第247話 宝物庫のカギ
夕飯時。竜郎たちが渡した食材を使ったものを、守護の一族たちに好きに調理して食べてもらった。
「「「「「ウガーー!?」」」」」
「「「「「キュィローーー!?」」」」」
「「「「「ギュアーーー!?」」」」」
結果はあちこちで本能のままに叫びだし、全身でその美味しさを表しながらむさぼりだすというもので、皆喜んでもらえているようで竜郎たちも出したかいがあったと微笑んだ。
その一方で竜郎たちは竜郎たちで、ここで育てている畜産魔物『モロンガ』と農作物『ケラボー』を貰ったので、そちらを《無限アイテムフィールド》に一度入れて複製してから食べてみることに。
「うん。美味しい……よね? たつろー」
「ああ、ちょっと最近舌が肥えすぎておかしくなってるだけで、これも充分美味しい部類に入るはず……だ」
決して不味くはない。けれど最近は美味しい魔物食材でなくとも、最高の野菜や調味料を使って食べていたので、どうしてもささいな雑味が気になるようになってきていた。
向こうは向こうでこちらのことも忘れ、美味しい食材に夢中になってくれているので、こちらはこちらで失礼かもとは思いつつも、好き勝手に貰った食材について語り合う。
モロンガの魔物肉は、やや獣特有の臭みが感じられ生で食べるのは今の竜郎たちには少し厳しい。
調味料を振りかけ焼くことで、それなりの味だと思えるようになったくらいだ。
「フローラはんなら、もっと美味しゅう調理できそうちゃう?
うちら素人じゃ、これが限界やけど」
「いろいろマイナスな意見が多いが、悪食ともいえる雑食性で繁殖力が高い。
それでいて食いでもあった上でこれくらいの味──となれば、食材としてみればなかなかに優秀ではないか? マスター」
「そうだな。エンターの言葉にも一理ある。それに獣臭さが気にならない人なら、全然いける味だろうしな」
「ニーナは結構好きだよー」
「「あうー」」
さすがドラゴンというべきか、ニーナや菖蒲と楓は普通にモグモグと食べていた。彼女たちは竜郎たちほど獣臭さは気にならないようだ。
とはいえチキーモとモロンガどっちがいいかと聞けば、考えるまでもなく前者を選ぶのは言うまでもないことではあるが。
次に農作物『ケラボー』であるが、こちらはなんとも──。
「おしいっ、て感じかしらねぇ」
「あー、まさに私もそれだね。レーラさん」
事前に聞いていた通り苦味があり、少し大人向けなピーマンに似た味がする巨大アスパラガスのような野菜。
だが愛衣の父──正和の畑で品種改良して作られた、日本から持ってきたピーマンの方が断然美味しい。
こちらは苦味がぼけているような味で、なおかつ若干の青臭さも鼻から抜ける。
よく噛み締めれば甘みがほんのわずかに感じられるが、逆にそれがいらないアクセントにもなっていた。
なので贅沢な環境にいる竜郎たちからすれば、どうしてもピーマンを食べればいいじゃないか──となってしまう。
「ただこっちも育成は難しくないらしいんだよな。
適当に魔法で耕した地面に植えて、水を撒いてれば数週間で収穫できるようだし」
「総じてここの食材は、コスパがいい! というやつのようだな、マスター。
外と交わりがない故に、内部でできるだけ効率よく食材を入手する手段を考えた結果がこれなのかもしれないな!」
これらの食材は別に竜郎たちでなくても量産と収穫が容易であり、一般的なスーパーにお安く陳列されていれば手に取る客も多いだろうというくらいの味は保証されている。
日々の糧を手間なく供給できるという点においては、エンターの言うようにかなり優秀なコストパフォーマンスを持つ食材たちと言っていいだろう。
「自分たちの方でも量産できるように、少し分けてもらおうかな」
「え? これが欲しいの? たつろー。いっちゃあなんだけど、正直私たちが用意できる食材の方が美味しいよ?」
「いや、確かにそうなんだが──」
今も現在進行形で、ハウル王たちが進めているダンジョンの町計画。
いろいろと他にも目的はあるが一番の目指すところは、特殊な死なないダンジョンで人を集め、そこで竜郎たちが用意した食材などを使って多種多様な料理を発展させていき、いつでもフラッとよれば楽しめる食道楽の町として機能させるというもの。
「素人考えだが料理ってのはメインの食材だけじゃなくて、いろいろな食材を組み合わせてこそ生まれるものだろ?
こういう安く手に入れられるお手頃な食材からも、いつか料理人たちが革命的な料理を作り上げてくれるかもしれない」
「つまりタツロウくんは、いずれ町にやってくるであろう料理人たちの選択肢の幅を増やしておきたいって考えたわけね」
「ああ、これを食べてたら、こういう俺たちの周りで日常的に見ないような珍しい食材も、今後は見かけたら入手していったほうが良いと思ったんだ」
「なるほどねぇ。確かにいろんな人が集まれば、いろんな料理を思いついてくれるだろうし、私たちがその〝いろんな〟の幅を広げていけば最終的にこっちの楽しみになると」
今は美味しい魔物食材でそれどころではなさそうだが、収まり次第これらの食材を少し譲って貰えるよう交渉すると決まったところで、竜郎たちも自分たちで持参した料理のほうをこっそりと口に入れたのだった。
結論から言って交渉はあっさりと進み、こちらが育てられるだけの魔物と野菜の種をこちらの食材と交換という形で快く譲ってもらうことに成功した。
やはり美味しい魔物シリーズの魔力には、何人たりとも抗えないのかもしれない。
一晩、大きな家を貸してもらって過ごした翌日。
日の出とともに活動しはじめた彼らに合わせるように竜郎たちも起床し、朝食を食べてからさっそく竜攫いが起きるという封印の鍵と呼ばれる場所まで代表であるスアポポと、ここで初めて出会った3人の竜であるトトポポ、ニケロロ、ケーレレに案内してもらった。
彼らの居住区をドーナツでいう輪の部分とするのなら、そこは穴にあたる場所に設置されていた。
現世界最強のエーゲリアの実母であるセテプエンイフィゲニアの秘宝が隠された場所と聞いていたこともあって、さぞかし凄い建物が設置されているのだろうと思いやってきたわけなのだが、そこは六角形になるように柱が等間隔に並べられ、その柱から横に太く長く伸びた棒が付いているだけの場所だった。
つまり見た限りでは、ここにはその横棒の付いた柱が六本あるだけなのだ。他にそれらしい建物はなく、六角形の内側にも何もない。
「探査魔法使ってもいいですか?」
「ああ、かまわんよ」
スアポポから許可を貰ってから、竜郎はカルディナとともに全力で探査魔法を展開する。
外に見えないなら地中に埋まっているのか? とも思ったが、そんな単純なことでもなく、この周辺の地下には何もない。
ならばと今度は柱を解析していいか断ってから、その六柱について解析してみる。
けれどなにやら強大な力が籠っているというのは分かるのだが、その内部まで深く探ることが竜郎と《分霊神器:ツナグモノ》で融合したカルディナの2人がかりであってもできなかった。
「うわぁ……。こりゃ無理だ。完全にお手上げだ。何にも分からない」
「うーん、たつろーでもダメならリアちゃんに応援要請する?」
「それはどうかしら。タツロウくんの解析よりは何らかの情報は得られるかもしれないけれど、おそらくこのレベルとなると、あの子の目でも頭が理解できないと思うの。
逆に見せていたら、なんらかのダメージを脳に与えてしまう可能性だってあるわ」
「リアはんでもあかんって、そらもううちでは想像もできひんわ」
「さすがあの、エーゲリア殿のご母堂であるだけはあるな! はっはっは!」
「いやいや、笑い事じゃないっての」
呑気に笑うエンターにツッコミを入れつつ、竜郎はどうしたものかと六本の柱をにらむように視線を投げかけていると、楓と菖蒲が彼の袖をくいくいと引っ張ってきた。
「ん? どうした? 楓、菖蒲。遊んでほしいのか?」
「「あう! にーねーたん! にーねーたん!」」
「にーねーたん? ああ、ニーナのことか。それが……ん?」
2人が指さす方角にいたニーナの様子が、少しおかしいことにようやくここで気が付いた。
いつもの小さい状態ではなく、通常の大きさだっために近くにいると視界に入りきらず、すぐに気が付くことができなかったのだ。
よく見ればなにか首を傾げるように頭を斜めにし、地面に立ったままボ~~っと六本の柱に囲まれた何もない内側を見つめて微動だにしない。
「ニーナちゃん。どうしたの? なにか見つけたの?」
「……………………」
「ニーーーナちゃ~~~~ん! 私の声、聞こえる?」
「──えっ? あれ? どうしたの? ママ」
愛衣がその力をもって大きくニーナの体をゆすりながら声をかけたことで、ようやくこちらに意識を向けてくれた。
そのことにホッとしながら、愛衣は彼女にそのまま問いかける。
「どうしたのはこっちのセリフだよ。さっきからずっとあっちを見てるけど、ニーナちゃんには何か見えるの?」
「え? ん~…………分かんない」
「分かんない? 見えないじゃなくてか?」
愛衣の質問に対する解答として適当なのは、『見える』『見えない』の二択であったにも関わらず、ニーナは『分からない』と答えたことに竜郎は違和感を覚えた。
「うん……。なんにも見えないけど、何かあるように思えてならないの。
でもね。どんなにじっと見ても、やっぱりなんにもないの。だから分かんない。それにね」
「それに?」
「あの柱の内側あたりから、誰かが呼んでる気がするの」
「誰か……。それは男? それとも女か?」
「ごめんね、パパ。分かんない。声は聞こえないの。呼んでる『気』がするだけなの」
何も見えないけどあるように感じ。何も聞こえないのに呼ばれているように感じる。
それは確かに『分からない』という答えが妥当だろう。
「スアポポさん。ニーナはこのようなことを言っていますが、似たようなことを言った、あるいは感じたりした人は今までいましたか?」
「いや、これまでそんなことを言ってきたものはおらんかった……。じゃがそれが本当だとすると、その子はいったい何者なんじゃ……? いったいどうしてその子には──」
「──じいさん。それはワシらが知らんでいいことだでね。それ以上は聞かんほうがいい」
事前にニーナについて言いくるめていたトトポポが、スアポポの追及の手をすぐに止めてくれた。
孫でもある彼の視線が冗談でないことを物語っていたことを察し、スアポポは黙って頷き、ニーナについて聞いてくるのを止めてくれた。
沈黙だけが流れる空気に耐えきれなくなった竜郎はダメもとでもなんでもと、思い切って別のアプローチを試みる許可を求めることにした。
「あの、スアポポさん。確か竜攫いが起こるのは、あのカギを締めているときにだけ起きるんですよね?」
「……お、おお、そうじゃよ。あの横棒があるじゃろう?
あれを持って、竜力を注ぎながら押しながら円柱の周りを引いて回るんじゃ。
そうすることで、ワシらでも緩んだカギを元の状態に戻すことができるんじゃよ」
「今は完全に締まった状態でしょうか?」
「いんや。週に一回くらいのペースで回してはおるが、あれは少しでも時間が経てばゆっくりと緩み始める代物。
前に回したのは4日くらい前じゃし、そこそこ緩んでおるはずじゃよ」
「なら、僕たちに回させてもらうことはできませんか?」
もしどこかに攫われたとしても竜郎には時間を超え、異世界にすら飛べる時空魔法がある。
それに攫われた人たちは誰一人帰ってこないということはなく、その間の記憶が無いだけで五体満足で帰ってきているので命の危機があるとも考えにくい。
何も起きない可能性の方が高いかもしれないが、ニーナが何か感じているのならナニかが起きる可能性は少なからずある。
となれば魔法などで調べても分からないなら、飛び込んでみるしかない──と、そんな考えに竜郎は思い至ったのだ。
だがそのカギを締めるというのは守護の一族に任された大事な役目。おそらく簡単に許可など得られるわけは──。
「おお、かまわんよ。好きにやってみるといいのじゃ」
「え!? いいんですか!? それって、大事な役目とかじゃないんですか?」
「もちろん大事な役目ではあるが、イシュタル様が信頼しておるお方たち。
それに何をどうしたところで、アレはどうにかできるものでも、どうにかなるものでもない不変のモノなのじゃ。
ならば好きにしてもらって構わないとワシは思ったんじゃよ。そして何より、そこのお嬢さんが呼ばれているというのなら、それもセテプエンイフィゲニア様のご意思じゃろうて」
「そういうことですか。なら、やらせていただきます。
皆もいいか? 念のため誰かが外から見ているってのもありだと思うが」
「うーん。私も気になるし、何が起きるか分からないなら、戦力は多いほうが良いんじゃない?」
「戦うことがのうても、ここにおる誰かのなんかが役に立つこともあるかもしれへんしね」
「そういうことだな! 私はどこまでついていくぞ! マスター」
「「あう!」」
「当然、私もこんな機会は次にいつ訪れるか分からないんだから、参加させてもらうわよ」
「ニーナも気になる!」
誰も反対することなく、鍵を締める役目を竜郎と一緒にやってくれるようである。
ならばと竜郎は念のためイシュタルとカルディナ城にいる念話が通じる全員に、これからのことを伝えておいてから、柱から突き出た棒をそれぞれの方法で押せるように位置どった。
それを確認してから、竜郎はさらに《分霊神器:ツナグモノ》で全員で一つの存在となったうえに、時空魔法でそれぞれを鎖のように繋いで、転移に近いナニかが発動しても万が一にもバラバラにならないように保険もかけた。
「スアポポさん。このまま竜力を流しながら、押せばいいんですよね?」
「ああ、そうじゃ」
「よし。それじゃあ、せーので行くぞ?」
竜郎の呼びかけに皆の返事が届いたのを聞き届けてから、彼らは「せーの!」の言葉と共に鍵を回しはじめるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。