第239話 友人たちとの約束
竜郎たちが宇宙人として活動をしている間、その裏でフローラの料理教室計画も着実に進められていた。
そして本日。12月に入り、すっかり冷え込みが増してきたころ。レーラの家に愛衣の友人たちと、竜郎の友人たちが集合した。
レーラの家になったのは、予想以上に大人数になったので一番キッチンもスペースもある彼女のところへ──という流れ。
レーラはレーラでぶらり一人旅からちょうど帰っており、なおかつ異世界の現地人の子供との異文化コミュニケーション目当てということもあってあっさりと承諾してくれた。
彼女曰く、竜郎や愛衣はもう生粋の異世界人という感じはしないからちょうどよかったとのこと。
そして竜郎の友人たちは、みんな集まるならちょうどいいと律儀に約束を守るために愛衣に頼んでねじ込んで貰った形である。
そんな料理教室のメンバーはといえば──。
「いやぁ今日はありがとな、竜郎。今度俺秘蔵の受験対策ノートをタダで貸そう」
「お? まじで。それはいいかもしれない」
「それ、俺にも貸してくれ!」
「俺にも!!」
「いやだ。あれは俺がコツコツと毎日書き溜めている努力の結晶だぞ。
めっちゃ美人と噂の人と会える機会を設けてくれた竜郎だからこそ、それを見せようと思っただけなんだからな」
おなじみ、竜郎の友人3人──浜口洋平、御手洗善樹、権田ダニエル宗助たち。
ここで言われている洋平の受験対策ノートだが、これは書き手の見た目からは想像もできないほど出来が良く、下手な参考書よりも売れるのではないかと言えるほど。
時間は異世界転移でたっぷり確保できるとはいえ、大学受験するつもりの竜郎からしてもなかなかに興味が引かれるノートだったりする。
ただ彼の言う通り日々の努力の積み重ねで、あくまで自分の受験のために作り上げた秘蔵ノートなので、友人であろうとなかなか見せてはくれないのである。
彼らと竜郎はそんな話を交わしながら、待ち合わせ場所からレーラの家へと向かっていった。
一方、もとから参加するはずだった愛衣たちのグループもレーラの家へと向かっていた。こちらは奈々子が一度レーラの家を訪ねているので、愛衣の案内ではなく彼女の案内で。
愛衣はフローラたちと既にレーラの家にお邪魔しており、そちらでのんびりと待っている形だ。
「今日お母さんに、友達に料理教わってくるって言ったらめっちゃ驚かれちゃったよー」
「あっ、私も私もー」
荒井和奏の言葉に今回の発起人でもある杉下桃華もカラカラと笑いながら手をあげる。
「あんたたちは普段から一切しなさそうだもんねぇ」
「そういう奈々子はしたりするの?」
「……たまーにすることもあるよ?」
「奈々子も人の事は言えそうにないな」
ちゃかす柿原奈々子に後藤小百合が鋭いツッコミを入れ、バツが悪そうに顔をそらす友人を見つめながら、ちょうど部活の休養日ということもあって参加が決定した鈴木零が真面目な顔でそう言葉を漏らす。
「澪は親に驚かれたりとかしなかったかの?
基本的に、ここ最近は柔道か勉強ばっかでしょ?」
「特になかったな。スポーツには食の分野も重要だし、たまに朝練のときは自分で弁当を詰めたりもしているぞ」
「「「「あーなるほど」」」」
そんな話をしながら愛衣の友人たち5人も問題なく、レーラの家付近まで奈々子の案内で、竜郎たち一向に出くわした。
「あっ、波佐見くんたちだ。今日はよろしくねー」
「ああ、よろしくな」
桃華の挨拶に返事をしながら男女が合流。最近の男は家事もできたほうが良いだのと言う話題で盛り上がりながら、そして竜郎を除く男子たちはこの時点で嬉しそうに頬を緩ませながらレーラの家に到着した。
呼び鈴を鳴らすとドアの向こうから足音が聞こえ、家主本人自ら出迎えてくれた。
「いらっしゃい。私はこの家で暮らしている、タツロウくんの親戚のレーラ・トリストラよ。
タツロウくんとアイちゃんのお友達よね? ようこそ、わが家へ」
「「「「「「……………………」」」」」」「……こんな美人がこの世にいるんだな」
「世界は広いよねぇ」
洋平や桃華たちがそのあまりの美しさに絶句し、澪はとても美しい芸術品に出会ったときのような反応を示す。
ただ奈々子だけは一度レーラを見たことがあるので、いまさらそこで驚きはしないが、改めてその美しさに感嘆の息が零れ落ちる。
桃華も美しさで言えばフローラやミネルヴァを見ているが、彼女たちは見た目は同年代くらいでまだまだ親しみやすさがあったからこそそこまで驚くことはなかったが、レーラは正真正銘大人の女性。
経験に裏打ちされた落ち着きと年上のできる女の雰囲気をまとう彼女は、まさに完璧な『美しい人』を体現しているようでもあった。
彼女の心の裏側には、多感な時期の異世界人の観察と触れ合いという知的好奇心が隠れていようとも。
「なにボケっとしてるの? 早く上がりなよ、皆」
「あ、うん。ほら、皆。お邪魔させてもらうよ」
あまりの美しさに幻を見せられたかのように硬直していた中、ひょっこりとレーラの横から顔を出した愛衣の親しみある可愛らしい顔に、全員が現実へと引き戻される。
奈々子がすぐに皆を引率し、手招きする愛衣やレーラの後ろに続いて玄関の扉をくぐっていった。
「俺、今までテレビとか雑誌に出てた美人だと思ってた人たちが、なんだか普通に思えてきたぞ……」
これには呟いた本人である洋平や2人の男子たちだけでなく、奈々子たちも同感のようで小さく頷いていた。
だがその奥には本来はフローラ以外ここにいなくてもよかったのだが、これまた律儀にミネルヴァやアテナまで竜郎のお願いでやってきて、ランスロットも愛衣の頼みで来てくれた。
ちなみに奈々やリアは、もし万が一男連中が惚れでもしたら事案発生の危機もあるためお留守番である。
ランスロットとは違い指名もされていないので問題ないだろう。
それぞれまだ幼さも残しているが、やはり顔だちのいい分類に余裕で属される者たちばかりである。
初見の男たちは言うまでもなく魂を抜かれたかのように、ボケーっとフローラやミネルヴァ、アテナに見とれてしまう。
女子たちもレーラほど圧倒はされなかったが、こちらもゴロゴロといる美人たちや可愛らしい幼き少年の姿をしたランスロットに見とれてしまった。
けれどこれではいつまでたっても料理教室がはじめられないと、竜郎が魔法も使って正気に戻しいきおいのままに本日の目的を開始してもらった。
「いきなり揚げ物は難しいかもだから今日は初心者向け、かつ食べ応えのある料理を三つくらい教えるねー♪」
「おおっ、それは助かります! 大学行ったら一人暮らしになる予定なんで!」
「なら良かった♪」
パチンッとウインクするフローラに、勢いよく返事をした洋平はその可愛らしさに倒れそうになるが、こんな美人と接する機会など一生に一度だろうと奮起して、善樹や宗助とともに気合を入れて臨みはじめる。
また澪以外の女子たちは「なんで我まで?」とエプロンを着せられ首を傾げるランスロットに対して、きゃいきゃいと盛り上がっていた。
「めっちゃ可愛い。何この子」
「かわいくはないのだ!」
「この反応も可愛い!」
「うんうん!」
「うぅ……」
「確かに可愛らしいが、さすがに幼すぎるな。……ん?」
あまりにも可愛いともてはやされ、また戦いとは違う言い知れぬ女子の熱気に押されてしまったせいか、一番身近にいて冷静な澪の後ろにランスロットは退避した。
「あ、澪ずるい!」
「ずるいと言われても困るのだが、お前たちが構いすぎなんだ。
いきなり見知らぬ女に囲まれたら恐いだろうに」
「恐くはないのだ!」
「それもそっかぁ。じゃあ、そろそろ真面目にやろ」
「「「はーい」」」「それがいい」
澪がいたおかげで、こちらも問題なく進みはじめるが、ランスロットだけは納得がいかなそうに口をとがらせつつ、ちゃんとフローラの料理講座を受けはじめた。
「なんだか思っていたより賑やかになりそうだね、たつろー」
「まぁ、みんな楽しそうならいいんじゃないか?」
「たつろーも、私の作ったご飯、食べたい?」
「作ってくれるなら食べたいかな。でも気が向いてくれたらでいいよ」
「そっか。ならそーするね」
「ああ、楽しみにしてる」
そして竜郎と愛衣は楓と菖蒲、ニーナを膝や頭の上に乗せつつまったりと友人たちを眺め、レーラは気づかうふりをして最近の異世界人の若者の調査をするのであった。
今回用いられた食材に美味しい魔物シリーズは使われておらず、地球のスーパーで似たような食材が買えるものに限定して用意されていた。
ただそれでも一般的に高級品と呼ばれる食材にも劣らないもの。
さらに複雑な工程はなく、ちょっとしたコツを覚えればうまくいくような初心者料理ばかりだったので、よほど酷い失敗をしない限り美味しいものが出来上がるのは間違いない。
料理教室に参加予定ではなかった男たちもフローラやミネルヴァ、アテナやレーラの魅力に振り回されながらも成功させ、女子たちもランスロットと仲良く三品の料理を作り上げてみせる。
見学していただけの竜郎や愛衣、楓や菖蒲に、こっそりとニーナも皆が作った料理の味比べと称してお昼ご飯を頂いたが、フローラほどでないにしろ充分及第点の出来に満足しながらお腹を満たしていった。
全ての料理を全員で完食し、料理の後片付けも済んだ竜郎たちは、それぞれまったりとした時間を過ごしていた。
だが洋平たちは積極的にフローラやミネルヴァに関わることなく、竜郎の近くで美人をチラチラと眺めながら話しているだけだった。
そのことを竜郎に突っ込まれると──。
「いや、もうあそこまでいっちゃうとどうこうなりたいとかいう気持ちが湧かないわ」
「だよなぁ。もはや現実感すらないし、俺たちは見てるだけで満足できる部類だ」
「それな。目の前にいるのにファンタジー世界の人間みたいだ」
洋平と宗助の言葉に、なんとなく返した善樹の言葉が一番的を射ていたせいで思わず口に含みかけていたお茶を吹き出しそうになったが、竜郎はなんとかこらえることに成功した。
また女子たちの方はと言えば、こちらはランスロットもちゃっかり捕まえながらもフローラやミネルヴァ、レーラやアテナともおしゃべりを楽しんでいた。
「へぇ、澪っちは柔道をやってるんすか」
「興味あるんですか? アテナさん」
「柔道だけじゃくて、格闘技全般に興味があるんすけどね。
ネットの動画で自分よりも大きい人を、投げ飛ばしてるの見て感心したっす」
「実際にやられたりはしないんですか? 見た限り、かなり強そうな気がするんですが」
「おや、分かるんすか?」
「分かるというか、なんとなくそうなんじゃないかなと思った程度でしたが……。
あの、もし私でよければ今度柔道について教えましょうか?」
「おっ、いいんすか? ならお願いするっす~」
ネトゲにはまってはいるものの、アテナの戦いと強くありたいという根底は揺るがない。
だからこそ、未知の技術を会得することでさらに強くなる道が開けるのではないかと思ったようだ。
そんなアテナの一瞬の闘気の揺らぎに気が付いたランスロットは、膝の上に座らされそうになるのをなんとか躱しながら手を上げた。
「我もじゅーどーに興味あるのだ!」
「君もか? 少し幼すぎる気もするが、無理をしなければ大丈夫か。
君も幼いように見えてかなり体幹がしっかりしているようだし、将来有望そうだな。分かった。じゃあ、そのときになったらアテナさんと一緒に来るといい」
「うむ! 感謝するのだ! これで兄上よりも一歩先に進めるかもしれぬのだ」
さりげなくランスロットとの約束を取り付けた澪に羨ましそうな顔をしながらも、気になる言葉が耳に入り桃華が話に割って入る。
「ねぇねぇ、兄上ってリンスロットさんのことだよね。リンスロットさんって、格闘技とかやってるの?」
「む? リンスロット? だ──」
『──ランスロットが勝手に追加した設定だろうが!』
「誰なのだ?」とこぼしそうになったランスロットに対し、友人たちと話ながらもアンテナを張っていた竜郎の突っ込みがはいり思い出す。
そういえばそんなことを言ってしまったなと。
「──あーー、う、うむ。そうなのだ」
「へぇー、意外かもー」
どうやら桃華の目には貴公子のように映っていたのか、格闘技と彼が結びつかなかったようだ。
しかしランスロットは大人の姿でも強く見えなかったという意味に捉えてしまい、密かにガックリしてしまうのだが、それは彼の身内しか気が付かず、その身内たちも苦笑するしかなかった。
──と、そんな一幕がありながらも外が暗くなりはじめたこともあり、おしゃべりも切り上げ解散となった。
見送りはいいということなので、竜郎たちはそのまま家に残ったのだが。
「これで約束もなんとか守れたし、そろそろ現存する最後の食材も確保しておきたくなってきたな」
「お、ってことはそろそろ異世界のほうに探しに行っちゃう?」
「ああ。なんだか地球でも美食関係が盛り上がってきそうだし、できるだけはやくスパイスの美味しい魔物も捕まえて研究しておいたほうが良いだろうしな」
「スパイス系はいろいろと取り扱いが難しそうだから、フローラちゃんも賛成かな♪ はやく使ってみたい♪」
「だよな。じゃあ、父さんたちにもそろそろどうか聞いておこう」
「了解。私もお母さんたちに言っとくね。けどスパイスの魔物かぁ……、どんな美味しい魔物か楽しみー」
こうして友人たちとの約束を守ることができた竜郎たちは、次なる食材探しの旅に出ることを決断するのであった。
これにて第十二章『世界間貿易足がかり編』は終了です。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
章の名前はもう少しまとめたかったのですが、結局いいものが思い浮かびませんでした……。
そして次章のはじまりですが一週間、間を挟みまして5月20日(木)から再会としたいと思います。
そちらでは竜郎たちが存在する時代で現存する美味しい魔物の最後の1体、『スペルツ』の話へと入っていく予定です。
いろいろとゆっくりとした進みではございますが、長い目で見守り続けていただければ幸いです。