第256話 ハウルからの呼び出し
スペルツを使ったカレーうどんを皆で食べてから、数日の時が過ぎた。
その間に竜郎はスペルツの量産体制を構築したり、果物の魔物であるラペリベレの品種改良に、今もカルディナ城の上に飛んでいる風神の巫女──セテプエンルティステルことルティの相棒ウゴーの治療とも言える改良、その他の食材となる魔物たちの管理……などなど、地球にいる時よりもずっと忙しない日常を過ごしていた。
そんな彼は今、愛衣にニーナ、楓に菖蒲を引き連れカルラルブの王都にやってきていた。
その理由はもちろんチャックやカルラルブ王に会いに……というわけではなく、スパイスの研究所のためである。
「こんなもんかな。どうだ? アーロン。ここで研究はできそうか?」
「ここが俺の研究所……はぁ……、生きててよかった……」
土地と建物は既にチャックたちが手を回して用意してくれていたので、スペルツが手に入ってからちょこちょこと体格のいい人種の中年男性アーロン──多種多様な香辛料で溢れるカルラルブでそれらを完璧に使いこなす腕を持つ料理人兼、スパイス研究家の彼の要望を聞きながら内装に手を加えていたのだ。
そして今日ようやくあらゆる設備が完成し、スペルツを使ったスパイス研究所がスタートと相なった。
そこはまさにアーロンが理想とする研究施設で、自分の店からもそう遠くないとまさに理想郷。
子供の様に目をきらめかせ、人の話が聞ける状態じゃない彼に代わって、その妻のネコ系獣人であるペネロペが口を開いた。
「これでいいみたいよ。にしても、こんなに立派な施設をほんとにうちの旦那が使ってもいいのかい?」
「いいんですよ。安くても誰も手を出さないような不味い肉を、香辛料の力で美味しくしたという実績は大きいですから」
「そうかい? ならいいんだけど」
旦那を褒められて嬉しいのか口元を少しニヤつかせるペネロペに、愛衣は「ふふっ」と笑った。
その間に正気を取り戻したアーロンと、内装づくりの間に彼と仲良くなった竜郎は、さっそくスペルツについて話していた。
「しかし〝スペルツ〟……、このスパイスは本当に素晴らしいな。まさに神が創りたもうた至宝と言っていい代物だ。
雑に他と組み合わせてもちゃんと素材の味も引き立たせてくれるし、本気でベストな組み合わせを探そうとすれば無限の可能性が目の前に広がる……。
これは俺の人生全てを捧げて研究するだけの価値がある」
「お、おう……、そうか。研究に必要な資金や材料はこっちで用意するから、遠慮なくやってくれ」
「ああ! 後悔はさせないぜ! くぅ~~こうしちゃいられねぇ! さっそく俺は取り掛かるぜ!」
「ちょっとアンタ! 店はどうするんだい!」
「仕込みはもう終わってる! あとはプリモに任せておけば大丈夫だ!」
「いつの間に……。まったく、こういうときだけ仕事が早いんだから」
味を左右する一番大事な工程は済ませ、あとは息子に放り投げるスタイルになっていきそうだとペネロペは苦笑しながら小さくため息をついた。
スパイスのために大陸ごと引っ越すほどの男だ。こうなってしまっては止まらないと、彼女はよく分かっているのだ。
そのしわ寄せは息子のプリモに大きくのしかかっていくことになるのだが、目の前の夫婦は不幸そうではないので親孝行として頑張ってもらおうと、竜郎と愛衣は彼に黙とうをささげた。
スパイスの研究についてはパトロンとして優先的に研究成果を見られることになっているので、アーロンが頑張ってくれる方が竜郎たちも嬉しいのである。
『フローラも色々と研究をはじめてるし、アーロンには彼独自のスパイスを開発してほしいところだな』
『どんなのができるんだろー。すっごい楽しみ!』
『ニーナもー!』
こうしてスパイスの研究所は、幸先の良いスタートを切ることができたのだった。
それからまた数日後。細かい作業をちょこちょここなしていると、ウリエルから竜郎のもとへと念話で連絡が入った。
『主様、ダンジョンの町について報告したいことがあるそうです。
会わせたい人たちもいるようで、都合のよい日を教えてほしいとのこと』
『おー、ダンジョンの町か。いろいろやって見てくれてるみたいだし、いつでもいいって言っておいてくれ。
今のところすぐにやらなきゃいけない予定もないから』
『承知しました。そのように先方にお伝えしておきます』
なんていう一幕があった3日後に話し合いの場が設けられた。
場所は何と話題となる本拠地、ダンジョンの町。そこに造られた町の統治運営を任される予定のカサピスティの王子リオンと、その補佐王女ルイーズの兄妹の仕事場となる庁舎。
ダンジョンの町はカサピスティ国にとっても重要な事業として扱っているおかげで、町の要ともなる庁舎は最優先で作らされ、内装も既に出来上がって家具なども運び入れられ、客人を受け入れるには十分な環境が整っていた。
他にもリオンやルイーズの暮らす屋敷もすでに完成し、あとは内装を整えるだけ。インフラ整備も町の運営に携わる貴族たちが住まう予定の区画は既に済んでいる段階だ。
着々と出来上がりつつある街並みに竜郎たちも改めて、ここに町ができるのだと実感が湧いてきた。
庁舎の豪華な客室に通され、フカフカなソファに座った竜郎たち。
ここにきたメンバーは竜郎、愛衣、ウリエル、楓、菖蒲の5人。ニーナは他の幼竜たちと今日は遊ぶ予定があると言って来ていない。
ちびっ子2人は離れないからだがウリエルがいるのは、カサピスティ側との交渉役を主に引き受けてもらっているので一緒に話を聞いてもらうためである。
「本日タツロウたちを呼んだのは、顔合わせと今後の打ち合わせを兼ねてなのだ」
「顔合わせ……というと、その後ろにいる人たちのことですか?」
話を聞く姿勢が整ったところで、王であるハウルがそう切り出してきたので、竜郎は彼の側にいる人たちに視線を向けていく。
ハウルの一番間近には宰相ファードルハ、宰相補佐のジネディーヌ、王子リオンと王女ルイーズが腰を掛け、その後ろには近衛隊長レスと見覚えのない人たちが立っている。
また別枠で竜郎たち側から見て対面にハウルたちがいて、テーブルの左側に2人、これまた見知らぬ人物が座っていた。
「ああ、そうだ。リオンとルイーズは知っているだろうが、他の者たちもこれから町に深く関わってくることになる。
さすがに町が出来上がる前に領主であるタツロウたちに顔合わせしておく必要があったのでな」
「領主……まぁ、間違ってはないですが、そう言われるとカサピスティ側の人間みたいですね」
「そうなっても私はかまわないんだがな」
「自由なほうがいいので」
「はっはっは、だろうな。こちらも町が今後どれだけ成功しようとも、これまで同様無理に誘う気はないから安心してくれ。
ではこちら側は後でいい故、まずはそちらから挨拶をしてもらおう」
「「かしこまりました、陛下」」
座ったままだが恭しく頭を下げた左側に座る人物たちは、顔を上げるとそのまま竜郎たちへと向き直った。
「まずは私から。この度、新たに作られる町の冒険者ギルドを任されることになりました、エディット・オロフソンと申します。以後よろしくお願いいたします」
「タツロウ・ハサミです。よろしくお願いします」
エディット・オロフソンと名乗ったのは、長く透けるように美しい薄水色の髪を後ろで三つ編みにした女性のエルフ。
軽く竜郎が精霊眼で観た限りでは、一般的に強者に属されるだけの力を持っていた。これまで何人か冒険者ギルドのギルド長にはあって来たが、その中でも一番強いのではないかと言うほどだ。
少なくともただのエルフではなく、中位エルフ以上なのは確定とみていい。
『ダンジョンの町ともなれば、実力のある冒険者さんたちもたくさん来るだろうし、これくらいの人じゃないと務まんないのかもしれないね』
『ですね。とはいえ世界最高ランクの冒険者である主様たちの領土で、不埒な真似ができる輩など、たかが知れていそうではありますが』
『そうは言うがな、ウリエル。強くても馬鹿なやつもいるだろうし、俺たちが後ろにいるって言っても変なやつはどうしても入ってはくるはずだ。
それでもこの人なら、ハウルたちが許可した人で実力もあるから安心して任せられそうだな』
竜郎たちがにこやかに挨拶を交わしながら、念話でそう評価を下していると、今度は彼女の隣にいた丸い眼鏡をかけたやせ型で黒髪の人種の男性が自然な笑みを浮かべながら恭しく挨拶をしてきた。
「私はこの度、新たに作られる町の商会ギルドを任されることになりました、マックス・ハウエルと申します。以後お見知りおきを」
こちらも意外なことに魔法使いとしてそれなりの使い手で、隣のエディットとは比べるべくもないが、冒険者としてもそこそこやっていけるのではないかと言えるほどだった。
『こっちの人……マックスさんも意外に強いんだね。見た目は痩せてるから弱そうなのに、凄いや』
『こっちの世界だと魔法とかある時点で見た目じゃ測り切れないからな。
けどもしかして、この町だと商人関係であっても腕っぷしは必要だと考えられてるのか?』
『たまたまなのかもしれませんが……、ここは世界から見ても特殊な町になるはずです。
はじめは予想外の出来事も多いでしょうし、最低限自分で身を守ることができる程度には……と商会ギルド側も考えたのかもしれませんね』
確かにそういうことも考えられるかと竜郎は納得したところで、ちょうどトップの2人がいるのならと、ちょうど今気になったことを訊ねてみることにした。
「そういえばエディットさん、マックスさん」
「はい、なんでしょうか?」「なんでしょう?」
「以前知り合った旧トネット国の冒険者ギルド長と、商会ギルド長のことなんですが……」
トネット国といえば、水の魔物メディクを探しに行った際に出会ったネロアから守ろうと交渉しに行ったのに、色々とそこの王が悪知恵を働かせて竜郎たちを巻き込み、その結果滅んだ国だ。
そこで冒険者ギルド、商会ギルドの長をしていた2人を、以前推薦していたことを竜郎は思い出したのだ。
そこまで言えば向こうもすぐに察してくれたようで、力強く頷き返してくれた。
「ペープはなかなか優秀な男でしたから、むしろ紹介していただき助かったくらいです。
彼もこれから私の補佐として、新たな町にできる冒険者ギルドを支えてくれることになっています」
「こちらも大体、同じですね。アニエス嬢は聡明で実力も高く、トネットからこちらに身を移し骨を埋める覚悟だと張り切っていましたよ。
彼女も冒険者ギルドと同じように、商会ギルド長となる私の補佐をしてもらうつもりです」
「そうですか。なら良かったです」
曲がりなりにも小国とはいえ、一国のギルドを任されていた2人だ。無能ではないだろうし、美味しい魔物の味も知っていることから全力でこの町を支えてくれることだろう。
『人事に横やりを入れたことで嫌な顔をされるかもと思ってたんだが、とくに冒険者ギルドや商会ギルドも問題はなさそうだな』
『よかったねぇ。アニエスさんたち。一時は王様に向かってぶっ殺してやる~とか言って殴りかかったくらいだったから、心配してたんだよ』
『そのアニエスさんは商会ギルドの方の方ですよね? なかなかアグレッシブな人のようですね……』
気になっていたことも聞き、ギルド関係の長たちの挨拶を終えると、今度はハウルたちの後ろにいる人たちが竜郎たちの了承を得てからリオン主導のもと挨拶をしはじめた。
「この者の名は、マーク・フーパー。町の治安維持における指揮権を持つことになっている」
マークはリオンの紹介を受けて、機敏に頭を下げて顔を上げる。
金髪の人種の男性で、強さ的には冒険者ギルド長であるエディットのほうが圧倒的に強い。
ただ一般水準で見れば十分に力もあり、どちらかと言えば文官気質な雰囲気も感じられるので、彼は頭脳派騎士なのだろうと竜郎は判断した。
『リオンたちが認めているなら、その能力はちゃんとあるだろうしな』
『だねぇ』
次に紹介されたのはリオンの護衛騎士の隊長と、ルイーズの護衛騎士の隊長。
前者はエルフの男性で、名前はアクセル・ルイサーチ。血縁的にはリオンの弟に当たり、中位エルフで魔法を得意としている。
後者は鬼人の女性で、名前はサンフリ・ヨウラック。2メートル近い大柄な体格だがレイピアの双剣使いで、非常に繊細な剣さばきで護衛をしつつ相手を切り伏せ突き殺すことを得意としている。
他にも運営に携わる長ったらしい名前の貴族を3人ほど紹介されたが、こちらは特に印象的なものはなく、これから関わることも少なそうだと判断したので竜郎と愛衣は愛想だけ振りまき顔だけを覚えるにとどめた。
ウリエルは自分と関わることがありそうだと、しっかりとその名前も覚えていたが。
こうしてこの町の運営の要となる者たちの紹介を終えたところで、さっそくその者たちも交えて今後の打ち合わせがはじまるのであった。
「では統治を任されることになっているリオン、お前がこの場を仕切れ」
「はっ。承知いたしました、陛下」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




