第249話 イドラの宝箱
状況が分からなくとも、この目の前にいる竜っぽいナニかと接触を試みる必要はあるだろうと考え、竜郎はまず無難な対応を取ることにする。
「急に引っ張り出して悪かったと思っている、ごめんな。俺はタツロウ、君は誰なんだ?」
「────」
「ありゃりゃ、嫌われちゃったねぇ」
謝ったうえで自己紹介したわけなのだが、相変わらず頬を膨らませたままソレはプイッとそっぽを向かれてしまう。
だがこれまでの立体化された絵のような存在たちと違い、明らかにこちらに反応しているのは間違いない。
レーラも初めてみるその存在に目をキラキラと輝かせ、興味津々と地球から持ってきたスマホで写真を取りまくっている。
そんな彼女はもはやいつものことだと誰も気にせず、いろいろ皆で話しかけてみるも尻尾をパシパシと地面に叩きつけるだけで、聞く耳を持ってくれそうになかった。唯一興味を持っていたであろうニーナに対してもだ。
「ふぅ……、どないしたものやら」
「はっはっは! なかなか手ごわいお子様だな!」
「お子様って。たぶん、この子の方がエンターよりも年上だぞ。
まぁ、精神的には幼そうだが…………そうか、お子様か」
「なんか思いついたの? たつろー」
「ああ、ちょっと試してみるか」
怒り方からして、どうみても精神年齢は楓や菖蒲とどっこいどっこい。
ならば彼女たちが機嫌を悪くしたときのような対処で何となるんじゃないかと、竜郎は《無限アイテムフィールド》からあるモノを取り出した。
「楓、菖蒲。あーん」
「「あう!」」
「あ! ずるい! ニーナも! ニーナも!」
「私も私も!」「うちもうちも!」
取り出したるは美味しい魔物シリーズのフルーツ『ラペリベレ』の果汁とピールを使い、様々な花から作り出された多種多様な極上蜜をフローラが甘党な妹やお子様たちのために果汁に合うように絶妙にブレンドし、それらを混ぜ合わせて作った最上級のキャンディー。
甘党な妹こと『ヘスティア』などは、今や常に携帯していないと落ち着かなくなるほどビンにぎっしりと詰めたキャンディーを持ち歩いている。
そんなキャンディーを竜水晶で作った可愛らしいビンから抓んで、楓と菖蒲の口の中に放り込む。
途端にちびっ子2人は蕩けたような顔で、そのキャンディーを口の中で転がし堪能する。
その姿を見てニーナや愛衣、千子も餌を待つひな鳥のように口を開けるので、そちらにも竜郎はキャンディーをぽいぽいと投げ入れていく。
さすがに爽やかイケメン大天使であるエンターにまでそうされたときは、『え? お前にも俺が食べさせるの?』と思わなくもなかったが、竜郎は流れのままに放り入れた。
レーラはレーラで氷で作った三脚にスマホをセットして動画撮影をしながら、タブレットに観察記録を打ち込み忙しそうにもかかわらず、氷の手を伸ばして私もくれというのでそちらに渡しておく。
そして自分の口にも放り入れ、「美味いなぁ」とその飴を味わう。
ラペリベレの果汁の甘さとハチミツのねっとりとした甘みの中にある爽やかな花の香りに、計算しつくされたかのように甘さに調和するラペリベレのピールの甘酸っぱさが口の中に広がり、分かっていても頬が緩んでしまう。
そんな竜郎たちの姿を見せつけられたせいで、キャンディーを食い入るように竜っぽいナニかが見てくる。
怒りなど忘れたかのように、「なにそれ、なにそれ」と表情だけでも分かりやすく物語っていた。
竜郎がキャンディーをもって右へ左へと動かすと、そちらの視線も会わせて動くので非常にわかりやすい。
「食べるか?」
「──っ!」
一粒抓んでみせると、コクコクと大きく頷き返される。
(この竜? は、言葉とその意味をちゃんと理解してるみたいだな。
けどあの輪郭しかない透明な体で食事とかできるのか?)
欲しがるということは食べられるのかもしれないと、竜郎がその口に向かってぽいっとキャンディーを投げると、餌をキャッチする犬のようにその竜?は飴を口の中に咥えこんだ。
「~~~~っ!!」
結果は、キャンディーの消失。透明なのだから、その行方も見えるのではと思っていたのだが、口の輪郭の中にはいると同時に消えたのだ。
しかも身を悶えさせて目が幸せそうに蕩けているところを見るに、ちゃんと味わって食べている。
解魔法でその経過を観察もしていたが、食べている間は空間がめちゃくちゃに歪んでいるということしか理解できない謎の現象だった。
「ほんとになんだ、こいつは」
その後、2個3個と餌付けしていくとあら不思議、竜郎へのマイナスだった好感度が、最上級まで跳ね上がり、すっかり懐かれてしまった。
尻尾を竜郎の足に絡みつかせ、ほおずりするようにくっついて離れなくなったのだ。
竜郎を取られたと楓と菖蒲はその竜を引きはがそうとするが、透明な部分に触れることができない。ニーナも不機嫌そうにしているから、少し離れてくれないかなというのが竜郎の正直なところである。
(しかし毎度思うが美味しい魔物食材は、交渉ごとにおいては下手なチートスキルよりチート級な効果を発揮するよなぁ)
そんなことを考えながらも、観察を続けていく。
キャンディーは食べられるし、向こうからこちらに触ることもできる。実際に竜郎には足に絡みついた尻尾の感触も、ほおずりされる感触もあった。
けれど楓と菖蒲から分かるように、こちらから触ることはできない様子。
さてすっかり懐いてくれたようなので、竜郎は再度話を変えてみることにした。これだけ懐いてくれているのだから、違った反応をしてくれるだろうと。
「さっきも言ったが俺はタツロウ、君の名前を教えてくれないか?」
「……? なまえ? わたしの?」
竜郎ももちろんのこと、まずこれまで一言も声も鳴き声も発しなかった竜?が喋ったことに全員が驚いた。
だが会話が成立するなら一歩どころか、十歩前進したと言っていい。竜郎はそのまま話を続ける。
「そう、君の名前だ。教えてくれないか?」
「えーと……たしか…………、いあ……いび……──いどら。たぶん それが わたしのなまえ」
「たぶん? そうじゃないこともあるってことか?」
「イドラって、あのひとは わたしのことを よんでたきがする。
でも もう あんまりおぼえてない。あのひととあったのは、わたしが うまれたばかりの ときだったから」
「そうか。じゃあ、イドラ。あの人ってのは誰なんだ?」
「マスターのことが だいすきなひと」
この時点で『あの人』『マスター』『イドラ』。少なくとも関係者は3人いる。ということが発覚した。
「君の、イドラのマスターの名前は?」
「マスターはマスター。なまえはないよ」
「じゃあ、その『あの人』の名前は?」
「あのひと は……わかんない。でもあのこがね」
そういってイドラはニーナを尻尾の先で指し示す。
「ニーナがどうかしたの?」
「あのひとと いっしょにいたひとに にてたの。
だからイドラね。あのひとが かえってきたのかもって さがしてたの。
あのひとがいれば、きっとマスターも よろこんでくれるから」
ニーナに似ていたと言われて思い浮かぶ存在は、彼女に座を譲った『ニーリナ』。
となれば『あの人』というのは、その身近にいた人に他ならない。
『ニーリナさんの身近って言ったら、九星の誰かって可能性もあるけど、一番可能性が高いのってイフィゲニアさんだよね?』
『そうでしょうね。となると気になるのは、〝あの人〟がイフィゲニアさんだとすれば〝マスター〟とやらは誰なのかしら?
前提条件があっているのなら、イフィゲニアさんが好きだった人ということになるけれど』
『ピィーュ、ピーィーィ?(もしかして、恋人とかかしら?)』
『面白い発想だけど、私はそんなの噂すら聞いたことがないわよ。
常に周りに誰かいるような人だったし、そんな人がいたらすぐに知れ渡っていたはず。
あの人はまさに絶対王者。神を除けば逆らえる存在なんて誰もいないのだから、隠す必要もないだろうしね』
『そうだよな。それに大好きな人ってのは別に恋人だけを指す言葉でもないだろうし、家族や友人だって〝大好きな人〟だろ?』
念話で仲間と相談しながら、竜郎はもっとイドラから情報が得られないか質問を続けていく。
「じゃあさ、イドラ。俺たちをイドラのマスターのところに、連れていってもらうことはできないか?」
「──ダメ」
あれだけ懐いてくれていたというのに、返ってきたのは完全な拒絶。空気すらも凍りそうなほど冷たい声に竜郎はまずいと、すぐに話題をずらしていく。
「じゃあ、話すことはできるか? 直接会わなくてもいいからさ」
「マスターは、おはなしできないから むりなの」
「話ができない……?」
ということは、イドラのマスターは死んでいるのかもしれない。となると、精神的に幼いであろうイドラに直接そのことを聞くのはためらわれた。
そこで竜郎は別のアプローチへと切り替えた。
「じゃあ、ここはどこなんだ?」
「イドラがマスターのためにつくった、たからばこ。
あのひとが、マスターがさびしくないように にぎやかにしてっていったから、がんばった」
イドラはそれが自分の役割であり、生きる意味だとばかりに、誇らしげに口の輪郭を上げて笑う。
「ってことは、ここにいるあの空の竜だとか、木や草、この湖なんかもイドラが作ったのか。すごいな」
「そう。すごいの」
「じゃあ、どうやってあれらを作っているんだ?」
「さいしょは あのひと がおしえてくれたものを、かいてただけだっただけどね。
あのひとがいなくなってからは みほんを そとからもってきて、それをみながらイドラが えをかくの。
ここにいるのは、イドラがきれいだなっておもったり、おもしろいとおもったこたち ばっかりなんだよ」
「つまり、俺たちをここに連れてきたのもイドラなのか?」
「そう。そのこがとってもきになったし、あなたたちみんな ほかとちがっておもしろいから、ここのじゅうみん にくわえたかったの」
「住民……ここでずっと暮らせってことか?」
「ちがうよ。わたしがかきおわるまで、ここにいてくれればいいの。
あとはここにいた きおく をもらって、かんせいさせればいいだけだから。
そうしたら もとのばしょにかえすから あんしんしてね」
記憶を貰う。外にいたスアポポたち一族が誰もここでの記憶を有していなかったのは、彼らの動く絵を完成させるために必要だったから。
そしてそれができたら、お役御免と外に帰してくれる。それが竜攫いの真実ということのようだ。
「どうやら帰してくれる気は、あるみたいやなぁ」
「とはいえスアポポ殿らの話を聞く限り、一人当たり50年ほどかかるのではないか?
それを全員分となると、イドラに任せていたら数百年は帰ること叶わぬということだろうな! あっはっはっ」
「いや、笑い事じゃないからね。エンターくん。
まぁ、最悪それまでここから出られなくても、私たちはそれくらいじゃ死なないし、終わってから、たつろーの転移で元の時代に戻ればいいって話だけど。さすがにちょっとねぇ」
「私はそれくらいなら全然かまわないけれど、地球で調べものもしたいから、痛しかゆしかしら」
「ニーナは暇だから帰りたーい。お姉ちゃんたちにも会いたいし。
ねえ、パパ。パパの魔法でここから出ることはできないの?」
「うーん。出るだけならできると思う。ただ座標がまったく安定しないから、あんまりやりたくはないんだよなぁ」
普段は転移先を指定して移動しているが。ここで転移をすると、その指定ができないのだ。
さすがに世界を飛び越えるなんてはないが、時代も場所も指定できず、どこにでるかはお楽しみ状態。好んでやりたいものではない。
とはいえ深海だろうがマグマの中だろうが、上空一千メートルだろうが。どこに出ようと竜郎たちのレベルや種族なら耐えられる。時代もすぐに転移し直せばいいのだから、大した問題にはならない。
なので最終手段として残しておくのはありだろう──とも竜郎は考えているのだが、イドラは話ができる相手なのだから交渉でなんとかなる可能性は高いだろう。
それに〝大いなる御意思〟とやらもまだ感じなければ、振り掛けるだけで美味しくなる粉の謎もまだ何も分かっていない。
今度はもともとの目的であるソレについて聞いてみようと竜郎がイドラに視線を戻すと、いつの間にかその輪郭が半分以上消えていた。
「消えかけてるぞっ。大丈夫なのか!?」
「だいじょうぶ。たくさん おはなししたから つかれちゃった。
きょうはもうおしまい。おやすみなさい。またあしたも きゃんでぃー ちょうだいね。ばいばい──」
「消えた……が、たぶん大丈夫ってことでいいのか?」
「ええんちゃいますか? 主様。明日も来るみたいやしね。
まだはじまったばっかり、のんびり行きまひょ」
「これもまた楽しめばいいのだよ! マスター」
「まあ、それもそうだなぁ。今日はひとまずここで──いや、もしかしてあれは使えるのか?」
「あれってなあに、パパ」
「それはな──っと、できた。これなら快適に過ごせそうだな」
竜郎がいう〝あれ〟とは《強化改造牧場・改》のこと。
その中に入ってしまえば野宿などせずとも、奈々を模した城──奈々城が作られているので、そこで快適にすごすことが可能。
問題なく発動し中に入ることもできた。
案外〝イドラの宝箱〟とやらでも暮らしていけそうかもしれない、などと思ってしまいながら、竜郎たちは快適な馴染みのある場所で一時休憩をとることにするのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。