第231話 球技大会当日
いよいよ球技大会当日。竜郎たちと同じ学年の生徒たちが体育館へと集まった。
開幕の挨拶もそこそこに、さっそく事前のクジで決まったトーナメント表にそって生徒たちが散っていく。
男女に体育館の半分ずつ別れバレーボール、バスケットボール、最後にドッジボールという同時進行で進められていくようだ。
当然竜郎は男子側、愛衣は女子側に別れ同じ場所にいないが、認識阻害をしたフローラとニーナは楓と菖蒲を引き連れ体育館の中をうろうろしていた。
『私のも撮るならたつろーのもお願いね、フローラちゃん』
『りょーかーい♪ まっかせてー♪』
『ニーナはカエデとアヤメをしっかり見てるね!』
『ああ、ありがとな。2人とも』
子守も万全と安心した気持ちで竜郎は同じチームの友人たちと自分たちの出番がくるまで雑談をして過ごした。
3試合目。早速竜郎たちのクラスの出番となる。
「竜郎!」
「はいよ」
センターにいるバレー部の佐藤のレシーブで弧を描いて頭上に来たボールに対して、竜郎は完璧なトスを主張の激しいレフトアタッカー──善樹の方へとあげた。
見様見真似ながらも様になったフォームでジャンプし、善樹は華麗にスパイクを決めてみせた。
善樹にコートの向こう側にいた女子たちの視線が少しだけ集まり、宗助に今度は俺にもとせがまれ竜郎はこちらにも完璧に応えていく。
さすが2人とも日夜バスケで鍛えているだけあって、高い打点でバレー部顔負けなスパイクを決めていき、バレー部2人も後ろと中央でしっかりと相手側のサーブや攻撃を受けきって竜郎へとボールを渡してくれる。
しかし洋平は活躍すれば女子に見てもらえると張り切り、逆に空回って足を引っ張る形となった。
それでも何とか一戦目は勝ち上がり、次へと繋いで見せた。
「いやー、御手洗や権田が上手いのは分かるけど、波佐見も上手いな。バレー経験者でもないんだろ?」
「ん? ああ、体育でちょっと触ったのと、あとは昨日お遊びで彼女と親戚でやってみただけだな。
けど俺は善樹や宗助と違って、特に目立ったことはしていなかったと思うが」
「んなことないって、浜口がポカして変なところに飛ばしたボールまでしっかりと反応してスパイクに繋がるように立ち直してただろ。しかも何回も。あんなの初心者じゃそうそうできないぞ」
「なら昨日やったのが良かったのかもしれないな」
バレー部の佐藤と木村の2人から見ても、竜郎の立ち回りと動きには感心するところがあったようだ。
実際に女子たちもそのときの竜郎を見て反応していた光景を、洋平たちもしっかりと確認していた。
「なーなー。やっぱ俺もアタッカーにしてくれよー。それか竜郎と佐藤のどっちかと交代とかさー。
俺のとこ全然目立たねーし、カッコよくねーよ」
「いや、お前今日散々だったじゃん。むしろ普段よりも悪いくらいだ。何回竜郎が尻拭いしたことやら」
「実質俺と善樹と竜郎と佐藤、木村で回しているようなもんだったしなー」
「バレー部の俺からしても、今の浜口には任せられん。どうせやるなら勝ちたいからな」
「もっと肩の力を抜いてみたらどうだ、浜口。力み過ぎてみてられない。できそうならセンターの俺と代わってもよかったんだが」
「くそー! なんで大して運動してない竜郎も運動部側と同じなんだ! 彼女いるんだからもうちょっと俺に出番をまわしてくれてもいいだろ!」
「いや、そんなこと俺に言われてもなぁ。それじゃあ次の試合でちゃんとできてたら、俺か佐藤と交代すればいい」
「ほんとだな!」
「ちゃんと、できてたらな」
「よし! バレー部からも言質取ったぜ。俺はやればできるってところを見せてやる!」
そのように息を巻いていた洋平であったが、結局全て空回って女子の視線を集めることはできずに終わった。
結果は竜郎たちの優勝。最後に当たったクラスは4人バレー部、もう1人もゴリゴリの運動部員となかなかの強豪だったが、こちらも洋平を除いた4人の活躍によって下した形だ。
女子の方も男子より少し遅れて終わり、愛衣の出るバスケへと種目が移っていく。
「ほっ」
「な!?」「うそっ」
愛衣は目の前にそびえたつ背の高い女子2人のブロックを、後ろに飛んで躱しながら華麗にシュート。
いわゆるフェイダウェイシュートというもので、愛衣は3ポイントシュートをリングに当てることなく綺麗に決めた。
「愛衣、あんなことできたのか」
「へへーん。昨日動画で見て勉強したんだー」
「え? もしかしてはじめてやったの?」
「うん。なんかカッコよかったからやってみた」
愛衣が異世界に行く前の運動能力をよく知る澪は驚愕し、昨日公園で竜郎たちと熾烈な攻防を見ていた桃華は呆れた顔をする。
残りの2人もクラスメイトとして愛衣は運動は苦手な子という認識だっただけに、今のお手本にしてもいいほどの動きに驚いていた。
その後もゴールは必ず決め、気配すら読めるのでノールックパスもお手の物。縦横無尽に駆け回り、怒涛の活躍で勝利を掴んだ。
「いや~八敷さんって、体育のときもあんまり動かないから運動できない人だと思ってたよー」
「だよねー。私も正直、八敷さんが出るってなったときは何でだろ? ってなったし」
「いや、その認識は正しい。私も最近の愛衣は変わったとは思ってはいたんだが、まさかあそこまで機敏に動けるうえに、シュートまで百発百中で入れられるほどとは思ってもみなかった」
「私は昨日、愛衣とバスケしたから知ってたけど、やっぱり初めて見るとびっくりだよね」
「いやいや、それほどでも~」
未だかつてここまでスポーツで褒められたことのない愛衣は、とても嬉しそうにほおを緩ませる。
これこそが運動ができる子の気持ちか! とばかりにいい気持に浸っている愛衣に、ふと他クラスの女子が近寄ってきた。
「ねぇ、あなた。えーと……」
「八敷愛衣だよ。あなたは?」
「私は斉藤春奈、バスケ部に所属してるの。
あのね、八敷さん。今からでもバスケ部に入る気はない?」
「え? 今更?」
「うん。今更なんだけどね。あんなに何本も連続でシュート決められるなら、即レギュラーだよ!
それに八敷さんだって公式戦で活躍すれば、それだけでスポーツ推薦取れるよ絶対」
「あー……ごめんね、斉藤さん。私は部活する気はないんだ」
「そんな勿体ない!」
「私も友人として言わせてもらえば、その動きをバスケでなくともスポーツに生かさないというのは勿体ないと思うぞ。もちろん、決めるのは愛衣なんだが」
「うーん、でもごめん。私は大学に行ってもお遊び以外でスポーツに関わる気はないんだ」
少しでも揺らぎがあるのなら斉藤も澪も、もっと愛衣にバスケやスポーツを勧めていたのだろうが、まったく微塵も興味がないとハッキリとした態度で示されてしまいそれ以上の勧誘は無理だと悟る。
「そっかぁ、残念……。でも気が向いたらいつでもきて!」
「うん、ありがと。あと、ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「ううん。こっちこそ急にごめんね! それじゃあ」
爽やかに笑って斉藤は去って行く。その後ろを見つめながら愛衣は少しやりすぎたかなと反省する。
(ダンクシュートは我慢したんだけどなぁ)
さすがに愛衣程度の身長で容易くダンクを決められた日には、目立つどころの騒ぎじゃなくなる。
「なんだー。やっぱり愛衣は運動部には入んないのかー。勿体ないなぁ」
「あはは。私は運動よりも彼氏といちゃついてるほうがいいからね」
「はぁ、そんなに彼氏とやらはいいものかな。私には分からんよ」
「ふふっ、澪も恋すれば分かるよ」
竜郎と一緒にいたいから。とはいうものの、当然ながら半分以上は方便だ。
竜郎も愛衣もこういうお遊びならば抵抗はないが、部活はいい成績を残せばその後の人生にも影響を及ぼすこともある。
本来なら努力してその椅子を勝ち取る人がいたはずなのに、ドーピングどころではない反則パワーで蹴落とすなどできるわけがないし、していいとも思っていない。
もし本気で竜郎や愛衣がスポーツ選手になろうというのであれば、システムを完全に切ったそのまま自分でなければ絶対にする気はないのだ。
その気持ちを新たに、愛衣はその後も活躍し見事女子バスケは優勝を果たした。
最後はドッジボール。竜郎も愛衣も応援くらいしかすることもないので、同じ境遇の友人たちと集まって雑談をしていた。
そのとき愛衣たちの話題はといえば、竜郎の親戚の話になっていた。
「だからね。澪も恋が知りたいなら波佐見くんの親戚に会えばいいと思うよ。
あ、でもランスロットくんは絶対にダメだからね! 私の彼氏──になる予定の子なんだから」
「いや、聞く限り幼稚園児か小学生くらいの子なんだろ? さすがにそれはない」
「そんなの会ってないから言えるんだよ。ランスロットくんのお姉さんとかもめっちゃ美人だし、そのお兄さんのリンスロットさんも美男子すぎて、あの一角だけ二次元のキャラクターが飛び出してるのかと思うくらいなんだから」
「そんな大げさな。それで実際、どうなんだ? 愛衣はそれなりに波佐見の親戚たちとやらとも親交があるんだろ?」
「え? あーうん。あながち桃華が言ってるのも嘘じゃないよ。私はたつろー一筋だからなんとも思わないけど、通りすがりのおじさんおばさんも見ただけで硬直するくらい美形ばっかだし」
「…………そんなにか。恋だの愛だのそっちは今は興味がないから別にいいが、そうまで言われると純粋に見てみたくはあるな」
「あそこまでいくと、見るだけでも価値はあると思うよ。女の子には興味ない私でも、フローラちゃんとかミネルヴァちゃんとか初めて見たときドキドキしたし」
「リアちゃんと奈々ちゃんも可愛かったでしょ?」
「そっちも可愛かったんだけどねー。やっぱりまだ子供らしさも残ってたから」
「そういう割にはランスロットという少年にご執心のようだが」
「あの子は別だよー。あ、けどランスロットくんに聞いた話だと、まだ兄弟が他にもいるんだって」
「いつの間にそんな情報を手に入れたの? 桃華は」
「ランスロットくんと昨日の晩、チャットアプリでいろいろ聞いたからね」
さすがやるとなったら行動力が凄いと愛衣は桃華に感心すらしつつ、それでもランスロットの方は自分を落とそうとしているとは思っていないんだろうなぁと苦笑する。
「今度フローラちゃんに料理を教えてもらう予定なんだけど、何なら澪も来てみる?
暇そうなら他の兄弟たちがいたら試食ついでに誘ってくれるってフローラちゃんも言ってくれてるし、そこで会えるかもよ?」
「それはいいが、私は部活があるからなぁ。しかしその美形の一団を一度は見てみたい……うーむ」
「なんだか珍しい生き物みたいな扱いになっちゃってるなぁ……」
などと愛衣が愚痴る後ろで、トイレから帰ってくる途中偶然通りかかった善樹が今の話に聞き耳を立てていた。
そしてすぐに竜郎の元へと走っていく。
「おい、竜郎! お前の親戚にめちゃくちゃかわいい子たちがいるって八敷さんたちがいってたのを偶然聞いたんだが、本当か!?」
「「なに!?」」
「は? あー……ソンナコトナイヨ。フツーダヨ」
「この顔は嘘ですぜ、善樹のダンナ」
「ああ、なんか面倒だからけむに巻こうって魂胆が見え透いてまさぁ」
「よく分かったな、宗助。さすが我が友」
「「「誰でも分かるわ!」」」
「お! 我らがクラスも頑張ってるなー。イケーガンバレー」
強引に話題を変えようとする竜郎に、友人3人はより確信を得てしまう。
「なぁ、竜郎。俺は悲しいぜ。俺たち親友だろ。隠し事なんて酷いじゃないか」
「そうだぞ、竜郎。俺たちの友情は海よりも深く山よりも高いはずだろう」
「なんでもいいから紹介してくれ!」
「洋平はもう少し本心を隠してくれ……。はぁ、また面倒なことに」
「それで? 俺が聞き耳を立てて得たその情報は本当なんだな? お前の親戚は美人パラダイスなんだな?」
「女子の会話に聞き耳立てんなよ……。あーはいはい、そうだよ。その通りだよ」
「「「おおっ、心の友よ!」」」
「お前らほんと、こういうことになると息ぴったりだよな」
まるでチワワのようにうるんだ瞳で「会わせてくれるよね?」「僕たち親友だもんね」と哀願をこめて無言で語りかける男子3人は、正直気持ちが悪かった。
サッと目を離しさりげなく逃げようとするが、周りを取り囲まれ逃げ道を塞がれる。さらに気持ちの悪い顔で、圧力をかけてくる。
「…………いやだ。と言ったら?」
返ってきたのは、3人の高校生男子によるニコリという気味の悪い笑顔だけ。ゾゾゾと背筋が寒くなるのを竜郎は感じてしまう。
「…………分かった。向こうの用事が合うようなら紹介しよう」
「さすが竜郎だぜ!」
「俺たちズッ友だぞ!」
「FOOOOーーーー! 今のお前、輝いてるー!」
「なんて現金なやつらだ……。あと、宗助はうるさいから近くで叫ぶな」
普段そんなことは一言も言わない癖にと呆れながらも、会わせるくらいなら別にいいかと竜郎は回避するのを諦めたのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。