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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十一章 竜の王国・後編
221/451

第220話 あの竜がしたこと

 ──ジャジン。それは茶色い鱗を持った老いた竜で、一番初めにイシュタルの城へと赴いたときに竜郎たちは出会った。

 当時の彼は帝国内で、それなりにいい地位が与えられており、イシュタルと謁見のときに周囲にいた国の重鎮の1人としてその場にいたのだ。


 そんなジャジンは偏った選民思想が凝り固まった老竜であり、竜であっても下々の者は自分に従って当たり前であり、さらにそれ以外の種などゴミ同然とすら思っていた。


 それゆえに竜の中でも選ばれた存在でなければ来ることすらできない城内に、由緒正しい家柄の自分がいる城内に、ただの人種にしか見えない竜郎たちがいることが癇に障ったのだ。

 いと高き真竜が治める帝国の城に堂々と入れる自分は、真竜にも認められたすごい存在だと日々酔いしれ、悦に入って生きていたのに、そこへ彼にとってのゴミが入ってきたことで、聖域が穢されたような不快感を覚えたのだ。


 そのイラつきが彼の感覚を鈍らせたのか、それとも元から鈍かったのかは今となっては定かではないが、彼我の実力差をまったく感じ取ることができずに喧嘩を吹っかけた。イシュタルが謁見を許し、エーゲリアが連れてきた竜郎たちに。


 その結果、ジャジンは公の場で竜郎と戦うことになり、説明の必要ないほどにわかりやすくぼろ負けし、さらにもろもろの責任を取って彼は彼の聖域へ二度と入ることはできない身分へと落とされた。


 そしてそんな彼のことをもちろん、竜郎と愛衣は覚えて──。



「「ジャジン……………………誰?」」



 ──いなかった。


 真剣な表情を取っていたイシュタルも思わず、がっくりとずっこけそうになっていた。

 当然知っているだろうと思っていた双紅家当主──シャルヴァングは、どういうことだろうと目を丸くしている。



「いや、タツロウ……。お前に至っては戦った相手だろう。私の城に来たときに──」



 どうもピンと来ていないようだったので、イシュタルが改めてジャジンについて説明していくと、ようやく記憶が繋がったようだ。



「あー、あれがジャジンか」「あー、あれがジャジンね」

「思い出したか……。それにしても向こうは全てをかけてまで考え続けていたのに、その相手がこれとはな」

「いや、なんかすまん」

「ごめーん。でもそんなちょっと関わっただけの人を、覚えてろって方が無理があるよー」



 喧嘩を売られた前後のときはまた別だったのかもしれないが、時間が少し経った今の竜郎たちにとっては、たまたま肩がぶつかった相手程度の存在でしかなくなっていた。

 そんな相手を、それも互いに自己紹介したわけでもない相手の名前を覚えていろというほうが無理だったのかもしれない。


 イシュタルとミーティアは何とも言えないような雰囲気をまとっていたが、最終的には苦笑交じりに息を吐いた。



「いや、謝る必要はない。むしろそのくらいの方が清々する」

「ある意味では、これが一番あれにとって報われないことでしょうからね。私も少しばかり溜飲が下がりました」



 イシュタルとミーティアがそんなことを言いはじめ、そこでシャルヴァングも少しだけ笑みが浮かんだように思えた。



「んで、もしかしなくてもそのジャジンって竜が、あのときのことを逆恨みしてちょっかいをかけてきたってことか」

「迷惑だねぇ」

「私たちにとっては、迷惑の一言で済ませられないほどの被害を被ったわけなんだがな。まぁ、それであっている。

 そもそもジャジンは──」



 そこでジャジンがどのような境遇にいたのか、イシュタルが詳しく説明してくれた。


 ジャジンという竜は、もともと優秀だった亡き両親が築いた栄光に乗っかるようにして出世したに過ぎない、特別に秀でた能力のない存在だった。

 つまり自分の力で帝国の重鎮に入り込んだわけではなく、コネで入ってきたような男だったわけである。


 それでもあの職に長年就けていたのは、両親のように言われる前に状況を察知して帝国にとってプラスになるような行動を起こす──といったことはできなかったが、言われたことくらいはできるだけの能力はあったから。

 両親がその身を粉にするようにしていた帝国への献身はエーゲリアやセリュウスにも評価されており、その息子が平凡であっても、その恩を返す意味での雇用であったから。


 それに竜郎たちが来るまでは、そもそもあの城に人種がくることなどなかったので、両親のようにエーゲリアやイシュタルの注目を集めるようなこともなく(本人は私がいるから国が回っていると思っていたようだが……)、平凡に暮らしていたためあのような暴挙に出るような性格の持ち主だとは思われていなかったから。


 とはいえオプスアティはその諜報能力でその心の内を知っていたが、それでも絶対的存在であるエーゲリアが玉座にいたころなら、あのような行動に移そうとまでは思わない小物だと判断され、特に報告する必要もない情報だと結論づけられていたわけだが。

 その証拠に竜種以外もクリアエルフや妖精種などがくることはあったが、そのときはちゃんと表面上は取り繕っていたのだ。


 そんな事情もあり、内面はどうであれ機能するのなら問題なしとオプスアティのチェックもスルーされ、その地位にいることを黙認されていたわけである。



「けど俺たちが来たことで、いろいろ変わったと」

「そうだな。まずあの一件により、あの男の家は両親が上げに上げた大陸においての家格を大幅に落とした。

 竜郎たちにわかりやすく言うのなら、伯爵家だったのに男爵位にまで落ちた──くらいのことだろうか」

「うわ、伯爵って貴族にしたらけっこう上の爵位だよね。そんで男爵って言ったら下級貴族って感じだし、今までの生活は絶対におくれなさそう」

「でもまぁ、家格的に貴族と呼べる範囲内に収まったのなら、まだましなんじゃないか?

 今までの貯えだってあるだろうし」



 一般人である竜郎たちにはピンとこないが、それでも人間界では貴族とも呼べる地位が保てているのなら、生活に苦労することはないだろうと考えた。

 そしてそれは、それほど間違ってはいない。実際にジャジンがいた家は、だいぶ小さくなり、生活も目に見えて劣るものになったが、それでも貧困にあえいでいるわけではないのだから。


 けれど、それはあくまでも残されたジャジンの子が継いだ家のこと。ミーティアがイシュタルの説明にさらに補足を付け加えた。



「それはそうなのですが、それはジャジンの家に対する罰であり、本人に対しての罰ではありません。

 彼自身は当然ながら家長の座を降ろされ、さらに個人の財産をほとんど没収された上に家からは絶縁。支援の類も一切行わないように、ジャジンの家族だった者たちにも厳命が下っていました」

「ふぇー、それじゃあ、あの人どうやって生活してたの?」

「田舎の地方役場の、一番下の役職へと左遷しましたので、そこの寮で暮らしていました。

 給料も以前と比べれば非常に少なく感じるでしょうがちゃんと出ますし、竜ですから老いても頑丈です。若者と同じように働くことも難しくはなかったでしょう。

 なのでそこでただの一般竜として生きるだけならば、十分と言える環境は与えられていたのです。しかし──」



 ジャジンはそれを──帝国の城に仕官していた頃とは全く違う環境を、飲み込むことはできなかった。


 今まで人にやらせていたことも自分でやらなくてはいけなくなり、下級竜の──それも自分よりずっと年下の上司に使いぱしりのようなことまでさせられる。

 これまで下々の者と見下していた平凡な市民にまで、ときには頭を下げなくてはいけない。


 唯一与えられた暮らす建物も、家屋丸ごとではなくその中の一室。

 一般人からすれば一人暮らしなら十分住めるものであっても、彼からすれば犬小屋のように感じた。


 なんて惨めな、なんて可哀そうな自分。たかが劣った種族の虫けらに突っかかっただけで、こんな生活を死ぬまで強いられるのだろうか──。

 本来ならあと数十年も働ければ名誉ある重職から華々しく引退して、余生を悠々自適に暮らすはずだったのに──。

 彼からすれば絶望の毎日だったのかもしれない。



「しかしそれを含めての罰でした。ジャジンにとって屈辱的な環境で生きることで贖罪となす。そう私が提案し、イシュタル様が受諾なされたのです。

 もしそこから逃げる、もしくはその仕事を放棄するようであればもっと酷い未来が彼に待ち受けていることもしっかりと告げて」

「あー、それじゃあ簡単に逃げ出すこともできないな」



 だからこそ彼は表面上は取り繕った。時折感じる上司からの監視するような目も、気づいていないふりをし続けた。

 けれど彼は初日から既に、暮らす部屋を見て、職場を見て、そう酷いことにはならないだろうと楽観視していた自分に現実を突きつけられ、こう思ったのだ。

 これならば死んだほうがましだ──と。


 しかしこの命。ただくれてやるなどプライドが許さない。竜郎たちが憎い、こんなことを自分に行ったイシュタルが、その側近たちが憎い。エーゲリアさまならば、こんなことを自分にすることなどなかったはずだ。そんな妄執にとりつかれ、彼は一矢報いるべく、その命と持てるもの全てを使って復讐を決意した。



「でもその人、家からは絶縁されてるし援助も受けられないんでしょ?

 言っちゃえばもう普通の市民と変わらないと思うんだけど、それでどうやってここまでのことができたのかな」

「本来ならそのはずだったのだが、我々が把握していた以上に奴はいろんな繋がりを持っていたらしい」



 まず彼がしたのは情報収集。とにかく竜郎たちに関する情報、イシュタルの足を引っ張れそうな情報を集めることにした。

 そこで役に立ったのが、長年の仕官時代に方々に媚びを売るために築いた情報網と人脈。

 だがそれにもお金が必要だ。ただで有益な情報を配ってくれるような関係性の人間など誰もおらず、何かしらの対価を用意しなければ何も得られない。

 役場で得られる給料を生活費すら度外視したところで、自分が欲しい情報が買える額を用意するなど不可能だ。


 けれど彼にはその算段もちゃんとつけていた。なんと長い年月をかけて方々に、細々と財産を隠していたのである。



「……えーと? なんで? それこそ伯爵相当のお家の当主がすることじゃなくない?

 家のお金なら隠さなくても好きに使えるでしょ?」

「エーゲリアさんの時代だと特に、城のお金を横領とかしたら一発でアティにばれるだろうしな」

「なんでも自分の子に財産をとられないように、少しでも残さないようにしたかった──というのが一番の理由らしいですね」

「「……はぁ?」」



 竜郎と愛衣は何とも言えない顔で、呆れた声が口からこぼれる。よほど間抜け面だったのか、楓と菖蒲が横でけらけら笑っていた。


 そうジャジンは当主の座を渡したとき、自分の子に全てむしり取られるのを恐れていた。

 なぜなら彼は家の中では自分こそが一番であり、敬わないものは許さない。それこそ我が子や妻であってもだ。

 そんな思考で生きてきたせいで最終的に妻からも子供たちからも、使用人たちからも嫌われていた。

 そして何故こんなにも素晴らしい自分を嫌っているかは理解できないが、嫌われていることだけは理解できていたので、いざ実権を渡したときに着の身着のまま家から追い出されるのではないかと恐れていた。

 もしそうなったときのために、あちこちに金を用意し、やり返せるように準備もしていた。

 そしてもしそうならなくても、自分を敬わない連中に残す財産を少しでも減らしてやろうという嫌がらせもかねて。


 まさかこのようなことになって、このような使い方をするとは本人も思わなかっただろうが、それによって資金を手に入れることができた。

 しかし自分で取りに行けないので、財の隠し場所を欲しい情報につき1つ対価として教えて提供者の手の者に取りに行かせ、そこにあるものを丸ごと渡すという方法で解決したのだ。


 彼からすれば、どうせイシュタルへの悪意がばれれば死は免れない。あの世に金は持っていけないのだから全て使い切ってやるくらいのつもりだったのだろう。まさに捨て鉢の作戦だ。


 外面を何枚も装って上司の目をかいくぐりながら、隠れて情報屋と接触しつつ復讐に必要な情報を集めていくジャジン。

 やがて竜郎たちが美味しい食材を竜大陸に持ち込んでいるという情報を掴むことに成功。

 さらにイシュタルが信頼している星九家筆頭名代──双紅家の分家筋が、外面のいい馬鹿を養子に取ろうとしているという情報も手に入れた。平和ボケした双紅家分家の情報網には隠せても、より裏の世界に広がる情報にはエルチャーの本性が引っかかっていたのだ。というよりも、彼もそういった後ろ暗い方面にアンテナを張っていた──というのもあったのだろうが。


 とにもかくにもこれらのピースを繋ぎ合わせ、ジャジンは復讐への計画を練っていく。

 エルチャーには極上の食材を作っている業者が竜大陸の外にあり、いまだそれを食べられるのは国の上層部のみという情報を手の物を使って彼の耳に入れた。さらに──。

 「あなたは上層部の竜でございます。双紅家の分家に迎え入れられるようなやんごとなき竜が、食べてはいけない道理などありましょうか。

 なあに管理しているのは竜ですらない下等な種族たち。ちょっと行って摘まむくらい許されて当然でございますよ。数がなくなったのなら、脅して無理やり増やさせればよいのです」

 ──という甘言も添えて。



「いやいや、俺からしたら怪しさの方が勝って行こうとは思わないんだが」

「はじめにその話を持っていくのではなく、巧妙に人を使い徐々に信じ込ませていったようですね。こういうときだけ頭が回ったようです。

 まったく、その能力を執務に生かすことができていれば、もっと違った人生もあったでしょうに。なんと愚かな」



 ミーティアは怒りがぶり返したのか、ぐっとこぶしを握り締めた。


 そしてその甘言に乗ったエルチャーはまんまとジャジンの手のひらで踊り、竜郎たちの元へと向かった。

 ただジャジンの想定では自分以上の竜であるエルチャーとその取り巻きならば、竜郎たちを痛い目に遭わせるくらいわけない。なんなら何人か殺してくれるかもしれないとすら思っていたようだが、結果はただの嫌がらせ程度の被害に収まったのは予想外だったようだ。

 自分の全てをかけた憎しみの対象が自分のことを忘れていた──ということの方が、予想外だったのかもしれないが……。


 けれどもう1つ、イシュタルへの嫌がらせの方は思っていた以上に上手く行き過ぎた。

 ジャジンなど足下にも及ばない大貴族ともいえる双紅家を混乱の渦に落とし、イシュタルが小さなころから信頼していた忠臣であり、双紅家当主にして星九家筆頭名代であるシャルヴァングを表舞台から消し去ったのだ。

 こちらこそ嫌がらせどころの騒ぎではないだろう。帝国史に残ってもいいレベルの大罪だ。


 当然ジャジンは口を割らせるために拷問をかけられ、割ったところであらゆる苦痛を与えられたうえで殺された。

 エルチャーたちも、双紅家によって似たような目にあって死んでいった。



「これが今回のことの顛末だ。それと今回ジャジンたちに協力した者たちも、立場的に断り切れなかったものには情状酌量の余地はあるが、そのほとんどを罪に問い、二度とこのような事件が起きないようにしていくつもりだ。

 しかし……まさか母上が引退してその目がなくなったら、ここまで裏側に根を張るものが現れるか……。

 平和な世の中だからと安心しきっていたツケが回ってきたようだな」



 表立って真竜に反意を抱く者こそいないが、それでも現状に政治に不満を持つ竜は他の国同様に存在する。

 オプスアティという大陸中に目を持っていた家臣を持たないイシュタルにとっては、いくら平和に見える帝国内であってもそういう存在が必要だと、痛い勉強代を払う羽目になったようだ。


 悔しそうなイシュタルを心配げに見つめるミーティアとシャルヴァングだが、やがてシャルヴァングのほうが竜郎たちへと視線を向けてきた。



「それで今回の謝罪の品なのですが、まずはこれをお受け取りください。ちゃんと綺麗な状態に戻しておきましたので」

「はい?」



 一体何のことだろうと竜郎たちが首を傾げていると、その目の前に《アイテムボックス》からであろうところから大きな敷物を取り出し、それを砂浜にしきはじめる。

 それが終わるとドスンと巨大な質量を持つ、ソレを敷物の上にシャルヴァングが置いた。



「これは……もしかしてあのドロボーさんじゃ?」

「その通りです。なんでもあなた方は竜の素材を集めているとか。

 本来ならば塵も残さず消し去りたいところではございますが、あなた方が有効活用されるのであれば、それをこの者のあなたたちへの贖罪としようかと思いましてお持ちしました」



 愛衣の言うドロボーさんとは、もちろんエルチャーのこと。

 首の根元で切断された二分割の死体だが、それ以外に拷問の跡がないのは、わざわざ殺した後で修復してくれたのだろう。


 動いて喋っていたところを見たことのある竜だけに、少し微妙な気はしたが、それでももう死んでいる。

 さらに直系ではないものの、ニーリナと同じ九星の1人──エアルベルの血を多少なりとも受け継いでいる上級竜の素材。多少の気持ち悪さを押しのけてでも欲しいと思える逸品だ。

 少し迷いながらも、竜郎はエルチャーの死体を受け取ることにした。



「そして双紅家からはこちらを謝罪の品としてお持ちしました」

「これは──」「すごっ」「「うー!?」」



 エルチャーが回収された後に敷かれなおした敷物の上に置かれたのは、真っ赤なルビーのような大人の拳二つ分くらいはありそうな玉。

 そしてさらにその中には、マグマのように輝く炎がゆらゆらと燃え滾っていた。


 その炎からは驚くほど強力なエネルギーを感じ取ることができ、楓と菖蒲は竜郎と愛衣の後ろにピュンと隠れてしまう。



「これはエアルベル様の炎を、魔術的に加工した宝石に封じ込めたもの──と伝わっています」

「九星の1人の力がこもってる宝石……? そんな凄そうなもの、俺たちに渡していいんですか?」

「双紅家にとっての家宝ではありますが、似たようなものはまだ2つありますので、お気になさらず」



 イシュタルから聞いた竜郎たちの情報からして、生半可なものでは邪魔になるだけだろうと選んできた逸品だ。

 竜郎たちならシャルヴァングの鱗や爪、牙──などでも喜びそうなものだが、本人からしたらそれはあまりにも失礼だろうと候補にも挙がらなかった。


 正直、あの程度の迷惑で受け取っていい代物ではないだろうとは思いつつも、念話でリアからの圧がビシビシと伝わってきて断りづらい。もちろん竜郎としても、これほどのお宝はこの機を逃したら一生手に入らないかもしれないので欲しい。


 イシュタルもミーティアも視線だけで、受け取っても構わないと言ってくれているようなので、これも受け取ることに決めたのだった。






 その後も竜郎たちへまた何度か謝罪の言葉を口にし、今回の目的を終えたイシュタルたちは、ゆっくりと海上を飛んで帝国に戻るところだった。

 和気あいあいと話し合う雰囲気でもなく、道中は静かなものである。


 しかしその沈黙を破るかのように、シャルヴァングがふと思い出したように口を開いた。



「そういえば、あの場にいた幼子たちですが、もしや新種の竜王種ではありませんか?」

「「──な!?」」

「──!? まさか本当にそうなのですか!?」



 シャルヴァングとしてもあり得ないと思ってはいたが、どうしてもイシュタルと会えなくなる前に聞いてみたいと思い不意に出た言葉だった。

 けれどイシュタルとミーティアの分かりやすい反応に、思わず目を見開いてしまった。

 イシュタルたちは、それに反してやってしまったと苦い顔だ。



「……何故そう思ったのだ?」

「いえ、あの2人と戯れたときに違和感を感じたのです。本能的な、原始的な感覚だったのですが、なにかこう……竜王種の子供を見たときのようなものがビビビッと伝わってきたのです……が」

「九星関係の子ならともかく、竜王種関係の子でも分かるものなのか……。竜郎があれだけ厳重に魔法をかけていたというのに、ありえない……がありえてしまったのか……。つくづく私は詰めが甘いな」

「では本当に? あの子たちが?」

「ああ、おばあさまが考えはしたが、生まれることのなかった竜王種らしい。なぁ、シャルヴァング。このことは──」

「分かっております。もはや私は、表舞台から去り行く身でございます。この胸の中だけに、隠しておきます。

 しかしイシュタル様、不意なこととはいえ御隠しになりたいのであれば、もう少し気を付けたほうがよろしいかと」

「ああ、これからはもっと気を引き締めておくことにする。忠告感謝する」



 まさかばれるとは思っていなかったからこその油断だが、まだ広めるつもりはないのだからそれも許されない。



「いえ、いえ。最後にごくわずかなことだとしても、イシュタル様のお役に立てたこと、このシャルヴァング、嬉しく思います」

「そうか……」



 湿っぽくなった空気に、これはいけないと慌ててシャルヴァングは今度こそ彼なりの冗談を口にした。



「いや、しかし。竜王種を生み出せるのなら、ニーリナ様の系譜を復活させることもできたらいいですのに。はははっ、さすがにそれは無理でしょうが」

「はははっ、そうだぞ。なぁ、ミーティア」

「えぇ、さすがにそれは無理ですよ。シャルヴァングさん」

「ですなぁ。いや残念です」



 イシュタルとミーティアは今度こそ心臓が飛び出そうになるが、それでも先のことのおかげで今度こそちゃんと顔に出すことなく隠すことができた。

 しかし今ちゃんと普通に笑えているのだろうかと不安な心を抱えながら、イシュタルとミーティアはシャルヴァングとともに帝国へと翼をはためかせるはめになるのであった。

これにて第十一章 『竜の王国・後編』は終了です。ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。

相変わらずとゆっくりとした更新ではございますが、辛抱強く待っていただけること嬉しく思います。


そして次章のはじまりですが、年末に更新できるかどうか予定に不安もあるので、1月7日(木)から再会としたいと思います。

以前の章終わりと同様に二週間も空いてしまいますが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


ちなみに次章ではそろそろ地球に戻って、またあちらでの生活と活動を描けたらなと考えています。では、よいお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言] >何としてでも白天家の創設を目指していたと思います(笑  おおっと危うく親友の忠臣が、しつこくウザく面倒臭い爺いに変貌する瀬戸際でしたねw  ニーナへのイシュタルの勧誘は謝絶されてるので、そ…
[一言] イシュタルたちも言っていましたが、ジャジンのその知略を正しいことに使えてたら良かったのに… まあ、性根が腐ってたらどこかで足元を掬われるんですね。ダンジョンの情報交渉でいたサンジヴも竜郎を恨…
[一言] 良いお年を! 健康にもお気をつけて!
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