第225話 幸せな試食会
高齢者もいるので、白牛や黒触手団子のような準美味しい魔物の試食は後回しにし、いきなり美味しい魔物で攻めていくことにする。
まずは調理前の素材状態でララネスト、チキーモ、レティコル、ラペリベレを並べ、コップにメディクの水を注いでいく。
今回はそれぞれを乗せた器やコップも異世界の職人たちが作った逸品と、こだわっている。
「今後まだ増やしていく予定ではあるけれど、今のところ私たちの主力製品がこの5種類」
「5種類?」
「おっと、スーザンさん。この水もその主力製品の1つなんだ」
「お水もなのね。どんなお水なのかしら」
水はただの口直し的なものとして置かれていると思っていたらしい。けれど水それ自体も主力と聞き、美味しい水とはどういうものなのだろうかとライト家一同興味津々である。
「それじゃあ、軽く説明していこうか。まずこれは地球の生物で表すのなら、ロブスターに近いものの肉──ララネスト」
「濃厚な魚介の味を楽しみたいならこれだね!」
「おお、ロブスターは私の大好物だよ。楽しみだ」
ヘンリーはロブスター好きらしい。子供のような目でララネストが乗せられている皿を見つめだす。
「それでこっちは巨大な鳥の肉──チキーモ」
「臭みとか癖とかもなくて、刺身でもすっごく美味しいよ!」
「と、鶏肉を刺身で、ですか……? 日本にはそういうのもあると聞いたことはありますが……」
「まぁ、そこは個人の食べたいようにすればいいと思うよ。自分が美味しいと思う食べ方をするのが、食材となった生き物たちへの感謝にもなると思うからね。
ただ生で食べても大丈夫なようにこちらの技術できちんと処理をしているから、こちらが提供してすぐの肉なら食中毒になったりすることはないから安心してよ」
「そうですか……そうですね。アンさんお勧めのようですし、一度チャレンジしてみようと思います」
「うん! 後悔はさせないよ、キャサリンさん」
ちなみに竜郎が言ったこちらの技術というのは、魔法での殺菌に検査のこと。
それ専用の魔道具もリアが作ってくれているので、提供前にそれを使うだけで安心して食べられるようになっている。
「そして次は葉物野菜にあたる──レティコル」
「どんな野菜嫌いの子だって美味しく食べられる最高の野菜だよ!」
「まぁ! ならうちのミカエルも食べてくれるかしら。あの子、入院する前はお野菜を自分から食べようとしなかったから」
「これを食べれば野菜への考え方もきっと変わると思うよ! ミカエル君が退院したら是非食べさせてあげて」
「ええ、そうしてみるわ! アンさん」
実際にそれを機に愛衣も野菜への関心を持つようになったので、実体験に基づいたデータだ。きっとミカエルも本当に美味しい野菜を食べてみれば、他にも興味を持つようになってくれるだろう。
そんなことを考えながら、竜郎は次の食材の説明に移っていく。
「お次は最上級の果物の──ラペリベレ」
「実は甘くて皮は甘酸っぱいんだ。甘い果実を味わってから、皮の甘酸っぱさを味わうのがおすすめかな」
「見た目はリンゴのような形をしたメロンのような果物だな。確かに地球では見たことがない」
意外に果物好きなのか、ピーターが4人の中で一番ラペリベレに興味を示していた。
「そして最後。我々が『メディク』と呼んでいる水だね」
「加工の仕方によって味が変わるんだけど、今回はまずノーマルなやつを用意してみたよ!」
「美味しい水というと、どこぞの天然水などというイメージがあるが、そういう水の美味しさと思えばいいのだろうか?」
「うーん、こればっかりは飲んだ人にしかわからない美味しさ、としか言いようがないねぇ」
「ほう。そうなのか」
こうして現状保持している美味しい魔物を全て紹介し終えたところで、さっそくまずは素材本来の味を知ってもらう時間に移っていく。
やはり最初に生は抵抗があるようなので、魔法で浮かしながら炙ったものをお皿に乗せてそれぞれの前へとおいていく。
勝手に宙に浮き、虚空から火が出てきたようにしか見えないライト一家は、その光景にギョッとしながらも炙ったことで広がる海鮮の香りに唾液が止まらず大きく喉を鳴らす。
手で食べるわけにもいかないので、ナイフとフォークがサーブされるのを待っているのだが、手が勝手に摘まみそうになるほどそのただ炙っただけの切り身から目が離せない。
やがて竜郎によってナイフとフォークがいきわったところで、彼から「どうぞ、食べてみてよ」という言葉にすぐさま反応する。
むしろ『どう──』のあたりで既にフォークを手にしていた様子は、地球人の中でも特に満たされた食生活をしている人物たちでもやはり抗えないのだなと再確認できた。
「「「「────っ!!!!」」」」
ライト家の面々こそ、ロブスターのようにのけぞりながらプルプルと震えはじめる。はた目からしたら危ないものでも入っていたのではと思われそうな光景だが、決してそんなものは入っていない。
美味しい魔物とは成分がどうのこうのという領域ではなく、美味しいという概念がそのまま形になったかのように人間の味覚に訴えかけてくれるのだ。
ピーターたちの目からは、気が付いたら涙が流れていた。体が脳が、その美味しさに打ち震えているのだろう。
竜郎たちも通った道だと言わんばかりに、生暖かい目で正気に戻るのを見守った。
「ななな、なんだこれはっ! こんな美味しいものがこの世に存在するのか!?」
「あぁ、あああああ……。私は今、生まれたことを主に感謝している……」
「お……、美味しいなどという言葉では表しきれませんね……」
「はぁ……、遠い宇宙の先では、このような筆舌に尽くしがたい食材があるのね……」
一口食べては感嘆の言葉を漏らしながら、残った炙りララネストの身を口にしては体をビクンッとさせていった。
「じゃあ、次に行きましょうか」
「ま、まってほしい。これはもう終わりなのかい? エーイリさん」
まだ切り分けた大元の大きな身が乗っている皿を、血に飢えた野生の獣のような目でヘンリーが見つめている。
他の3人も似たようなものだが、ロブスター好きといっただけあって食いつきがすごかった。
「いや、別に食べたいのなら切り分けるけど、まだまだ同じくらい美味しい食材が残っているんだよ?
それにこれはあくまで食材だ。この後、料理に使ったときのサンプルとして何品か用意してるのだから、これでお腹をいっぱいするのはお勧めしないんだけどね」
「「「「りょうり?」」」」
この人は何を言っているのだろうという視線を竜郎たちは浴びせられる。そのような視線を投げかけられる理由が分からず愛衣は首を傾げた。
「いや、だって食材だよ? 食材って言ったら料理に使うものでしょ?」
「いやいやいや、アンさん。これはもはやこれで完成している超宇宙食材だ。むしろ手を加えて、この神の御物が壊れてしまったらどうするんだい」
「「えぇ……」」
そう言ったヘンリー以外の3人もまた、同意するように頷いていた。それはもう食材に対して『信仰』に近いものを感じてしまう。
「ま、まあ、考えは人それぞれだから、それが正しいと思うのなら止めはしないよ。でもせっかくサンプルを用意したんだから、とりあえずそちらも食べてみてほしい。
我々は食材自体も素晴らしいとは思うけど、料理してこそ本領を発揮してくれると思っているからね」
「……それもそうだな。あまりの美味しさに私たちも我を忘れてしまっていたようだ。料理の方を食しもしないで否定するのはよくないな」
「ええ、そうですね。ピーター」
竜郎の言葉で少し正気に戻ってくれたようなので、そのまま紹介した順に少しずつ切り分けて食べていってもらった。
「「「「あぁ……」」」」
ここが天国か──と言わんばかりに食べては涙を流し、全ての食材に対して感動するライト一家。さすがに自分たちもここまでではなかったなと、あまりにも大きなリアクションに竜郎たちのほうも驚いてしまう。
けれどまだまだ本番はここからだ。本当にこの感激屋たちに、さらに刺激の強い美味しい魔物を使った料理を提供していいものかと頭をよぎるが、竜郎と愛衣はこのままいくことにした。
「それじゃあ、まずはシンプルにチキーモのソーセージから」
「おお、パリッと焼けていて美味しそうだ!」
「本当……いい匂い」
1人につき15センチほどの長さのものを、3本ずつ乗せたお皿を配っていく。
「このソーセージの中に入っている緑色のものはもしかして、レティコルもはいっているのでしょうか?」
「うん。細かく刻んでチキーモの挽肉に混ぜてあるんだよ」
「あの2つが合わさった逸品か。楽しみだな、スーザン」
「ええ、そうね」
よく焼けたソーセージに、プツリとフォークを刺して口へと運んでいく。竜郎と愛衣も食べる必要はないが、後ろで静かにしてくれているニーナの分と匂いで起きそうな気配を出している楓と菖蒲の分も配りながら、自分たちの分も口にする。
「「「「──っ!っ!?」」」」
パリッと噛んだ後に広がるチキーモの肉の味と肉汁。その後に来る、レティコルの野菜の爽やかな甘みがより深く複雑な味わいを引き出していた。
一本をあっという間に平らげると、そのまま二本目、三本目も食べていく。
幸せな余韻に浸りながら、口の中に何もないというのにモグモグと味の残滓を楽しんでいたピーターであったが、落ち着いてみると少しだけ今のソーセージに対して疑問がわいてきた。
「美味かった……。けれど、少しずつ味が違った気もするのだが……気のせいだろうか?」
「さすが鋭いね、ピーターさん。実はそれ、ケーシングが3本とも違うんだよ。
一番最初に食べたのは人工のもの。そして二本目は、うちで飼育している白牛という牛の腸を加工したもの。三本目はチキーモ自身の腸を加工したものになってるんだ」
ケーシング。つまり挽肉を詰めるための袋状の皮が違ったのだ。
人工の物はメディクの水ではなく、本体の方から取れるゼラチン質なものから作り上げたもので、これが一番癖がないノーマルなものと言っていい。
次に白牛の腸だが、こちらは肉の味がさらに濃厚になったかのように感じる風味が出てくる。また噛んだ時のパリッとした食感は人工の物よりも大きい。
そしてチキーモの腸は白牛の物と同様に歯ごたえのあるパリッと感をだしつつ、それとは違う肉の油の甘さを引き立たせるかのような風味を持っている。
天然腸を用いた際にはきちんと雑菌も取り払い、安全面には気を使った。
さらに今回は事前情報のない人たちにもケーシングの違いによる味の差異を感じられるのかという実験のために、腸の太さもわざわざ調整して見た目だけは同じようにしておいた。
処理が多少面倒にはなるが、ソーセージに加工するのならやはり天然腸の使用も視野に入れたほうがよさそうだと、竜郎は後で皆に報告できるよう頭のメモに書き込んだ。
「それじゃあ、お次はこちら──」
「パスタだわ。こちらも美味しそう」
次に出したのは今度こそちゃんとした料理。
ララネストとチキーモの薄切りハムを使い、レティコルの種から取れた質のいい植物油をかけたパスタとなっている。
がっつくように小分けした皿に乗ったパスタを食べていくライト一家は、陶酔状態に陥っているように見えながらも、しっかりとフォークと口は動いていた。
竜郎と愛衣も、そして後ろにいるニーナも、その光景に苦笑しながら自分たちもパクリとそのパスタを食していく。
肉厚なララネストの身と、そちらに比べて主張は抑え目にしてあるチキーモの味は喧嘩することなく混ざり合う。さらにそれらをレティコルの種油がまろやかに一つの味にまとめ上げていく。
パスタの麺にはメディクの水が惜しげもなく使われているので、麺自体の喉越しもつるつると滑らかで、いくらでも胃の中に納められそうだ。
すでに食べたことのある竜郎と愛衣でさえ思わずうなる一品を前にして、一気に食べ終わったライト一家は呆然と偽宇宙を眺めていた。
だがまだ終わりではないとばかりに、今度はデザートの登場だ。
ラペリベレとハチミツのソルベ。ハチミツはラペリベレの良さを殺さないように、さまざまな花から蟻蜂女帝たちが作った最上級の蜜たちを、フローラが絶妙にブレンドして味を調えたもの。
普通のソルベよりもねっとりとした食感で舌に絡みつき、ラペリベレの甘みと酸味の中に香しい花の香りが邪魔をしない程度にスゥ──と鼻からぬけていく。まさに極上のデザートといえる代物だ。
あまりにも華やかな味のする甘味に、ライト一家はもう何度目かの涙を流しながらも、真ん丸に見開いて、冷たさに頭を痛くしながらも綺麗に完食して見せた。
「素晴らしいわ……。こんなデザートがこの世にあっていいのかしら……」
「これほど上品で極上な甘みと香りを同時に味わえるなんて、奇跡のような存在ですね……」
キャサリンとスーザンはよほど気に入ったのか、ラペリベレとハチミツのソルベについて永遠と奇跡だなんだと語り合っていた。
男性陣も気持ちは同じなのか、分かる分かると妻たちの会話に大きく相槌を打つ。
そのように仲良く歓談しているところ申し訳なく思ったが、竜郎はもう一つ用意したので会話に割って入るように声をかけた。
「最後に食後のお酒もあるけど、ピーターさんたちは飲んでみたいかな?」
「「「「ぜひっ」」」」
この宇宙人が出してくるものはすべて間違いない。そう確信を持った声が返ってきた。
なので既に注ぎ終わっていたグラスを、彼らの前に置いていく。
グラスはドワーフの職人が丹精込めて作った芸術品と呼んでもいい、複雑な模様が刻まれた物。
その中に揺蕩う液体は赤色で、アルコールの香りに混じって甘酸っぱい匂いもする。
「おぉ、これまた美しいグラスに素晴らしい予感のさせる香り高いワイン──。
エーイリさん、あなたって人はさすがすぎるよ」
「どうも、ヘンリーさん。ささ、そんなことはいいから遠慮なく飲んでみてよ」
「「「「では────────はぁ………………」」」」
一口飲んで出るのは感嘆のため息。
このワインは、ラペリベレの甘酸っぱい皮の方だけを用いたものがメインとなっている。
水はメディクの水を竜郎が《適解水調整》で、ラペリベレの皮の酒に合う水に調整。
また香りづけにこちらにも先ほどとは違う、品のいい香りのするハチミツが少量混じっている。
アルコール度数はそこそこ高いが、味わいは甘酸っぱく爽やかで香り深い。食後に飲めば口の中をさっぱりと洗い流し、最後にフワフワとした余韻に浸らせてくれる──そんな酒竜特製のお酒。
これまでがっつくように食べていたピーターたちも、このワインはゆっくりと舌の上で転がすように味わって、最後の一滴に至るまで綺麗に飲み干したのであった。
「「はぁ……幸せだ」」「「はぁ……幸せ」」
「「お粗末さまでした」」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




