよね? 魔物園で見せていいのかなぁ?」
「イシュタルに聞いたらいいってさ」
「いつの間に……」
ただし姿をそのままにはやめてくれと言われていたので、むしろ竜郎にはちょうどいい。
さっそく作っておいた魔卵を《強化改造牧場・改》にセットし、生まれる存在の姿かたちを変えていく。
元のエルチャーはシンプルなドラゴン像より少し体が細く首が長めの竜だったので、そこをファンタジー映画に出てきそうな真っ赤な火竜へと修正した。
「おーカッコイイねぇ」
「「おー!」」
「だろう。この竜のフィギュアとかあったら、部屋に飾りたいくらいの出来だ」
小さな楓や菖蒲にもカッコよく見えたのか、イメージとして出していた映像を見てテンションが上がっていた。
竜郎も我ながらいい出来だと自画自賛しつつ、最後にもう一度チェックしてから魔卵を孵化させる。
「神力は使うの?」
「いいや。今回は素材が素材だけに、そんなことしたら半神竜とかになる可能性だってあるしな。
そんなの魔物園には置いとけないだろ。どれだけ言っても、大勢の人に見せるなら上級竜がギリギリだろう」
「それもそっか」
リオンたちがここにいてその会話を聞いていれば、上級竜でもギリギリアウトだと言いそうではあるが残念ながら彼らはここにいないのでツッコミは不在なまま竜郎が一気に魔力を注いで孵化が終了した。
「いでよ! 魔物園の主役!」
「ギャゥオオオオ!」
「「「おー」」」
現れたのは全長18メートルはあろう、圧巻の貫禄を持った真っ赤なドラゴン。
呼吸のたびに火の粉が舞い、その大きな翼をはためかせるだけで建物など吹っ飛びそうだ。
まだ生まれたばかりだというのに、明らかに上級竜の中でも上位に入りそうな威圧感を放っている──が。
「ちょっとその威圧感を弱めてくれ。お客さんが恐がるだろ」
「グゥルルルゥ……」
「そうそう、そんな感じだ。偉いぞ!」
「ギャゥオオ♪」
「魔物園にいるときはもっと凛々しく、威圧感は抑え目で頼むぞ」
「グゥルル!」
「うーん……、なんだか見た目はかっこいいのにワンコを見ている気分になってきたんだけど気のせいかな」
竜郎に非常によく懐く姿は、近所の人が飼っている犬のようで愛らしさすら感じてしまう愛衣。
楓と菖蒲も同じドラゴンというより、視線がペットを見るようなものに変わってしまっていた。
だがその火竜からすれば竜郎以外にどう思われようと気にした様子もなかった。
「じゃあ、次はこれに全力で火を吹き付けてくれ」
「ギャゥ! グルゥウウウォオオオ──────」
そういって竜郎が唐突に取り出しのは、竜水晶で作られた非常に透明度の高いガラスのような板。
火竜は理由すら考えず全力でその板に向かって、火炎の息吹──ではなくもはや火炎のレーザーとも言える竜力収束砲を放った。
その力は一国すら軽く滅ぼせる一撃だったのにもかかわらず、竜水晶ガラスには焦げ跡一つついていない。
他にも爪を突き立てたり、噛みついたり、踏みつけたり──などなど、様々な耐久テストをしてみたが、この火竜では月読製のガラスに傷一つつけることは叶わなかった。
「よし! これで見ている人にいきなりブレスを撃つパフォーマンスとかしても安心だな」
「え? 今のをガラス越しにお客さんに向かって撃たせるの?」
「動物園でもこういうのあっただろ、ガラス越しにシロクマが飛び込んでくるみたいなやつ。あれと似たようなもんだよ」
「あー! あれは確かにびっくりするよね。小さいころ見たとき大声で叫んじゃったの覚えてるよ」
竜郎もそうだが、こちらでは愛衣もなかなかに感覚がずれてきている。
シロクマの体当たり程度で国は滅んだりはしないのだから……。
けれどこれは大うけだ! と竜郎は早くリオンたちに見せて驚かせてやろうと、密かに悪戯心を芽生えさせたのであった。