第241話 イシュタルの許可
翌朝、ガウェインを除く全員が波佐見家へと集結し、約40日ぶりに異世界へと旅立った。
カルディナ城にて異世界にいた皆に帰還の報告をしつつ、日本で検討していたスペルツというスパイスの魔物についての今後の行動方針についても情報共有しておいた。
そのときに今回の旅の同行者たちも決まった。
今回竜郎についてきてくれるのはおなじみの愛衣、楓、菖蒲、ニーナに加えてカルディナとレーラ、魔王種でもある吸血鬼の千子、半神格者であり大天使のエンターという布陣。
カルディナは、一応竜の一族に会うということで竜郎も竜になれるように保険として付いてきてもらうことになったから。
レーラは長年生きてきて噂すら聞いたことのないスペルツという魔物が気になるからというのと、もしかしたらこれから行こうとしている場所の竜の秘宝について何かわかるかもしれないからという知的好奇心から立候補。
千子は『たまには外の血も吸いとうなってきたなぁ』とのこと。極上の血を持つ仲間たちから摂取するのもいいが、たまには微妙な血も吸ってみたくなるらしい。
そしてエンターは、ちょうど天魔の国にも行くことになっているので、同じ天魔の彼についてきてもらったほうが向こうも心を開いてくれやすいのではないかという打算から竜郎が声をかけた。
同じ天魔種の仲間としては亜子に彩やフレイヤもいるが、亜子に関しては性格的に外交が必要な場に連れていくのも……と思ったからであり、彩とフレイヤに関しては存在しないはずの聖と邪を同時に保有する〝完全なる天魔種〟なので誘うのはやめておいた。
もしかしたら天魔の国の上層部に通常のエルフ種がクリアエルフの存在を感じ取れるのと同様に、完全なる天魔種を見抜ける天族か魔族がいるかもしれないのだから。
「そういう意味ではエンターも少し驚かせてしまいそうではあるが、まぁそのくらいなら大丈夫だろう」
「そうねぇ。だって彼、絶対に現教皇より天魔種として格の高い種族だってのはすぐに分かってしまうでしょうし」
とはいえあちらは宗教国家。ある程度の格は求められるが、トップである教皇に求められるのは信仰の深さとこれまでの実績である。
同じ天魔種としてどれほど優れていようとも、そこが変わるわけでもないのでニーナのように存在が発覚したところで面倒事にエンターが巻き込まれることもないはずだ。
こうしてメンバーも決まったところで、次に竜郎はイシュタルへと念話を送った。
『今いいか? イシュタル』
『タツロウか。構わないぞ』
竜郎は今回の目的地と、なぜそこに行きたいのかを簡潔にまとめてイシュタルに説明していった。
『なるほど。だがそんな振りかければ美味しくなる粉などという羨ましいものがある、などという話は聞いたことがないがなぁ……』
『無駄足だったとしても、他に目ぼしい情報もないし行ってみたいんだ。
だから許可をしてくれないか? イシュタル』
『まぁ、タツロウたちのことは信用しているし、それで美味しい魔物が見つかればこちらとしても嬉しい限りだ。
明日の昼食のついでに、必要な書類を用意して持っていこう。
それさえあれば、あそこを守護している一族は問題なく迎えてくれるはずだ』
『助かるよ。あと天魔の国の方なんだが……、そっちはイシュタルの名前を出してもいいのか?』
『そちらに見せるための書類もちゃんと用意しておくし、私の名前が必要ならだしても構わない。好きに使ってくれ』
『ありがとう。けど向こうはイシュタルのことを知っているのか?』
『ん? どういう意味だ』
予想していなかった質問に、イシュタルから純粋な疑問の声が上がった。
だが竜郎は、これは聞いておく必要があると最初から思っていた質問でもあった。
『前にカルラルヴに行ったことがあっただろ?』
『カルラルヴ? 確かチキーモを探すために行っていたな。
あのときに貰った土産は今も大切にしているぞ』
『それは良かった。んで、本題なんだが。あの国は今もエーゲリアさんが帝位についていると思っていた上に、おそらくイシュタルの存在すら知らないかもしれないんだ』
『ほお、そうなのか。まぁ、あそことは本当に繋がりはなかったしな』
『それはそうなんだが、そもそもイフィゲニア帝国ってのは、カルラルヴに限らずそれほど外に情報が流れるような国でもないだろ?』
『ああ。基本的に外の国々が関われるのは、母様の島くらいなものだからな』
『だろ? そのエーゲリアさんにしたって、表立って先帝だとは言っていないわけだし。
だからイシュタルがセテプエンイフィゲニアさんの孫娘であり、現皇帝であることもしらないかもしれない。
まさかハナから疑ってかかられることはないだろうが、知らないなら知らないなりの対応を、こっちもしたほうが良いんじゃないかと思ったんだ』
竜郎たちの身分も世界最高ランクの冒険者。信仰の対象でなかったとしても、天魔の国においても高い信用は最初から得られているはずだ。
なのでたとえイシュタルの存在すら認知してなかったとしても、嘘だと突っぱねられることはまずないだろう。
けれど知らなかった場合あちらもイフィゲニア帝国に失礼があってはならないと、血眼になって情報収集する羽目になってしまうことも目に浮かぶ。
なんと言っても、彼らの信仰する総本山と言ってもいい国なのだから。
『そういうことか。合点がいった。確かに妖精郷ならいざ知らず、他の外国はほぼ未知の大陸と思っていい場所だったな、我が国は。
けどな、タツロウ。天魔の国──ゼラフィムに限っては、その心配はいらない』
『そうなのか?』
『ああ、あの国には他国と違って多少なりともこちらの情報を把握している。
基本的にばあ様を信仰している時点で我が国の国民たちも悪い気はしていないし、あちらから無用な接触をしてこようとすることもない。
むしろ一攫千金を狙って竜大陸に入り込もうとする前に、そういった馬鹿どもを外から食い止める防波堤にまでなっている。
だからこちらも、それなりに彼の国が望む情報を当たり障りのない程度に流しているんだ』
『そうだったのか。じゃあ、イシュタルのことも当然?』
『もちろんだ。私が帝位を継いだときも、大量の祝いの品を送って来たくらいだからな。知らないわけがない』
祝いの品などは求めていなかったのだが、下心のない純粋な喜びの気持ちが詰まっているだけに断るのも悪い気がしてしまったんだよなぁと、そのときのことを思い出しイシュタルは苦笑を浮かべる。
『なるほど。ならイシュタルから書類を受け取るだけで良さそうだな。
あとちなみになんだが、いちおう聞いてみたいことが1つ』
『聞いてみたいこと? なんだ?』
『やっぱり今も、その竜の秘宝とやらは誰も知らないままなのか?』
別に暴き立てる気は竜郎も持っていないが、竜の秘宝などと言われてしまうとやはり興味を持ってしまうようだ。
イシュタルはその質問に、ははっと小さく笑った。
『知らんな、本当に。それこそ母上も、ばあさまの側近であったアルムフェイルですらな。
ただ私が幼いころに聞いた話ではニーリナとエアルベル、トリノラの古参3人は知っていたようだったと母上もアルムフェイルも言っていたが』
『そうなのか。けどニーリナさんもいなくなった今、誰も知る者はいないと……。微妙に気になるなぁ』
『おいおい、気になったついでに封印を破壊しようなどとは思ってくれるなよ』
『さすがにちっぽけな好奇心のために、そんなことをしようとは思わないから安心してくれ』
冗談交じりなイシュタルの言葉に、竜郎も笑いながらそう切り返す。
『それじゃあ、聞きたかったことも聞けたしこれくらいで。忙しいところ悪かった。それじゃあ、また明日』
『ああ、また明日』
こうして現皇帝の許可も取れたところで、竜郎たちは一先ずそれぞれの異世界での日常へと戻っていった。
翌昼。宣言していた通り、イシュタルが側近眷属であるミーティアを連れてお昼ご飯を食べにやってきた。
食堂で待っていた竜郎や愛衣たちは、料理をミーティアが並べるのを待っている場所の対面の椅子に腰かける。
「こんにちは、イシュタルちゃん」
「ああ、こんにちは。アイ」
いつものように気軽に挨拶を交わし、料理がすべてそろったところで本題へと移っていく。
「ミーティア。例の物を渡してやってくれ」
「はっ。タツロウさん。こちらが、用意した書類でございます」
「ありがとうございます、ミーティアさん」
「いえ、私は用紙を用意しただけですので」
竜郎は、ミーティアから二枚の用紙を受け取り、どんなものなのかと愛衣と一緒に中身を覗いてみる。
どちらも薄いのに厚紙のように固い材質で、どちらにもイシュタルの皇印とサインが刻まれていた。
そしてやたらと堅苦しい言い回しで、イシュタル本人が彼の地への立ち入りを許可したという旨が記載されていた。
「上の方をゼラフィムの……そうですね、入国の際にでも門兵に見せてもらえれば、あとは向こうでどうすればいいのか教えてくれるかと。
イシュタル様がいいとおっしゃるのだから、彼の国の許可など本来必要ないのですが」
「まぁ、そこはいろいろ円滑にやっていくためにね。必要なんだよ、ミーティアさん」
「はい。アイさんたちの事情も存じておりますから、これはただの私の愚痴ですね。お耳汚ししてしまい、申し訳ないです」
「ふふっ、気にしてないから全然いーよ」
まったく気にし過ぎなのだ。と言わんばかりにイシュタルの眉間に少ししわが刻まれているが、彼女はあえて口に出さずに美味しいごはんに集中していた。
「んでこっちがゼラフィム国に提出ってことは、この下の方を例の一族に見せればいいのかな?」
「はい。ゼラフィム兵の包囲を抜けてのんびり奥に進んでいけば、あとは勝手に向こうから接触してくるはずです。
そのときは分かりやすく同胞である竜のニーナさんもいるようですし、いきなり敵対行為をしてくることもないはずです。
もっとも、勢いよく奥に突き進んでいけば向こうも警戒してしまうでしょうが」
「それはもっともだな」「あー、それでのんびり奥に~って言ったんだぁ」
竜郎は心得ていると、愛衣は納得の言葉を漏らす。
「はい。むような諍いを起こす必要もないですからね。あとは接触してきたものに、その書類を提示してもらえれば、問題なく住まう場所へと案内してくれるはずです」
「了解」
竜郎はそうミーティアに返事をしながら、二つの書類がごっちゃにならないように微妙に内容に違いのある個所を記憶しておいた。
「以上で説明は終わりですが、なにか質問はありますか?」
「今のところはないですね」「たぶん、だいじょーぶ」
「なら良かったです」
「まぁ、何かあれば私に念話でも送ってくれ。手が回せそうなら、そのときこちらも対処に入る」
「ああ、助かるよ、イシュタル」
「ただ、その礼というわけではないのだが、もし本当に振りかけるだけで美味しくなる粉とやらが実在したのなら、美味しい魔物でなくとも私たちにもいきわたるようにして貰えると助かる」
「イシュタルちゃんとこの人たちの話だし、増やせそうなら当然そうするよ。ねぇ、たつろー?」
「ああ、もちろんだ。そのときは期待しておいてくれ」
「そうか。なんにしても楽しみだ。──モグモグ」
口いっぱいにフローラが作ったお昼ご飯をほおばりながら、別の美味しいものに思いをはせるイシュタルの姿に、やっぱりエーゲリアさんの娘だなぁと思わず竜郎と愛衣は笑ってしまうのであった。
「むっ、人の顔を見て何を笑っているのだ」
「「なんでもないよ」」
「むぅ、納得がいかない……モグモグ」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。