第243話 教皇との話
この国のトップクラスの権力者である枢機卿複数人に丁重に扱われながら街中を歩くことで、余計に目立つ竜郎たちは目立ちに目立ち両脇に民衆の壁を築きながら中央教会へと連れられて行く。
このせいでエンターは次代の枢機卿、もしくは教皇様になるお方なのでは……などという囁き声まで耳に届き、本物の枢機卿たちと同じように竜郎は苦笑を浮かべた。
「おっきー!」
「大きいとは聞いとったけど、ほんまに大きいなぁ」
「はっはっは! これは壮観だな!」
ニーナや千子、エンターなど初めてこの天魔の国で最も重要とされる、他国にとっては王城とも呼べる教会を見上げ目を丸くしていた。
竜郎や愛衣たちも初めてではないにしろ、やはりその教会の大きさには感心する。
なにせ大きい建物なら竜大陸でも見慣れていたが、一か所だけが縮尺が狂ったように大きいのだから違和感が凄いのだ。
「そうですね。我々に対しては大きすぎるものではございますが、我らが主たる竜神様が入れぬ大きさなどありえませんのでこのようなことになっております」
「らしいですね」
自分たちが崇める神が入り口で詰まるような建物など論外という考えの元、その教会は大人の真竜──つまりエーゲリアほどの大きなドラゴンですら窮屈な思いをせずに入れるほどに巨大なものになっている。
実際に彼女たちがこの教会に来ることはないと思っていてもだ。
そしてさらに教会の正面入り口の前に立てば、高さは雲をも貫き何処までも伸びているかのように見える虹色に煌めく幻想的で美しい塔が突如目に飛び込んでくる。
こちらにも初見であるニーナたちはもちろん、知っていた竜郎たちですらもやはり少し驚いてしまう。
この塔は妖精郷ほど隠匿性はないものの、それに近いことをなすダンジョン産の魔道具で空間を歪ませて建てたらしく、普通の方法では入れないようになっていると以前レーラから聞いた話を竜郎は思い出す。
そこには極めて高い位を持つ信者しか足を踏み入れてはならない決まりになっているということも同時に。
「よろしければ、あちらの塔の中を見学なされますか?」
「え? いいのですか?」
『興味はあるけど中には入れないんだよなぁ』という考えが顔に出ていたのか、そのような声を枢機卿の1人からかけられ竜郎は思わず変な声をあげてしまう。
「本来であれば大国の皇帝や王であっても絶対に許すことはありませんが……、イシュタル陛下と親交のあるあなた方ならば、それを曲げてでも足を踏み入れてよいのでは──と私たちも考えています」
「それは教皇様もですか?」
「はい。竜神様のお孫様から直に許可を得ることができるほどに近しい人間であれば、我らにとっては信徒でなくともただの信徒以上の存在も同然。
竜神様への畏敬の念を込めて造った塔なのですから、親しい仲でもあるあなた方が臨むのであらばやぶさかではないのです」
「なるほど……?」
いまいち彼らの納得の仕方というのか、心情には共感しにくいところがあったが、竜郎は愛衣が「やったー、あそこに入れるってー」と無邪気にニーナや楓、菖蒲に話しかけている姿を見てなんでもいいやと素直に受け入れた。
巨大な真竜を称えた彫刻がほどこされた門の隅にある、普通の人間サイズの入り口から竜郎たちは中央教会の中へと足を踏み入れた。
内部は芸術作品のような細々とした彫刻がほどこされ、外見の美しさにも負けず劣らず素晴らしい。
けれど王侯貴族の城のように豪華絢爛というわけではなく、シンプルな白と黒を基調にした美しさで非常に品がいいように思えた。
信者たちが座るための長椅子が並び、その最前中央には見上げるほどに大きな真竜を模しているであろうプラチナの彫像が。
その像をぐるっとなぞるように回って裏手に来ると、ドラゴンサイズの扉の脇にちょこんと普通の扉があった。
『実際にイシュタルちゃんたちが来るわけでもないのに、ちゃんと全部の部屋におっきい扉を付けてるんだね』
『そうね。むしろ彼らにとっては自分たちが通るための扉こそオマケみたいに思っているんじゃないかしら』
念話による愛衣の言葉に対するレーラの返答を裏付けるように、小さいほうの扉は見た目が悪くない程度に装飾がされているのに対して、大きい扉のほうはこれでもかというほど気合を入れた彫刻がほどこされていた。
そしてその扉を越えた先には大きな広間のような空間が広がっており、さらに奥に行った場所に教皇が準備を整え待っているのだという。
物珍し気にチラチラとあたりを見渡しながら、枢機卿たちに案内されるがままに教皇がいると言われている部屋へと入っていった。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
中は応接室……というには少し違う気がするが、それに近い雰囲気を感じる部屋だった。
だが入った瞬間に敏感な者なら分かるほどに、この部屋と外の空気がなんとなく違うことに竜郎たちは気が付いた。
けれどその違いについて探る前に、1人で立ったまま静かに待っていた様子の教皇であろう見た目が4~50代ほどの男性に声をかけられたことで中断される。
その落ち着いた柔らかな声をかけてきた教皇は、漆黒の翼を4枚生やし枢機卿たちと同じような祭服にプラチナを織ったような細い帯を腰に巻き、首からは真竜の形を模したプラチナ色のシンボルを付けたネックレスを垂らしていた。
よく見れば他の枢機卿もネックレスをしているようだが、シンボル自体は祭服の中にしまっていて見ることはできない。
そこにも、教皇と枢機卿の格の違いがあるのだろう。
「ではお言葉に甘えて」
竜郎たちは各々教皇らしき男性に挨拶をしながら、目の前の1人1脚ずつ用意された白黒のデザインの綺麗な椅子に腰を下ろした。
竜郎たち全員が座ったのを見届けてから、机を挟んだ対面に教皇が腰を掛け、その後ろにここまで連れてきてくれた枢機卿たちが腰を落ち着かせた。
ゆっくりとした動作で教皇自らお茶を入れ、竜郎たち一人一人にふるまい、人心地ついてから話が進みだす。
「今回わざわざこちらまでいらっしゃったのは、なんでも竜の秘宝が眠る地へ赴くために、我々の警備網を通る許可が欲しいとのことでしたが……間違いはございませんか?」
「はい。そちらも善意でやっていることのようですし、無視して通るのも気が引けましたので」
「気を使っていただきありがとうございます。ということでしたら、こちらに私と枢機卿全員の連名による許可証を用意させていただきました。
これがあれば誰であろうと否を唱える我が国の兵はいないでしょう」
最高権力者とナンバー2たちの許可証なのだから、そりゃそうだろう。と思わずツッコミを入れたくなるも、竜郎はにこやかにお礼を言いながら教皇が差し出してきたアルミのような質感の薄く軽い金属板を受け取った。
その板にはしっかりと許可の内容が刻印されており、何人たりともこの所有者たちの足を止めること許すべからず。これを拒否するならば破門の末、国賊として誅する──というニュアンスの強い言葉まで記載されていた。
もしこの国の兵がこの許可証に反すれば、恐ろしい未来が待っているようだ。
あまりにも強烈な内容に若干顔が引きつりそうになったが、それも我慢して《無限アイテムフィールド》に丁重に収納した。
それからもう用は済んだからさようなら──という流れにならず、異様に話が上手い教皇につられるように竜郎たちは世間話に花を咲かせることとなる。
急ぐ旅でもなければ、普通に教皇との話が楽しいせいもあって普通にそれを楽しんでいた──のだが、その世間話に混ぜるようにして振られた話題によって少しだけ緊張感が生まれることになる。
その話題というのも──。
「カルラルブ……ですか?」
「はい。カルラルブです。少し小耳にはさんだのですが、ハサミ様たちは彼の大陸の王と親しいのだとか」
「え、ええまあ、どちらかという王というよりも王子のほうが僕は親しいですが」
僕はというのは、例えばここにいるもので言えばエンターなどは実はカルラルブの戦闘狂とも呼べる王といつの間にか仲良くなっていた。
アーサーやランスロットなども、王子であるアクハチャックたちよりも王の方が親しい。
というのもあれから暇なときにちょくちょく今も元気で戦いに飢えている王に、稽古と称して模擬戦をさせて上げているからである。
アーサーたちも強くなりたいと必死に食らいついてくるカルラルブ王と、波長が合ったのかもしれない。
「おお、そうなのですね。いやぁ、私たちはなかなか外の国に出ることはかないませんので、なかなかそういう人たちとお知り合いになる機会がないのです。羨ましい限りです」
「は、はあ」
「ときにハサミ様。そのカルラルブなのですがね、なぜかエーゲリア様が治めていらっしゃる島との交易許可が降りないそうなのです。なぜかご存じではありませんか?」
「……なぜそのようなことを僕らに聞くのですか?」
「いやいや、ほんとうに少しだけ気になっただけなのです。
だってあれほど素晴らしいガラス製品という独自の交易品があるというのに、何故降りないのだろうと」
目の前の教皇は何の裏もなく、ただの世間話といったようにしか見えない柔らかな笑みを浮かべている。
実は過去にカルラルブがエーゲリアを殺して食べようと考えたことがあるから、セリュウスさんを含む側近眷属たちが未だに激おこなんです──なんていう事情を知らなければ、その言葉に裏などないとすぐに信じてしまいそうなほどに。
だが知っているからこそ探りを入れてきていることに竜郎はすぐに気が付き、素人ながら笑顔を必死で取り繕った。
なぜなら彼らは初代真竜はもちろんのこと、エーゲリアやイシュタルへの無礼は絶対に許さない。
たとえそれが大国でもあるカルラルブであろうとも、真実が知られれば敵国扱いされておかしくないのだから。
アクハチャックは現在、ニーナのカルラルブガラスによる像を製作中で、まだ本当の解決には至っていない。
それでもしかしたら解決するかもしれないのに、いらぬ諍いを天魔の国と起こさせるわけにはいかない。
竜郎はできるだけ言葉を選んで、カルラルブをかばうことを決めた。
「ああ、そうなのですか。ですが教皇様が気にかけるような面白い話ではなく、少しだけ双方を繋ぐ糸が絡まってしまっていただけなのでしょう。
もうしばらくすれば、許可もおりると思いますよ」
カルラルブの話題が出てしまった時点で、竜郎は一瞬顔に出してしまった。
相手は長命種の天魔種でありながら、老いが表に出ているという時点でかなりの年齢なのは間違いない。
そして教皇という地位に上り詰めるだけの能力もあるのだから、その時点で何かあったことは確実にばれたと考えていい。
だからこそ何かあったこと自体を誤魔化すのは無理だと、そこだけは正直に伝えた。
「ほお、そうなのですね。それは良かったです。それでその絡まっていた原因とは何だったのでしょう。気になりますなぁ」
「その気持ちも分かりますが、些細なこととは言え国家間のこと。僕の口からはこれ以上語れませんよ」
そして気になろうが言う気はありませんよと、きっぱり境界線を引いてから、揺るぎない真実も付け加えることにする。
「それにカルラルブに行った際に、イシュタル陛下にそのカルラルブガラスをお土産に買って行ったら喜んでいただけました。
有名な職人の作品で、今でもちょくちょく眺めて心を癒しているそうですよ」
「ほぉっ! そうなのですか!? イシュタル陛下がっ!? それは素晴らしいっ!!!」
その証拠に現皇帝であるイシュタルには思うところはないようですよ~という意味で竜郎が嘘をつく必要のない本当の話題を出したのだが、その瞬間教皇からカルラルブのことはすっ飛んでしまった。
イシュタルという生神とも呼べる存在の情報を聞いたことで、その顔は心からの笑みが浮かび興奮で赤くなっている。
目もギラギラと輝き、さきほどの落ち着いた男性のイメージが崩れ去るほどだ。
『この人イシュタルちゃん大好きなんだねぇ』
『いや、それを言うなら、その後ろの人たちもな』
『お、おぉ……、ほんとだ。子供みたいにはしゃいでる……』
そのテンションの上がり方は異常なほどで、とくに信仰心のない竜郎たちからしたら引いてしまうほどの勢いだった。
「な、ならば我々もカルラルブガラスを塔に収めたほうが良いかもしれませんね。いかがでしょう、皆さん!」
「「「「「その通りですね!!」」」」」
「そ、それでハサミ様。なんという方の作品なのでしょう。イシュタル様と同じものを用意してもらう事はできるでしょうか。そうでなくても、似たような作品でも──その特徴は──」
などなどすっかりイシュタルが気に入ったと言われる作品のことに夢中になり、カルラルブに対しての探りは完全に消え去った。
こんなことなら最初からこっちの話を出しておけばよかったと、密かに竜郎は思うのだった。
結局その後、エーゲリア島との交易許可が降りない国として怪しんでいた天魔の国ゼラフィムは、カルラルブガラスを購入することになったようだ。
イシュタルが気に入ったということから、これからカルラルブガラスの需要はこの国でも跳ね上がることだろう。
そんな一幕がありながらも、竜郎たちはいよいよ教会の正面から見えた、高位の信徒でなければ入れないと言われていた虹色の塔へと行くことになった。
移動方法はまさにこの部屋が転移ポイントのようになっているようで、そのせいで外とこの部屋の空気が違ったのだと竜郎たちは納得した。
そして教皇が魔力を部屋に満たしたことで床一面に発生した魔法陣によって、竜郎たちは虹色の塔へと招かれる。
「「うーっ!」」
その塔の内部は大人しくしてくれていた楓、菖蒲が思わずはしゃいでしまうほどに、キラキラと虹の光が舞う美しい場所だった。
「本来は教会と同じく白と黒を基調とした塔を造ろうと計画されていたのですが、この場を守るために使った魔道具によって、このような虹色に輝く塔になったと伝え聞いております」
「そうなのですね。それでここは、いったい何のための塔なのでしょうか?」
「ここは竜神様の神物や、我々の気持ちを形にした物を奉納する場所になっております。
分かりやすく言ってしまえは国宝を納めている場所、といったところでしょうか」
「なるほど。けど神物……? といいますと?」
「おみ足の形を刻まれた大地を切り出したものであったり、お食事をなされた後に残された魔物の残骸だとか、他にも歯に詰まったものを取り去るときに使った木でしたり──」
セテプエンイフィゲニアの『神物』というものだから、どれほどのお宝が眠っているのかと聞いてみれば、自慢げに語られる内容からしても竜郎たちからすればなんとも──。
『それって……、イフィゲニアさんが出したただのゴミなんじゃ……』
『それは絶対に口に出しちゃだめよ、アイちゃん』
『う、うん……』
……という感想が出てしまうような物ばかりだった。
けれど彼らからしたら本気も本気で、最上級の力と技術を用いて当時のままの状態を全力で維持して守っているのだとか。
そしてあれやこれやと『神物』について語り尽くしながら、塔の内部に実際に飾られている品々まで見せてくれ、ついに塔の最上階までやってきたところで、突然佇まいを正して教皇を正面に枢機卿たちまで並びだした。
「と、ここまで来ていただけばお分かりになられたでしょうが、ここは我らの宝とも呼べるものを納めているのです。ですので、ここでお願いがございます」
「は、はい。なんでしょうか」
「……イシュタル様が直にサインをしたという、我々に見せるために用意された許可証をここにお納めしていただけないでしょうか」
「え? 許可証をここに?」
「いえ、分かっております! 分かっておりますとも! それがどれほど貴重な物なのかも!
ハサミ様たちも手放したくはありませんことは重々承知でございます! ですがそこをなんとか、お願いできないでしょうか!
この塔で厳重に永遠にそのままの状態で保存し続けることをお約束いたしますので、どうかっ!!」
今日、ここで教皇たちから許可証を貰ったことでもうイシュタルからのここでの許可証は必要なくなった。
竜郎からしたら《無限アイテムフィールド》の肥やしになるか、捨ててしまうかの二択の運命をたどるはずだったものに過ぎない。
だが彼らからしたら、竜郎たちもそれを持っていたいものだと思ってしまっているようだ。
『ねぇ、たつろー。この人たちにあげようよ。なんかすごく欲しがってるしさ』
『あ、ああ。これであげなかったら鬼だろう……』
竜の一族たちに見せる許可証は別にある。この国の教皇たちが、それを使ってなにか画策するということもまずないだろう。
だったらまぁいいかと竜郎が許可証を出して渡すと、教皇たちはいつぞやの門兵たちのように滂沱の涙を流し膝をついた。
「ああっ、本当にこの御恩、我らゼラフィム国は永遠に忘れは致しません!
なにかお困りごとの際は、是非我らのことを思い出してくださいませ!!」
「は、はあ……」
こうして竜郎たちは、紙一枚でゼラフィムからの全幅の信頼と友情を得ることに成功したのであった。
「いいのかなぁ?」
「本人たちが納得してるんやったら、それでええ思うで。アイはん」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。