第244話 守護の一族
イシュタルから貰った許可証を渡し、それを最上階の目立つ場所に飾られる所までしっかりと見届けて……というより見届けさせられてから、竜郎たちは国のトップ層たちに見送られながらゼラフィムを後にした。
次の目的地であるエトカニー大陸は、竜大陸から妖精大陸を挟んだ向こう側に位置する大陸。
竜郎たちはまともに上陸したことのない場所でもあったので、ゼラフィムのあるオウジェーン大陸からニーナの背に乗り北西方面に向かって舵を取る。
空気抵抗で消し飛ばされてしまうような軟な人間は誰もいないので、あっという間に大陸の上空までやってくると、竜郎は改めてマップを出して位置を確認していく。
竜の秘宝があるとされているのは、エトカニー大陸の東北東の端の方。少し中央まで寄り過ぎていたので、ニーナに頼んでゆっくり目的地に向かって進んでもらう。
やがて背の高い鉄のような質感の壁にプラスして、それに沿うように上空からの侵入を防ぐ結界に覆われた区画が見えてくる。
「あの壁と結界?みたいなんは、天魔たちが建てたもののようやなぁ」
「だねぇ。等間隔で天魔さんたちが守ってるみたいだし」
「となると聞いた話だと~──あった。ニーナ、あそこの大きな砦みたいなところの前に降りてくれ」
「はーい」
友好国でもない国が少し離れた場所にあるというのに、まるでゼラフィム国の軍事拠点かのような立派な砦が鎮座しており、その前へとニーナがゆっくりと降りていく。
当然空にいた時点でニーナの姿に気が付いていたが、それを見ても誰も慌てることなくこちらを見上げていた。
それどころか砦の上にいた数人の兵が歓迎するかのように、竜神教のシンボルが書かれた大きな旗を笑顔で振ってくれさえもしていた。
「もうこっちにも話が通ってるみたいね」
「さすが世界でも有数の強国だけはあって、仕事が早いな」
どうやら竜郎たちが国境でこちらに行くという情報を掴んでからすぐに、教皇たちとあっている間の時間を使って連絡を取ってくれていたようだ。
立派な鎧を着た位の高そうな天族の兵が複数の部下を後ろに引き連れ、ニーナが降りるあたりでビシッと直立不動で出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました! そちらは冒険者のハサミ様一行で間違いありませんでしょうか!」
「はい、僕が竜郎・波佐見で間違いありません。その様子ですと、もうお話も聞いていらっしゃいますね?」
「はっ。失礼のないよう対応しろと仰せつかっております」
「そうですか。こちらが教皇様より受け取った許可証です。お確かめください」
ハキハキと聞き取りやすい声で受け答えしながら、非常に丁寧な所作で砦の責任者らしき男性が許可証を竜郎から受け取り内容を確認していく。
「ありがとうございます! 確認が取れました! では……えーと、門を開きましょうか? それともこのまま上を飛んで行かれますか?」
「門を開けるのと結界を解くのでは、どちらが手間でしょうか?」
「どちらも大差ありませんので、こちらへのお気遣いは無用であります」
「なら、このまま空から失礼させてもらいます」
「はっ、了解であります! 砦の上の結界を解け!」
天族の責任者がすぐに後ろに号令を出すと、砦の上の部分だけがぽっかりと穴が開いたように結界が解けていく。
それを《精霊眼》で見届けながら、またニーナの背にみんなで乗りこみ砦の上を、天魔の兵たちに笑顔で見送られながら悠々と通り抜けていった。
「はっはっは! さすが私の同胞! 気のいい者ばかりであったな!」
「うちはあないな堅苦しいのんは、ちょい苦手。むしろこの子たちみたいに、のびのびしてるほうが好きやわ」
「「うーう?」」
規律の整った天魔種の兵たちをエンターは気に入ったようだが、千子はそうではないようで、自由なちびっ子2人の頬をツンツンとつついた。
「いや、楓たち並みにあの人がのびのびしてたら不味いだろ。
と、ニーナ。そろそろまた降ろしてくれ。ここからは守護してる一族を刺激しないように、のんびりと歩いていこう」
「分かった! 皆でお散歩だね!」
降り立ったのは人の気配が一切感じられない、森林の中。
竜郎は念のためカルディナを自分の中に収め、ニーナも体の大きさは通常時のままでいてもらう。
これだけハッキリ竜でございと言わんばかりに存在感を前面に出して堂々としていれば、少なくともいきなり侵入者だ!とはならないはずだ。
『ピュィー』
「ああ、向こうもこっちに気づいて向かってきてるな」
自分の中にいるカルディナと会話をしながら、竜郎は人数と場所を確認しながらそのまま歩みを止めずにのんびり進んでいく。
「数は12──思ってたより多いな。奥の方にはもっといるみたいだし」
「あら、そうなのね。昔、私が聞いたときは10人ちょっとって話だったけれど、あれから住民の規模も大きくなったようね」
相手は全員が上級竜という、この世界においては特例を除けば最上位の生物だ。
だというのに一切慢心した様子はなく、向かってきている12人の竜たちは3人1組で3方向に別れ、竜郎たちのいる場所を取り囲むように移動している。
残りの余った1組は、どこにでも補助に入れ、いざとなれば後方の仲間の元へ撤退できるような位置取りにどっしりと控えている。
こちらがほとんど力を隠してないとはいえ、この警戒心。さすがイフィゲニアに宝の守護を任せられた一族だと竜郎も感心した。
同時に理性的で話せばすぐに分かってくれそうだという印象も受け、安心する。
さぁいったいどんな竜たちがやってくるのかと身構えていると、左右ではなく中央から迫ってきた竜たち3人がひょっこりと顔出した。
同一種族からなる一族かと思っていたが──。
一番前にいたのは3メートルほどの大きさで、両腕の表側の骨格が平たく盾のように六角形に広がって野太く、上半身は同じように筋骨隆々。けれど下半身はスッキリとした、2足歩行型の薄緑色の鱗を持った竜。
その左斜め後ろにいるのは真ん丸な目が特徴的で可愛らしい顔つきをした、非常に細身で焦げ茶色の鱗をした6メートル級の竜。
右斜め後ろには美しい蒼い鱗をしたヘビに竜の翼を生やしたような、全長8メートルはありそうな竜。
──と、3体ともそれぞれ違う種類で竜郎たちは目を丸くする。そして竜郎たちがぼけーと見上げて観察していると、その薄緑色の鱗をした体格のいい竜がキョトンと首を傾げた。
「おしら、ここでなーにしてるに? こーこは立ち入り禁止だで? 間違ったんならすぐに帰ってほしいだに」
「変わった話し方だな……。って、そうじゃなくて」
少しイメージと違ったが、竜郎は慌てて本題を切り出していく。
「あなた方は、初代真竜セテプエンイフィゲニア様の宝を守るように仰せつかっている一族の方々でしょうか?」
「ん? いかにもワシらがその一族のもんだけども、あ~もしかしてお国の役人さんけ?
にしてはなんぞ、竜以外の種がちらほらいるけども……?」
「いいえ、役人とかではありません。ですが、こちらにイシュタル陛下からの許可証もあります。お読みください」
「イシュタル陛下の!? ちょっとその許可証とやらを見せてみん!」
竜郎がポンと出したこの一族用の許可証を差し出すと、慌てた様子でそれを薄緑の竜が受け取った。
すると竜郎サイズだった用紙が、目の前の竜のサイズに一瞬で切り替わる。
「あの紙、あんな仕掛けがしてあったんだ」
「どうりで竜に出すには小さい思たわ」
聞かされていなかったギミックにこちらが驚いている間に、向こうは3人でその許可証を回し読みしていき、全員が間違いないことを確認し終わった。
すると大きな声で周りに叫んだ。
「こん人らは、わしらの客人だ~! イシュタル陛下からのお墨付きもあるに~!」
すると一瞬ザワザワと周囲の様子が乱れるが、目に見えてこちらへの警戒心が解けていくのを竜郎たちは肌で感じた。
後ろに控えていた1組は他の仲間たちに知らせに行ったのか、脱兎のごとく後方へと去って行き、左右の組もゆっくりと去って行く。
「いやぁ~、仕事以外の客人なんて久しぶりだに! 歓迎するでね」
「ありがとうございます。僕は竜郎、波佐見と申します。よろしくお願いします」
「わしはトトポポ。よろしくな~タツロウ。あとおしら役人でもないなら、堅苦しいのも無しにしときん。そういうの苦手だでね、わしらはみ~んな」
「は、はぁ。では遠慮なく、よろしくトトポポ」
「ぬははっ! よろしく頼むに!」
なんだか田舎のおじさんに会いに来たような気さくさに、竜郎は思わず笑ってしまいながら他のメンバーたちも紹介していく。
それが終わると向こうの残り二人からも自己紹介を受け、焦げ茶の竜はニケロロ。蒼い竜はケーレレ。という名前だと判明した。
ちなみに竜郎たちが聞いた話では、○○ポポという名前は薄緑色のトトポポと同じ竜種。
○○ロロという名前は焦げ茶色の竜種。○○レレとなると蒼い竜種という名づけの決まりがあり、さらに伸ばし棒が名前についていると女性を表しているとのこと。
なのでこの3人で言えば、ケーレレだけが女性ということになる。
男女の区別が見た目では全くつかない竜郎からすれば、名前ですぐに男女が分かるのは素晴らしいと密かに思っていたのは秘密だが、カルディナと愛衣にはしっかりばれているのも秘密である。
「そういえば、私が聞いていた限りだとあなたたちは単一種族から構成されていたと思うのだけれど、今は3種混合の種族になっているのね」
「お~、レーラは詳しいな。確かに一昔前まではワシと同じ種だけだっただに。
けんども外から嫁や婿が来てくれたことで、種族も増えたじゃんね。ありがたいことだに」
「なるほど。外から新しい血を入れたのね」
「エーゲリア様も自由にしりんって言ってくれたもんでね。おかげで生活も変わったに」
トトポポは樹魔法が得意な種族。ニケロロは土と闇魔法が得意な種族。ケーレレは水と氷魔法が得意とそれぞれ分野も綺麗に分かれていたため、生活自体も多様性を産んだことで一族もより大きく膨らんだのだという。
「おー、そういえばタツロウ。イシュタル様は元気だか? お疲れだったりしないだか?」
「ん~最近は国の中がごたごたしてて忙しそうだけど、元気ではあるよ。毎日もりもりご飯を食べてるし」
「ごたごた? は気になるけども、たくさん食べるのはいいことだに。んじゃあ、エーゲリア様は息災け?」
「おねーちゃんもとっても元気だよ!」
「「「────え?」」」
ニーナが大好きなおねーちゃん──つまりエーゲリアの話になったことで、竜郎とトトポポたちの話に割って入ってきた。
それ自体は別に良かったのだが……、エーゲリアをおねーちゃん呼ばわりしたことで場が一気に凍り付いた。
「お、おねーちゃんっていっただか? エーゲリア様のことをわしは言っただに?」
「え? そうだけど……ニーナなにか変なこと言った?」
「あー……、変なことは言ってないよ。でもややこしいことにはなったかも」
「ど、どどど、どういうことだに!? エーゲリア様に妹様がいらっしゃったなんて聞いてないだに!?
それにこん子は真竜さまでもないじゃんね!?」
「お、落ち着いてくれ、トトポポも他の2人も。
なんというかこの子はエーゲリア様のお気に入りというか、そう呼んでくれと本人から言われているくらい仲がいいんだ。だから決して不敬とかそんなんでもないからな」
「「「エッ──エーゲリア様のお気に入りぃいい!? は、ははぁ~~」」」
「「きゃっきゃっ」」
突然の土下座──というより土下寝に、楓と菖蒲は遊んでいると勘違いしたのか上機嫌に笑いだす。
そんな2人を愛衣に任せ、竜郎はニーナに平伏する3人の頭をあげさせる。
「3人とも頭を上げてくれって! この子はお気に入りではあるが、イフィゲニア帝国では無位無官で特別な地位についているわけでもないんだから、そんなにかしこまる必要はないんだぞ」
実際にニーナが望めば、竜王に匹敵する地位がほいほい手に入るのだが、それは言う必要はないので目の前の真実だけを告げておく。
だがニーナのさらなる一手で、また状況がこんがらがることになる。
「そうそう、パパの言う通りだよ! ニーナはパパの子なんだから」
「「「ぱ、ぱぱぁ~!? は、ははぁ~」」」
「頭が痛くなってきた……」
「ニーナまた変なこと言った?」
「いや、うん。別に気にする必要はない。でもとりあえず、楓たちの相手をしてあげてくれるか?」
「んん? はーい」
ニーナが無位無官であったとするのなら、普通に考えてエーゲリアと親しくなることすらあり得ない。
ならばその父親だと言われた竜郎が、真の権力者なのだと勘違いされ、今度は彼が土下寝されることになってしまった。
だがある意味では彼らの仲間たちが大勢いる場所ではなく、3人しかいない場でのことならまだ傷は浅い。
この3人に言い聞かせるだけでいいのだから──。
そう前向きに自分に言い聞かせながら、竜郎は事態の収束に取り掛かりはじめるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。