第219話 双紅家当主来訪
翌日。謝罪を待ち受けるという雰囲気に反して本日は晴天。雲もほとんど見当たらず、強い日差しが海に反射にして眩しいほどだ。
そんな陽気な気候の中で、ベンチと机を出して日光浴にいそしむ竜郎と愛衣。そして楓と菖蒲。仲良く並んで座っている姿はまさに家族のよう。
本来ならうら若き乙女である愛衣は紫外線を気にするところではあるが、こちらの世界でそういったお肌のダメージを気にする必要がなくなったので問題はない。
また楓と菖蒲には強めに認識を誤魔化す魔法が竜郎によって施されており、今から来るであろう双紅家の当主が来訪しても竜王種だとはばれないだろう。
そして竜郎自身は念のためカルディナを内に入れて、背中から竜の翼を生やして準備万端だ。
「ニーナちゃんは今、エーゲリアさんのところだったよね?」
「ああ、竜王種関係なら、それも存在しない竜王種なら俺の魔法で問題なく誤魔化せるだろうが、さすがに白天の存在はどうやっても本能レベルで察知されるってイシュタルは言ってたからな」
ニーナは今頃、エーゲリア島にてエーゲリアに甘やかされているに違いない。竜郎が送り届ける必要もなく張り切ったエーゲリア本人が迎えに来て、嵐のようにニーナを連れ去ってしまったのだから。
そのときのことを愛衣と2人で思い出し笑いしながらのんびり待っていると、ミネルヴァから念話が入る。
『お客様が、そろそろ到着するようです』
『了解。報告ありがとう』
イシュタルは毎日のようにリアお手製の魔道具による転移を使っているおかげで、なんとなく転移の魔法について理解が深まってきているようだがまだ長距離転移はできない。
なので今回は、連れの相手と共に竜大陸から海の上を飛んでやってくる。その反応をいち早くミネルヴァが察知して教えてくれたのだ。
そのことにお礼の言葉を返しながら念話を切り、ベンチから立ち上がって《無限アイテムフィールド》にしまって海をぼぅっと眺める。
すると次第に3人の竜の影が目に映り、やがてその姿かたちが何のスキル補正もない裸眼の竜郎にも確認できるほどの距離まで迫ってきた。
1人はイシュタル。もう1人はイシュタルの側近眷属であるミーティア。とするともう1人の竜こそが双紅家の当主で間違いないだろう。
何よりその見た目が他に竜が数人いてもあの人物がそうだろうと分かるほど、『双紅』を冠していることに納得できるものをしていたのだ。
「なるほど、だから双という言葉が付くんだな」
「前に来たのは直系じゃないってレーラさんがすぐに断言できてたのも頷けるね」
「「あうー」」
竜郎たちの視線の先にいる双紅家当主であろう竜は、前に来た強盗竜──エルチャーとも確かに似た部分はある。
だが磨き抜かれたルビーのように、より鮮やかに光を反射して輝く紅色の鱗。一般的なドラゴンより細身ではあるが、遠目に見ても分かるしなやかで中身の詰まった筋肉質な体。
そして何より「双」の由来となった、やや長い首を持つ2つの頭──つまり双頭竜。1つの頭しか持っていなかったエルチャーと、ハッキリとした違いがそこにはあった。
ちなみに双頭竜ではあるが、意志が2つあるわけではなく1つの体にあるのは1つの魂のみ。
しかし片方で右を見ながら、もう片方で左を見る。左右で別々の思考をするという、双頭ならではの利点はしっかりとあったりもする。
さてそんな竜3人が、双紅家当主、ミーティア、イシュタルの順に砂浜の上へと音もなく着地していく。
「今日はわざわざ時間を空けさせてすまないな」
「いや、こっちもあの件の真相とか聞かされると、地味に気になるから問題ないさ」
「そうそう。気にしないで、イシュタルちゃん。それでそっちの人が?」
「ああ、この竜が双紅家の当主にして、まごうことなくエアルベルの直系──シャルヴァングだ」
イシュタルがさらりと紹介すると、双紅家の当主──シャルヴァングが一歩ずいっと前に出て大きな4つの目を閉じ、2つの頭を軽く下げた。
「お初にお目にかかります、イシュタル陛下のご友人方。
私が先ほどご紹介に預かった双紅家の当主、シャルヴァングでございます。
この度はこちらの不手際により、多大なるご迷惑をおかけしたこと。深くここにお詫び申し上げます」
その件を思い出してかシャルヴァングは歯をぎりぎりと鳴らし、体はプルプルと震えだす。謝りたくないのに無理やり謝っている──というわけではなく、本気の後悔がありありと竜郎たちに伝わってくる。
あまりの迫力に意味は分かっていなくとも、楓と菖蒲も恐がって竜郎と愛衣の後ろに隠れてしまう。
「いえ、こちらとしては大した被害もなく済んだことなので、そこまでかしこまらずとも──」
想像以上に本気の謝罪に竜郎も困ってしまい、思わずそういって切り上げようとする。
けれどそれを遮るようにクワッとシャルヴァングが目を見開き、本当に悔しそうにわなわな体を震わせながら、口元からは噛み締めすぎて血が流れていた飛沫が砂浜にぼとっと飛び散らせ大きく口を開いた。
「──そうであっても! 今回の1件はイシュタル陛下、そして祖エアルベル様、ひいては九星の方々の顔にまで泥を塗る所業!
まして分家が養子に迎えようとまでした者の不始末です。絶対にありえない!
この命を以てしても贖いきれない大罪でございます!!
けれどもし! ここであなた方が自害せよと言うのであれば、喜んでここで──」
ちらりとイシュタルを見ると、視線だけで拒否してくれと全力で訴えかけてくる。竜郎もアイコンタクトで分かったとすぐに返す。
「それは絶対にやめてください! 何のために生かしたまま捕まえて、引き渡したと思っているんですか!
あなたのためにと、イシュタルから頼まれたからですよ! その気持ちまで無碍にするおつもりですか?」
竜郎がそういうとシャルヴァングの体が、目に見えて──錯覚だろうがシュンと小さくなったように思えた。
「………………それは重々承知しております。けれどもう何をしても償いきれぬのです。
私も……もうどうして、どうやって償えばいいのか……分からないのです」
最後は声を震わせ、大の大人である竜が大粒の涙を流しはじめる。自身の牙で噛み切った口元からはぼとぼとと、今も血を流しながら。
正直竜郎たちはその勢いに、同情よりも先に引いてしまうほどの光景だった。
『やべぇ、本当に面倒なことをしてくれたみたいだな。あのバカは! もっと殴っとけばよかったか』
『ほんとにねぇ。イシュタルちゃんから聞いてて、かなりダメなことってのは頭では理解してたけど、この姿を見せられちゃうとさすがに嫌でも理解させられちゃう……』
『だがだからと言って、それを俺たちに独白されても困るわけだが……』
イシュタルにどうするの? という意味を込めてまたアイコンタクトをとるが、彼女自身もお手上げだとばかりにがっくりと肩を落とし、こっそりと竜郎たちへ念話を送ってきた。
『こんな状態だから、もうどうしようもない。後の対処はこちらでするから、とりあえず話を無理やりにでも進めて──ん?』
『『ん?』』
イシュタルが不意に念話を切って向けた視線の先を追うように、竜郎と愛衣も視線を向けてみれば、先ほどまで恐がっていた楓と菖蒲がいつの間にかトコトコとシャルヴァングに近寄っていくのが見えた。
一体何を──と竜郎たちも、そしてシャルヴァングも驚き固まっていると──。
「「う!」」
──ポケットから小さなハンカチを同時に取り出し、シャルヴァングの頭の片方ずつに向けて突き出した。
その際に同じところに入れていたポケットティッシュが飛び出し、砂浜の上に落ちるが……それはご愛嬌である。
差し出されたシャルヴァングはわけが分からず、涙が止まる。
「な、なにを……?」
「「うーう」」
「──っ!?」
なんでわからないの? とばかりに頬を膨らませながら、その目に流れる涙のあとを拭ってあげようと頭に向かってジャンプするも、ズザザッ──と飛びつかれるよりも早くシャルヴァングが後ろに下がって回避する。
「「うっうーーー!!」」
これには楓と菖蒲もご立腹である。さらに大きく頬を膨らませると、何としてでも涙を拭いて見せると闘志を燃やし、ピョンピョンとシャルヴァングの周りを高速で飛び跳ねまわる。
しかしさすがというべきか、シャルヴァングも神格こそ得てはいないものの特級クラスの高レベルの竜。そこいらの竜ならとっくに頭に張り付かれているであろう楓と菖蒲の動きも、俊敏に動いて躱し続ける。
「いかん! このような! 穢れた竜である私に! そなたたちのような! 未来ある幼子──が! 触れてはならぬぅぅう!」
「「うーう! うっう! うっうーーー!」」
「なんだこの幼子は!? この歳で、どうしてここまで動ける!? だがしかし──させぬわ!」
「「むーーー!!」」
「ふははっ! 私の動きについてこようなど、まだまだ早いわ!」
「「あうあうあうあうっ!」」
「すごいぞ! 幼子たちよ! 将来は、さぞ素晴らしい竜になることだろう! だがっ、まだまだ私とて負けぬ!」
突然はじまる、おっさん竜と幼児竜の鬼ごっこ。それも捕まえさせてあげればいいのに、翼は使ってはいないがそれでも大人げなく全力でおっさんは逃げるというなんともいえぬもの。
「「…………いや、なにこれ?」」
「さ、さあ?」
竜郎と愛衣が思わず口をポカンとあける中、イシュタルも困惑気味にあいつこんなやつだっけ? とばかりに目を丸くしていた。
しかし今までイシュタルの後ろについて黙っていたミーティアが、思い出したように口を開く。
「そういえば、シャルヴァングさんは大層な子供好きでしたっけ」
「そうなのか? ……ちなみにどっちの意味でだ?」
「はい。そのような話をセリュウス様に聞いたことがあります。ちなみにのほうは、純粋な方なのでご安心を。
イシュタル様がお生まれになったばかりの頃に拝謁したときも、それはそれは蕩けそうな目でご覧になられていたそうです」
「はじめて知ったな……。しかしあのシャルヴァングがこうなるか」
イシュタルのイメージにあるシャルヴァングはとにかくお堅い竜。帝国のためならば、お家のためならばどんな努力も厭わない、そんな少し融通の利かない頑固な男──というものだった。
それゆえに今回の件を重く受け止め、ありとあらゆる責め苦の果てに殺してほしいとまで言ってきたほどだ。
けれど目の前の竜は現実逃避なのか、楓と菖蒲の可愛さに現実を忘れるほどに夢中になったのか、先ほどまでの今にも消えそうな、死にそうな悲壮感が薄まっているのだから驚きである。
おそらく正気になれば元に戻ってしまうのだろうが、今くらいは好きにさせてほしいと、彼を忠臣として大切に思うイシュタルは無言で竜郎たちに頼んできた。
一緒に激戦を潜り抜けた仲である竜郎と愛衣は、その視線にすぐに気が付き、やはりこちらも無言で頷き返した。
最後はもう楓と菖蒲も涙を拭うというより、顔に飛びつくという遊びに代わっていた鬼ごっこもやがて終わりを告げる。
楓たちが疲れて座ってしまったのだ。けれど思いきり体を動かしたのが面白かったのか、彼女たちは満足げにキャッキャと笑っていた。
そんな彼女たちの笑顔にシャルヴァングは、我が子を見守るかのように優しい笑顔を見せ──、そこではっとしたようにイシュタルに視線を向け、地面に崩れ落ちた。
五体投地とはこれかというほどに砂にまみれながら。
「わ、私はいったい何をっ!! も、申し訳──」
「もういい。お前の謝罪は聞き飽きた。逆にお前がはしゃいでるという貴重な姿が観れて、得をした気分すらしている。気にするな」
「しかし、謝罪に来ておいて、いくらこちらの幼子たちが可愛らしいからと言って我を忘れるなど──」
シャルヴァングはもともとやんごとなき身分の生まれ。いくら子供好きといえど、我が子くらいにしか気やすく接することができなかった。しかし我が子であっても、周りの目があるからとそこまで遊んであげることもできなかった。
自分に近づく子は、それなりに身分のある子ばかりであったし、下手な粗相を見せるわけにはいかないと、そもそも見せに来る家臣もいなかった。
そんな彼の人生の中で、これほどまでに気やすく接してきた子は身分も何も関係ない外の存在である楓たちがはじめてだった。
だからこそ余計に、彼は夢中になってしまったのかもしれない。
そんな風にイシュタルは思いながら、微笑まし気な顔から一転真面目な顔に戻り彼の言葉をまた遮った。
「それに今回の件は私にも非がある。お前だけの責任というわけにはいかない」
「ですが、私がもっと周りに目を光らせていれば防げていたかもしれないことです!」
「それに、それをいうなら私が出した案をイシュタル様が採用したからこそです! イシュタル様よりも私の方にこそ非が──」
「ミーティアも、気にするな。最終的に決定を下したのは私であり、そこにおいての責任は私のものだ。お前は案を出したに過ぎない」
「「しかし──」」
「あのー、盛り上がってるところ申し訳ないんですが、そろそろこっちに分かるように説明してもらってもいいですかね?」
「……すまないな、タツロウ。お前たちもとりあえずは黙っていてくれ。誰に非がある云々よりも、まずはタツロウたちに今回の1件についての全貌を話すほうが先決だ。そのために来たのだからな」
そう言われてはと、ミーティアもシャルヴァングも黙って後ろに下がっていく。竜郎と愛衣は楓と菖蒲のお尻についた砂を払いながら抱き上げ、改めて聞く体勢を整えた。
それを見計らい、イシュタルは今回の顛末について語りはじめるのであった。
「タツロウ、アイ。2人はジャジンという竜を覚えているか?」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




