第246話 大いなる意思
別に隠すことでもないと朗らかに笑いながら、竜郎たちをここまで案内してくれたトトポポ──その叔父にあたるムンポポはまず、その竜隠しを理解するにあたって必要なことだと、彼ら一族の歴史について最初に語りはじめた。
はるか昔。竜郎たちが出会った三種のうちトトポポたちの一族が、イフィゲニアよりこの地での守護を仰せつかった。
経緯としては武勲をあげ本国にて高い地位を望めば選べたと言うのに、性に合わないと彼らの祖先が断ったことがきっかけだった。
彼らの祖先は元々辺境の地でのびのびと暮らしており、身分などで縛られることを良しとしなかったのだ。
しかし功績を上げたのに何もないというのも、イフィゲニアたちからしたら問題だった。
そこで彼らが望むように本国に縛られない自由にのびのび振舞える場所で、かつ対外的に名誉ある職を与えるという名目で考えた結果、イフィゲニアが作った宝物庫の管理を任せることとなった。
管理と言ってもそれはイフィゲニアが当時の技術の粋を集め、自身の有り余る最古の竜としての力を全力で使って築いた強固などという言葉すら裸足で逃げだすほどの代物。最盛期の九星全員が本気で壊そうとしても壊せない、まさにチート級の宝物庫だ。放置していたところで、誰がその中のものに手が届くのか。
なので管理など本当にする必要があるのかという問題すらでてきそうなものだったが、帝の宝物庫を野放図にしたままというのもよくない。
周囲をいつイフィゲニアが来ても整っているように管理するという役割は必要だった。
さらにだ。ここに上級竜ほども力ある存在が管理するならばと、イフィゲニアはさらなる鍵の強化をほどこすことにした。
「ただでさえ破れないというのに、さらにですか。よほど大切なものが収められていたんでしょうね」
「さあなぁ。ワシらなんぞとは比べるのもおこがましい、殿上人様がお考えになることだがね。きっと必要なことだったんだわなぁ」
その鍵はイフィゲニアがたとえ死んでしまった後も、恒久的に安定したまま維持し続けられるものであり、その維持のために管理してくれている一族の力を借りることができる仕組みがほどこされていた。
「ワシらはそれを〝ネジ回し〟と呼んでいるだに」
「ネジ回し? ですか?」
「おお、ネジ回しだに。といっても見た目は、皆で一斉に石臼を回しているような感じだがね」
ムンポポは石臼と称したが、実際のイメージ的にはゼンマイ式時計が近い。
イフィゲニアが最後に施した鍵は、時間と共に綻んでいってしまうが、その代わりに強度を飛躍的に高めてるという特性を持つもの。
その綻びを守護の一族が竜力を注ぎながらゼンマイを巻きなおすようにグルグルと備え付けの装置を回すことで、最初期の万全な状態に戻すことができるのだ。
「んで、ここからが本題なんだけんども、セテプエンイフィゲニア様がお隠れになってからしばらく経ってのこと。ワシも生まれてないくらい昔だに。
ワシらの一族がみんなで鍵の綻びを戻すために、回しとっただがに。するってーとその途中でなんでか、一族の内の1人が消えちまったんだがね」
「それがさっきに言っていた竜攫いということでしょうか?」
「うむ、ムンポポのときもそうだった。ちょうどそのとき、ワシも近くにいたから覚えている」
「なぁにが覚えとるだぁ。じいさんは忘れとったじゃんか」
補足するように代表であるスアポポがムンポポの言葉に付け足すも、ついさっき覚えていないと言っていたのはどの口だとトトポポが笑いながらヤジを飛ばす。
「うるさいに! 今、思い出しただら! ──ゴホン。
まぁ、そこの孫が言うようにワシが近くにいたんだが、本当に瞬きしている間位にふいっと消えてしまったのだ」
「けど、当の本人はここでぴんぴんしてるよね?」
愛衣が誇らしげに胸を張るムンポポを、視線だけで指して首を傾げる。
「これはこれまで消えてしまった一族の誰にでも当てはまることなんだが、一度消え去っても大体40~50年もすれば何事もなかったかのようにケロッと、どこからともなく帰ってくる。
それもたったそれだけの期間だというのに、前よりもずっと強くなってな」
普通の人種からすれば20の若者が老人と呼ばれる年齢になるほどなのだが、彼らにとってはそれも数週間どこかに出掛けていた~くらいの感覚だった。
その感覚の違いにそろそろ竜郎も愛衣も慣れてきてはいるのだが、感覚的にはまだ理解はできずに苦笑した。
「強くなった……というのが気になりますね。ムンポポさん、いったい失踪していたその数十年の間には、何があったのですか?」
「さぁ?」
「いや、さぁて……」
まるで他人事のように肩をすくめるムンポポに、竜郎は思わず座布団の上で胡坐をかいたままガクッと床に手をつく。その姿を見てムンポポは、おかしそうに笑った。
「いやそうは言うてもな。ワシも他の奴らもそうなんだけんども、いなくなっていた間のことは一切覚えとらんのよ。
ただなんとな~く、帰って来たときにある程度の時間は経っとるんだろうなぁという不思議な感覚はあっただけんども」
「それはまたなんとも不思議な話ね。けれど記憶がないのに、あなたたちは何故そのことをセテプエンイフィゲニア様のご意思と呼ぶのかしら。そんな状態なら何も分からないじゃない?」
なんとも不可思議な現象に興味津々なレーラが、彼らがイフィゲニアの意思だという根拠についてそう問いかけた。
この話を聞く前に言っていた彼らは、その現象を尊いものだと確信しているとしか思えない態度だった。
強くなっていたから。害ではなかったから。という理由だけでは、その態度は少し不自然に思えたのだ。
「あ~なんというか……こう、表現するのは難しいだがね。その無いはずの記憶の空白の中で、ワシは大いなるご意思に触れていた、そんな感情とでも言うのか、それだけはなんか知らんが心に刻まれていたんだに」
「大いなる意思……。それをあなたたちは、セテプエンイフィゲニア様だと言っているだけで、直接的に確認したわけではないということでいいのかしら?」
さすがのその言い方は直接的過ぎじゃないかと、竜郎は慌てて好奇心のままに突き進むレーラを嗜めようとするが、言われた当の本人たちはのほほんとしたまま穏やかに笑っていた。
「まぁ、そー言われてしまっとそーなんだがね。あれはワシがはじめてエーゲリア様のお姿を拝見したときと同じあったけぇ、思わず跪いて崇めたくなるような、そんな気持ちだったに。
そんときはまんだイシュタル陛下もお生まれになっとらんときで、エーゲリア様は帝都の玉座にお座りになられてたときだった。
ほーなら、他に誰がおるに? この地に宝物庫を設置した、セテプエンイフィゲニア様以外におらんに」
そうだそうだと実際に竜攫いになったわけでもないスアポポやトトポポたちも、大きく彼の言葉に頷いた。
「今のを聞いてどう思う? レーラさん」
「んー……、それが絶対的な確証と言えるとまではいわないけど、確かに彼ら真竜から生み出された竜の血縁たちが抱く気持ちは本当に特別なものよ。
その他の、それが例え真竜を生み出した全竜神であっても、抱く感情の違いは彼らには絶対に分かるはず。
だからその空白の記憶の中に残った大いなる意思に抱いた感情が、まやかしでないというのなら、それは確かにセテプエンイフィゲニア様の意思だと思い至ってもおかしくはないわね」
「んだろう? やっぱりそうだっただに! いやぁ、ワシは幸せもんだがね~」
「「羨ましいのう……」」
クリアエルフのお墨付きまでもらったとばかりに、ムンポポは鼻高々に満面の笑みを浮かべ、スアポポとトトポポは心底羨まし気に自分にもその機会がいつか訪れることを願った。
「なるほど。だからセテプエンイフィゲニア様のご意思と言っていたのか。
それならもう一つ、質問をいいですかムンポポさん」
「おお、な~んでも聞くじゃんね」
「その竜攫いから帰還したときに、何やら粉塗れだった? というな話を聞いたのですが本当でしょうか?」
スアポポが〝粉を吹いていた〟という発言をしたことをしっかりと記憶していた竜郎は、ここにきた本題に繋がるかもしれない部分へと切り込んでいく。
「おーおー、そうだったに。ワシのこの緑色の鱗が何色かも分かんねーくれーに、灰色の粉塗れだったんだがね。
それをみてそこの小僧なんざ、お前は誰じゃー! って騒いで困っただに」
「し、しかたねぇだら。顔も見れんくれーに粉ふいとったら、ワシだって分からんに」
「ほーは言うが、ワシはお前の叔父だに? それでも分かって──」
何やら叔父と甥っ子が言い争いはじめるも、竜郎はその灰色の粉というものが気になって仕方がなかっため、半ば強引に割り込んで話の軌道を修正する。
「その現物は今はないんでしょうか?」
「ねぇよ。なんか舐めたら美味かったもんで、できるだけ回収して皆で飯にかけて食べちまったに」
もう何年も前の話。イシュタルが生まれていないということなら、千年以上昔のことだ。それがまだ残っているとは竜郎もさすがに考えていなかったので、少し残念に思いつつもさらに追及の手を伸ばしていく。
「では、その粉塗れだったというのは、ムンポポさんだけだったんでしょうか。
それとも他の竜攫いにあった皆さんも同様に、帰ってきたときは粉に塗れていたんでしょうか?」
「あー……どうだったっけね、じいさん」
「ワシも全部を記憶しているわけではないが、その記憶の限りでは……、全員が全員というわけではないはずじゃ。
現にワシが若いころ隣に住んでいたホーポポの姐さんは、帰って来たときに粉なんぞつけとらんかった。
けどよくよく思い返してみれば、同じように粉を付けて戻ってきたということは他にもあった…………と思う」
自信なさげに古い記憶をたどるスアポポの言葉に若干の頼りなさを感じるものの、それを信じるのなら美味しい粉とやらは確定ではないが、ついてくることもあるとまちまちな様子。
「なら、粉が付いていた人とそうじゃない人で、なにか共通点などはありませんか。
または同じようについていたとしても、違いがあったなどもあったら聞かせてほしいです」
「えー……どうじゃったか………………。そうは言われても、ワシもいい歳だ。全部を正確に覚えてはおらんから……、そう詳しいことを聞かれても困る」
「なら他に知っていそうな方はいらっしゃいますか?」
「知っていそうな者はいるだろうが、ワシと似たり寄ったりだと思うぞ。それでもいいなら、他の者にも声をかけてはみるが……」
「迷惑だとは思いますが、お願いできませんか……?」
「いやいや、迷惑なんて思っておらんて。イシュタル陛下が寄こした方のためというのなら、全力を尽くすのは当たり前のこと。
それに外の者が来るのは珍しいからのう。たまには、こんなことがあったほうが楽しい位じゃよ。
トトポポ、ムンポポ。他のもんたちに声かけて知ってそうなもんがいたら話を聞いてくれ」
「「おう、分かったに」」
スアポポの言葉を証明するかのように、嫌な顔一つせず大した情報も集まらないかもしれないのに2人は初めて会った竜郎たちのためにすぐ動いてくれた。
『なんかめっちゃいい人たちだね』
『イシュタルのおかげってのも大いにあるんだろうが、この人たちの心の根の良さは絶対にあるんだろうな』
突然きて場を荒らしているようなものなのに、こうもよくしてくれると竜郎も同じくらいにお返しがしたくなってくる。
今晩の食事には、《無限アイテムフィールド》に入っている美味しい魔物食材をふんだんに食べてもらおうと心に決めた。
そうこうしながら待っていると、あっという間に村中周って聞いてくれたトトポポとムンポポが帰ってきた。
しかし残念ながらスアポポから聞いていたのと情報に大差なく、それ以上の進展を見ることはできなかった。
こうなると後はもう宝物庫やその鍵を調べさせてもらう他ない。だがそうは言っても彼らはそれを守るためにここに暮らしている一族だ。
簡単に許してくれるはずはない──と思いつつも、ダメもとで竜郎が訊ねてみれば。
「構わんよ。好きに調べたらいい」
「いいんですか!?」
「構わないとも。イシュタル陛下が信頼している者たちを信頼できないというのなら、それはもはや陛下を信頼していないと同義。
ただワシらも、そこを守る責任というものがあるからのう。それでトトポポたちを付けさせてはもらうことになるが、よろしいか?」
「ええ、もちろんです。こちらも、やましいことをする気は毛頭ありませんので」
「なら心配はないの。であれば、今日はもう遅い。一晩ここに泊まってから、明日の朝にでも行って来たらどうじゃろうか? 大したもんはだせんが、我々一族と晩飯も一緒に囲もうではないか」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらうことにします」
好好爺のようにニコニコ笑うスアポポに、竜郎も同様に笑顔でそう返した。
「では、こちらからもお礼というわけではないのですが、食材を提供させてもらってもいいですか? 自慢の食材がいくつかあるんですが」
「それはいい! 外の食材なんてほとんど食べんからのう。今から楽しみじゃ。
それも自慢というからには、さぞかし美味しいのじゃろう?」
「ええ、そこは保証しますよ」
竜郎がそう言うとまだ食べてもいないというのにトトポポやムンポポは何が出てくるのだろうかとヨダレをすするような音が聞こえ、スアポポも今日の楽しみが増えたと、そのシワだらけの顔に、さらに深いシワを刻んで笑うのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。