第227話 豪邸探索
ピーターたちと別れた竜郎たちは、もう日本時刻においては朝方に近い時間になってしまっていたので、ひとまず愛衣とも別れその日は就寝した。
土曜日のお昼ごろに元気に目覚めた楓と菖蒲にたたき起こされ、朝食兼昼食を食べながらスマホを取り出し、件の宝石狂いとまで噂されるベイカー家のご婦人について軽く調べてみることに。
「ベイカー家って、オレンジ社の社長のこと……なのか?
ここだとすると、めちゃくちゃ有名どころじゃないか」
ベイカー、社長で調べて一番上に出てきたのが、日本人でもほぼ誰もが知っている有名企業『Orange』社の社長──『ディック・ベイカー』だった。
世界でも屈指の大企業であり、波佐見家の中にもオレンジ社製品がいくつかあるほどで、最近ではスマホやタブレットなどが有名だろうか。
「ネットでちょっと調べたぐらいじゃ、家族のことはよく分からないな」
どこそこに寄付をしただとか、スポーツが好きでテニスやゴルフなどをしている姿を見かけるだとか、家族との時間を大切にしているだとか、そのようなネットニュースは見かけるが、さすがに妻や娘のことについて細かく触れたものはなかった。
これは実際に行って調べてみたほうがいいかもしれないなと、おおよその分かりうる大雑把な所在地や本社の住所などをメモしておくだけに、その日はとどめた。
翌、日曜日。
今日は両親たちもお休みだということで、さっそくカリフォルニア州にある新たな拠点にみんなで見学に行くことになっている。
家の場所自体はピーターたちを送り返した後に、チラリと確認していったので既に転移自体は可能な状態だ。
両親や異世界に関わる全員が集まったところで、全員が念のため認識阻害の魔道具を起動させたのを確認した後、さっそく転移。
「家……というより、お屋敷って感じね」
「こっちでも高校生の身分で俺たちが建てたのよりも、いい家を持つとはなぁ……。親の威厳が……」
竜郎の母──美波の言葉に頷きながら、父──仁が何やら黄昏はじめているが、竜郎はまずこれをやっておかなければと天照の杖を握り、カルディナと共に魔法を行使し、ミネルヴァは別の方法であたりへと探索を広げた。
「ピィューィ」
「──────」
「問題なさそうですね」
「ん、とりあえず家の中や地面、この辺り一帯に盗聴器や盗撮カメラの類はなしと」
今度はさらに探査の範囲を広げ、念入りに敷地外もチェックしていく。
今回は探査範囲とその細かさ故に竜郎1人だと明らかに頭の容量オーバーになってしまうので、最初からカルディナと天照、そして新型の魔力頭脳、そして別の角度からミネルヴァも──と全力投入だ。
だがこれも念のためであり、ピーターたちが用意してくれたのだから問題などないだろうと思っていたのだが……。
「これは……? 何かいますね、主様」
「数人、遠くからこちらをうかがうような行動を見せている奴がいるな」
「え? そうなの? ピーターさんたちが雇った人たちかなぁ」
「そんなことをする様子もなかったし、俺たちなら簡単に見つけれるくらいには思っていそうだった。ちょっと聞きこみに行ってくるから皆は周りの景色でも楽しんでてくれ」
そういうや否や、竜郎は探査に引っかかった一番近い人物の方角へと飛んでいき、まずはその男の動向を上空から眺めて観察してみる。
いかにも通りすがりといった恰好をしているが、明らかにこちらの屋敷に注意を向けているのが分かる動き。
望遠レンズの付いた大きなカメラを大きなバックの中に隠し持っていて、盗撮する気まんまんといった様子でもあった。
(なんなんだ? こいつは)
上空からの観察を終えるとそのままスッと音もなく隣に着地し、呪魔法でここで探っている理由を独り言のように喋らせてみることに。
「最近、ピーターがでかい屋敷を購入したって情報を手に入れてな。あの爺さんが愛人でも囲う気なんじゃないかと思って張ってるんだ。
さてさて、この情報はいくらの値が付くかねぇ。楽しみだぜ」
「なんだ、ただのパパラッチか」
ピーターたちが雇った人物とはそれほど考えていなかったが、予想以上にしょうもない理由に竜郎は思わず力が抜ける。
だが四六時中この辺りでコソコソされているのは気分がよくない。魔法で無理やりお帰り願おうか──とも思ったが、すぐにその手を止めた。
(こういうのはピーターさんたちと話して対応を相談したほうがいいかもしれない。
魔法で片づけるのは楽ではあるが、あの人たちの力で抑えたほうがいい場合もでてくるかもしれないしな)
もちろん向こうが魔法──というか宇宙人の超技術でやった方がいいと言うならそうする心づもりがあるが、パパラッチへの対策など竜郎のような一般市民には大した案も思いつかないので相談しておいた方がいいだろうと考えのだ。
竜郎はこの男自身の情報を自分でメモに書かせ、それを受け取りひとまずあの屋敷で何が見えたとしても何も見えなかったと認識するように呪魔法をかけて放置する。
そして残りの探りを入れようとしている者たちにも、同様のことをしていった。
「あら、竜郎くん。おかえり」
「ただいまです。美鈴さん」
「それで、こっちを見ていた人っていうのは何だったんだい?」
「あぁ、実はですね──」
聞き込みを終え転移で戻ったところで愛衣の両親に声をかけられた。
そこで先ほど得た情報を全員と共有していく。
結果から言ってしまえば、全員がセレブの情報を売ることを生業にしているパパラッチだった。
愛人だの隠し子だの、はたまた回復したと噂されるミカエルのためだけの豪邸だの、さまざまな妄想に期待を膨らませて、いい絵がとれるのを待っているそうだ。
「っていうかミカエルくんのこととかもそうだけど、さすが情報が早いねぇ、そういう人たちは」
「ああ、なんかそれぞれ独自の情報網とやらがあるらしいな。今後ピーターさんたちと相談して対処を決めようと思う」
「それがいいかもね」
ひとまずパパラッチたちに対しては、軽く魔法を施して放置という方法で全員が納得した。
それから改めて竜郎は玄関の前からこの屋敷の周辺へと視線を巡らせてみる。
屋敷自体もモダンでこじゃれたデザインをしていて圧倒されてしまいそうな佇まいをしているが、その周りも凄まじい。
庭というよりもはやグランドと呼ぶにふさわしい広さを持つ緑の芝生が広がっている。景観をよくするためか庭に木が植わっていたり、手入れの行き届いた花々が並ぶ庭園のようなものもあった。
その庭園が気に入ったのか、フローラやランスロットなどはニコニコしながらそちらを巡って今現在も楽しんでいる。
逆にミネルヴァやガウェインはそこまで庭に興味がないのか、暇を持て余すように周囲を眺めているだけだ。
他にも何やらプールのようなものやお洒落にライトアップできる噴水などなど、豪邸と呼ぶべき要素があちこちに敷き詰められていた。
「おーい、もう中に入るがフローラとランスロットはまだそっちにいるかー?」
「うぬ? いや、我も家の中を見たいのだ」
「フローラちゃんもキッチンが気になるから、今行くねー」
庭園巡りを切り上げて戻ってきたのを確認した後、さっそく受け取った鍵を使い大きな玄関の扉を開いてみることに。
「へぇ、玄関だってわりには、軽くここで組手ができるくらいひれーな」
「ここでそんなことはしないでくださいね、ガウェインさん。ここはカルディナ城ほど頑丈ではないのですから」
「あぁ? ミネルヴァに言われなくても、分かってるっての」
竜郎が言おうとしていたことを先に言ってくれたことに密かに心の中でお礼をいいつつ、さっそく各々好き勝手に豪邸探索へと乗り出した。
とはいえ、竜郎やカルディナ、天照やミネルヴァは既に探査した後なので、どこに何があるか説明できるほど知り尽くしてしまっている。
その4人だけはワクワク感もなしに、楽しむ他の者たちの後を追った。
竜郎はもちろん、愛衣と楓、菖蒲、ニーナと一緒だ。
全体的に最低限の家具は用意してあったが、他は伽藍堂。広いが故に余計そう感じてしまう内装だった。
わざわざ張り替えたのかと言いたくなるほど傷一つないフローリングをゆっくり歩きながら探訪していると、なにやらはしゃぐ声が聞こえる。
「お母さんたちの声だね」
「なにしてるんだろー」
「「あぅ?」」
「ちょっと覗いてみるか」
興味が引かれるるままにそちらに向かってみれば、そこには広い調理場が。
そこで美波、美鈴、フローラの3人が集まって、最新式のシステムキッチンをあれこれと触って騒いでいた。
「やっぱり地味にタッチレスは重要じゃない?」
「あー、でも私の場合は念動で水を出せるようになったからある意味タッチレスだったり?」
「フローラちゃんは植物を操って蛇口をひねったりしてるよ♪」
「あなたたちのは全然参考になんないわね……」
「でも換気扇の自動洗浄とかすごくいいと思うわよ、美鈴ちゃん」
「ここの収納大きくていいなぁ♪ 向こうにもこのキッチンを持っていけないかなぁ♪」
「うちもこれ欲しいわね。愛衣は大学の費用とか全部自分で払ってくれるらしいし、それを台所のリフォーム代に回そうかしら」
「うちもそうしようかなぁ。手が離れちゃったようで寂しい気もするけど、こういうときはありがたいわ。
それにしても、こういうの見てるだけでウキウキしてくるわねー」
「「ねー♪」」
「あ、そうそうっ──」
なにやら奥様トークの真っ最中なようだったので、竜郎たちは回れ右。別の場所へと去っていく。
「私は料理とか全然しないから、あの気持ちは分かんないなー」
「収納とかズラーと出せるのを見ると、おおーってなったりはするけどな。俺も大体そんな感じだ」
雑談を交えながら無駄に多い部屋を巡っていく中で、リアや奈々、カルディナやジャンヌ、アテナ、天照、月読、ランスロット、ミネルヴァたちは途中で出くわしたりしたのだが、なぜか男性たち仁、正和、ガウェインの姿が見当たらない。
「一体どこにいるんだろーね、ママー」
「さぁねぇ、飽きて外に見学しに行っちゃったのかもしれないね」
「まあ、子供じゃないんだしほっといてもそのうち顔を出すだろうさ」
「「うー?」」
竜郎は優しく子供の頭を撫でながらそう言っていると、ふとその3人がいそうな場所が思い浮かんだ。
「いや、まさか……でも、この3人ならありえるか」
「およ? たつろーには心当たりでもあるの?」
「ああ、俺たちが見に行っていない場所で、あの3人が好みそうな場所が下にある。ちょっと行ってみるか」
「「おー!」」「「あーぅ!」」
上に階にいた竜郎たちは、また下へと戻っていき一階へ。そして今度はさらに地下へと続く階段を下りていくと、男たちの上機嫌な声が耳に聞こえてきた。
「やっぱりここにいたか」
「ここって…………ワインセラー?」
「だろうな。酒類が大量に保存してあった。これもピーターさんたちの好意だろうな」
いざ地下のワインセラーに踏み込んでみれば、そこはずらりと並んだ様々なワインが横向きで並べられ、お酒を飲むためのカウンターやグラス、流し台や水や氷が入った冷蔵庫まで完備されていた。
そこで男たち3人は地球において一本数十万は平気でするようなお酒を見つけてははしゃぎ、飲み比べをはじめていた。
「かぁー! これがあの有名なロマネ・コンティの味か! なんか高そうな味だ!」
「こっちのワインも凄いですよ~、仁さん。スクリーミング・イーグル? って書いてあるけど、これもなんか高そうな味がするなぁ~」
「いや、本当だ! なんか高そうだ!」
「なんか知らねーけど、このモンラッシェって地球の酒もうめーな!」
「「おおっ、ほんとだ! なんか高そうな味だ!」」
ガウェインは体質的に酔わないが、父親たちは既にほろ酔い状態。
飲み比べと称して高いワインがポンポンあけられていく様に、子供たちの瞳はどんどん冷めたものへと変わっていく。
「戻ろっか。教育上よろしくないよ。あの人たちは」
「それがいい。俺たちに子供ができても、ああいう姿は見せたくないな。ニーナもお姉さんとして気を付けよーな」
「うん!」「「あう!」」
「ふふっ、楓ちゃんと菖蒲ちゃんは、まだよくわかんないでしょ。でもさぁ……」
「ああ……」
そこでやるせない表情になりながら、愛衣と竜郎は立ち止まり、ワインセラーのある方へと一度だけ振り向いた。
「あの人たちが飲むには、絶対にもったいないお酒だったんだろうねぇ……」
「銘酒コレクターがここにいたら、あそこにいる3人をぶん殴っていたんだろうな。
なんだよ、高そうな味って……。もうちょっと、こう……なんかいい表現はなかったのかよ父さん……」
お酒にはそれほど興味を引かれない竜郎や愛衣であったが、それでも切ない気分になりながらも、こうして皆での豪邸探索は終わっていくのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。