第236話 ロレナの懐柔
身長は2メートル近い薄緑色の肌に足元に届くほど長い腕をした、明らかに地球人とは異なる人型生物2人との邂逅に半ば反射的に返してみたものの、混乱に恐怖などの感情が渦巻き脳は完全に思考を止めてしまった。
呆然とした老けこんだ顔に、竜郎と愛衣もやってしまったかと一緒に連れ来たスーザンへと視線を向けた。
「安心して、ロレナさん。エーイリさんもアンさんも、とても気さくでいい人たちだから。それにね」
「そ、それに……?」
思わせぶりに言葉を止められたので、はっとしたように思考を取り戻したロレナはこわごわとその続きに耳を傾ける。
それと同時になにか洗脳のようなものでも受けていないかと、猜疑的な視線も向けながら。
そのことにも敏感に気が付きながらも、スーザンは変わらずにっこりと微笑みかけた。
「私たちをどうこうするつもりがアンさんたちにあるなら、私たちが何をしたところで意味ないから♪」
「あぁ……、そう……。そう、ね……」
ロレナはゆっくりと周りを見渡してから、改めて美しく青い母星を眺める。
竜郎たちからしたら偽物の宇宙なのだが、普通は気が付けないほど大規模かつ精巧に作ってあるので本物にしか見えず、ロレナは疑うごとなくそれを本物の宇宙だと認識した。
宇宙へ一瞬で人間を転送できる技術力を持ち、スーザンの言うことを信じるのなら不治の病すらも簡単に治すことだってできる。
実際に奇跡的に治ったとは風の噂で聞いているので、そこも信じて良さそうとなると、確かに地球人など何をしたところで微風に当たる程度の痛痒すら与えることなど叶わないと思っていいだろう。
そう考えてしまうと、ロレナも逆に腹がくくれてきた。つい先ほど見せられた宝石への想いが未だ熱く残っているというのもあって、気力も湧き上がってくる。
(ここで気に入られるかどうかで、地球にない宝石を手に入れられると思えばむしろ悪くない状況かもしれないわ)
先ほどロレナが唖然としていたときに、おそらく気を使っているであろうと感じられる態度を取っていたのもポイントが高く感じていた。
あれで少なくとも目の前の2人は、大きく文明の遅れている地球人を見下してはいないと思えたからだ。
「ごめんなさい。いきなりのことで驚いてしまったようです。
ああ、でもさっきの場所に帰してはもらえるのですよね?」
「うん。それは安心してくれていいよ。ほぼ同じ時刻のあの場所に帰すから、時間のことも気にしなくていいからね」
「時間まで……? まぁ、気にするだけ無駄か。お気遣いありがとうございます」
「別に我々にも、スーザンさんたちみたいにフランクに話してくれてもいいからね。ロレナさん」
「そう、ね。そう言ってもらえるのなら、そうさせてもらおうかしら。
えっと、あなたがエーイリさんで、そっちの彼女?がアンさんでいいのよね?」
「うん。こっちはエーイリで私はアンだよ。2人合わせてエーリアン。覚えやすいでしょ?」
「あはは……確かにそうね。けど、それはもちろん本名じゃないのよね?」
「我々の名前は地球人だと発音が難しいからね。分かりやすい仮の名前を使うことにしたんだ」
「なるほど。そういう……。あの、好奇心で聞いてみるだけなんだけど、本名を聞いてみてもいい? もちろん、言いたくないならそれでいいけれど」
「え? 本名? 私は★σ─□Σ─▽だね。どうだい、聞き取れたかな?」
「いえ、無理だったわ。大人しく私もエーイリさんとアンさんと呼ぶことにするわ」
竜郎が音魔法で異音をいくつも合成して作りだした、動物の鳴き声や金属をこすり合わせたような奇妙な発音に、ロレナは一瞬驚きつつもすぐに本名の件については忘れることにした。
『おー、さすがたつろー。器用だねぇ』
『こういうこともあるかもな、くらいには考えていたからな』
用意の良さに愛衣が内心感心している間に、話は次へと進んでいく。
「それで私をここに呼んだというのは、それなりにエーイリさんたちのお眼鏡にも適ったと思っていいのかしら」
「え? まぁ、見ていた限りでは悪い印象はなかったけど、スーザンさんの言葉の説得力を補強するために呼んだって言う意味の方が強いかな」
「……そう。参考までに聞きたいのだけど、エーイリさんたちとスーザンさんの関係は?
彼女のこれまでの行動や接し方をみていると、ただの恩人というだけには思えないのだけど」
竜郎がどう答えたものかと考えている間に、スーザンがさらっとその疑問に説明を加えてくれた。
「実はライト家はミカエルのことをきっかけに、エーイリさんたちの活動の窓口をすることになったの」
「エーイリさんたちの活動?」
地球で偽のお金を使うことなく、健全に遊ぶための資金稼ぎの手伝いなど、スーザンは彼女にとってのエーイリたちの真実を分かりやすく彼女に説明していった。そして最後に──。
「だからこれからもし、あれらの宝石を買いたいとなったら私に連絡をちょうだい。
そうすればこちらから彼らに頼んでおくから」
「……あぁ、ライト家自体がそういうポジションに入ったということなのね。羨ましい限りだわ」
ベイカー家すら凌駕する巨万の富を得ておきながら、そんな利権まで独占する気かという嫌味も込めてロレナは切り返した。
竜郎と愛衣はその嫌味には気が付かなかったようだが、スーザンにはちゃんとその意志は伝わったけれど、彼女は柔らかな笑みを崩すことはない。
「ええ、ありがたいことだわ。息子の恩がこんな形で返せるんだもの」
もちろんその言葉に嘘はない。けれどこの位置を他人に渡すことなく、可愛い自分の息子に渡したいという親心にも嘘はない。
バチバチと火花が飛び交うような視線の攻防を笑顔で互いにするものだから、愛衣などは仲がいいなぁくらいにしか思わなかった。竜郎はなんとなく笑顔の底にある火の粉の気配に気が付き、一歩後ろに下がりながらも割って入ることにする。
「あー……それで、ロレナさんは宇宙人という存在を信じたということでいいのかな?」
「え? えぇ、あの店のドアから普通に入ってきたのならエーイリさんたちも特殊メイクか何かだと思ったでしょうけど、この場に来た方法もこの場の光景もトリックや特殊な技術というだけでは話が付かないんだもの。否が応にも信じるしかないじゃない。
それにあの宝石たち、あんなに美しいもの、地球にあったら絶対に見逃したりしていなかったはずだわ」
「なるほど。なら、あれらが本物の地球外鉱物だと信じさせるには充分な成果が得られたみたいだね」
「ええ、でも言ってはなんだけど、私個人で出せる額なんてたかが知れてるわよ?
母さんなら父さんから引っ張って来れるでしょうけど」
「ロレナさんが買いたいと思うのならお母様も気に入ってくれるのではないかしら。
表になかなかつけて歩けるような代物ではないけれど、ジャラジャラとつけて見せびらかすというより、ゆっくり鑑賞することが好きなのよね? あなたも含めて」
「……よくご存じで」
「そのあたりは有名だから、大して調べるまでもなかったわ。
それに何もエーイリさんたちの素晴らしい商品は宝石だけではないから、そちらに興味のないお父さまも気に入るものがあると思うの」
「父は、あまり物欲はないほうだと思うけど」
父──ディック・ベイカーはロレナの言う通り物欲が薄い方であるのだが、それ以上にここまであからさまにベイカー家全員を顧客にしようとする切り口に、さすがに何かを企んでいるのではないかと彼女は不安に思いはじめてしまう。
けれどライト家側にも、ちゃんと考え有ってのことである。
「実は私たちは、とあることをはじめようと思っていてね、そこで信用がおけて繋がりの広い人たちにも協力を仰げないかと考えているの」
「……それが何かは想像もつかないけど、私たちはそこまで信頼関係の厚い仲ではないと思うけど随分と高く評価してくれているのね」
「確かにそれほど親しくしていたわけではないけど、うちで調べた限りだとかなり理想的な人選だったの」
父親は倹約家というわけではないが先ほど言った通り物欲に塗れておらず、趣味のスポーツ用品に多少お金をかけることはあっても、高ければいいというものではないという心情の元、自分に馴染む道具を使うようにしている。
それ以外では、自分の立場で恥ずかしくない程度に身の回りにお金を使うだけ。
さらに出世欲が強かったわけでもなく、仕事ができたからこそ今の地位にまで上り詰めることができた人物でもあるので余計な欲をかく可能性は低いとライト家一同は考えた。
また妻も娘も宝石に関しての欲は強いので『宝石狂い』などという俗名がつけられてしまってはいるが、財を食いつぶすほどではなく、それ以外に関してはかなりの常識人でもある。
なのでこの2人も宇宙人というとんでもない存在相手に、いらぬ不興を買うような愚かな行動をとることはないだろうとも。
「買いかぶりすぎな気もしなくもないけど、もしここでそのはじめようとしている何かについて知ってしまったら、私に断る権利はあるのかしら」
「最悪、これまでの記憶がなくなることもあるけど、基本的には黙っていてねと約束するくらいで済ますつもりだよ。
そこはロレナさんを信じることにするから、安心してほしい」
「そ、そう……」
記憶を消すと言うあたりで笑顔が引きつるが、ロレナは何とかこらえて見せた。
そして一拍置いて気持ちを落ち着かせてから、スーザンの方へと向き直る。
「それじゃあ、そのナニかについて聞いていい? スーザンさん」
「ええ、実はね──」
そこでスーザンは竜郎たちの持つ美味しい魔物素材を使った料理屋や食材の采配の権利などを取りまとめる組織の立ち上げと運用について、できるだけ分かりやすく彼女に語っていった。
基本そこまで食に興味のないロレナは、そんな大げさな──というスタイルは崩すことはなく、あまりにもその食材や料理に語るときの熱の入りように引き気味でもあったが、最後まで茶化すことなく聞いてくれた。
「なるほど……。でもそこまでするものなのかしら。別に怪しい薬物や中毒症状がある物を取り扱うというわけではないのよね?」
「それはもちろん。ちゃんと地球人に問題がないか全力で調べたから、そこは安心してほしい」
「それなら別にそれほど心配して利権を分割するようなことをしなくてもいいと思うけど。だっていくら美味しいといっても限度はあるでしょ?
それに父も趣味と仕事以外に時間を取られるのを好まないから、その話にのるとも思えないわ」
「ふふっ」
「なんでここで笑うの?」
「あれを食べてなければ、私もそう思っただろうなと思って、つい。ごめんなさい」
「また随分な自信なようだけど、エーイリさんたちも同意見なのかしら?」
「そうだね」「うん」
スーザンが大げさすぎて、ライト家の人たちも持て余していそう。くらいに思っていただけに、まさか提供者たちも自信満々に頷くとは考えていなかった。驚きにロレナの目が丸くなる。
そのリアクションで、まだ食材について眉唾物だと思っているのだと愛衣でも気が付き、竜郎へと意味ありげな視線を向けた。
『これは見せつけてならぬ、味せつけてやるしかないんじゃない?』
『論より証拠ともいうしな。それが一番早いか』
組織が云々はあまり気が進んではいないが、それでもライト家一同がやろうというのなら意味がちゃんとあるのは確かだとも思っていた。
なのでここは協力すべきだろうと考えて、竜郎は《無限アイテムフィールド》からそっと小さな串に刺さったチキーモを使った焼き鳥を取り出した。
これは楓や菖蒲が突然お腹がすいたと言い出したとき用に常備している食料の一部である。
ちょうど大人なら二口もあれば食べられるお手軽サイズなので、ちょっと出すのにもいいだろう。
なにやらその匂いでびくっと楓と菖蒲が起きそうになるが、竜郎が魔法で香りをさえぎりニーナが素早くあやして深い眠りに戻してくれたのでそちらは問題なさそうだ。
「なんなら食べてみるかい? 毒なんて入ってないから安心してよ」
「今、いったいどこから……って、そんなことを考えるのも意味はないわよね。
分かった。そこまで自信をもって出されたものにも興味があるから、是非頂かせてもらうわ」
「あの……私も貰っていいかしら?」
「え? ああ、うん。どうぞ、スーザンさん」
隣で愛衣も手を伸ばしてくるので、追加で二串取り出してそれぞれに渡していく。
受け取った瞬間、躊躇なく食べだす愛衣とスーザンに促されるようにロレナも小さく口を開けて鶏肉を一口頬張った。
「「っ!!」」「──っ!!?」
美味しいことは分かっていたスーザンと愛衣は、その美味しさにカッと目を見開いて残りも全て平らげていく中、ロレナも気が付いたら全てをかっ食らっていた。
それはどう見てもただの焼いた鶏肉にタレをかけただけのものだったはずなのに、全部食べてやっとロレナは自分が泣いていることに気が付いた。
「なっ、なに、これ……なにこれ!?」
「どう? 私が大げさに言っているわけじゃないと分かってくれた?」
「分かった! 分かったわ! これは確かに独占したら危険なレベルよ!
こんな舌から脳に直接美味しいを叩きつけるようなものが、この世に存在するなんて信じられないっ!! 変なものは入ってないのよね?」
「ああ、入ってないよ。安心安全、無害な食べ物だよ」
「そうよね! ごめんなさい。でもそう思ってしまうくらい美味しいものだったわ! ありがとう! 宇宙人大好き!」
「お、おう。宇宙人は好かれて嬉しいよ……」
猛獣に飛び掛かられる小動物のような気分を味わいながら、竜郎は恐いくらいに圧を放つロレナから少しだけ距離を取る。
「それじゃあ、うちの組織に関わってくれるよう、そちらの家に働きかけてもらってもいいかしら。
そうすれば誰よりも、これらの食材を手に入れる機会が多くなるわよ」
「やるわ! 任せて頂戴! あ、でも……」
「「「でも?」」」
突然夢から覚めたかのように口ごもるロレナに、竜郎も愛衣もスーザンも思わず首を傾げた。
「私と母さんは、父さんのこと嫌いなのよねぇ。向こうは向こうで、こっちに一切関心ないし」
「え? でもネットニュースとかだと、家族サービスがとかいうのもあったと思うけど?」
「そんなのは世間体を考えてパフォーマンスして見せてるだけよ、エーイリさん。
さっきもいったけど、本当にあの人は趣味と仕事以外に時間を取られるのを嫌うのよ。
それこそ幼い我が子が熱を出して寝込んだとしても、だからどうしたって感じで友人たちと遊びに行くくらいにね。できることなら会話もしたくないわ」
「「「えぇ……」」」
竜郎も愛衣も両親からかなり大事にされているという自覚はあった。
スーザンもまた両親とは仲がいいし、ミカエルなどは目に入れても痛くないほど可愛がっている。
まさかあれだけ表で仲がいいとアピールしていた家族がそんな状態だったとは思いもよらず、思わずそんな声が口から出てしまうのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。