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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十二章 世界間貿易足がかり編
225/451

第224話 商品サンプル

 治療費として受け取ったのは莫大な資金と土地と家。

 望んでいたもの以上のものを得て、今後の地球での活動の基盤が盤石になりつつあることを感じていたのだが、今度はピーターではなくヘンリーのほうが懐から何かを出してきた。



「時間を決めて──というのもいいのかもしれないが、こちらとしては連絡手段があったほうが何かと動きやすいと思ったんだ。

 だからこちらでその手段として、これを用意したんだが必要かな?

 いちおうこれには既に私や父さん、母さん、そしてスーザンの連絡先を入れてある。誰かしらにかけてもらえれば、すぐに対応しよう」

「なるほど、スマートフォンってやつだね。確かにこれからやり取りしていくうえであったほうが便利かもしれない。

 それじゃあ、これは不要だったかもしれないなぁ」



 そう言いながら今度は竜郎が《無限アイテムフィールド》から、時計を4つ取り出した。

 1つ目は黒革のベルトに、シンプルながらも手抜きを感じさせないデザインの男性向けのもの。

 2つ目は金属製のベルトに、ゴテゴテしすぎない程度に個性を出したデザインの男性向けのもの。

 3つ目はボルドーカラーの細い革ベルトに、女性ものにしては少しだけ大き目の文字盤の落ち着いた印象を受けるもの。

 4つ目はベージュに近いピンクの細い革ベルトに、花の装飾を派手になりすぎない程度にあしらった女性もの。


 それらを何もない虚空から取り出した竜郎エーイリに少しだけ驚きつつも、机に置かれたその時計へと視線を落とした。



「この時計がなにかあるのですか? 男女2種ずつということは、私たちへ渡すことを想定しているとみえるのですけれど」

「うん、その通りだよキャサリンさん。けど説明する前に、まずは腕に嵌めてみてくれないかな? 実際に試してみたほうが分かりやすいからね」



 そう言いながら竜郎と愛衣は、またそれぞれ違う腕時計を腕にはめはじめる。

 それを見たライト一家は、自分向けに用意されたものだと思われるデザインの時計を手に取り同じように腕にはめていった。



「まず私ことエーイリがはめているのが1番。アンがはめているのが2番。

 ピーターさんがはめているのが3番、キャサリンさんがはめているのが4番。

 ヘンリーさんがはめているのが5番、スーザンさんがはめているのが6番。これらのそれぞれに与えられた番号を覚えてくれるかい?」



 エーイリ、アン。それから年功序列と考えれば覚えるのはたやすい。すぐに覚えたという意志を込めて全員が竜郎エーイリ愛衣アンへと頷いた。



「それじゃあ、試していこうか。ピーターたちはまずそのままでいてね」



 竜郎はそう言いながら愛衣と一緒に、文字盤を覆い隠すように手で触れて3番~6番までの数字を思い浮かべる。そして──。



『あーあー、みんな、聞こえるかな?』

「「「「──っ!?」」」」



 突然頭の中にエーイリの声が響き、そろってお尻をソファから持ち上げキョロキョロと周囲を見渡していた。



『聞こえたら、右手を挙げてね!』

「「「「………………」」」」



 アンの声が同じように聞こえ、ようやく事情を呑み込みはじめたのか、言われた通り聞こえていることを右手を挙げて示した。



『これなら周りに人がいても堂々と会話できるだろう?

 それじゃあ今度は文字盤に触れながら、自分が話しかけたい番号を思い浮かべて、口に出さず頭の中で語り掛けるように話しかけてみてほしい』

『そうすれば自分が思い浮かべた番号の人と会話できるはずだよ。複数人の番号を思い浮かべば、みんなでおしゃべりすることもできるからね』



 ようするにこれは時計の形をした念話を再現する魔道具。リアが最近開発したもので、竜郎たちが普段使っている称号効果による念話と比べると距離の制限があるという短所はあるが、それもカリフォルニア州の端から端くらいまではギリギリ届くくらいとかなり広いので、念話の使えない相手とのコミュニケーションツールとして普段使いするくらいなら問題ないだろう。


 それからおっかなびっくり手探り感満載な様子で疑似念話体験をしている姿を見守った。



「すごいな。まるでSFの世界だ」

「ヘンリー……、目の前に宇宙人がいる状況で今更すぎない?」

「はははっ、こちらはフィクションじゃないけどね」



 この宇宙からして偽物なのだから、フィクションそのものなのだが竜郎はすっとぼけておく。



「それと補足説明としては、その時計は現在の地球技術では会話の傍受も、分解や破壊も不可能。

 もし盗まれたり紛失したとしても、こちらに簡単に転送できるようになっているから、そのときは連絡してほしい。

 大した手間でもないから、そこで遠慮しなくていいからね」

「了解した。そのときは遠慮なく頼らせてもらおう」



 また通話の範囲があることや、いつでも竜郎たちが出るとは限らないので、秘匿性が低かったり緊急性を問わない場合はメールで済ませてしまおうということで話は付いた。



『スマホとかって居場所は簡単に特定されそうなイメージだけど、大丈夫かな?』

『この受け取ったスマホは、念のためアメリカのさっき貰った家にでも置いて、パチローにでも電話番をさせておくことにするよ』



 パチローなら飲まず食わずで立たせておくだけで盲目的に命令を遂行するので、誰もいない間も警備員として仕事をこなしてくれるだろう。



「じゃあ、いよいよ本題に入っていこうか」

「他の星の商品というだけでも、とても興味が引かれますね。ピーター」

「そうだな、キャサリン」

「期待値が高まっているところ申し訳ないけれど、いかにも別の星といった感じなのは後の方で出すから、最初はそこまで期待しないほうがいいからね。じゃあまず最初は──」



 竜郎がまず取り出したのは、スポンサーとなっている若き芸術家たちが作った作品。それらをポンポンと机の上に乗せていく。



「確かにこう言ってはなんだけど、ここに並べられたものはどれも普通だねぇ」

「悪くはないけれど、どこか未熟さを感じさせるわね」

「ふむ……、この絵なんかは私は好きだがな。作家の情熱と若さを感じる」

「あら、奇遇ですね。私もそれが気に入りましたわ。このまだ開花しきっていない、未成熟だからこそ表現できるものを感じさせられますもの」



 まだ言ってしまえばセミプロレベルの芸術家たちとは一言も言っていないのに、ちゃんと見抜いてくるあたり、4人とも審美眼が確かなことを教えてくれる。



「気に入ったのなら好きなものを買ってくれていいよ。

 ちなみにこれらはご察しの通り、私たちがパトロンとなっている我が星の若き芸術家たちの作品なんだ。いずれ大成するかもしれないと言われている子たちだね」

「パトロン……というと、エーイリさんたちも、そちらの星では名の知れた資産家かなにかなのかね?」

「食材関係の仕事が見事に当たりましてね。かなり荒稼ぎさせてもらっていますよ」

「ほぉ、そうなのか」

「ええ、我々の星じゃあ廃れた食事という文化を復活させたんだ」

「廃れる? 食事という文化? というと?」

「もともと我々はもう食事すら摂らなくても生きていけるようになってしまったから、食事をとるという行為すら風化しはじめていたんだ。

 けれど私はそれじゃあ、もったいないと思ってね。色んな美味しい食材を広い宇宙の中から集めて回って、生産できるようにしていったんだ。

 それもこの星の美食家たちですら涙を流すであろう程に、食べたこともないほどに美味しい、至高の食材たちをね」



 意味ありげに微笑んだ竜郎エーイリに、よほどその食材に自信があるのだろうと、思わずまだ見ぬ食材に喉を鳴らしてしまうライト一家。



「えっと、今回の商品の中にはその食材は……?」

「もちろん候補に入っているよ、ヘンリーさん。私たちの一番得意な分野だから、とっておきとして最後に残しているんだ。

 そちらは大いに期待してもらって構わないよ、ちゃんと試食も用意してるからね」

「「おおっ」」「「まぁ」」



 食事で涙を流すなどありえないとは思いつつも、もしかしたらそれほどに美味しいものが宇宙のどこかにはあるのかもしれないと、地球人たちの中でも舌の肥えたほうであるライト一家も期待に目を輝かせた。



「と、少し話はそれてしまったけど、そんなわけで美味しい食材を見つけ、私たちの星の住民に食べさせたら見事に食べることに再び目覚めてくれてね。

 趣味の領域になってしまうけれど、それでもその食材を求める人たちであふれかえって、私たちは巨万の富を得ることになったんだ」

「なるほど……」



 適当に作った話でお茶を濁しただけだったのだが、ピーターたちはそう言うこともあるのかと感慨深そうにしていた。



「で、聞きたいんだけど、これらはピーターさんたちから見て、売れると思うかな?」

「そうだなぁ。私は絵を集める趣味がないから興味が引かれないが、こういう有名な作家ではなく、未発掘の手あかのついてない作品を好む友人に心当たりがある。

 もしかしたら、そっち方面の友人たちになら売れると思うよ」



 最初の若き芸術家たちの作品は、ヘンリーの人脈が一番生きてきそうだった。

 ピーター、キャサリン、スーザンには、そこまで強く興味を持ってくれそうな人物はすぐに思い浮かばないらしい。



「それじゃあ、これらはいくつかヘンリーさんに預けてもいいかな? その友人に見せて反応をみてほしい。

 売れそうなら値段もヘンリーさんがいいと思う値段で売ってくれて構わないよ」

「分かった。やってみるよ」



 いくつかを隅に置き残りを一度片付けると、お次は若き芸術家たちの作品もあれば、店を構えるプロたちの物も混じった雑多な様相を呈した作品群を並べていく。



「これらは先ほどのものとは違って、地球にない物質が使われている作品だね。もしピーターさんたちが誰かに売るのだとしたら、そこのところを気を付けてほしい」

「例えば、どれが地球にない物質なんですか? エーイリさん」

「えっと──」



 覚えている範囲で竜郎は商品説明していく。使われている木材だったり、金属、鉱物などなどできるだけ細かく。

 反応としてはやはり店を構えている者たちが作った作品が好評で、これらなら買いたいと思う人も簡単に見つかるだろうとのこと。


 こちらは4人がそれぞれ思い当たる信用のおける人物に、さりげなく接触してみることになった。



「それじゃあ、次だね。今度は私たちの星でも名の知れた芸術家たちの作品だったり、高価なものが使われていたり、それ自体が高価だったりと、向こうでもかなりの値が付く逸品ばかりだよ」

「それは楽しみだね」



 ピーターのほころんだ顔を横目に、今度は異世界でもかなりの高値で取引されている作品たちを並べていった。

 その中にはあの恐ろしい形相のニーナの絵があり、後ろで大人しく楓と菖蒲を見ていてくれたニーナが嫌そうな顔をしている。

 またおっさんの作品もここに並べたり、純粋にそれだけで価値のある黄金水晶や虹色水晶なんかも含まれていた。



「こ、これは……、なんて狂気に満ち溢れた作品なんでしょう……」

「ですね、お義母さま。私なんて見ているだけで、震えてしまいそうです」

「うわぁ……、これまた凄まじいな。絵の内容も、そして作家の才能も……」



 やはりひときわ異彩を放っていたのは、ラロ・ジャマスの恐ろしい絵画たち。煌めく虹色水晶さえも置き去りにして、人の脳に直接恐怖を植え付けるような存在感が彼らの目をくぎ付けにしていた。



「これを私は飾りたいとは思わないが……」

「当り前よ、ピーター。ミカエルが退院して我が家に来たとき、この絵が飾ってあったら二度とうちに来てくれなくなるわ。そうなったら私も家を出ていきますからね!」

「いや、だから飾りたくないと言っているだろう。しかし、それでも惹きつけてやまない力がある……。

 …………もしかしたら、こういう絵が好きな人物に心当たりがあるかもしれない。少しそちらを当ってみよう。

 確か似たような雰囲気の物や絵をいくつも飾っていた気がする」

「へ、へぇ……、そうなんだ。個性的な人だね」



 まるでホラーハウスだと、愛衣アンが引きつった顔でそう返事をした。気持ちは分かるとヘンリーとスーザンが苦笑いする。


 他になかなか視線がいかないので、ひとまずラロの作品はしまって、改めてピーターたちの意見を聞いていけば──。



「この魔法のようなガラス細工は素晴らしいね! 是非買わせてほしい!」

「い、いや、それだけは私が一目ぼれして買ったものだから非売品なんだ。こういうことができるガラス職人がうちの星にいるというサンプルでね」

「そうか……、残念だ。また別の売ってもいい作品が来るのを、大人しく待つことにするよ」



 ヘンリーに竜郎が個人的に買ったカルラルブガラスの作品に非常に食いつかれたり──。



「これはアジアンテイスト……? とも違いますし……変わっているけれど、素敵なデザインですこと。これを売っていただくことは可能かしら?」

「うん。もちろんさ」



 おっさんの作品にキャサリンが非常に興味を持ったようで、他にもあるなら買いたいとまで言ってくれたりしていく。



「この見たこともない美しい宝石たち……本当に綺麗……。これらで作った宝飾品が欲しいわ」

「それらは加工が難しいから、今回は持ってきてないけど、また今度これを使ったものを用意してくるよ」

「ありがとう、エーイリさん。にしても、これほどのものならば、それも地球上にない美しい宝石となると、あの家の方々が食いつきそうね」

「もしかして、ベイカー家の奥さんと娘さんのことかい?」

「そうそう、宝石狂いで有名でしょう? それほど親しいというわけではないから、信頼できるかどうかは分からないのだけれど、もし見せたらお金に糸目はつけないでしょうね」



 その話を聞いて、竜郎は以前シンガーポールに転移するときに手伝ってくれた、そしてピーターたちの情報を教えてくれたおじさんの話を思い出した。

 そのシンガポールおじさんの話の中に、「大企業の社長夫人で、娘ともども宝石なんかに目がない」という言葉が出てきていたのだ。

 おそらくそのベイカー家の母娘の話だったのだろう。


 そちらは竜郎たちの方でも調べてみることになり、ひとまずスーザンの方ではまだ接触しないようにお願いしておいた。



『宝石マニアのお家かぁ。一回、コレクションを見てみたいねぇ』

『宝石の博物館みたいだったりしてな。とりあえず、人となりも知りたいし、一度そっちに行ってみるのもありだな』

『もしかしたらお得意様になるかもだしね』



 そんなことを愛衣と念話で相談しながら、竜郎は商品サンプルたちをしまっていく。

 相変わらず虚空に消えていく光景を不思議そうに見てくるライト一家を無視して、必要のない物以外は片づけ終わったあとは、いよいよ竜郎たちの領分の話へと移っていく。



「では、お次は私たち自身が生み出している商品──食材の紹介に参りましょうか」

「「おおっ!」」「楽しみだわ」「どんなものがあるのかしらっ」



 それぞれの期待値を上げに上げたところで、竜郎は自慢の食材たちを机に並べていくのであった。

前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。

その前に、土曜か日曜あたりで『レベルイーター』の方で短編が上がると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。手応えは当たり障りない感じですね。 次の更新が楽しみです。応援してます。
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