第240話 次の目標は
友人たちとの約束もひとまず義理は果たしたということで、竜郎たちは新たな食材を求め異世界への旅立ちを決意した。
「こっちに戻ってきて大体一か月くらいかな?
そー考えると、もう向こうにいる時間の方が長くなってきてるねぇ私たち」
「まあ異世界の方がやっておきたいことが多くなってきてるからなぁ。
こっちはこっちでなぜか話が大きくなってきてる感じはあるが……」
異世界へ再び旅立つ前夜の土曜日。波佐見家でほぼ全員が集まり軽いミーティングが行われている。
ほぼというのは、今回連れてきたメンバーの中でガウェインだけは県外を放浪中なので欠席だからだ。
彼はこちらでこのまま、お酒やその飲み方の研究をし続けたいらしい。
「それで竜郎。次の目的はスパイスの魔物らしいが、なにか当てはあるのか?」
「たしかそのスペルツ?って魔物は、こういうところにいるとか具体的な情報はなかったわよね」
父──仁と母──美波の言葉に、竜郎は大きく頷き返した。
「俺のスキルの《魔物大事典》でも、特定の生息域はないと記載されていたしな。
けどカサピスティのハウル王たちからもらった世界各地の美味しい魔物の情報の中に、少し気になる記述を発見したんだ」
以前にハウル王たちから美味しい魔物の情報を受け取ってからも、彼らはちょこちょこと集めた情報を竜郎たちに渡してくれていた。
その情報は生半可なものでは意味がないと知られてから、本当に一部の者しか知らないような、本当かどうかも怪しい噂話の類に至るまで記載されており、竜郎はそれを日本に帰ってきてからも少しずつ目を通していたのだ。
「妖精大陸から見て西側にあるエトカニー大陸ってところの、とある場所に『竜の秘宝』とやらを守っている竜の一族がいるらしいんだが、その一族の間でふりかけることで劇的に食材の味を向上させる粉がある…………という噂がまことしやかに囁かれているんだとかなんとか。なんだかそれっぽくないか?」
「劇的に味を向上させる粉、ねぇ。
竜の秘宝とやらには何となく心当たりはあるけれど、そこを守護する"竜の"一族がそんなものを持っていたのなら、エーゲリアやその側近たちが気づいて確保しに行きそうなものだけど」
美味しい魔物に目を輝かせる姿が脳裏浮かんだレーラは、その情報に対して疑わしそうな反応を示した。
「だよねぇ。竜の秘宝なんて名前からして、イシュタルちゃんたちの国も関わってそうだし、それならエーゲリアさんたちが知らないっていうのも変だし。
ってか、レーラさん。そもそも竜の秘宝なんてものが、竜大陸以外の場所にあったりするの?」
「ええ、あるわよ。アイちゃん。その中身はエーゲリアも知らないらしいけど、そう呼ばれる場所とそこを守る竜の一族がいるのは確かよ」
「えぇ!? エーゲリアさんも知らないの? ってことは、帝国は関係ないとか?」
「いいえ。あそこを守るように言いつけたのは、間違いなく帝国の関係者よ。だってそこの初代皇帝なんだもの」
「初代ということはイシュタルさんの祖母、エーゲリアさんにとっては母に当たるセテプエンイフィゲニアさんのことですよね?
それなのにエーゲリアさんは知らないのですか?」
ミネルヴァのもっともな疑問に、レーラ以外のメンバーも同じように疑問の色を宿した視線をレーラに投げかける。
「ええ、そうなのよ。その場所があると知ったのはエーゲリアもまだまだ若いと言っていい年かさで、好奇心のままに母に何があるのか訊ねたらしいんだけど、何度聞いても『秘密よ』としか返ってこなかったらしいの」
「もしや世界を揺るがす恐ろしい何かが封印されていたりするんじゃないっすか?」
最近ネトゲでそういう話に触れてきたからか、アテナが面白おかしそうにそう口にするが、レーラは『そういうのではないようよ』と笑い返した。
「秘密と口にするときも、どこか冗談めいた言い方らしかったらしいから。
ただ……その程度の扱いなのに、なぜか当時のエーゲリアでは解けず、今のエーゲリアでもそれなりに本気を出さないと壊すことも解くこともできないほど強力な封印がほどこされているというのは謎なのだけれどね」
「大したものを入れてなさそうな雰囲気なのに、イフィゲニアさんがそこまで気合を入れて封じた秘宝……気になりますね。
エーゲリアさんも気になっていそうなものですが、イフィゲニアさんの没後もそのままにしているのも少し不思議です」
リアがそんな疑問を抱く程度には、エーゲリアもレーラと同じく好奇心旺盛だ。
そんな彼女なら誰も止める者がいなければ、興味のままに封印とやらも解いてしまうのではないかと考えたわけである。
「確かに今もたまに思い出しては結局あそこには何があったんだろうって考えることもあるようだけれど、そこまでして母親が隠そうとしたものならばあえて暴くこともない……と思い直したらしいわ。
だから今もそのまま、その場所はとある竜の一族たちによって守られ続けられているというわけね」
「エーゲリアさんがそれなりにでも本気を出さないと壊せないような封印を守る必要があるのかってのは少し疑問だが、それなら知らないのも納得かもしれないな。
──って、そうじゃない。このさい秘宝のことは何だっていいんだ。俺たちが欲しいのは秘宝じゃなくて、美味しい食材なんだから」
「だがマスターよ。もしも我々が探し求めているソレが、秘宝だとしたら話は変わってくるのではないか?」
何気ないランスロットの一言に、竜郎はピタリと止まった。
確かに『美味しい魔物』は大事にしまっておきたくなるようなもので、それほど切羽詰まったものでもない。
そして何かしらのおこぼれがその付近にあったのなら、先ほど言っていた守護する竜の一族の謎の粉末にも繋がるのではないだろうか──。そう竜郎の中で結びつきはじめてしまう。
「けどせっかくの食材を後生大事に封印しちゃうのかなぁー?
私だったらご主人様がやろうとしてるように、閉じ込めるんじゃなくて増やそうとするけどな♪」
「あー、私らはそんなに話したことがないから分からないけど、エーゲリアさんってなんだか凄い竜なんでしょ?
なら竜郎くんみたいに、増やすことだってできるかもしれないわね」
フローラの言葉に愛衣の母──美鈴も肯定したところで、竜郎もそれもそうかと小さく息を吐いた。
「まぁ、なんにしてもここで話し合うよりエーゲリアさんやイシュタルたちに聞いたほうが早いだろ。
それでレーラさん。エトカニー大陸にあるその場所ってのは、簡単に行けるのか?」
「そうねぇ。エトカニー大陸自体は簡単に入れるし、今のタツロウくんたちの立場なら喜んで各国迎え入れてくれるでしょうから滞在も問題ないはずよ。
けどその秘宝とやらがある場所に正規の手段で行くには、少しばかり手間をかける必要はあるかもしれないわね」
「イシュタルちゃんに行ってもいい?って聞くだけじゃダメなの? レーラさん」
「うーん。イシュタルの許可さえあれば押し通ることももちろん可能なんだけどね。
実はあそこ、竜の一族以外にも守護してる一団がいるのよ」
「第二第三の竜の一族がいるとかっすか?」
「どこの魔王だよ……。というか、そもそもイシュタルの言葉だけじゃ足りないってことは、その一団は竜ですらないとかなのか?」
「ええ、ゼラフィムという国を覚えているかしら」
「ぜらふぃむ? 聞いたことある気がするけど……どこだっけ? たつろー」
「いろいろあってレーラさんと再会したときに行った、天魔の国だよ。愛衣」
「あぁ! あそこね! たしか王様じゃなくて教皇様がトップに立ってるっていう宗教国家でもあるとこだよね」
「そうそう、そこよ。それでここからが本題なんだけれど、実は竜の秘宝なんて仰々しい名目がついたことで、やっぱりそれを狙う小悪党が現れるってのも世の常なの」
「守護しているのが竜の一族というくらいだから1人や2人ではないでしょうに、よくやりますの。
それともそれほど大したことのない竜たちが守っているんですの?」
「いいえ、私も実際に会ったことはないけれど、聞いた話だと上級竜の一族で十人以上が彼の地で暮らしているそうよ」
上級竜が十体以上の群れとして暮らしている地となれば、竜郎たちくらい突き抜けた存在でなければ対抗する間もなく蒸発させられる戦力だ。
イフィゲニアが守る地に土足で踏み入る竜は魔竜くらいしかおらず、他にはクリアエルフなど神と関わりのある者でもなければ侵入することすら難しい。
過剰戦力もいいところなのだが、それでも欲望に駆り立てられる者もいるようだ。
「まあ、それなりに力に覚えがあるようなら上級竜の気配を感じて逃げ出すでしょうし、それすらできない半端者は消されるでしょうし、たとえ目を盗んで封印されている場所までたどりつけたところで結局手を出すこともできない。
だからエーゲリアたちも気にしてすらいなかったのだけど……、これは許してはいけない!って勝手に気炎を上げだした団体が横から現れたの」
「話の流れからして、それがゼラフィムってことか」
「ええ、だってほら、ゼラフィムという宗教国家が掲げる神っていうのは──」
「──セテプエンイフィゲニアさん。つまり竜の秘宝とやらを隠した張本人だね。
確かに自分たちが崇める神様の秘宝に群がる盗賊なんか、気持ちよくないだろうしねぇ」
「だから近くの国々に内政干渉してまで、その地に兵を送って竜たちが守るさらに外側を勝手に守り出したというわけ。
お宅の国の近くに兵隊置くけど、許してねって感じにね」
「普通は友好国ですらない他国の兵が身近に陣取るなど嫌な気がするが、よく許したものなのだ」
「あの国は侵略には興味はないし、何と言っても竜の次に優れているとまで言われる天魔たちがひしめく国よ。
その気があるなら潰せるだろうし、兵を置く条件として、戦争以外の災害などの有事の際は兵たちが手を貸すという約束までしたらしいから、実際にはそこまで嫌がられはしなかったようよ。もちろん、もろもろの費用もゼラフィム持ちでね」
「なるほど……」
ようはいざという時だけ働いてくれる、お金のかからない兵たちが確保できた思えばそれくらいの我慢はできるだろうと、ランスロットも納得に色を見せた。
「だから正規の手続きを踏むのなら、ゼラフィムの兵たちが守る周囲を抜けるための許可を、ゼラフィムに行って取ってくる必要があるの。
とはいえイシュタルが入っていいといえば、ゼラフィムに拒否する権限なんてないんだから、無視して素通りしても良いと言えば良いんだけれど……そういう面倒な遠回りをしたほうが、最高ランクの冒険者としての周りの受けはいいとは思うけれどね」
「それはまぁ、そうなんだろうなぁ。これからもいろいろ手を伸ばしていくなら、そういう細かい筋も通しますよってところをアピールしておいても損はないわけだしな」
「それにイシュタルちゃんの許可さえもらえれば、まずゼラフィムさんとこも断れないだろうしね」
秘宝の取り扱いについては、現在の正当な継承者はイシュタルである。
さらにそのイシュタルは、ゼラフィムが崇める神の孫娘であり、イフィゲニア帝国の女帝がいいと言っているのにそれに反発できる国や勢力も存在しない。
それくらいの寄り道なら、大した問題にならないだろうと竜郎たちはイシュタルに相談した後に、彼女から許可が貰えたのならゼラフィムにもよっていこうということをここで決めた。
「とはいえ、そこに行ったところで目的の魔物の情報が得られるかどうかは分からないんですけどね」
「それはそうだがな、リア。スペルツっていう魔物は隠れるのが上手く、海でも山でもどこでも平気で暮らせる図太いやつってのは《魔物大事典》で判明してる。
そんなやつを探すために世界中をくまなく駆け回るよりは、少しでもそれっぽい情報をもとに探したほうが建設的だろうさ」
「そうですの。それにもしスペルツとかいう魔物でなくても、その振りかけるだけで美味しくなる粉末とやらが実在するならそれはそれで興味深いですの」
そう。それはそれで文字通り美味しい話ならば、竜郎たちにとっても損はないのだ。
だからこそ竜郎も、スペルツっぽい情報というだけで行くことを決めたくらいなのだから。
「ってことで明日の日曜の朝、異世界に出発だ。皆、必要なものがあるならそれまでに地下の部屋に荷物を詰め込んどいてくれ」
「はーい」
こうして竜郎たちの美味しい魔物探しの旅が、新たに火ぶたを切ったのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。